【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

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1章 神様が間違えたから

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 ━━国王陛下が俺の婚約者として、レイチェルを候補に考えていた?

 そんな話を聞いた事は一度もなかった。

 なぜ、誰も教えてくれなかった?
 どうして、俺はドルウェルク辺境伯から選ばれなかった? 

 不毛な考えが巡り始める。

 ━━もし、レイチェルが俺の婚約者だったなら・・・・・・。

 彼女は俺の隣りに立つのが当然で、その努力を絶え間なく続けたのだろう。俺のために社交活動を行い、彼女の真価を発揮したに違いない。

 そして、彼女は本当の意味で俺の物になっていたんじゃないか? 彼女は俺に気を許し、当たり前に優しく微笑みかけてくれて、躊躇いなくキスをしてくれる。

 叶わない俺の願いが、叶う可能性があったのでは━━━━

 重苦しい煙草の臭いに、くだらない俺の妄想は霧散した。
 煙草を吸うドルウェルク辺境伯の顔付きが何処となく険しい。彼はきっと、後悔しているのだろう。俺とレイチェルの関係がこんな事になるくらいなら、国王陛下の要請に従っていればよかったと。

「あの要請は、実質的には第二王妃からのものだったんだろう?」
 モニャーク公爵の問いに辺境伯は黙って頷く。
「第二王妃は王都中の貴婦人から嫌われていたからな・・・・・・」
 辺境伯のフォローをしたいのだろうか。公爵は誰にでもなくそうつぶやいた。

 ━━なるほど。何となく理解できた。

 第二王妃は俺を産んで王妃の地位を手に入れたものの、中央の貴族達からは忌み嫌われていた。
 彼女のような出自の悪い野心家を中央政権の貴族達が受け入れるわけもない。その上、当時の中央政権では、第一王妃の家門の力が強かったはずだ。第二王妃の味方を下手にすれば、彼らから酷い仕打ちを受けたのだろう。

 そんな中、第二王妃はきっとこう思ったのだろう。「中央の貴族達が駄目なら、第一王妃の影響力の少ない地方の権力者に子供ニコラスの後ろ楯になってもらえばいいのよ」と。
 そして、彼女は国王陛下にその望みを伝えたに違いない。

 陛下は息子を愛していないが、第一王妃とその家門の事が大嫌いだから、第二王妃の願いを聞き届けようとした。だから、彼はそれを叶えるべく、ドルウェルク辺境伯に要請を出したのだが・・・・・・。
 国王陛下の意思に反し、辺境伯はそれを断った。その上、数年後、辺境伯がレイチェルをよりにもよって第一王妃の息子ケインのもとに嫁がせると決めたのだ。
 それが、国王陛下の逆鱗に触れて恨みを買ったのだろう。

「国王陛下の要請を断った上で、第一王妃側に付くだなんて、ドルウェルク辺境伯は怖い物知らずなんですね」
 胸の内のざわつきが収まらず、つい、嫌味な口調で言ってしまった。
 辺境伯は煙草をふかすだけで何も言わない。
「まあ、その話はもういいだろう・・・・・・」
 モニャーク公爵はそう言って、強引に話を終わらせた。
 胸に引っかかりは残るが、今更その話をしたって仕方がない。

「国王陛下からの賠償の要求については、飲まない方向で行くつもりだ」
 ドルウェルク辺境伯は賠償について話を戻した、
「おそらくだが、焦った第一王妃が国王陛下に、婚約解消を受け入れる様に促すだろうからな」
 辺境伯の意見に公爵は同意した。
「上手く行けば我々は何もしない。しかし、そうでないなら・・・・・・」
 公爵の言葉に辺境伯は目を見て頷いた。

 もし、国王陛下がこれ以上難色を示せば、辺境伯は武力行使も辞さないと匂わせる予定だ。勿論、それを実行するつもりはなく、ただの脅しだが。
「国王陛下は引き際の分かるお方だから、それ以上は何も言ってくるまい」
 長年、陛下に仕えてきたモニャーク公爵の言葉に、俺達は頷きあった。
 国王陛下は横暴で残酷な側面を持つものの、それでも為政者としての責任は果たす人だった。彼は国を陥れるような行為はしない。まして、自分の立場が追い詰められるような事ならなおの事。

 話すべき事は、全て話した。
「では、一日も早い解決に向けて、各々頑張ろうではないか」
 公爵の言葉で俺達の会合は解散する事になった。

 公爵と辺境伯は今日確認と共有した話をもとに、これから、それぞれが必要な行動を起こしていくのだろう。
 公爵邸を出た辺境伯は「王宮に婚約解消の交渉に行ってくる」と言って去っていった。それはまるで、俺が今日もドルウェルク邸に行く事を見透かされているかのように感じられた。

 ━━レイチェルに会いたい。

 俺の頭に、再び不毛な考えが巡り始める。

 "俺とレイチェルとの婚約話"

 それが、ありもしない多くの妄想を引き起こした。それを考えれば考えるほど、虚しさが込み上げてくる。

 ━━彼女を抱きしめて、キスをして。こんなくだらない妄想を振り払おう。

 俺はドルウェルク邸に戻り、彼女の帰りを待つ事にした。







 美術の時間を終えて、教室に戻ると、私の鞄がなくなっていた。

 ━━ああ。また、エレノアの友達にやられちゃった。

 鞄を探す私を見て、遠巻きに令嬢達がくすくすと笑っている。
「どこに行ったのかしら?」
 独り言に反応してくれる人は誰もいない。盗んだ当人である彼女達は勿論の事、関係のない子息令嬢達も知らない顔をする。

 ━━もういいわ。鞄の中に大した物は入っていなかったのだから。

 諦めて私が席に着くと、彼女達は何が面白いのか大笑いをした。

 ここ最近、エレノアの友達からの嫌がらせが過激さを増している。軽く小突いてきたり、物を隠したり、まるでゲームの中の私の様な事をしてくるのだ。
 悪役令嬢であり、辺境伯令嬢という身分の私がまるでゲームの中のヒロインさながらに虐められるとは思ってもみなかった。

 この嫌がらせの首謀者は、エレノア自身ではない。善良で正義感の強い彼女が、こんな事をできるはずがないのだ。彼女は私が虐められているとは、露ほどにも思っていないだろう。

 これは、エレノアの友達の中でも、それ程彼女と仲良くない人達が、良かれと思って勝手にやっている事だ。
 ライネ伯爵令嬢をはじめとするエレノアと親しい人は、こういう嫌がらせはしない。例え、エレノアのためにやった行為だとしても、彼女が喜ばない事を知っているから。

 ━━エレノアには、王太子妃になる自覚を持ってもらわないと。

 彼女の優しく思いやりのある性格は、派閥を越えた人々を引き付ける。それは、彼女の魅力であり、長所である事には間違いないのだけれど。取り巻きの統制が取れていないのは、考えものだ。
 もし、彼女達が今後もエレノアの名の下に、良かれと思って何かをして。それが原因で、エレノアも責任を取らされる事になったら、どうするつもりなのだろう。問題を起こした取り巻き達だけでは責任は取れない。勝手に名前を使われたエレノアまでもが、連帯責任を負わされるのだ。
 そして、その余波はニコラス殿下に及ぶかもしれない。

 私に嫌がらせをするあの令嬢達の名はきちんと覚えておこう。あれは危険な因子だ。彼女達の行為を時折監視して、場合によっては、消し去らないといけない。
 エレノアに直接警告しても、善良な彼女には私の意見を理解できないだろう。かといって、私に執着するニコラス殿下に伝えるのはもっと悪手だ。

 ━━モニャーク公爵に伝えるべきか。あるいは、ローズ王女殿下とライネ伯爵令嬢に協力を仰ぐのが正解かもしれない。

 私がそんな事を考えているとも知らず、誰かが私の背中に消しゴムを投げつけた。

 ━━どうか、傷痕だけはつけないで?

 ニコラス殿下にバレると面倒だ。私は落ちた消しゴムを広い、落とし物としてそれを教卓まで持って行った。
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