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1章 神様が間違えたから
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文化祭の最後は、婚約者とダンスを踊る事が、この学園での伝統的な恒例行事となっている。だから、踊らない人は、婚約者がいないか、怪我をしているかのどちらかだけ。
でも、私はどちらにも当てはまっていない。私は単純に、パートナーとなるべきはずの人に振られてしまったのだ。
その時のケイン殿下はあまりにも酷かった。
ケイン殿下は迷うことなくミランダをパートナーに選んだけれど。私はゲームの中のレイチェルのように、私の取り巻きを使ってそれを阻止しようとはしなかった。その代わり、言葉で「ミランダと踊るのはやめて」と言ったのだ。
それから、いつものように、私と踊る事が如何にケイン殿下にとってプラスになるのかを説明した。それが、私にできる、精一杯の誠意ある対応だった。
しかし、彼にとって、私のその発言は、ゲームのレイチェルの愚かな行為と変わらなかったようだ。
ケイン殿下はゲームの時と同じ様に、私に向かって罵詈雑言を浴びせた。大衆の面前で堂々と私を罵倒したのだ。
━━頭が痛い。
午前中に、のんびりと過ごしていた事もあって、少し落ち着きを取り戻していたのに。また、頭痛が始まった。
「レイチェル嬢?」
隣の席に座るエレノアが心配そうな顔で声をかけてきた。
「大丈夫ですか」
「心配しないで下さい。肩こりが原因の頭痛がしているだけです」
「本当にそれだけですか。すごく顔色が悪いですよ?」
「お薬は?」
エレノア嬢の隣りに座るライネ伯爵令嬢が顔を覗かせて尋ねてきた。
「朝、家で飲んだきりです」
「痛みが強いなら、今飲んだ方がいいですよ」
ライネ伯爵令嬢の言う通りかもしれない。薬の飲み過ぎは身体に良くないと思って我慢をしていたけれど。これはもう、飲んだ方がいいだろう。
「そうですね。・・・・・・薬を取ってきます」
立ち上がろうとすると、エレノアに止められた。
「待って。私が取ってきますから、レイチェル嬢はどうかそのまま」
彼女は有無を言わさず立ち上がると、駆けていった。
私は痛む頭で、ダンスをする人々を眺めた。
日の落ちたグラウンドで、ケイン殿下とミランダが優雅に踊っている。屋外灯明かりに照らされた二人はイベントのスチルのそれで・・・・・・。
ミランダのダンススキルを羨ましいと思う自分が情けなかった。
━━こう見ると、お似合いの二人よね。
もう、あの二人が婚約し、結婚すればいい。
ケイン殿下には私の力が必要ではないし、役に立てそうもないから。何を言っても、どんな言い方をしても伝わらない人の相手をするのは酷く疲れる。
━━ 一度くらい、お父様に婚約解消を懇願してみるのもいいかもしれない。
私が王太子妃になれないのであれば、それは最高の形でのバッドエンド回避ではないけれど。それに固執してしまったら、それこそバッドエンドを迎えるだろう。
それは私の本意ではないから、ケイン殿下とは婚約を解消して、別の形で第二王妃様やニコラス殿下を封じ込めればいいのだ。
そうすれば、お父様の望みは叶い、私もそれなりの幸せを得られるはずだ━━━━
そんな事を考えていると、背後に人の気配を感じた。
エレノアが戻って来たのだと思い、顔をあげたのだけれど。そこにいたのは彼女ではなく、ニコラス殿下だった。
「大丈夫?」
彼はそう言うと、さっきまでエレノアが座っていた席に腰掛けた。
━━彼の隣りに座るライネ伯爵令嬢は何を思うのかしら?
幼馴染の婚約者が、一時は愛人と噂された女を心配してやって来るなんて。良い気分でない事は確かだけれど・・・・・・。
そう思うと、また気が重くなった。私は気休めに、水筒からお茶を飲もうとした。
しかし、それを手にした途端、ニコラス殿下が物凄い勢いで奪っていった。
「毒が入ってるんじゃない?」
そう言って彼は水筒のお茶をぐびりと飲んだ。
彼のその行動に、私もライネ伯爵令嬢も目を丸くする。
「・・・・・・ただのカモミールティーだね」
彼は静かに言うと水筒を返してきた。
「殿下、何をなさってるんです!?」
ライネ伯爵令嬢はやや声を荒げて非難する。
「何って、毒味だよ」
「いや、そういうことではなく・・・・・・」
ライネ伯爵令嬢は頭を抱えた。
「危ない事はなさらないで下さい」
呆れて物が言えなくなった彼女の代わりに私が言う。
「もし、毒が入っていたらどうするつもりだったんですか」
「大丈夫。毒には耐性のある方だから。・・・・・・知っているだろう?」
ニコラス殿下は苦笑した。
幼い日に見たあの光景が思い出されて、私は顔を歪めた。
「もうあんな姿は見たくありませんから・・・・・・。どうか、もう二度とこんな事はしないで下さい」
真剣に彼を心配して言ったのに、ニコラス殿下は静かに微笑むだけで返事をしなかった。
だから、会話はぴたりと止まった。
━━何か、言った方がいいのかしら?
この微妙な間柄の三人の間に流れる沈黙は気まずくて仕方がない。
私はそれを解消するため、かねてからの疑問をニコラス殿下にぶつける事にした。
「そういえば、ニコラス殿下は、どうしてモニャーク公爵令嬢と踊らないのです?」
ライネ伯爵令嬢は婚約者がいないから、こちら側にいるのは当然だけれど。ニコラス殿下とエレノアが二人揃ってこっちにいる事に何か理由があるのだろうか。
「踊り、好きじゃないんだよ」
彼は苦笑いを浮かべる。
「それだけ、ですか?」
「それと、エレノアはライネ伯爵令嬢といたがっていたから。友達を一人ぼっちさせたくないんだよ。ね?」
そう言って彼はライネ伯爵令嬢に同意を求めた。けれど、不遜にも彼女は返事をせずに、黙ってダンスを眺めるばかりだった。
そんな中、エレノアは薬を持って帰って来た。
「お待たせしました」
彼女は薬を差し出して来た。
「ありがとうございます」
私は受け取るとすぐにそれを飲んだ。
ニコラス殿下はその様子を見守ると「お大事に」と言って去って行った。そして、エレノアは、そんな彼を引き止めることもなければ、彼が席に座っていた理由も聞かなかった。
文化祭の最後は、婚約者とダンスを踊る事が、この学園での伝統的な恒例行事となっている。だから、踊らない人は、婚約者がいないか、怪我をしているかのどちらかだけ。
でも、私はどちらにも当てはまっていない。私は単純に、パートナーとなるべきはずの人に振られてしまったのだ。
その時のケイン殿下はあまりにも酷かった。
ケイン殿下は迷うことなくミランダをパートナーに選んだけれど。私はゲームの中のレイチェルのように、私の取り巻きを使ってそれを阻止しようとはしなかった。その代わり、言葉で「ミランダと踊るのはやめて」と言ったのだ。
それから、いつものように、私と踊る事が如何にケイン殿下にとってプラスになるのかを説明した。それが、私にできる、精一杯の誠意ある対応だった。
しかし、彼にとって、私のその発言は、ゲームのレイチェルの愚かな行為と変わらなかったようだ。
ケイン殿下はゲームの時と同じ様に、私に向かって罵詈雑言を浴びせた。大衆の面前で堂々と私を罵倒したのだ。
━━頭が痛い。
午前中に、のんびりと過ごしていた事もあって、少し落ち着きを取り戻していたのに。また、頭痛が始まった。
「レイチェル嬢?」
隣の席に座るエレノアが心配そうな顔で声をかけてきた。
「大丈夫ですか」
「心配しないで下さい。肩こりが原因の頭痛がしているだけです」
「本当にそれだけですか。すごく顔色が悪いですよ?」
「お薬は?」
エレノア嬢の隣りに座るライネ伯爵令嬢が顔を覗かせて尋ねてきた。
「朝、家で飲んだきりです」
「痛みが強いなら、今飲んだ方がいいですよ」
ライネ伯爵令嬢の言う通りかもしれない。薬の飲み過ぎは身体に良くないと思って我慢をしていたけれど。これはもう、飲んだ方がいいだろう。
「そうですね。・・・・・・薬を取ってきます」
立ち上がろうとすると、エレノアに止められた。
「待って。私が取ってきますから、レイチェル嬢はどうかそのまま」
彼女は有無を言わさず立ち上がると、駆けていった。
私は痛む頭で、ダンスをする人々を眺めた。
日の落ちたグラウンドで、ケイン殿下とミランダが優雅に踊っている。屋外灯明かりに照らされた二人はイベントのスチルのそれで・・・・・・。
ミランダのダンススキルを羨ましいと思う自分が情けなかった。
━━こう見ると、お似合いの二人よね。
もう、あの二人が婚約し、結婚すればいい。
ケイン殿下には私の力が必要ではないし、役に立てそうもないから。何を言っても、どんな言い方をしても伝わらない人の相手をするのは酷く疲れる。
━━ 一度くらい、お父様に婚約解消を懇願してみるのもいいかもしれない。
私が王太子妃になれないのであれば、それは最高の形でのバッドエンド回避ではないけれど。それに固執してしまったら、それこそバッドエンドを迎えるだろう。
それは私の本意ではないから、ケイン殿下とは婚約を解消して、別の形で第二王妃様やニコラス殿下を封じ込めればいいのだ。
そうすれば、お父様の望みは叶い、私もそれなりの幸せを得られるはずだ━━━━
そんな事を考えていると、背後に人の気配を感じた。
エレノアが戻って来たのだと思い、顔をあげたのだけれど。そこにいたのは彼女ではなく、ニコラス殿下だった。
「大丈夫?」
彼はそう言うと、さっきまでエレノアが座っていた席に腰掛けた。
━━彼の隣りに座るライネ伯爵令嬢は何を思うのかしら?
幼馴染の婚約者が、一時は愛人と噂された女を心配してやって来るなんて。良い気分でない事は確かだけれど・・・・・・。
そう思うと、また気が重くなった。私は気休めに、水筒からお茶を飲もうとした。
しかし、それを手にした途端、ニコラス殿下が物凄い勢いで奪っていった。
「毒が入ってるんじゃない?」
そう言って彼は水筒のお茶をぐびりと飲んだ。
彼のその行動に、私もライネ伯爵令嬢も目を丸くする。
「・・・・・・ただのカモミールティーだね」
彼は静かに言うと水筒を返してきた。
「殿下、何をなさってるんです!?」
ライネ伯爵令嬢はやや声を荒げて非難する。
「何って、毒味だよ」
「いや、そういうことではなく・・・・・・」
ライネ伯爵令嬢は頭を抱えた。
「危ない事はなさらないで下さい」
呆れて物が言えなくなった彼女の代わりに私が言う。
「もし、毒が入っていたらどうするつもりだったんですか」
「大丈夫。毒には耐性のある方だから。・・・・・・知っているだろう?」
ニコラス殿下は苦笑した。
幼い日に見たあの光景が思い出されて、私は顔を歪めた。
「もうあんな姿は見たくありませんから・・・・・・。どうか、もう二度とこんな事はしないで下さい」
真剣に彼を心配して言ったのに、ニコラス殿下は静かに微笑むだけで返事をしなかった。
だから、会話はぴたりと止まった。
━━何か、言った方がいいのかしら?
この微妙な間柄の三人の間に流れる沈黙は気まずくて仕方がない。
私はそれを解消するため、かねてからの疑問をニコラス殿下にぶつける事にした。
「そういえば、ニコラス殿下は、どうしてモニャーク公爵令嬢と踊らないのです?」
ライネ伯爵令嬢は婚約者がいないから、こちら側にいるのは当然だけれど。ニコラス殿下とエレノアが二人揃ってこっちにいる事に何か理由があるのだろうか。
「踊り、好きじゃないんだよ」
彼は苦笑いを浮かべる。
「それだけ、ですか?」
「それと、エレノアはライネ伯爵令嬢といたがっていたから。友達を一人ぼっちさせたくないんだよ。ね?」
そう言って彼はライネ伯爵令嬢に同意を求めた。けれど、不遜にも彼女は返事をせずに、黙ってダンスを眺めるばかりだった。
そんな中、エレノアは薬を持って帰って来た。
「お待たせしました」
彼女は薬を差し出して来た。
「ありがとうございます」
私は受け取るとすぐにそれを飲んだ。
ニコラス殿下はその様子を見守ると「お大事に」と言って去って行った。そして、エレノアは、そんな彼を引き止めることもなければ、彼が席に座っていた理由も聞かなかった。
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