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1章 神様が間違えたから
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通信機を手に取り、ボタンを押すと、通話が始まった。
「はい。レイチェルです」
「うむ。私だ」
「どうなさいました、お父様?」
「入学式は問題なく終わったか心配でな」
この王都から遠く離れたドルウェルク領では、中央貴族の社交会での出来事が伝わるの数ヶ月先になる。
今回、お父様はそれを待つのではなく、直接私から聞き出す事を選んだらしい。
━━この通信機そのものも馬鹿みたいに高い値がするけれど、こうした通話にもそれ相応の値がしたわよね・・・・・・。
パーティーでの事や、今日の王宮での出来事を黙っていようかと一瞬思ったけれど、やめた。
気軽に使える物ではないそれを使ったにも関わらず、数ヶ月後に娘の報告が嘘だと知ると、お父様は失望するだろう。
そうなれば、お父様は私の管理と監視を兼ね備えた人材をこちらに送ってくるかもしれない。
「昨日の入学祝いのパーティーで、問題が発生しました」
昨日と今日の話を、お父様は唸り声をあげながら聞いていた。
「うむ・・・・・・。そんな状況なら、昨日のお前の行動は致し方なかっただろう」
「はい」
「ケイン殿下に送ったという手紙に反応はあったか」
「全く。王宮でもお会いしてくれませんでしたし、無視を決め込まれていますね」
「うむ・・・・・・」
芳しくない状況を伝えると、一瞬沈黙が走った。
「・・・・・・しかし、ケイン殿下がそこまで賢くないとはな」
お父様は控えめな声で彼を非難した。顔は見えないけれど、きっと眉間に皺を寄せ、険しい表情をしているに違いない。
「ただ、それが今回、良く分かったのだから、今後はそれを考慮して立ち回りなさい」
「かしこまりました」
「手綱はしっかりと握っているのだぞ」
「はい」
「では、何かあったら連絡してくれ」
「はい。お父様もお母様も、身体にお気をつけ下さい」
「ああ。レイチェルも元気でな」
そして、すぐに通信は切れた。
━━手綱か。あれを制御するのは大変そうだわ。
一抹の不安を抱えながら、私は通信機をデスクの上に戻した。
※
私の抱いた不安は払拭される事はなく、日を追う毎にケイン殿下の行動の統制はとれなくなっていった。
ミランダはケイン殿下を狙っているらしく、彼のイベントを引き起こしていた。それに気が付いて阻止しようと何度も試みたが、全てが失敗に終わっている。
そうなってしまうのが「ゲームの強制力」のような理不尽で残酷な運命が原因だったのなら、まだ納得がいった。
しかし、そんな力が、この世界に存在しているとは到底思えなかった。
イベントが起こるのは、ミランダの意図した行動がきっかけで、それにケイン殿下が考えなしに乗ってしまうから。
彼は私の話を聞かない。そもそも、彼にとって耳障りの悪い言葉は、誰が何を言おうと全て遮断してしまう。だから、彼が聞くのは、ミランダの囁く甘くて優しい都合の良い言葉だけだった。
そんな彼の態度に、当然、第一王妃様は気付いている。
しかし、彼女は、その責任を私に押し付けて叱責するばかりで、息子に対して何かをする素振りはなかった。勿論、私のために彼女が動いてくれるはずもなかった。
だから、1年生の秋になった今現在、私の社交界での立場は非常に危うい状態になっていた。
「レイチェル様、これ、やっておいて下さい」
そう言って机の上にドンと荷物を置いたクラスメイトの伯爵家の令嬢は、私と同じ文化祭実行委員のメンバーの一人だった。
「これを一人で? 冗談でしょう?」
そう言うと、彼女とその友人達は顔を見合わせてケラケラと笑い出した。
「やだっ、優秀なレイチェル様ならこれくらい、すぐに終わらせられるでしょうに。冗談がお上手ですわ」
「ねえ」
「第二王子妃として幼い頃から妃教育を受けてきたレイチェルですもの。私達と違って一人でできますよね?」
「ケイン殿下も忙しいようですから、しばらくは一人で作業に没頭できるでしょうし」
ニヤニヤと笑い顔を向けてきて、幼稚な嫌味を言ってくる彼女達が煩わしい事この上ない。これ以上、彼女達と関わるくらいなら雑用を押し付けられた方がマシだと思った。
「そうね。あなた達の言う通りかも。それに、多くの人がいたって作業が遅いのなら意味がないし・・・・・・。私一人でやっておくわね」
彼女達に合わせた幼稚な発言をすると、一部の令嬢はあからさまに顔を歪めた。
━━これくらいでいちいち顔に出すなんて。やっぱりおこちゃまだわ。
私は作り笑いを浮かべた。
「さあ。あなた達はもう帰って。放課後は忙しいのでしょう? 人目についたら大変だわ」
一人の令嬢は私の言いたい事が理解できたらしい。顔を赤くして、足早に立ち去った。その彼女を追って令嬢達は教室から出ていった。
「はあ・・・・・・」
ため息を吐いてから、私は席を動かし始めた。作業スペースを確保して、椅子に座ると、教室の扉が開く音が聞こえた。
「はい。レイチェルです」
「うむ。私だ」
「どうなさいました、お父様?」
「入学式は問題なく終わったか心配でな」
この王都から遠く離れたドルウェルク領では、中央貴族の社交会での出来事が伝わるの数ヶ月先になる。
今回、お父様はそれを待つのではなく、直接私から聞き出す事を選んだらしい。
━━この通信機そのものも馬鹿みたいに高い値がするけれど、こうした通話にもそれ相応の値がしたわよね・・・・・・。
パーティーでの事や、今日の王宮での出来事を黙っていようかと一瞬思ったけれど、やめた。
気軽に使える物ではないそれを使ったにも関わらず、数ヶ月後に娘の報告が嘘だと知ると、お父様は失望するだろう。
そうなれば、お父様は私の管理と監視を兼ね備えた人材をこちらに送ってくるかもしれない。
「昨日の入学祝いのパーティーで、問題が発生しました」
昨日と今日の話を、お父様は唸り声をあげながら聞いていた。
「うむ・・・・・・。そんな状況なら、昨日のお前の行動は致し方なかっただろう」
「はい」
「ケイン殿下に送ったという手紙に反応はあったか」
「全く。王宮でもお会いしてくれませんでしたし、無視を決め込まれていますね」
「うむ・・・・・・」
芳しくない状況を伝えると、一瞬沈黙が走った。
「・・・・・・しかし、ケイン殿下がそこまで賢くないとはな」
お父様は控えめな声で彼を非難した。顔は見えないけれど、きっと眉間に皺を寄せ、険しい表情をしているに違いない。
「ただ、それが今回、良く分かったのだから、今後はそれを考慮して立ち回りなさい」
「かしこまりました」
「手綱はしっかりと握っているのだぞ」
「はい」
「では、何かあったら連絡してくれ」
「はい。お父様もお母様も、身体にお気をつけ下さい」
「ああ。レイチェルも元気でな」
そして、すぐに通信は切れた。
━━手綱か。あれを制御するのは大変そうだわ。
一抹の不安を抱えながら、私は通信機をデスクの上に戻した。
※
私の抱いた不安は払拭される事はなく、日を追う毎にケイン殿下の行動の統制はとれなくなっていった。
ミランダはケイン殿下を狙っているらしく、彼のイベントを引き起こしていた。それに気が付いて阻止しようと何度も試みたが、全てが失敗に終わっている。
そうなってしまうのが「ゲームの強制力」のような理不尽で残酷な運命が原因だったのなら、まだ納得がいった。
しかし、そんな力が、この世界に存在しているとは到底思えなかった。
イベントが起こるのは、ミランダの意図した行動がきっかけで、それにケイン殿下が考えなしに乗ってしまうから。
彼は私の話を聞かない。そもそも、彼にとって耳障りの悪い言葉は、誰が何を言おうと全て遮断してしまう。だから、彼が聞くのは、ミランダの囁く甘くて優しい都合の良い言葉だけだった。
そんな彼の態度に、当然、第一王妃様は気付いている。
しかし、彼女は、その責任を私に押し付けて叱責するばかりで、息子に対して何かをする素振りはなかった。勿論、私のために彼女が動いてくれるはずもなかった。
だから、1年生の秋になった今現在、私の社交界での立場は非常に危うい状態になっていた。
「レイチェル様、これ、やっておいて下さい」
そう言って机の上にドンと荷物を置いたクラスメイトの伯爵家の令嬢は、私と同じ文化祭実行委員のメンバーの一人だった。
「これを一人で? 冗談でしょう?」
そう言うと、彼女とその友人達は顔を見合わせてケラケラと笑い出した。
「やだっ、優秀なレイチェル様ならこれくらい、すぐに終わらせられるでしょうに。冗談がお上手ですわ」
「ねえ」
「第二王子妃として幼い頃から妃教育を受けてきたレイチェルですもの。私達と違って一人でできますよね?」
「ケイン殿下も忙しいようですから、しばらくは一人で作業に没頭できるでしょうし」
ニヤニヤと笑い顔を向けてきて、幼稚な嫌味を言ってくる彼女達が煩わしい事この上ない。これ以上、彼女達と関わるくらいなら雑用を押し付けられた方がマシだと思った。
「そうね。あなた達の言う通りかも。それに、多くの人がいたって作業が遅いのなら意味がないし・・・・・・。私一人でやっておくわね」
彼女達に合わせた幼稚な発言をすると、一部の令嬢はあからさまに顔を歪めた。
━━これくらいでいちいち顔に出すなんて。やっぱりおこちゃまだわ。
私は作り笑いを浮かべた。
「さあ。あなた達はもう帰って。放課後は忙しいのでしょう? 人目についたら大変だわ」
一人の令嬢は私の言いたい事が理解できたらしい。顔を赤くして、足早に立ち去った。その彼女を追って令嬢達は教室から出ていった。
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