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2章 世界で一番嫌いな人
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手紙に書かれていたのは、サーシアス男爵夫人の訃報を受けて、哀悼の意を示すものだった。そして、彼女の死を悲しむ私のために、代筆したお悔やみの手紙を入れたと書かれていた。
そして、最後には意味深な文章が綴られていた。
“神の前では等しく平等で、その魂は自由です。監獄を抜けられる時は定められているという事を、どうかお忘れなく”
それは、肉体と精神の関係を説いた神学の一節だったけれど……。「監獄を抜けられる時は定められている」というのは、私の事を言っているように感じた。
━━お悔やみの手紙はありがたく使わせてもらおう。
でも、王宮を抜ける気はもうなかった。どんなに辛くても、私はここにいなければならないから。それが、アーサー様の夢を壊さないために、私のできる唯一の事だった。
※
それから、季節が移り変わろうとする夏の始まりに、とんでもない事が起こった。アーサー様が魔導技術の特許権の大部分を引き換える事を条件に、私との結婚を許して欲しいと国王陛下に交渉したのだ。
それを国王陛下から直々に聞かされた私は、頭が真っ白になった。
━━どうして?
彼には、レイチェル妃と二人で話をした事すら喋っていなかったのに。それなのに、どうしてこんな交渉をしたのだろう。
━━まさか、レイチェル妃が……?
彼女が自分の思い通りに事を進めるために、アーサー様を唆したのじゃないか。そんな疑念が渦巻く最中、国王陛下は椅子の肘掛けに頬杖をついたまま、私に話しかけてきた。
「それで、王太子妃はどうしたい?」
「どうしたい、とは……」
「離婚も結婚も、全ては私の一存というわけにはいかないだろう?」
よく言うと思った。あなたの一存で、私はこの3年間、ニコラス様と離婚できなかったというのに。
「私は、アーサー様とは結婚しません」
「ほう……。ニコラスと離婚したがっていたのは、あやつと恋仲だからと思っていたのだが」
「違います!」
私の言葉に陛下はにやりと笑った。
「そうか。私の勘違いだったか……。まあ、いい。であれば、アーサーには灸を据えねばならぬな」
「なぜですか」
「あやつは分不相応にも、ニコラスのものを欲しがったのだ。当然だろう? お前達が恋仲で、結婚生活が上手くいっていない事を哀れんで求婚したのなら、許そうと思ったが……」
陛下の目が再び私に向いた。ギラギラと輝く鋭い瞳には、明確な悪意が表れていた。
「さて、どのように責任を取らせようか。エイメル大公の座を奪う事は当然として、慈悲として残しておいた母親の家門も合わせて粛正するべきか……」
私は息を呑んだ。陛下がどこまで本気なのかは分からない。けれど、アーサー様を人質にとられている事は明白だった。
━━選ばせているようで、結局、私には選択肢がないのね。
その強引さはニコラス様よりも苛烈で、それでいて卑怯だと思った。私はいつの間にか、スカートを握りしめていた。
「……待って下さい」
「ん?」
「我が身可愛さに嘘を吐きました」
「ほう……」
国王陛下はじっと私を見つめる。まるで、最後の弁明の機会を与えると言わんばかりに。
━━ここで、陛下の望む言葉を言えなければ、アーサー様は粛正されてしまう。
震える拳を握りしめて言った。
「私はアーサー様をお慕いしています。陛下に叱られるのが怖くて否定しましたが……本当は、アーサー様と結婚したいんです」
しどろもどろになりながらも結婚の意志を見せると、陛下はにやりと笑った。
「そうか。正直に申してくれてよかった。離婚に関する細かな交渉は、後日、改めて行おう」
「はい……」
「ニコラスと顔を会わすのは気まずかろう。会いに行かないように言っておくから、王太子妃も近づかないようにしておくがいい」
「お気遣いに痛み入ります」
陛下は私に下がるように促すと、満足そうに微笑んだ。私はそれに気付かないふりをして、立ち去った。
陛下との謁見の後、私は直ぐにレイチェル妃のもとに向かった。彼女がいるであろう私室の前に行くと、ドアの前で警備をしていた護衛と侍女は、私を見て目を丸くした。
「妃殿下、どうなさいましたか」
問いかけてきた侍女に私は言った。
「レイチェル妃と話がしたいの。呼んでくれないかしら?」
「レイチェル妃様は、ただ今、お休みでして……」
「急ぎの用なの」
私が彼女の言葉を遮ると、彼らは顔を見合わせた。その表情から警戒心が窺い知れた。サーシアス男爵夫人が部屋に入り、無礼を働いた事が尾を引いているのだろう。
「彼女が断るなら、それでいいから。とにかく、伝えて来てちょうだい」
そう言うと、侍女は困り顔で頷き、扉をノックした。
そして、最後には意味深な文章が綴られていた。
“神の前では等しく平等で、その魂は自由です。監獄を抜けられる時は定められているという事を、どうかお忘れなく”
それは、肉体と精神の関係を説いた神学の一節だったけれど……。「監獄を抜けられる時は定められている」というのは、私の事を言っているように感じた。
━━お悔やみの手紙はありがたく使わせてもらおう。
でも、王宮を抜ける気はもうなかった。どんなに辛くても、私はここにいなければならないから。それが、アーサー様の夢を壊さないために、私のできる唯一の事だった。
※
それから、季節が移り変わろうとする夏の始まりに、とんでもない事が起こった。アーサー様が魔導技術の特許権の大部分を引き換える事を条件に、私との結婚を許して欲しいと国王陛下に交渉したのだ。
それを国王陛下から直々に聞かされた私は、頭が真っ白になった。
━━どうして?
彼には、レイチェル妃と二人で話をした事すら喋っていなかったのに。それなのに、どうしてこんな交渉をしたのだろう。
━━まさか、レイチェル妃が……?
彼女が自分の思い通りに事を進めるために、アーサー様を唆したのじゃないか。そんな疑念が渦巻く最中、国王陛下は椅子の肘掛けに頬杖をついたまま、私に話しかけてきた。
「それで、王太子妃はどうしたい?」
「どうしたい、とは……」
「離婚も結婚も、全ては私の一存というわけにはいかないだろう?」
よく言うと思った。あなたの一存で、私はこの3年間、ニコラス様と離婚できなかったというのに。
「私は、アーサー様とは結婚しません」
「ほう……。ニコラスと離婚したがっていたのは、あやつと恋仲だからと思っていたのだが」
「違います!」
私の言葉に陛下はにやりと笑った。
「そうか。私の勘違いだったか……。まあ、いい。であれば、アーサーには灸を据えねばならぬな」
「なぜですか」
「あやつは分不相応にも、ニコラスのものを欲しがったのだ。当然だろう? お前達が恋仲で、結婚生活が上手くいっていない事を哀れんで求婚したのなら、許そうと思ったが……」
陛下の目が再び私に向いた。ギラギラと輝く鋭い瞳には、明確な悪意が表れていた。
「さて、どのように責任を取らせようか。エイメル大公の座を奪う事は当然として、慈悲として残しておいた母親の家門も合わせて粛正するべきか……」
私は息を呑んだ。陛下がどこまで本気なのかは分からない。けれど、アーサー様を人質にとられている事は明白だった。
━━選ばせているようで、結局、私には選択肢がないのね。
その強引さはニコラス様よりも苛烈で、それでいて卑怯だと思った。私はいつの間にか、スカートを握りしめていた。
「……待って下さい」
「ん?」
「我が身可愛さに嘘を吐きました」
「ほう……」
国王陛下はじっと私を見つめる。まるで、最後の弁明の機会を与えると言わんばかりに。
━━ここで、陛下の望む言葉を言えなければ、アーサー様は粛正されてしまう。
震える拳を握りしめて言った。
「私はアーサー様をお慕いしています。陛下に叱られるのが怖くて否定しましたが……本当は、アーサー様と結婚したいんです」
しどろもどろになりながらも結婚の意志を見せると、陛下はにやりと笑った。
「そうか。正直に申してくれてよかった。離婚に関する細かな交渉は、後日、改めて行おう」
「はい……」
「ニコラスと顔を会わすのは気まずかろう。会いに行かないように言っておくから、王太子妃も近づかないようにしておくがいい」
「お気遣いに痛み入ります」
陛下は私に下がるように促すと、満足そうに微笑んだ。私はそれに気付かないふりをして、立ち去った。
陛下との謁見の後、私は直ぐにレイチェル妃のもとに向かった。彼女がいるであろう私室の前に行くと、ドアの前で警備をしていた護衛と侍女は、私を見て目を丸くした。
「妃殿下、どうなさいましたか」
問いかけてきた侍女に私は言った。
「レイチェル妃と話がしたいの。呼んでくれないかしら?」
「レイチェル妃様は、ただ今、お休みでして……」
「急ぎの用なの」
私が彼女の言葉を遮ると、彼らは顔を見合わせた。その表情から警戒心が窺い知れた。サーシアス男爵夫人が部屋に入り、無礼を働いた事が尾を引いているのだろう。
「彼女が断るなら、それでいいから。とにかく、伝えて来てちょうだい」
そう言うと、侍女は困り顔で頷き、扉をノックした。
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