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2章番外編 俺の支配者
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この世に生を受けてからずっと、俺は人に支配される人生を送ってきた。
表立ってそうするのは、俺を産んだ女。かつては第二王妃と呼ばれた国王陛下の側室で、今は唯一の王妃となった人物。
彼女は俺を笠に権威的に振る舞おうと目論んでいる。俺を王太子に担ぎ上げる事に執心していた卑しい女。
彼女の野望の達成はあと一歩の所まで来ている。ライバルであった第一王妃は幽閉され、その息子のケインが死んだのだ。
王太子となった俺をより一層支配する事に躍起になっていて、鬱陶しい事この上ない。
一方、裏側で俺を支配するのは、国王陛下とモニャーク公爵だ。
陛下は俺を、第一王妃とその家門を駆逐するための道具として使用した。その目的が達成されて、彼の支配から解放されると思ったが……。
今度は、彼好みの為政者を作る事に躍起になっている。
彼は死ぬまで俺を解放する気がないのだと思うと、心底うんざりさせられる。
そして、モニャーク公爵はというと、彼は比較的まともな人間だった。
俺を支配しようとする理由は、暴利を貪ろうとする第二王妃を抑えつけるためで、陛下や第二王妃とは違って俺に危害を加えた事は一つもなかった。
だが、彼も結局、俺を道具として見ているのに過ぎない。
彼は俺の能力を買っていて、一見優しくしてくれているように見えるが、所詮は形だけ。
陛下が俺をどんな扱いをしているのか分かっているくせに、深く立ち入ろうとはしないのだ。
ただ、表面的な優しさを見せつけるかのように与えて、俺に感謝しろと言いたげで……。その代償に彼の意のままに動く事を望んでいる。
それは、少しやり方が違うだけで、本質的には陛下と同じ事をしているに過ぎないことを彼は気付いているのだろうか。
俺の意志なんて関係ない。俺は誰かの利権のための道具でしかない。そんな人生を歩んでいる。
━━皆、さっさと死んでしまえ。
毎日、毎日そう願ってやまないのに、彼らはピンピンしていて、俺の前から消えてくれない。
だが、それもそのはずだ。願うことに何の意味もないのだから。
彼らを消し去りたいなら、当然、行動に移さなければならない。本当なら、一刻一秒でも早く、彼らを始末するための争乱の種を植え付けるべきだ。
しかし、俺の愛おしい支配者は、それを許してくれない。
俺の新たな支配者であるレイチェルは、俺が唯一、従属する事を厭わない人だった。彼女は、幼少期に俺の命を救い、生きる意味を与えてくれた。身を挺して俺を庇ってくれたのも、俺の生を肯定してくれたのも、後にも先にも彼女だけだった。
そんな彼女は、俺のものになる代わりに、俺の新たな支配者となった。
彼女は俺が“善い為政者”となる事を条件に彼女を好きに扱わせてくれている。
愛おしい彼女を独り占めにしたくて、王子宮の一室に閉じ込めても彼女は何も言わず、嫌な顔一つしなかった。
“王太子妃”として育てられた彼女は、今、俺の愛人として、俺の欲を満たす役割に徹している。
昼下がりに、予定より早く仕事が終えた俺は、彼女のもとに向かった。
彼女の部屋の扉を開けると、ソファーに腰掛けて優雅に本を読んでいた彼女と目が合った。
「ニコラス殿下」
レイチェルはふわりとした笑顔を俺に向ける。彼女は俺を歓迎している━━その事実が何よりも嬉しくて、俺はいつの間にか笑っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
俺が彼女の隣りに座ると、彼女は本を閉じて机の上に置いた。古めかしくて、分厚い本。その表紙を見れば、神学のお偉い方の名前が書かれていて、よくそんな退屈な物を読もうと思えるなと感心した。
「今日は、良い天気なんだ」
「ええ。そうですね」
「だから、そんなつまらない本を読むより、庭でお茶をした方が、よっぽど有意義だとは思わないかい?」
そう言うと、彼女は苦笑しながら頷いた。
俺はレイチェルの手を引き、部屋を出た。
彼女は外に出られる喜びからか、見るからに機嫌が良かった。ここ最近は、王子宮の中ですら、自由に歩く事を禁止していたから、鬱憤が溜まっているのかもしれない。
悪い事をしているという自覚は充分にある。第二王子妃になるはずだった彼女を愛人の立場に落とし込んだ上に、自由まで奪っているのだから。彼女からしてみれば、これ以上、酷い扱いはないだろう。
だが、それをやめる事はできなかった。彼女が自由に行動できるようになったら、この夢のような日々が終わってしまうかもしれないから。
レイチェルが、俺を愛し、見つめ、触れる事を嫌がらない━━
彼女はあの日を境に変わった。俺達だけの結婚式で、彼女は俺に永遠の愛を誓ってくれたのだ。
彼女の心境にどんな変化があったのか分からない。けれど、そんな事はどうでもよかった。
彼女が俺を愛してくれている。それだけで、十分だった。
━━俺は、この夢から覚めたくない。
彼女の愛が突然、降って湧いたように、急激に冷める日が来るのかもしれない。
何かのきっかけで、以前の義務的な関係に戻ってしまうのかと思うと怖くてたまらなかった。
だから、俺は、彼女を外部から遮断し、でき得る限り、“きっかけ”を与えないようにしているのだ。
表立ってそうするのは、俺を産んだ女。かつては第二王妃と呼ばれた国王陛下の側室で、今は唯一の王妃となった人物。
彼女は俺を笠に権威的に振る舞おうと目論んでいる。俺を王太子に担ぎ上げる事に執心していた卑しい女。
彼女の野望の達成はあと一歩の所まで来ている。ライバルであった第一王妃は幽閉され、その息子のケインが死んだのだ。
王太子となった俺をより一層支配する事に躍起になっていて、鬱陶しい事この上ない。
一方、裏側で俺を支配するのは、国王陛下とモニャーク公爵だ。
陛下は俺を、第一王妃とその家門を駆逐するための道具として使用した。その目的が達成されて、彼の支配から解放されると思ったが……。
今度は、彼好みの為政者を作る事に躍起になっている。
彼は死ぬまで俺を解放する気がないのだと思うと、心底うんざりさせられる。
そして、モニャーク公爵はというと、彼は比較的まともな人間だった。
俺を支配しようとする理由は、暴利を貪ろうとする第二王妃を抑えつけるためで、陛下や第二王妃とは違って俺に危害を加えた事は一つもなかった。
だが、彼も結局、俺を道具として見ているのに過ぎない。
彼は俺の能力を買っていて、一見優しくしてくれているように見えるが、所詮は形だけ。
陛下が俺をどんな扱いをしているのか分かっているくせに、深く立ち入ろうとはしないのだ。
ただ、表面的な優しさを見せつけるかのように与えて、俺に感謝しろと言いたげで……。その代償に彼の意のままに動く事を望んでいる。
それは、少しやり方が違うだけで、本質的には陛下と同じ事をしているに過ぎないことを彼は気付いているのだろうか。
俺の意志なんて関係ない。俺は誰かの利権のための道具でしかない。そんな人生を歩んでいる。
━━皆、さっさと死んでしまえ。
毎日、毎日そう願ってやまないのに、彼らはピンピンしていて、俺の前から消えてくれない。
だが、それもそのはずだ。願うことに何の意味もないのだから。
彼らを消し去りたいなら、当然、行動に移さなければならない。本当なら、一刻一秒でも早く、彼らを始末するための争乱の種を植え付けるべきだ。
しかし、俺の愛おしい支配者は、それを許してくれない。
俺の新たな支配者であるレイチェルは、俺が唯一、従属する事を厭わない人だった。彼女は、幼少期に俺の命を救い、生きる意味を与えてくれた。身を挺して俺を庇ってくれたのも、俺の生を肯定してくれたのも、後にも先にも彼女だけだった。
そんな彼女は、俺のものになる代わりに、俺の新たな支配者となった。
彼女は俺が“善い為政者”となる事を条件に彼女を好きに扱わせてくれている。
愛おしい彼女を独り占めにしたくて、王子宮の一室に閉じ込めても彼女は何も言わず、嫌な顔一つしなかった。
“王太子妃”として育てられた彼女は、今、俺の愛人として、俺の欲を満たす役割に徹している。
昼下がりに、予定より早く仕事が終えた俺は、彼女のもとに向かった。
彼女の部屋の扉を開けると、ソファーに腰掛けて優雅に本を読んでいた彼女と目が合った。
「ニコラス殿下」
レイチェルはふわりとした笑顔を俺に向ける。彼女は俺を歓迎している━━その事実が何よりも嬉しくて、俺はいつの間にか笑っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
俺が彼女の隣りに座ると、彼女は本を閉じて机の上に置いた。古めかしくて、分厚い本。その表紙を見れば、神学のお偉い方の名前が書かれていて、よくそんな退屈な物を読もうと思えるなと感心した。
「今日は、良い天気なんだ」
「ええ。そうですね」
「だから、そんなつまらない本を読むより、庭でお茶をした方が、よっぽど有意義だとは思わないかい?」
そう言うと、彼女は苦笑しながら頷いた。
俺はレイチェルの手を引き、部屋を出た。
彼女は外に出られる喜びからか、見るからに機嫌が良かった。ここ最近は、王子宮の中ですら、自由に歩く事を禁止していたから、鬱憤が溜まっているのかもしれない。
悪い事をしているという自覚は充分にある。第二王子妃になるはずだった彼女を愛人の立場に落とし込んだ上に、自由まで奪っているのだから。彼女からしてみれば、これ以上、酷い扱いはないだろう。
だが、それをやめる事はできなかった。彼女が自由に行動できるようになったら、この夢のような日々が終わってしまうかもしれないから。
レイチェルが、俺を愛し、見つめ、触れる事を嫌がらない━━
彼女はあの日を境に変わった。俺達だけの結婚式で、彼女は俺に永遠の愛を誓ってくれたのだ。
彼女の心境にどんな変化があったのか分からない。けれど、そんな事はどうでもよかった。
彼女が俺を愛してくれている。それだけで、十分だった。
━━俺は、この夢から覚めたくない。
彼女の愛が突然、降って湧いたように、急激に冷める日が来るのかもしれない。
何かのきっかけで、以前の義務的な関係に戻ってしまうのかと思うと怖くてたまらなかった。
だから、俺は、彼女を外部から遮断し、でき得る限り、“きっかけ”を与えないようにしているのだ。
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