【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

文字の大きさ
94 / 103
2章 世界で一番嫌いな人

40

しおりを挟む




 その日の夜、ニコラス様が部屋にやって来る事はなかった。仮病を使った身としては、それは嬉しい反応だったけれど、不気味だとも思った。
 今までの彼なら、私の事情よりも、自分の意志を優先させてきたから。例え、本当に体調不良だったとしても、襲いに来たに違いない。それなのに、今回は何もしないだなんて、良からぬ事を企んでいるのかもしれない。
 そんな事を思いながら、2週間の時を過ごした。

 特別変わった事は起こらず、私は日常の細々とした仕事を行っていた。このまま、平穏に過ごしたかったけれど、そうもいかない。
 私はサーシアス男爵夫人にお遣いを頼んだ。
「レイチェル妃の所に行って、会う約束を取り付けて欲しいの」
 端的にそう言うと、レイチェル妃を嫌う彼女は、あからさまに顔を歪ませた。
「できるだけ早いうちに会いたいと伝えて。時間があるのなら、こちらは今日でも構わないとも」
「分かりました」
 彼女は返事をすると、すぐに部屋から出て行った。

 男爵夫人は、気が強い性格をしているから、レイチェル妃の侍女達にも臆せずに話をできるはず。だから、必ず約束を取り付けてくるだろう。そう思ったから、彼女に頼んだのだけれど……。男爵夫人は行き過ぎた事をやってしまった。

「お久しぶりです。妃殿下」
 青白い顔をしたレイチェル妃は、ソファーに座ると静かに挨拶をした。
「ええ……。急な誘いに応じてくれてありがとう」
 返事をしている最中も、いつもと様子の違う彼女に視線は釘付けになった。

 いつもはきっちりと髪を結び、薄化粧をしている彼女が、今はすっぴんで髪も無造作に降ろされていた。
 それに、服の装いだっておかしい。アクセサリー類は一切身に付けず、装飾といえば、首と胸元を隠すスカーフのみだ。今日は夏でもないのに暑くて、汗ばむような暖かさだというのに。なぜそんな物を身に着けるのか。

「ごめんなさい。身だしなみが整っていなくて」
 彼女のその一言で、私の視線が失礼な物になっていた事を知らされた。
「いえ……」
「火急の用事だと聞いたので、慌てて準備をしたのです。どうか、お許し下さい」
「火急の用事……?」
「ええ。『今すぐにお会いするようにと王太子妃殿下がおっしゃっている』と、妃殿下の侍女が直接私に言ったのですが……」
 私の反応を見たレイチェル妃の顔が曇った。

「どうやら、違ったようですね」
「ええ。なるべく早く会いたいとは言ったけれど、“今すぐに”とは……。ごめんなさい。何か、行き違いがあったようです」
 私の伝え方が悪かったせいで、彼女に無理をさせてしまった。そう思ったから、心からお詫びの言葉を言った。けれど、レイチェル妃は険しい顔で、じっとテーブルを見つめるだけだ。どうやら、私の謝罪を受け入れる気はないらしい。

「あの侍女を……、クビにしてくれませんか」
 ぽつりと漏らした彼女の言葉に私は息を呑んだ。
「彼女に非があるのは紛れもない事実ですが、クビにするのはあんまりでは?」
 そう言うと、レイチェル妃は首を振った。
「私はあの侍女のために言っているのです。彼女は、私の寝室に入って来て……。裸姿の私を見てしまいましたから……」
 眉間に皺を寄せて、屈辱に堪える彼女に私はもう一度謝罪した。

「本当にごめんなさい。まさか、サーシアス男爵夫人がそこまでの無礼を働いているとは思いませんでした」
「謝罪はいいんです。妃殿下が差し向けた事ではないのですから」
 彼女には私の謝罪などあってないようなものらしい。依然として男爵夫人の解雇を求めるのだから、相当怒っているのだろう。

「サーシアス男爵夫人は半年間の謹慎処分を下します。今回はそれで許してあげて下さい」
 いつもなら、私の取り決めに口を挟まない彼女が、食って掛かってきた。
「お願いです、妃殿下。これは、彼女のためでもあるのです」
 私は眉を顰めた。
「男爵夫人をクビにする事が彼女のためになるとは思えないわ」
「いいえ。このままでは、彼女はニコラス殿下の怒りを買いますから。……きっと、ここにいれば、死んでしまうでしょう」
 レイチェル妃の瞳が揺れた。

 ━━ああ、そうか。

 ニコラス様は並々ならぬ執着心をレイチェル妃に向けているはずだ。彼女に無礼を働き、裸まで見たとなると、サーシアス男爵夫人に途方もない怒りを向けるに違いない。それこそ、殺してしまうくらいに。

「……分かりました。サーシアス男爵夫人を解雇しましょう」
「ご配慮いただきありがとうございます」
 レイチェル妃は胸を撫で下ろした。

 私は本題に入る前にお茶を飲むように勧めた。彼女はそれでようやくお茶に口をつけた。
 彼女のために淹れたカモミールティーは甘く香っていた。けれど、それを口にしても、場に漂う緊張感は変わらなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。 シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。 元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。 現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。 "容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。 皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。 そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時…… 「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」 突然思い出した自らの未来の展開。 このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。 「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」 全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!? 「リヒト、婚約を解消しましょう。」         「姉様は僕から逃げられない。」 (お願いだから皆もう放っておいて!)

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...