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1章 神様が間違えたから
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エレノアによると、彼女達のクラスの文化祭実行委員会のメンバーは、作業を終えてカフェテリアでお茶をしていたそうだ。
そこにやって来たミランダが、他に席が空いているのにも関わらず、エレノアに対して席を譲るようにと主張した。エレノアがそれを断ると口論になり、やがてミランダは、ここにはいないエレノアの幼馴染の悪口を言い始めたそうだ。
説明を終えると、エレノアはミランダに謝罪を求めた。
「お気に入りの席だからどいてと言った事や、私への暴言は聞かなかった事にできますが、レベッカ・ライネ伯爵令嬢に対する悪口だけは許せません! 訂正して下さい!」
ライネ伯爵家は、わが国の建国史に登場する由緒ある家門だった。そして、現ライネ伯爵は、王権の中枢を担う人物の一人であるのに、そこの娘を侮辱するだなんて・・・・・・。
━━ミランダは愚かにも程がある。
私は、呆れ果てて首を振った。
「ミランダ嬢、モニャーク公爵令嬢に謝って」
私が言うとミランダはわざとらしく怯えた目付きで私を見てきた。
「なぜ君が命令をするんだ!」
ケイン殿下がミランダを庇う。
「彼女はケイン殿下の愛人なのですから。当然でしょう?」
愛人の管理をする事は、正妻の務めだ。彼女がケイン殿下に不利をもたらす行為をするのなら、私がそれを咎めるのは、当然の事だった。
ミランダはわざとらしくもはらはらと涙を流してケイン殿下にしがみついた。ケイン殿下は私を睨みつけるけれど、そんな事はどうでもよかった。
━━ライネ伯爵家の支持を、第一王子派に奪われるわけにはいかないわ。
ライネ伯爵家は、現状、どちらの王子も支持していない。モニャーク公爵家と親交が深いため、「いずれ第一王子を支持するのでは?」と言われてきたが、それでも、長い間、中立を守ってきた家門だ。
しかし、この事がライネ伯爵の耳に入ったら? ケイン殿下の愛人が娘を馬鹿にした上、彼自身がたしなめる事をしなかったとなると、ライネ伯爵の目にどの様に映るかは明白だろう。
現状、第一王子を支持する家門が増えつつある。それは、学園生活でのケイン殿下の素行が悪さを諸侯が憂慮した結果だった。
だから、私はケイン殿下とミランダの行動に口を挟んでいるというのに・・・・・・。当の本人達には、それが理解できないらしい。
ミランダは「そんな事をしていない」の一点張りで、どれだけ多くの証人がいようとも、そういえば押し通せると思っているらしい。
一方のケイン殿下は、相変わらずミランダ以外の意見は聞くつもりがないらしい。私の話を聞かないのは勿論の事、観衆の非難する視線すら、彼は無視を決め込んだ。
「行こう」
そして、最終的に、ケイン殿下はミランダの手を引いてカフェテリアから出て行った。
━━ああ、最悪だ。
結局、こうなってしまうのか。
どうして、ケイン殿下は分かってくれないのだろう。王太子の座を望むのなら、いい加減、少しは賢くなって欲しい。
私は、酷い無力感を胸の奥に仕舞い込み、エレノアのもとに向かった。
本当は、彼らの尻拭いなどしたくはないのだけれど、そうしないとますます状況が悪化する事は目に見えていたからだ。
「ごめんなさい。教育のなっていない子で」
なじられる事を覚悟して言うと、エレノアは穏やかな表情で首を振った。
「いえ・・・・・・。レイチェル嬢が悪いわけではありませんから」
エレノアは謝罪を拒否したのではなく、単純に、私に対して怒りを抱けないでいる様に見えた。
「それよりも、ありがとうございます。私の幼馴染のために、謝る様に言っていただいて」
別にライネ伯爵令嬢のためを思ってした行動ではなかった。
しかし、このいかにも善良そうな彼女には、私の意図を想像する事さえ、できないのだろう。
━━羨ましい。
きっと彼女は蝶よ花よと大切に育てられたのだ。婚約者のために戦略的に立ち回る事を親から期待される事もないに違いない。
だから、彼女は穏やかに暮らせているのだろう。
ピキリと、頭の中に痛みが走った。
「ところで、ドルウェルク辺境伯令嬢」
今まで、私達の様子を静かに伺っていたエレノアの友人が、声をかけてきた。
「どうして、ニコラス殿下と一緒にここへいらしたのです?」
彼女の質問のせいだろうか。また、頭痛がした。
「それは・・・・・・」
口を開いて、何と言えばいいのか迷った。
自分より家柄の低い令嬢達に舐められた挙句、文化祭に関する雑務を押し付けられたとは言いたくなかった。第二王子の婚約者がそんな目に遭っているとなると、社交界でかろうじて私を支持してくれている人達が何と思うだろうか。
でも、適当な嘘や言い訳も想い浮かばない。
━━ああ。何でもいいから、早く何かを言わないと。ニコラス殿下との関係を疑われる・・・・・・。
「勘違いしないで」
まごついているとニコラス殿下が言った。そして、彼は私の隣りにやって来ると、令嬢に対峙したのだ。
そこにやって来たミランダが、他に席が空いているのにも関わらず、エレノアに対して席を譲るようにと主張した。エレノアがそれを断ると口論になり、やがてミランダは、ここにはいないエレノアの幼馴染の悪口を言い始めたそうだ。
説明を終えると、エレノアはミランダに謝罪を求めた。
「お気に入りの席だからどいてと言った事や、私への暴言は聞かなかった事にできますが、レベッカ・ライネ伯爵令嬢に対する悪口だけは許せません! 訂正して下さい!」
ライネ伯爵家は、わが国の建国史に登場する由緒ある家門だった。そして、現ライネ伯爵は、王権の中枢を担う人物の一人であるのに、そこの娘を侮辱するだなんて・・・・・・。
━━ミランダは愚かにも程がある。
私は、呆れ果てて首を振った。
「ミランダ嬢、モニャーク公爵令嬢に謝って」
私が言うとミランダはわざとらしく怯えた目付きで私を見てきた。
「なぜ君が命令をするんだ!」
ケイン殿下がミランダを庇う。
「彼女はケイン殿下の愛人なのですから。当然でしょう?」
愛人の管理をする事は、正妻の務めだ。彼女がケイン殿下に不利をもたらす行為をするのなら、私がそれを咎めるのは、当然の事だった。
ミランダはわざとらしくもはらはらと涙を流してケイン殿下にしがみついた。ケイン殿下は私を睨みつけるけれど、そんな事はどうでもよかった。
━━ライネ伯爵家の支持を、第一王子派に奪われるわけにはいかないわ。
ライネ伯爵家は、現状、どちらの王子も支持していない。モニャーク公爵家と親交が深いため、「いずれ第一王子を支持するのでは?」と言われてきたが、それでも、長い間、中立を守ってきた家門だ。
しかし、この事がライネ伯爵の耳に入ったら? ケイン殿下の愛人が娘を馬鹿にした上、彼自身がたしなめる事をしなかったとなると、ライネ伯爵の目にどの様に映るかは明白だろう。
現状、第一王子を支持する家門が増えつつある。それは、学園生活でのケイン殿下の素行が悪さを諸侯が憂慮した結果だった。
だから、私はケイン殿下とミランダの行動に口を挟んでいるというのに・・・・・・。当の本人達には、それが理解できないらしい。
ミランダは「そんな事をしていない」の一点張りで、どれだけ多くの証人がいようとも、そういえば押し通せると思っているらしい。
一方のケイン殿下は、相変わらずミランダ以外の意見は聞くつもりがないらしい。私の話を聞かないのは勿論の事、観衆の非難する視線すら、彼は無視を決め込んだ。
「行こう」
そして、最終的に、ケイン殿下はミランダの手を引いてカフェテリアから出て行った。
━━ああ、最悪だ。
結局、こうなってしまうのか。
どうして、ケイン殿下は分かってくれないのだろう。王太子の座を望むのなら、いい加減、少しは賢くなって欲しい。
私は、酷い無力感を胸の奥に仕舞い込み、エレノアのもとに向かった。
本当は、彼らの尻拭いなどしたくはないのだけれど、そうしないとますます状況が悪化する事は目に見えていたからだ。
「ごめんなさい。教育のなっていない子で」
なじられる事を覚悟して言うと、エレノアは穏やかな表情で首を振った。
「いえ・・・・・・。レイチェル嬢が悪いわけではありませんから」
エレノアは謝罪を拒否したのではなく、単純に、私に対して怒りを抱けないでいる様に見えた。
「それよりも、ありがとうございます。私の幼馴染のために、謝る様に言っていただいて」
別にライネ伯爵令嬢のためを思ってした行動ではなかった。
しかし、このいかにも善良そうな彼女には、私の意図を想像する事さえ、できないのだろう。
━━羨ましい。
きっと彼女は蝶よ花よと大切に育てられたのだ。婚約者のために戦略的に立ち回る事を親から期待される事もないに違いない。
だから、彼女は穏やかに暮らせているのだろう。
ピキリと、頭の中に痛みが走った。
「ところで、ドルウェルク辺境伯令嬢」
今まで、私達の様子を静かに伺っていたエレノアの友人が、声をかけてきた。
「どうして、ニコラス殿下と一緒にここへいらしたのです?」
彼女の質問のせいだろうか。また、頭痛がした。
「それは・・・・・・」
口を開いて、何と言えばいいのか迷った。
自分より家柄の低い令嬢達に舐められた挙句、文化祭に関する雑務を押し付けられたとは言いたくなかった。第二王子の婚約者がそんな目に遭っているとなると、社交界でかろうじて私を支持してくれている人達が何と思うだろうか。
でも、適当な嘘や言い訳も想い浮かばない。
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