【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

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1章 神様が間違えたから

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 振り返って確認すると、そこにいたのはニコラス殿下だった。

「こんにちは。レイチェル」
「・・・・・・ごきげんよう」
 ニコラス殿下は教室に入ると、迷う事なく私の隣りに腰掛けてきた。

「どうかなさいましたか」
「特に用事はない。ただ、王宮に帰るには早すぎるし、かといってどこかに行ける場所もないから退屈していたんだ」
 そう言いつつ、彼は机に置かれた荷物を手に取った。
「これは、・・・・・・すごい量だね」
「ええ。モニャーク公爵令嬢のクラスでも、これくらいの作業はやっているはずです。手伝いに行って差し上げては?」
「いや。エレノアなら、友人に囲まれてすぐに終わらせられそうだから、俺が手伝うまでもないよ」
 私はつい、手に取っていた資料を握りしめてしまった。
「そうですね。モニャーク公爵令嬢は人気者ですもの・・・・・・」
 私とは違ってエレノアは順風満帆な学園生活を送っていた。多くの友人に囲まれ、派閥を越えた付き合いをして、彼女は第一王子の婚約者としての仕事を全うしていた。

 私はよれてしまった資料を机の上に置いて、その皺を伸ばした。
「それで、どうして君が一人で作業を? もしかして、さっきすれ違った"発情期の雌犬"に押し付けられた?」

 "発情期の雌犬"

 それは、十歳以上歳の離れた既婚者の男性貴族相手に、援交紛いな交友をしているという彼女達にはぴったりなあだ名かもしれない。
 そんな事を思ってしまったから、私は不覚にも、その下品な言葉に笑ってしまった。
「彼女達の噂は殿下の耳にも入ってましたか」
「勿論。貧乏貴族の娘の下卑た話を、高位貴族の子息達は好むから」
「不潔ですわ」
「そうだね。低俗でとてもつまらない話題だったよ」
 ニコラス殿下はそう言いながら、山積みの資料を引き寄せてペンを取った。
「殿下? 何をなさるんです?」
「見て分からない? 君の手伝いだ」
「結構ですわ。もし、手伝いをしたいのなら、私ではなくモニャーク公爵令嬢の所でするべきです」
 私は再度、彼の婚約者の所に行く様にと促した。

 私とニコラス殿下の不穏な噂は、今もなお、続いている。それが流れるきっかけは、勿論、あのファーストダンスだった。あの後、私は彼との関係を払拭できる様な行動を起こせていない。
 ケイン殿下は協力的でない上、最近の彼に至っては私を徹底的に避けていた。それに、彼はミランダにご執心だ。それが、私とニコラスの噂を真実たらしめる要因の一つとなっているというのに、彼は全くと言っていいほど無関心だった。

 ━━私がニコラス殿下の愛人だという疑惑を、これ以上、深めてはいけない。

 そう思っていたから、ニコラス殿下とはできる限り接触を持たない様にしていた。例え、今のように彼から話しかけられても、なるべく自然に、短く会話を終わらせていた。

 "私達は、「義兄」と「弟の婚約者」という微妙な関係だから、互いを無視せずに話をしている"

 私が周囲にやんわりと、伝えていた事をニコラス殿下が理解していないわけがないのに。・・・・・・それなのに、どうして彼は私を困らせる事をするのだろう。 

 ニコラス殿下は何も言わず、私の顔をじっと見つめた。
「気持ちはとても嬉しいですよ? でも、文化祭の手伝いは駄目です」
 それを誰かに見られては、いらぬ誤解を与える上に、誤魔化す事も難しいだろう。
「だから、どうか、モニャーク公爵令嬢のもとに」

「誰に指図してるの?」

 ニコラス殿下は静かにつぶやいた。
「えっと・・・・・・」
「誰に指図しているのかと、聞いているんだ」
 彼はいつもの作り笑いではなく、とても冷たい表情で言ってきた。
「指図なんて、そんな・・・・・・。私はただ、それがニコラス殿下にとって良い事かと思って発言したまでです」
「そう。・・・・・・でも、それは必要ないよ。俺は王族ルトワールで、君は俺の弟の婚約者だから。俺を命令する事も、助言できる立場でない事も分かるよね?」
「おっしゃる通りです。出過ぎた発言をどうかお許し下さい」
「君は物分りがいいから助かるよ。・・・・・・ケインが羨ましい」
 彼はほんの少し寂しそうに笑うと、資料に目を落とした。
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