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1章 神様が間違えたから
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お父様は一週間の猶予をくれた。
「二つの選択のうち、好きな方を選びなさい。もし、お前自身で決められないのなら、私がそれを決めることになる」
お父様はよく考えるようにと言っていた。
私が書斎から出て行く間際、お父様がまた、煙草に火をつけていたのを見逃さなかった。
━━お父様は、決して私を見捨てたわけではない。
お父様はむしろ、チャンスをくれたのだ。私がこの家から出ていき、教会に行くことで、愛人として貶められないようにすると言ってくれている。
━━愛人になる方が、お父様にとって、都合がいいに決まっているわ。
元々、私とケイン殿下の結婚は、第二王妃様とニコラス殿下をお父様が警戒してのものだった。
お父様の当初の目的は、ドルウェルク家がケイン殿下を王太子の地位に押し上げる事に手を貸し、第二王妃様の野望を打ち砕く事だった。
しかし、今のケイン殿下では、王太子の地位に就くことは絶対にあり得ない。今のままでは、ニコラス殿下が王太子になる事が目に見えている。
でも、私がニコラス殿下の愛人になったら? 彼を操り、第二王妃様を排斥するように促せば、お父様の目的は達成される。
愛人という立場では、ドルウェルク家に大きな利益を落とせないかもしれないけれど。それでも、私がシスターとなるよりも何倍も良い結果となるだろう。
━━お父様が悪い親なら良かったのに。
私をただの政治の道具として扱う酷い親なら、問答無用で家を飛び出した。あるだけのお金を持ち逃げして、海外に行き、新しい人生を送るのだと意気込んだ事だろう。
でも、お父様はそんな人ではなかった。私にドルウェルクの娘として難題をこなすようにと要求してくる事はあっても、私の身はいつも心配してくれていた。
婚約の解消をしたいと言い出した時だって、怒りもせずに話を聞いてくれて・・・・・・。結局、私の意思を尊重してくれたのだ。
━━今だって、そうだ。
涙がボロボロと溢れて止まらない。
どうすればいいのか、頭では分かっている。
でも、これからの事を思うと、怖くて憂鬱で、屈辱的で堪らなかった。
※
決断をお父様に伝えたのは、三日後の朝の事だった。
「本当に、それでいいのか」
「ええ。ニコラス殿下にお伝え下さい」
「・・・・・・分かった」
お父様の握りしめた拳が震えている。私はそれに気が付かないふりをして学園に向かった。
教室に入ると、一瞬、しんと静かになった。空気が凍りつき、誰もが私に白い目を向ける。
「よく登校できるわよね・・・・・・」
誰かが囁いた声が聞こえた。
私は静かに席に着く。
「おはよう」
エレノアは何事もなかったかのように挨拶をしてきた。
「おはようございます」
私達の様子を人々は遠巻きに見つめているのが嫌という程分かる。
「今日もいい天気ね」
「そうですね」
エレノアはミランダが流した私とニコラス殿下の痴態を、彼女の嘘だと信じて疑わない。ミランダと激しく口論をして、私を庇う様な発言をしたのだと噂で聞いた。
そして、彼女は孤立した私を救うべく、こうして時折、話しかけてくるのだ。
私はそんな彼女がおかしくて、おかしくて・・・・・・。笑うのを必死で我慢した。
ズキリと鈍い痛みが走った。
痛みのせいで顔を歪めたせいだろう。エレノアは大袈裟に心配してきた。
「大丈夫ですよ。いつもの頭痛ですから」
作り笑いを浮かべて、持参した水筒からカモミールティーを飲んだ。今となっては飲み慣れたこのお茶は、気休めにもなりそうにない。
※
下校して家に戻ると、お父様から第一王子宮に行くようにと言われた。他家の紋章が付いた馬車が用意されていて、私はそれに乗って第一王子宮に入った。
裏門から通された私は、案内されるまま人気のない通路を歩き、ニコラス殿下のいる部屋へと通された。
彼は優雅にお茶を飲んでいて、私を見ると破顔した。こんな嬉しそうにする彼を、私は見た事がなかった。
「来てくれて嬉しいよ」
彼はテーブルにカップを置くと、わざわざ立ち上がって私の所にまで来た。
そして、元いた一人掛けの椅子にまで私を連れて行くと、彼は椅子に腰掛けて私を見上げた。
「ここに、座って」
指し示す場所は彼の膝の上で、私は眉間に皺を寄せてしまった。けれど、抗議も抵抗もしない。私は黙って彼の指示に従う。
膝の上に座るとニコラス殿下はすぐに私を抱きしめて来た。そして、私の首筋に顔を押し付けてくる。
「・・・・・・ずっと、こうしたかったんだ」
彼のつぶやきに、私は「そうですか」と言った。
「冷たいね」
「ええ。私はそういう女ですから」
この際だから、はっきりと言っておこう。
「私はドルウェルク家と自分の利益のために行動します」
「うん、分かってる」
「・・・・・・ですので、私からの愛は期待なさらないで下さい」
「いいよ。今はそれで・・・・・・」
━━これからも、彼を愛することなんてないのに。
私は思わず笑ってしまった。
「俺は君を愛してる」
「そうですか」
「あの日、君に助けてもらってから、ずっと・・・・・・」
「・・・・・・」
私は窓の外を眺めた。秋の夕暮れは短く、空はほとんど暗くなりかけている。
「好きだよ」
「・・・・・・」
━━早く帰りたい。
「もう、満足されたでしょう?」
私は彼の腕から逃れて立ち上がる。
「何に?」
「私を手入れられてまだ満足されていないと?」
「うん。・・・・・・全然」
「母親に似て、欲深いです事」
皮肉を込めて笑えば、彼もまた、同じように笑った。
「そうだね。俺は欲深いから」
そう言って立ち上がると、私の手を引いて歩き始めた。
「二つの選択のうち、好きな方を選びなさい。もし、お前自身で決められないのなら、私がそれを決めることになる」
お父様はよく考えるようにと言っていた。
私が書斎から出て行く間際、お父様がまた、煙草に火をつけていたのを見逃さなかった。
━━お父様は、決して私を見捨てたわけではない。
お父様はむしろ、チャンスをくれたのだ。私がこの家から出ていき、教会に行くことで、愛人として貶められないようにすると言ってくれている。
━━愛人になる方が、お父様にとって、都合がいいに決まっているわ。
元々、私とケイン殿下の結婚は、第二王妃様とニコラス殿下をお父様が警戒してのものだった。
お父様の当初の目的は、ドルウェルク家がケイン殿下を王太子の地位に押し上げる事に手を貸し、第二王妃様の野望を打ち砕く事だった。
しかし、今のケイン殿下では、王太子の地位に就くことは絶対にあり得ない。今のままでは、ニコラス殿下が王太子になる事が目に見えている。
でも、私がニコラス殿下の愛人になったら? 彼を操り、第二王妃様を排斥するように促せば、お父様の目的は達成される。
愛人という立場では、ドルウェルク家に大きな利益を落とせないかもしれないけれど。それでも、私がシスターとなるよりも何倍も良い結果となるだろう。
━━お父様が悪い親なら良かったのに。
私をただの政治の道具として扱う酷い親なら、問答無用で家を飛び出した。あるだけのお金を持ち逃げして、海外に行き、新しい人生を送るのだと意気込んだ事だろう。
でも、お父様はそんな人ではなかった。私にドルウェルクの娘として難題をこなすようにと要求してくる事はあっても、私の身はいつも心配してくれていた。
婚約の解消をしたいと言い出した時だって、怒りもせずに話を聞いてくれて・・・・・・。結局、私の意思を尊重してくれたのだ。
━━今だって、そうだ。
涙がボロボロと溢れて止まらない。
どうすればいいのか、頭では分かっている。
でも、これからの事を思うと、怖くて憂鬱で、屈辱的で堪らなかった。
※
決断をお父様に伝えたのは、三日後の朝の事だった。
「本当に、それでいいのか」
「ええ。ニコラス殿下にお伝え下さい」
「・・・・・・分かった」
お父様の握りしめた拳が震えている。私はそれに気が付かないふりをして学園に向かった。
教室に入ると、一瞬、しんと静かになった。空気が凍りつき、誰もが私に白い目を向ける。
「よく登校できるわよね・・・・・・」
誰かが囁いた声が聞こえた。
私は静かに席に着く。
「おはよう」
エレノアは何事もなかったかのように挨拶をしてきた。
「おはようございます」
私達の様子を人々は遠巻きに見つめているのが嫌という程分かる。
「今日もいい天気ね」
「そうですね」
エレノアはミランダが流した私とニコラス殿下の痴態を、彼女の嘘だと信じて疑わない。ミランダと激しく口論をして、私を庇う様な発言をしたのだと噂で聞いた。
そして、彼女は孤立した私を救うべく、こうして時折、話しかけてくるのだ。
私はそんな彼女がおかしくて、おかしくて・・・・・・。笑うのを必死で我慢した。
ズキリと鈍い痛みが走った。
痛みのせいで顔を歪めたせいだろう。エレノアは大袈裟に心配してきた。
「大丈夫ですよ。いつもの頭痛ですから」
作り笑いを浮かべて、持参した水筒からカモミールティーを飲んだ。今となっては飲み慣れたこのお茶は、気休めにもなりそうにない。
※
下校して家に戻ると、お父様から第一王子宮に行くようにと言われた。他家の紋章が付いた馬車が用意されていて、私はそれに乗って第一王子宮に入った。
裏門から通された私は、案内されるまま人気のない通路を歩き、ニコラス殿下のいる部屋へと通された。
彼は優雅にお茶を飲んでいて、私を見ると破顔した。こんな嬉しそうにする彼を、私は見た事がなかった。
「来てくれて嬉しいよ」
彼はテーブルにカップを置くと、わざわざ立ち上がって私の所にまで来た。
そして、元いた一人掛けの椅子にまで私を連れて行くと、彼は椅子に腰掛けて私を見上げた。
「ここに、座って」
指し示す場所は彼の膝の上で、私は眉間に皺を寄せてしまった。けれど、抗議も抵抗もしない。私は黙って彼の指示に従う。
膝の上に座るとニコラス殿下はすぐに私を抱きしめて来た。そして、私の首筋に顔を押し付けてくる。
「・・・・・・ずっと、こうしたかったんだ」
彼のつぶやきに、私は「そうですか」と言った。
「冷たいね」
「ええ。私はそういう女ですから」
この際だから、はっきりと言っておこう。
「私はドルウェルク家と自分の利益のために行動します」
「うん、分かってる」
「・・・・・・ですので、私からの愛は期待なさらないで下さい」
「いいよ。今はそれで・・・・・・」
━━これからも、彼を愛することなんてないのに。
私は思わず笑ってしまった。
「俺は君を愛してる」
「そうですか」
「あの日、君に助けてもらってから、ずっと・・・・・・」
「・・・・・・」
私は窓の外を眺めた。秋の夕暮れは短く、空はほとんど暗くなりかけている。
「好きだよ」
「・・・・・・」
━━早く帰りたい。
「もう、満足されたでしょう?」
私は彼の腕から逃れて立ち上がる。
「何に?」
「私を手入れられてまだ満足されていないと?」
「うん。・・・・・・全然」
「母親に似て、欲深いです事」
皮肉を込めて笑えば、彼もまた、同じように笑った。
「そうだね。俺は欲深いから」
そう言って立ち上がると、私の手を引いて歩き始めた。
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