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2章 世界で一番嫌いな人
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それから季節は巡り、王太子妃としての三度目の春を迎えた。
お父様は依然として交渉をしてくれているけれど、離婚には至っていない。
━━みんな私を“お飾りの王太子妃”と認識し始めたのに。
私達は仮面夫婦で、夜を全く共にしていないと。私はレイチェル妃に立場を追いやられないように必死になって社交界で地位を築こうとしていると、陰で揶揄されている。私がいつニコラス様に捨てられるのか、賭けている人までいるそうだ。
━━国王陛下は、何を望んでいるのだろう。
陛下の一番のお気に入りと名高いローズ王女殿下に尋ねてみたけれど、「分からない」と言われてしまった。
「お父様の事だから、離婚に応じる条件が整っていないと考えていると思う」
彼女はそれとなく探ると約束してくれたけれど、未だにその結果は出ていない。
それにしても、今日は結婚記念日だから、憂鬱な気分になる。去年もニコラス様は、私と行為を行おうとした。彼の諦め悪さにはうんざりする。
レイチェル妃を王子宮の中に閉じ込めて、人との面会すら制限する程、彼女に執着しているくせに。なぜ未だに私との子供に拘るのか。“正妻の子”である事に意味があるのなら、私と離婚してレイチェル妃を王太子妃にして子供を作ればいいのに━━
「今日は何だか気分が悪いわ」
侍女達に向かって言えば、彼女達は困った顔をした。私が体調不良を理由にニコラス様を遠ざけようとしているのを、察しの良い彼女達は理解したらしい。
「妃殿下、そうおっしゃらずに……。今日は大事な日ではありませんか」
サーシアス男爵夫人は宥めるような口調で言った。私は静かに首を振った。
「病気を移してしまって、ニコラス様の公務に支障が出たらいけないから。今日は一緒に過ごせないと伝えて」
男爵夫人は何かを言おうとしたけれど、その前に他の侍女が「かしこまりました」と返事をした。
「ゆっくりと休みたいから、下がってちょうだい」
そう言うと、侍女達は部屋を出た。サーシアス男爵夫人は去り際に私をじっと見た。彼女の言いたい事は分かる。けれど、私は彼女の望みを叶えるつもりはなかった。
━━ニコラス様の愛なんていらない。私は完璧な王太子妃になるつもりなんかないもの。
私はそう思いながら、デスクに腰掛けると、引き出しに仕舞っていた手紙をもう一度読んだ。
1週間前にお父様から送られてきた手紙。
“レイチェル妃に王太子妃の座に就くように説得して欲しい”
それには、そうはっきりと綴られていた。
お父様は、国王陛下との交渉が手詰まりだと感じたから、別の方向にアプローチする事にした。それが、“ドルウェルク辺境伯との話し合い”だった。
辺境伯は、こちらの事情を理解してくれた。離婚の交渉の手助けこそしてくれなかったけれど、「レイチェル妃を王太子妃に」というお父様の言葉に、悪くはない反応だったそうだ。辺境伯は『判断は娘に任せる』と言ったらしい。
お父様はそれを「レイチェル妃を説得して彼女から協力を仰げ」という遠回しなメッセージだと受け取った。
本当に辺境伯がそう思っていたかは分からないけれど、レイチェル妃に助けを求めるのは悪くはない選択なのだろう。
レイチェル妃はニコラス様の気持ちを掴んでいるから。ニコラス様は、彼女の言葉に重みを感じるだろう。彼女から、私との離婚を勧められれば、彼も少しは考えを改めてくれるかもしれない。
そう分かってはいるけれど、レイチェル妃と顔を会わせないといけないと思うと、気が重くて進まない。
彼女とは、あの日以来、なるべく直接の交流を持たないようにしていた。
彼女のニコラス様を見る目や、彼の事を話す時の表情。そこには彼への愛が溢れているから。そんな彼女を見ていると、胸が締め付けられるような痛みを感じて、嫌な気分にさせられる。
だから、彼女の事を避けていたのだけれど……。背に腹は代えられない。いい加減、お父様からの要望を達成しないといけない。
━━それが私のためになるのだから。
そう思って何とか自分を振るい立たせた。
今日は結婚記念日だから、数日後に、彼女と会う約束を取り付けよう。それで、離婚の話だけをして帰るのだ。難しい事は何もない。
私は私自身に言い聞かせると、ふっと息を吐いた。
それから季節は巡り、王太子妃としての三度目の春を迎えた。
お父様は依然として交渉をしてくれているけれど、離婚には至っていない。
━━みんな私を“お飾りの王太子妃”と認識し始めたのに。
私達は仮面夫婦で、夜を全く共にしていないと。私はレイチェル妃に立場を追いやられないように必死になって社交界で地位を築こうとしていると、陰で揶揄されている。私がいつニコラス様に捨てられるのか、賭けている人までいるそうだ。
━━国王陛下は、何を望んでいるのだろう。
陛下の一番のお気に入りと名高いローズ王女殿下に尋ねてみたけれど、「分からない」と言われてしまった。
「お父様の事だから、離婚に応じる条件が整っていないと考えていると思う」
彼女はそれとなく探ると約束してくれたけれど、未だにその結果は出ていない。
それにしても、今日は結婚記念日だから、憂鬱な気分になる。去年もニコラス様は、私と行為を行おうとした。彼の諦め悪さにはうんざりする。
レイチェル妃を王子宮の中に閉じ込めて、人との面会すら制限する程、彼女に執着しているくせに。なぜ未だに私との子供に拘るのか。“正妻の子”である事に意味があるのなら、私と離婚してレイチェル妃を王太子妃にして子供を作ればいいのに━━
「今日は何だか気分が悪いわ」
侍女達に向かって言えば、彼女達は困った顔をした。私が体調不良を理由にニコラス様を遠ざけようとしているのを、察しの良い彼女達は理解したらしい。
「妃殿下、そうおっしゃらずに……。今日は大事な日ではありませんか」
サーシアス男爵夫人は宥めるような口調で言った。私は静かに首を振った。
「病気を移してしまって、ニコラス様の公務に支障が出たらいけないから。今日は一緒に過ごせないと伝えて」
男爵夫人は何かを言おうとしたけれど、その前に他の侍女が「かしこまりました」と返事をした。
「ゆっくりと休みたいから、下がってちょうだい」
そう言うと、侍女達は部屋を出た。サーシアス男爵夫人は去り際に私をじっと見た。彼女の言いたい事は分かる。けれど、私は彼女の望みを叶えるつもりはなかった。
━━ニコラス様の愛なんていらない。私は完璧な王太子妃になるつもりなんかないもの。
私はそう思いながら、デスクに腰掛けると、引き出しに仕舞っていた手紙をもう一度読んだ。
1週間前にお父様から送られてきた手紙。
“レイチェル妃に王太子妃の座に就くように説得して欲しい”
それには、そうはっきりと綴られていた。
お父様は、国王陛下との交渉が手詰まりだと感じたから、別の方向にアプローチする事にした。それが、“ドルウェルク辺境伯との話し合い”だった。
辺境伯は、こちらの事情を理解してくれた。離婚の交渉の手助けこそしてくれなかったけれど、「レイチェル妃を王太子妃に」というお父様の言葉に、悪くはない反応だったそうだ。辺境伯は『判断は娘に任せる』と言ったらしい。
お父様はそれを「レイチェル妃を説得して彼女から協力を仰げ」という遠回しなメッセージだと受け取った。
本当に辺境伯がそう思っていたかは分からないけれど、レイチェル妃に助けを求めるのは悪くはない選択なのだろう。
レイチェル妃はニコラス様の気持ちを掴んでいるから。ニコラス様は、彼女の言葉に重みを感じるだろう。彼女から、私との離婚を勧められれば、彼も少しは考えを改めてくれるかもしれない。
そう分かってはいるけれど、レイチェル妃と顔を会わせないといけないと思うと、気が重くて進まない。
彼女とは、あの日以来、なるべく直接の交流を持たないようにしていた。
彼女のニコラス様を見る目や、彼の事を話す時の表情。そこには彼への愛が溢れているから。そんな彼女を見ていると、胸が締め付けられるような痛みを感じて、嫌な気分にさせられる。
だから、彼女の事を避けていたのだけれど……。背に腹は代えられない。いい加減、お父様からの要望を達成しないといけない。
━━それが私のためになるのだから。
そう思って何とか自分を振るい立たせた。
今日は結婚記念日だから、数日後に、彼女と会う約束を取り付けよう。それで、離婚の話だけをして帰るのだ。難しい事は何もない。
私は私自身に言い聞かせると、ふっと息を吐いた。
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