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2章 世界で一番嫌いな人
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その日の夜、ニコラス様が部屋にやって来る事はなかった。仮病を使った身としては、それは嬉しい反応だったけれど、不気味だとも思った。
今までの彼なら、私の事情よりも、自分の意志を優先させてきたから。例え、本当に体調不良だったとしても、襲いに来たに違いない。それなのに、今回は何もしないだなんて、良からぬ事を企んでいるのかもしれない。
そんな事を思いながら、2週間の時を過ごした。
特別変わった事は起こらず、私は日常の細々とした仕事を行っていた。このまま、平穏に過ごしたかったけれど、そうもいかない。
私はサーシアス男爵夫人にお遣いを頼んだ。
「レイチェル妃の所に行って、会う約束を取り付けて欲しいの」
端的にそう言うと、レイチェル妃を嫌う彼女は、あからさまに顔を歪ませた。
「できるだけ早いうちに会いたいと伝えて。時間があるのなら、こちらは今日でも構わないとも」
「分かりました」
彼女は返事をすると、すぐに部屋から出て行った。
男爵夫人は、気が強い性格をしているから、レイチェル妃の侍女達にも臆せずに話をできるはず。だから、必ず約束を取り付けてくるだろう。そう思ったから、彼女に頼んだのだけれど……。男爵夫人は行き過ぎた事をやってしまった。
「お久しぶりです。妃殿下」
青白い顔をしたレイチェル妃は、ソファーに座ると静かに挨拶をした。
「ええ……。急な誘いに応じてくれてありがとう」
返事をしている最中も、いつもと様子の違う彼女に視線は釘付けになった。
いつもはきっちりと髪を結び、薄化粧をしている彼女が、今はすっぴんで髪も無造作に降ろされていた。
それに、服の装いだっておかしい。アクセサリー類は一切身に付けず、装飾といえば、首と胸元を隠すスカーフのみだ。今日は夏でもないのに暑くて、汗ばむような暖かさだというのに。なぜそんな物を身に着けるのか。
「ごめんなさい。身だしなみが整っていなくて」
彼女のその一言で、私の視線が失礼な物になっていた事を知らされた。
「いえ……」
「火急の用事だと聞いたので、慌てて準備をしたのです。どうか、お許し下さい」
「火急の用事……?」
「ええ。『今すぐにお会いするようにと王太子妃殿下がおっしゃっている』と、妃殿下の侍女が直接私に言ったのですが……」
私の反応を見たレイチェル妃の顔が曇った。
「どうやら、違ったようですね」
「ええ。なるべく早く会いたいとは言ったけれど、“今すぐに”とは……。ごめんなさい。何か、行き違いがあったようです」
私の伝え方が悪かったせいで、彼女に無理をさせてしまった。そう思ったから、心からお詫びの言葉を言った。けれど、レイチェル妃は険しい顔で、じっとテーブルを見つめるだけだ。どうやら、私の謝罪を受け入れる気はないらしい。
「あの侍女を……、クビにしてくれませんか」
ぽつりと漏らした彼女の言葉に私は息を呑んだ。
「彼女に非があるのは紛れもない事実ですが、クビにするのはあんまりでは?」
そう言うと、レイチェル妃は首を振った。
「私はあの侍女のために言っているのです。彼女は、私の寝室に入って来て……。裸姿の私を見てしまいましたから……」
眉間に皺を寄せて、屈辱に堪える彼女に私はもう一度謝罪した。
「本当にごめんなさい。まさか、サーシアス男爵夫人がそこまでの無礼を働いているとは思いませんでした」
「謝罪はいいんです。妃殿下が差し向けた事ではないのですから」
彼女には私の謝罪などあってないようなものらしい。依然として男爵夫人の解雇を求めるのだから、相当怒っているのだろう。
「サーシアス男爵夫人は半年間の謹慎処分を下します。今回はそれで許してあげて下さい」
いつもなら、私の取り決めに口を挟まない彼女が、食って掛かってきた。
「お願いです、妃殿下。これは、彼女のためでもあるのです」
私は眉を顰めた。
「男爵夫人をクビにする事が彼女のためになるとは思えないわ」
「いいえ。このままでは、彼女はニコラス殿下の怒りを買いますから。……きっと、ここにいれば、死んでしまうでしょう」
レイチェル妃の瞳が揺れた。
━━ああ、そうか。
ニコラス様は並々ならぬ執着心をレイチェル妃に向けているはずだ。彼女に無礼を働き、裸まで見たとなると、サーシアス男爵夫人に途方もない怒りを向けるに違いない。それこそ、殺してしまうくらいに。
「……分かりました。サーシアス男爵夫人を解雇しましょう」
「ご配慮いただきありがとうございます」
レイチェル妃は胸を撫で下ろした。
私は本題に入る前にお茶を飲むように勧めた。彼女はそれでようやくお茶に口をつけた。
彼女のために淹れたカモミールティーは甘く香っていた。けれど、それを口にしても、場に漂う緊張感は変わらなかった。
その日の夜、ニコラス様が部屋にやって来る事はなかった。仮病を使った身としては、それは嬉しい反応だったけれど、不気味だとも思った。
今までの彼なら、私の事情よりも、自分の意志を優先させてきたから。例え、本当に体調不良だったとしても、襲いに来たに違いない。それなのに、今回は何もしないだなんて、良からぬ事を企んでいるのかもしれない。
そんな事を思いながら、2週間の時を過ごした。
特別変わった事は起こらず、私は日常の細々とした仕事を行っていた。このまま、平穏に過ごしたかったけれど、そうもいかない。
私はサーシアス男爵夫人にお遣いを頼んだ。
「レイチェル妃の所に行って、会う約束を取り付けて欲しいの」
端的にそう言うと、レイチェル妃を嫌う彼女は、あからさまに顔を歪ませた。
「できるだけ早いうちに会いたいと伝えて。時間があるのなら、こちらは今日でも構わないとも」
「分かりました」
彼女は返事をすると、すぐに部屋から出て行った。
男爵夫人は、気が強い性格をしているから、レイチェル妃の侍女達にも臆せずに話をできるはず。だから、必ず約束を取り付けてくるだろう。そう思ったから、彼女に頼んだのだけれど……。男爵夫人は行き過ぎた事をやってしまった。
「お久しぶりです。妃殿下」
青白い顔をしたレイチェル妃は、ソファーに座ると静かに挨拶をした。
「ええ……。急な誘いに応じてくれてありがとう」
返事をしている最中も、いつもと様子の違う彼女に視線は釘付けになった。
いつもはきっちりと髪を結び、薄化粧をしている彼女が、今はすっぴんで髪も無造作に降ろされていた。
それに、服の装いだっておかしい。アクセサリー類は一切身に付けず、装飾といえば、首と胸元を隠すスカーフのみだ。今日は夏でもないのに暑くて、汗ばむような暖かさだというのに。なぜそんな物を身に着けるのか。
「ごめんなさい。身だしなみが整っていなくて」
彼女のその一言で、私の視線が失礼な物になっていた事を知らされた。
「いえ……」
「火急の用事だと聞いたので、慌てて準備をしたのです。どうか、お許し下さい」
「火急の用事……?」
「ええ。『今すぐにお会いするようにと王太子妃殿下がおっしゃっている』と、妃殿下の侍女が直接私に言ったのですが……」
私の反応を見たレイチェル妃の顔が曇った。
「どうやら、違ったようですね」
「ええ。なるべく早く会いたいとは言ったけれど、“今すぐに”とは……。ごめんなさい。何か、行き違いがあったようです」
私の伝え方が悪かったせいで、彼女に無理をさせてしまった。そう思ったから、心からお詫びの言葉を言った。けれど、レイチェル妃は険しい顔で、じっとテーブルを見つめるだけだ。どうやら、私の謝罪を受け入れる気はないらしい。
「あの侍女を……、クビにしてくれませんか」
ぽつりと漏らした彼女の言葉に私は息を呑んだ。
「彼女に非があるのは紛れもない事実ですが、クビにするのはあんまりでは?」
そう言うと、レイチェル妃は首を振った。
「私はあの侍女のために言っているのです。彼女は、私の寝室に入って来て……。裸姿の私を見てしまいましたから……」
眉間に皺を寄せて、屈辱に堪える彼女に私はもう一度謝罪した。
「本当にごめんなさい。まさか、サーシアス男爵夫人がそこまでの無礼を働いているとは思いませんでした」
「謝罪はいいんです。妃殿下が差し向けた事ではないのですから」
彼女には私の謝罪などあってないようなものらしい。依然として男爵夫人の解雇を求めるのだから、相当怒っているのだろう。
「サーシアス男爵夫人は半年間の謹慎処分を下します。今回はそれで許してあげて下さい」
いつもなら、私の取り決めに口を挟まない彼女が、食って掛かってきた。
「お願いです、妃殿下。これは、彼女のためでもあるのです」
私は眉を顰めた。
「男爵夫人をクビにする事が彼女のためになるとは思えないわ」
「いいえ。このままでは、彼女はニコラス殿下の怒りを買いますから。……きっと、ここにいれば、死んでしまうでしょう」
レイチェル妃の瞳が揺れた。
━━ああ、そうか。
ニコラス様は並々ならぬ執着心をレイチェル妃に向けているはずだ。彼女に無礼を働き、裸まで見たとなると、サーシアス男爵夫人に途方もない怒りを向けるに違いない。それこそ、殺してしまうくらいに。
「……分かりました。サーシアス男爵夫人を解雇しましょう」
「ご配慮いただきありがとうございます」
レイチェル妃は胸を撫で下ろした。
私は本題に入る前にお茶を飲むように勧めた。彼女はそれでようやくお茶に口をつけた。
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