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1章 神様が間違えたから
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私は彼を振り払おうとした。
しかし、ニコラス殿下はそれに気付いたらしく、力強い腕で私を抱きしめて離さない。
そして、強引にも、舌をねじ込んできた。彼から逃れようと顔を逸らすと、髪が乱れる程、頭をがっしりと押さえられて、舌を絡ませてくる。
「んっ、い、・・・・・・ゃ」
息が上手くできない。苦しくて涙が出てきた。それでも、ニコラス殿下がやめてくれる気配はなく、彼は私の唇を貪っていた。
ガタリと音が鳴った。それに反応して、ニコラス殿下は唇を離した。
音のした方をみれば、さっきまで歌っていた彼女、フローラが目を丸くしてこちらを見ていた。
「ちっ・・・・・・」
ニコラス殿下はあからさまに苛立った様子で舌打ちをした。それから、ようやく、私の身体から離れた。
ニコラス殿下から解放された私は、衝動的にその場から走り去った。
※
午後からの記憶は全くといっていい程、なかった。私はどんな風に過ごしていたのだろう。
呆然としたまま、家に帰ると、お父様がいた。
━━ああ、そうだった。婚約解消の話を進めるために今日から王都に滞在するんだった。
お父様の顔を見て、ぼんやりとしていたら、訝しげな目で見られた。
「どうした? 何かあったのか」
「あ、・・・・・・いえ」
濁して立ち去ろうかとも思ったけれど、できなかった。
重大なミスを犯してしまったのだから。それを隠してしまっては、ドルウェルク家に多大な迷惑をかけてしまう。
「すみません、書斎で、二人きりで話したいです」
「・・・・・・分かった」
お父様は静かに立ち上がると、私とともに書斎に向かった。
「話とは?」
書斎の扉が閉まるなり、お父様は言った。
「・・・・・・」
「レイチェル、どうしたんだ?」
言い出さないといけないのに、言葉が上手く出てこない。
「そんなにまずいことなのか。大丈夫だ。大抵の事は何とかなるものだから」
お父様にしては珍しく、楽観的な慰めの言葉をくれた。
「あの」
「うん」
「私、ニコラス殿下に・・・・・・、唇を、奪われてしまって・・・・・・」
お父様の顔付きが変わった。
「どこでだ?」
「学園のテラスです」
「誰かに見られたのか」
頷くとお父様は額に手をあてて項垂れた。
「・・・・・・ごめんなさい」
恥ずかしさと申し訳無さで目に涙が溜まった。
「一先ず座りなさい」
お父様は私の背を押してソファへと連れて行った。
私が座ると、お父様は煙草に火をつけた。
お父様が煙草を吸うのは、疲れている時か、苛立っている時。それを私は知っている。
「何があったのか、初めから説明しなさい」
「・・・・・・はい」
煙がくゆる中で、順を追って説明する。
「つまり、不意打ちで襲われた所を年下の令嬢に見られて衝動的に逃げ出したと」
「はい」
「お前らしくもない」
お父様はそう言うと、煙を吸い込んだ。
━━ああ。どうしたらいいんだろう。
フローラに対して早急に口止めをしないといけないのは分かっている。
でも、もし、すでに、誰かに話していたら?
それに、フローラが口止めに応じてくれるかも分からない。
━━そもそも、見ていたのは本当にフローラだけかしら?
そこで、はっと気付いてしまった。
「あの、お父様」
「何だ?」
「もしかしたら他の人にも見られているかもしれないんです」
「何だと!?」
「テラス席は中庭の様子がよく見えます。・・・・・・逆に言うと、中庭からもよく見えるんじゃないかと」
「なるほど。それで、誰かいたのか」
「・・・・・・ケイン殿下と、ミランダが」
お父様は顔を歪ませた。
最悪な状況なのは自分でも分かっている。
ミランダの事だ。私にケイン殿下とのいちゃつく様子を見せに来ていた彼女が私を観察していないわけがない。
彼女は今頃、私とニコラス殿下の事を面白おかしく言って回っているだろう。
━━ああ。どうして、それにもっと早く気づかなかったのだろう。
手の甲に涙がぽたぽたと落ちた。それが何に対する涙なのか、自分の事なのに、私には分からない。
「参ったな・・・・・・」
お父様は小さな声でつぶやいた。その声で、今は泣いている場合じゃないと悟った。
「こんなにも酷い状況ですが、私にできることはあるのでしょうか」
お父様は眉間にぐっと皺を寄せて煙草の火を揉み消した。
そして、ちらりと私を見たけれど、何も言ってこなかった。
「お父様?」
多分、お父様は何かを思い付いている。思慮深く頭の切れるお父様が何も思い浮かばないなんてことはないはずだ。
「教えて下さいませ。何か考えついたのでしょう?」
「・・・・・・」
お父様は険しい顔でテーブルを見つめながら言った。
「お前に覚悟はあるのか」
「はい。・・・・・・今までドルウェルク家のためにやってきた事をお父様も知っているでしょう?」
お父様は顔をあげて私を見据えた。
「ニコラス殿下の愛人になりなさい」
お父様の言葉に私は固まってしまった。
「嫌なら、この家から出ていくんだ。教会でシスターとして余生を過ごせばいい」
お父様は静かにそう言った。
しかし、ニコラス殿下はそれに気付いたらしく、力強い腕で私を抱きしめて離さない。
そして、強引にも、舌をねじ込んできた。彼から逃れようと顔を逸らすと、髪が乱れる程、頭をがっしりと押さえられて、舌を絡ませてくる。
「んっ、い、・・・・・・ゃ」
息が上手くできない。苦しくて涙が出てきた。それでも、ニコラス殿下がやめてくれる気配はなく、彼は私の唇を貪っていた。
ガタリと音が鳴った。それに反応して、ニコラス殿下は唇を離した。
音のした方をみれば、さっきまで歌っていた彼女、フローラが目を丸くしてこちらを見ていた。
「ちっ・・・・・・」
ニコラス殿下はあからさまに苛立った様子で舌打ちをした。それから、ようやく、私の身体から離れた。
ニコラス殿下から解放された私は、衝動的にその場から走り去った。
※
午後からの記憶は全くといっていい程、なかった。私はどんな風に過ごしていたのだろう。
呆然としたまま、家に帰ると、お父様がいた。
━━ああ、そうだった。婚約解消の話を進めるために今日から王都に滞在するんだった。
お父様の顔を見て、ぼんやりとしていたら、訝しげな目で見られた。
「どうした? 何かあったのか」
「あ、・・・・・・いえ」
濁して立ち去ろうかとも思ったけれど、できなかった。
重大なミスを犯してしまったのだから。それを隠してしまっては、ドルウェルク家に多大な迷惑をかけてしまう。
「すみません、書斎で、二人きりで話したいです」
「・・・・・・分かった」
お父様は静かに立ち上がると、私とともに書斎に向かった。
「話とは?」
書斎の扉が閉まるなり、お父様は言った。
「・・・・・・」
「レイチェル、どうしたんだ?」
言い出さないといけないのに、言葉が上手く出てこない。
「そんなにまずいことなのか。大丈夫だ。大抵の事は何とかなるものだから」
お父様にしては珍しく、楽観的な慰めの言葉をくれた。
「あの」
「うん」
「私、ニコラス殿下に・・・・・・、唇を、奪われてしまって・・・・・・」
お父様の顔付きが変わった。
「どこでだ?」
「学園のテラスです」
「誰かに見られたのか」
頷くとお父様は額に手をあてて項垂れた。
「・・・・・・ごめんなさい」
恥ずかしさと申し訳無さで目に涙が溜まった。
「一先ず座りなさい」
お父様は私の背を押してソファへと連れて行った。
私が座ると、お父様は煙草に火をつけた。
お父様が煙草を吸うのは、疲れている時か、苛立っている時。それを私は知っている。
「何があったのか、初めから説明しなさい」
「・・・・・・はい」
煙がくゆる中で、順を追って説明する。
「つまり、不意打ちで襲われた所を年下の令嬢に見られて衝動的に逃げ出したと」
「はい」
「お前らしくもない」
お父様はそう言うと、煙を吸い込んだ。
━━ああ。どうしたらいいんだろう。
フローラに対して早急に口止めをしないといけないのは分かっている。
でも、もし、すでに、誰かに話していたら?
それに、フローラが口止めに応じてくれるかも分からない。
━━そもそも、見ていたのは本当にフローラだけかしら?
そこで、はっと気付いてしまった。
「あの、お父様」
「何だ?」
「もしかしたら他の人にも見られているかもしれないんです」
「何だと!?」
「テラス席は中庭の様子がよく見えます。・・・・・・逆に言うと、中庭からもよく見えるんじゃないかと」
「なるほど。それで、誰かいたのか」
「・・・・・・ケイン殿下と、ミランダが」
お父様は顔を歪ませた。
最悪な状況なのは自分でも分かっている。
ミランダの事だ。私にケイン殿下とのいちゃつく様子を見せに来ていた彼女が私を観察していないわけがない。
彼女は今頃、私とニコラス殿下の事を面白おかしく言って回っているだろう。
━━ああ。どうして、それにもっと早く気づかなかったのだろう。
手の甲に涙がぽたぽたと落ちた。それが何に対する涙なのか、自分の事なのに、私には分からない。
「参ったな・・・・・・」
お父様は小さな声でつぶやいた。その声で、今は泣いている場合じゃないと悟った。
「こんなにも酷い状況ですが、私にできることはあるのでしょうか」
お父様は眉間にぐっと皺を寄せて煙草の火を揉み消した。
そして、ちらりと私を見たけれど、何も言ってこなかった。
「お父様?」
多分、お父様は何かを思い付いている。思慮深く頭の切れるお父様が何も思い浮かばないなんてことはないはずだ。
「教えて下さいませ。何か考えついたのでしょう?」
「・・・・・・」
お父様は険しい顔でテーブルを見つめながら言った。
「お前に覚悟はあるのか」
「はい。・・・・・・今までドルウェルク家のためにやってきた事をお父様も知っているでしょう?」
お父様は顔をあげて私を見据えた。
「ニコラス殿下の愛人になりなさい」
お父様の言葉に私は固まってしまった。
「嫌なら、この家から出ていくんだ。教会でシスターとして余生を過ごせばいい」
お父様は静かにそう言った。
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