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1章 神様が間違えたから
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クッキーを咀嚼し、飲み込むと、激しい目眩がし、悪寒が走った。
そんな私を侍女は青い顔で見ていた。
「いい? 私は、レイチェル・ドルウェルク。ドルウェルク辺境伯の長女、よ」
脅しの言葉を言っている最中、息が苦しくなってきた。息を乱しながらも、私は侍女を睨みつけた。
"私が死んだらあなたの計画は失敗。第二王子の婚約者が死んだなら、クッキーに毒が入っていることが捜査で明るみになるわ。このままだとあなたは王子の婚約者を殺した凶悪犯になるけれど、それでいいのかしら?"
本来はそこまで言わないといけなかったけれど。苦しくて上手く声にならなかった。
しかし、全てを言わずとも、彼女は理解できたようだった。彼女は唇を押さえて、ガタガタと震えだした。
「さあ、早く、医者、を・・・・・・。ゲホっ! よんで、きなっ、ゲホっ、ゲホっ、さい!!」
咳でむせ返りながらも、何とかそれを言い切った。私が苦しみのあまり胸を押さえると、侍女はようやく助けを呼びに走り出した。
私はそれを見届けて、意識を失ってしまった。
それから二日後の夜になって私は目を覚ました。意識を取り戻した事が家族に伝えられると、お母様は大泣きして私を抱きしめた。さらに、いつも厳格で冷静なお父様までも少し取り乱した様子だった。そして、そんな両親の様子をお兄様が冷静に眺めていた。
お母様とお兄様が去った後、お父様は「何があったのか」と聞いてきた。見たままの事を伝えると、お父様は私にニコラス殿下の事を教えてくれた。
「お前の助けた男の子はニコラス殿下だ。ケイン殿下の異母兄のな。彼は何度も暗殺未遂に遭っていて、今回はおそらく第一王妃様の仕業だ」
私はそれを聞いてぞっとした事を今でも覚えている。
「あの侍女がそう自白したんですか」
「まさか。彼女は不審死を遂げたよ・・・・・・」
「そんなっ! では、なぜ、第一王妃様の仕業だと?」
「侍女が第一王妃様に仕えていた人間だから」
「国王陛下は、その事に対して処分を下さないのですか」
「レイチェル、お前がそれを知る必要はない!」
お父様は珍しく声を荒げた。
「お前は歳の割に賢い子だと思っていたが、今回はそれが悪い方向に働いた。・・・・・・いいか。二度とあんな方法で人を助けようとするな」
「でも、そうしなかったら彼は死んでいたんですよ?」
「もし、それでお前が死んだらどうするんだ!」
「でも」
「『でも』じゃない! それから、これからはニコラス殿下になるべく関わらないようにしなさい。今回みたく、彼の暗殺事件に巻き込まれるような事があってはならんのだ」
酷い言い様だと思った反面、娘を心配する親の気持ちが確かに伝わった。
だから私は、納得がいかずとも、それ以上、反論するのをやめた。そして、お父様の言う通りにして、ニコラス殿下とはもう関わらないつもりでいたのだけれど。
しかし、そうはいかなかった。
それから数週間後に、私は第二王妃様から「息子の命を救ってくれたお礼」という名目で半ば強制的に呼び出されたのだ。
その時、初めて彼女の姿を見た私は、その愛らしさに息を飲んだ。
艶めくハニーブロンドの髪と、碧く大きな瞳。それは、ニコラス殿下と同じ色をしていて、彼は母親に似たのだと、その時知った。
「はじめまして。レイチェル嬢」
少女のような可憐な微笑みで挨拶をされた時、私は「噂ほど悪い人ではないのでは?」と思ってしまった。
しかし、その評価はすぐにひっくり返る。
彼女は感謝とお礼の言葉を言った後、私にハグをしてきた。
「ありがとう」
優しい声で第二王妃様は言った。そして、甘い香水の匂いを漂わせながら、彼女は私の耳元でこう囁いたのだ。
「死んでくれればもっと良かったのに」
さっきまでとはまるで違う、冷たい声色。それに驚いていると、彼女は身体を離して、優しい微笑みを浮かべた。
「身体に気を付けてね」
何事もなかったかの様に言うと、彼女は私を送り出した。
━━あれは、何だったんだろう。
混乱しつつ応接室を後にすると、部屋の外で待ち構えているニコラス殿下に声をかけられた。
「あの・・・・・・。ちょっとだけ、時間をもらえないかな」
ニコラス殿下の言葉に、周りにいた大人達は微妙な反応をした。言いこそしないけれど、彼に対して「面倒くさい」と思っているのが分かりやすいくらい、態度に出ていた。
それが何だかとても癪に障ったから、私はお父様との約束も忘れて、「分かりました」と言ってしまった。そして、二人で話したいというニコラス殿下の言葉に応じて、私達は例の王宮の庭に向かったのだ。
庭のやや奥まった場所まで歩くと、ニコラス殿下は用心深く周囲を確認した。それから、ようやく彼は話を始めた。
「この間は、ごめん。・・・・・・俺のせいで死にかけたって聞いたから。・・・・・・その」
弱々しく謝る彼は、本当にゲームで見たあのニコラスなのかと思った。
「いいえ。大丈夫でしたから。そんな風に謝らないで下さいませ」
「でも・・・・・・。俺は死んでもいい人間だけど、君はそうじゃないから。だから、迷惑をかけて、ごめん」
私は自分の耳を疑った。
「死んでもいい人間? 何をおっしゃっているんです?」
「だって、そうだろう?」
彼は泣き顔になった。
「卑しい母親の腹から生まれて、王権争いの火種を作るだけの厄介者。そして、いずれは消えていくだけの存在に生きている価値なんてないよ」
━━10歳の少年が思い付くとは思えない様な言葉の数々。誰がこんな酷いことを彼に吹き込んだの?
激しい憤りを感じ、気が付いたら彼の手を握っていた。
「馬鹿をおっしゃらないで! そんなはずがないでしょう? あなたは生きていていいの。母親が卑しいから何? 王権争い? それが起きるのは、面倒な大人のせいよ。あなたのせいじゃない!!」
「でも・・・・・・」
「今は子供だからどうしようもない事の方が多いけれど・・・・・・。もう少し大きくなったら、きっと、もう少し、生き方の選択肢が増えるから。あなたを味方して支えてくれる人もきっと出てくるわ。だから、『生きる価値がない』だなんて、そんな寂しいことは言わないで・・・・・・」
私の言葉に、彼はボロボロと涙を流した。そんな彼を私はぎゅっと抱きしめたのだ。
そんな私を侍女は青い顔で見ていた。
「いい? 私は、レイチェル・ドルウェルク。ドルウェルク辺境伯の長女、よ」
脅しの言葉を言っている最中、息が苦しくなってきた。息を乱しながらも、私は侍女を睨みつけた。
"私が死んだらあなたの計画は失敗。第二王子の婚約者が死んだなら、クッキーに毒が入っていることが捜査で明るみになるわ。このままだとあなたは王子の婚約者を殺した凶悪犯になるけれど、それでいいのかしら?"
本来はそこまで言わないといけなかったけれど。苦しくて上手く声にならなかった。
しかし、全てを言わずとも、彼女は理解できたようだった。彼女は唇を押さえて、ガタガタと震えだした。
「さあ、早く、医者、を・・・・・・。ゲホっ! よんで、きなっ、ゲホっ、ゲホっ、さい!!」
咳でむせ返りながらも、何とかそれを言い切った。私が苦しみのあまり胸を押さえると、侍女はようやく助けを呼びに走り出した。
私はそれを見届けて、意識を失ってしまった。
それから二日後の夜になって私は目を覚ました。意識を取り戻した事が家族に伝えられると、お母様は大泣きして私を抱きしめた。さらに、いつも厳格で冷静なお父様までも少し取り乱した様子だった。そして、そんな両親の様子をお兄様が冷静に眺めていた。
お母様とお兄様が去った後、お父様は「何があったのか」と聞いてきた。見たままの事を伝えると、お父様は私にニコラス殿下の事を教えてくれた。
「お前の助けた男の子はニコラス殿下だ。ケイン殿下の異母兄のな。彼は何度も暗殺未遂に遭っていて、今回はおそらく第一王妃様の仕業だ」
私はそれを聞いてぞっとした事を今でも覚えている。
「あの侍女がそう自白したんですか」
「まさか。彼女は不審死を遂げたよ・・・・・・」
「そんなっ! では、なぜ、第一王妃様の仕業だと?」
「侍女が第一王妃様に仕えていた人間だから」
「国王陛下は、その事に対して処分を下さないのですか」
「レイチェル、お前がそれを知る必要はない!」
お父様は珍しく声を荒げた。
「お前は歳の割に賢い子だと思っていたが、今回はそれが悪い方向に働いた。・・・・・・いいか。二度とあんな方法で人を助けようとするな」
「でも、そうしなかったら彼は死んでいたんですよ?」
「もし、それでお前が死んだらどうするんだ!」
「でも」
「『でも』じゃない! それから、これからはニコラス殿下になるべく関わらないようにしなさい。今回みたく、彼の暗殺事件に巻き込まれるような事があってはならんのだ」
酷い言い様だと思った反面、娘を心配する親の気持ちが確かに伝わった。
だから私は、納得がいかずとも、それ以上、反論するのをやめた。そして、お父様の言う通りにして、ニコラス殿下とはもう関わらないつもりでいたのだけれど。
しかし、そうはいかなかった。
それから数週間後に、私は第二王妃様から「息子の命を救ってくれたお礼」という名目で半ば強制的に呼び出されたのだ。
その時、初めて彼女の姿を見た私は、その愛らしさに息を飲んだ。
艶めくハニーブロンドの髪と、碧く大きな瞳。それは、ニコラス殿下と同じ色をしていて、彼は母親に似たのだと、その時知った。
「はじめまして。レイチェル嬢」
少女のような可憐な微笑みで挨拶をされた時、私は「噂ほど悪い人ではないのでは?」と思ってしまった。
しかし、その評価はすぐにひっくり返る。
彼女は感謝とお礼の言葉を言った後、私にハグをしてきた。
「ありがとう」
優しい声で第二王妃様は言った。そして、甘い香水の匂いを漂わせながら、彼女は私の耳元でこう囁いたのだ。
「死んでくれればもっと良かったのに」
さっきまでとはまるで違う、冷たい声色。それに驚いていると、彼女は身体を離して、優しい微笑みを浮かべた。
「身体に気を付けてね」
何事もなかったかの様に言うと、彼女は私を送り出した。
━━あれは、何だったんだろう。
混乱しつつ応接室を後にすると、部屋の外で待ち構えているニコラス殿下に声をかけられた。
「あの・・・・・・。ちょっとだけ、時間をもらえないかな」
ニコラス殿下の言葉に、周りにいた大人達は微妙な反応をした。言いこそしないけれど、彼に対して「面倒くさい」と思っているのが分かりやすいくらい、態度に出ていた。
それが何だかとても癪に障ったから、私はお父様との約束も忘れて、「分かりました」と言ってしまった。そして、二人で話したいというニコラス殿下の言葉に応じて、私達は例の王宮の庭に向かったのだ。
庭のやや奥まった場所まで歩くと、ニコラス殿下は用心深く周囲を確認した。それから、ようやく彼は話を始めた。
「この間は、ごめん。・・・・・・俺のせいで死にかけたって聞いたから。・・・・・・その」
弱々しく謝る彼は、本当にゲームで見たあのニコラスなのかと思った。
「いいえ。大丈夫でしたから。そんな風に謝らないで下さいませ」
「でも・・・・・・。俺は死んでもいい人間だけど、君はそうじゃないから。だから、迷惑をかけて、ごめん」
私は自分の耳を疑った。
「死んでもいい人間? 何をおっしゃっているんです?」
「だって、そうだろう?」
彼は泣き顔になった。
「卑しい母親の腹から生まれて、王権争いの火種を作るだけの厄介者。そして、いずれは消えていくだけの存在に生きている価値なんてないよ」
━━10歳の少年が思い付くとは思えない様な言葉の数々。誰がこんな酷いことを彼に吹き込んだの?
激しい憤りを感じ、気が付いたら彼の手を握っていた。
「馬鹿をおっしゃらないで! そんなはずがないでしょう? あなたは生きていていいの。母親が卑しいから何? 王権争い? それが起きるのは、面倒な大人のせいよ。あなたのせいじゃない!!」
「でも・・・・・・」
「今は子供だからどうしようもない事の方が多いけれど・・・・・・。もう少し大きくなったら、きっと、もう少し、生き方の選択肢が増えるから。あなたを味方して支えてくれる人もきっと出てくるわ。だから、『生きる価値がない』だなんて、そんな寂しいことは言わないで・・・・・・」
私の言葉に、彼はボロボロと涙を流した。そんな彼を私はぎゅっと抱きしめたのだ。
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