25 / 103
1章 神様が間違えたから
25
しおりを挟む
「どうして・・・・・・? ドルウェルク辺境伯はあなたを政治の道具として使っているのに?」
お父様の事をろくに知りもしないくせに、知ったような口を利くなんて腹立たしい。
私は場にそぐわない笑顔を彼女に向けた。
「それはモニャーク公爵も同じでしょう?」
私達は父親の政治的意図のもとで、小さな子供の時に王子と婚約させられた。私達が王子と家門との関係を密接にするための道具であった事は紛れもない事実だ。
しかし、目の前にいるこの浅はかな女は、それを認めたくないらしい。
「違います。お父様は私の幸せを考えてくれていますから」
「あなたには信じられないでしょうけれど、私のお父様もそうですよ?」
「でも、・・・・・・もし、私があなたと同じ状況になったとしても、お父様は」
そこまで言って彼女は口を噤んだ。それ以上言葉を続ければ私に対して失礼な物言いになると思ったのだろう。
「それなら、あなたは現実問題から逃げて、モニャーク公爵家の凋落のきっかけを作るんですか」
「そんな事はないです。そうならないように方法を考えますから」
その「方法」が簡単に見つかるのなら、私は愛人になるという道を選ばなかっただろう。
しかし、その話をエレノアにする気は起こらなかった。想像力の足りない彼女にはそれを認められるだけの力量があるとは思えないから。
「・・・・・・私がしたかった話はこんなものではないのです」
私はつぶやいた。
「では、どんな事を言うつもりだったのですか」
私は顔をあげてエレノアの顔をはっきりと見た。
「私はレイチェル・ドルウェルクとしてこの世界に生まれ育ちました。私は貴族の娘です。この世界で貴族の娘として生まれたのなら、それに伴う義務を果たさないといけません。そして、私はそれを理不尽だと思った事がありませんわ」
私はケイン殿下との婚約そのものに関して「理不尽」と感じた事は、一度もなかった。
「今の私は、"プレイヤー"ではないのですから、"名前を付けられていなかった人達"をただのモブだとは思えないのです。私の言動は彼らの人生に少なからず影響を与えます。私を愛し、育ててくれた人達の役に立ちたい。利益をもたらしたい。・・・・・・そして、親兄弟を裏切ったり、見捨てたりしたくない。私の考えはおかしいのでしょうか」
私の問いにエレノアは戸惑っている様だった。何かを言いたげにしてはいたけれど、結局、何も言えず、時折、口をもごもごとさせるだけだった。
「話は終わりでよろしいでしょうか」
「待って!」
エレノアは泣きそうな顔で言った。
「レイチェル嬢の考えは分かりました。安易に『家門の使命という呪縛から逃げて』なんて、言ったのは反省しているわ。でも、私はあなた自身を大切にして欲しい」
「ええ・・・・・・。ご忠告、痛み入ります」
「お願い。ちゃんと聞いて!」
エレノアは大きな声を出した。
「レイチェル嬢。最近のあなたは前にも増して辛そうにしている様に見えます」
━━私が? 辛そう?
思ってもみない言葉が来たせいだろうか。頭の中にビリビリと痛みが駆け抜けた。
他人に感情を悟られるようでは私もまだまだだ。人に弱みを知られてはいけない。辛くても平然と。時に明るく笑えるように、もっと表情に気をつけなきゃ・・・・・・。
私が考えている間にも、エレノア嬢は話を続けていた。痛みと疲れのせいか、その内容がほとんど頭に入って来なかった。
「レイチェル嬢。あなたの人生の結末は"ニコラス殿下の側室"というもので、本当にいいんですか」
かろうじてはっきりと認識できた質問に、私は答えた。
「いいのではないでしょうか。ハッピーエンドではないにしろ、バッドエンドとも言えませんから」
私の言葉にエレノアは困り顔になった。
━━何でそんな顔をするのだろう。
正室になれるのなら、それに越した事はないけれど。側室だって、そこまで悪いものではないはずだ。
欲をかかず、静かに暮らしていれば、私と家門にはそれなりの利益や報酬がもたらされるはずだ。
━━だから、大丈夫。私の人生の結末は、グッドエンドだもの。
私は自分にそう言い聞かせると、にこりと笑顔を作った。
「ごめんなさい。疲れてしまいました。話はまた後日にいたしましょう」
「ええ・・・・・・。ごめんなさい、長々と」
エレノアは浮かない表情で言うと、私を馬車まで送り届けてくれた。
お父様の事をろくに知りもしないくせに、知ったような口を利くなんて腹立たしい。
私は場にそぐわない笑顔を彼女に向けた。
「それはモニャーク公爵も同じでしょう?」
私達は父親の政治的意図のもとで、小さな子供の時に王子と婚約させられた。私達が王子と家門との関係を密接にするための道具であった事は紛れもない事実だ。
しかし、目の前にいるこの浅はかな女は、それを認めたくないらしい。
「違います。お父様は私の幸せを考えてくれていますから」
「あなたには信じられないでしょうけれど、私のお父様もそうですよ?」
「でも、・・・・・・もし、私があなたと同じ状況になったとしても、お父様は」
そこまで言って彼女は口を噤んだ。それ以上言葉を続ければ私に対して失礼な物言いになると思ったのだろう。
「それなら、あなたは現実問題から逃げて、モニャーク公爵家の凋落のきっかけを作るんですか」
「そんな事はないです。そうならないように方法を考えますから」
その「方法」が簡単に見つかるのなら、私は愛人になるという道を選ばなかっただろう。
しかし、その話をエレノアにする気は起こらなかった。想像力の足りない彼女にはそれを認められるだけの力量があるとは思えないから。
「・・・・・・私がしたかった話はこんなものではないのです」
私はつぶやいた。
「では、どんな事を言うつもりだったのですか」
私は顔をあげてエレノアの顔をはっきりと見た。
「私はレイチェル・ドルウェルクとしてこの世界に生まれ育ちました。私は貴族の娘です。この世界で貴族の娘として生まれたのなら、それに伴う義務を果たさないといけません。そして、私はそれを理不尽だと思った事がありませんわ」
私はケイン殿下との婚約そのものに関して「理不尽」と感じた事は、一度もなかった。
「今の私は、"プレイヤー"ではないのですから、"名前を付けられていなかった人達"をただのモブだとは思えないのです。私の言動は彼らの人生に少なからず影響を与えます。私を愛し、育ててくれた人達の役に立ちたい。利益をもたらしたい。・・・・・・そして、親兄弟を裏切ったり、見捨てたりしたくない。私の考えはおかしいのでしょうか」
私の問いにエレノアは戸惑っている様だった。何かを言いたげにしてはいたけれど、結局、何も言えず、時折、口をもごもごとさせるだけだった。
「話は終わりでよろしいでしょうか」
「待って!」
エレノアは泣きそうな顔で言った。
「レイチェル嬢の考えは分かりました。安易に『家門の使命という呪縛から逃げて』なんて、言ったのは反省しているわ。でも、私はあなた自身を大切にして欲しい」
「ええ・・・・・・。ご忠告、痛み入ります」
「お願い。ちゃんと聞いて!」
エレノアは大きな声を出した。
「レイチェル嬢。最近のあなたは前にも増して辛そうにしている様に見えます」
━━私が? 辛そう?
思ってもみない言葉が来たせいだろうか。頭の中にビリビリと痛みが駆け抜けた。
他人に感情を悟られるようでは私もまだまだだ。人に弱みを知られてはいけない。辛くても平然と。時に明るく笑えるように、もっと表情に気をつけなきゃ・・・・・・。
私が考えている間にも、エレノア嬢は話を続けていた。痛みと疲れのせいか、その内容がほとんど頭に入って来なかった。
「レイチェル嬢。あなたの人生の結末は"ニコラス殿下の側室"というもので、本当にいいんですか」
かろうじてはっきりと認識できた質問に、私は答えた。
「いいのではないでしょうか。ハッピーエンドではないにしろ、バッドエンドとも言えませんから」
私の言葉にエレノアは困り顔になった。
━━何でそんな顔をするのだろう。
正室になれるのなら、それに越した事はないけれど。側室だって、そこまで悪いものではないはずだ。
欲をかかず、静かに暮らしていれば、私と家門にはそれなりの利益や報酬がもたらされるはずだ。
━━だから、大丈夫。私の人生の結末は、グッドエンドだもの。
私は自分にそう言い聞かせると、にこりと笑顔を作った。
「ごめんなさい。疲れてしまいました。話はまた後日にいたしましょう」
「ええ・・・・・・。ごめんなさい、長々と」
エレノアは浮かない表情で言うと、私を馬車まで送り届けてくれた。
15
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜
abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。
シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。
元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。
現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。
"容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。
皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。
そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時……
「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」
突然思い出した自らの未来の展開。
このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。
「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」
全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!?
「リヒト、婚約を解消しましょう。」
「姉様は僕から逃げられない。」
(お願いだから皆もう放っておいて!)
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
義兄様と庭の秘密
結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる