【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

文字の大きさ
30 / 103
1章 神様が間違えたから

★30

しおりを挟む




 結局、下校の時間になっても鞄は見つからなかった。仕方がないから寒さ対策として持ってきていたショールに荷物を包み、帰宅した。

 今日も家にニコラス殿下が来ていた。彼はまるで自分の家にいるかの様にゆったりとソファに座り、私に「おかえり」と言った。
「ただいま帰りました」
 返事をすると、彼は立ち上がり、私に付いて部屋まで移動する。

「鞄は?」
 ショールに包まれた荷物を見て、彼は訝しげに尋ねてきた。
「壊れちゃいました」
 彼はじっと私を見つめてくる。
「それより、今日も泊まるつもりです? いい加減に王子宮へ戻らないと」
 話を逸らすために言うと、ニコラス殿下は「そんな事言わないで」とつぶやいた。
 やや不機嫌になった彼を連れて自室に入ると、彼はいきなり抱きしめてきた。その拍子にショールの中の荷物が床に散らばった。
 私はそれを拾うために彼の腕を振り払った。
「ベッドで待っていて下さい」
 夜の行為を望んでいると思ったから、そう言ったのに、ニコラス殿下は黙って荷物を拾って机の上に置いた。
 そして、物憂げな表情でベッドの脇に座り込む。

「どうしたんですか」
 理事の仕事で上手くいかない事でもあったのだろうか。私が何の気なしに彼の隣りに座ると、彼は私の手を握ってきた。
「俺の事、好き?」
 その質問には答えなかった。わざわざ嫌いな事を伝える必要はないから。
「そうか」
 彼は力なく笑うと私の額にキスをした。

「今日も頭痛が酷い?」
「今日は比較的マシですね」
 昨日のマッサージが効いたのか。あるいは、久しぶりによく眠れたからなのか。今日は激しい痛みには襲われなかった。

 ニコラス殿下は私を抱きしめると首筋にキスをした。そして、甘える様に頬を擦り付けてくる。

 ━━本当にどうしたんだろう。

「レイチェル」
「はい」
「俺が王太子になって、・・・・・・それから君が望む形の国王になれたとして、だ。もし、そうなったなら、君は俺に尊敬の念を持ってくれる?」
「勿論」
 私は即答した。
 私が望む理知的で賢明な善き王は、物語にはよく登場するけれど、歴史上にはそうそう現れない。
 常に己を律し、たゆまない努力を続け、賢くあり続けた者だけがなれる存在だから。そんな為政者は滅多に現れないのだ。

「もし、そうなれたのなら。私はあなたという王の妻である事を誇りに思うでしょう」
「そういう俺なら、ずっと一緒にいてくれる?」
「ええ。私にできる事は少ないですが、陰でお支えしますよ」
 ニコラス殿下はふっと笑った。嬉しさと寂しさを感じさせる不思議な笑顔に、私は思わず見惚れてしまった。
「そうか。・・・・・・ずっと一緒にいてね」
 彼はそう言うなり、私の返事も聞かずに唇を重ねた。
 私の返事など、彼には必要ないのだ。彼の中では、きっと、私は彼の傍にいることが決まっているのだろう。

 ニコラス殿下が何を考えているのか分からない。けれど、彼がもし、私の理想の為政者となるのなら。その時は、迷わず彼の背に従おうと思った。







 18歳の春、4年生になったのを機に、馬術部の手伝いをやめた。
 放課後、家に帰るのが遅くなると、ニコラス殿下が拗ねるのだ。
 彼は少しでも長く私と一緒にいたいとよく言っていた。実際、私の帰りが遅い日は決まって泊まろうとする。そうなると、夜の営みは朝方まで続き、私の身が持たなかった。

「ドルウェルク辺境伯令嬢もやめちゃうんですか」
 後輩の馬術部の令嬢に言われて私は苦笑いをした。
「そもそも、私、入部してないから。ただのお手伝いですよ?」
「でも、いなくなっちゃうのは寂しいです」
 愛人と蔑まれ、すっかり腫れ物扱いされている私を慕ってくれるなんて。変な子だ。
「後1年は学園にいるから」
 そう言ってしょんぼりとしている彼女に微笑みかけた。
「また、遊びに来て下さいね」
「ええ」
 彼女と話終えると、馬屋に入って、馬達と別れの挨拶をする。

「テオ」
 テオバルトは私の呼びかけに反応して柵から顔を覗かせた。
「今日で最後なんだ」
 人の言葉が分からない彼はいつも通り、すりすりと甘えてくる。
「真面目に走れば学園で一番速いのはテオだって、知ってるから。これからはちゃんと部員のみんなの言う事を聞くんだよ」
 彼は私の腕をはむはむした。
「・・・・・・やっぱりお前はそのままでいいわ。"悪魔"のままでいてくれた方が噂が耳に入って来そうだから」
 私は彼の顔を撫でて、もう一度別れを告げると、馬屋を去った。







 それから、数ヶ月後の夏。
 私とケイン殿下の婚約はようやく解消された。
 交渉のために王都に来ていたお父様は、これでやっとドルウェルク領に帰れる。お兄様がいるとはいえ、お父様なしで領地を切り盛りするのは心細い、とお母様は手紙で弱音を吐いていたから。お母様はきっとお父様の帰りを喜ぶ事だろう。

 見送りの時、お父様は去り際にこう言った。
「王都の屋敷の管理はお前に任せているのだから、面倒な客が来たら屋敷の管理者として追い返してもいいのだぞ」
 「面倒な客」とは、ニコラス殿下の事だ。彼は月の半分を私のもとで過ごすくらいに入り浸っている。そのおかげで、客室の一つが彼専用の部屋となってしまったくらいだ。
「ふふっ。そんな事はしませんよ。手綱を握るには、優しさも必要ですから」
 そう言いながら、お父様の乗る馬の首筋を撫でると、お父様は珍しく笑った。
「そうか。では、元気でな」
「ええ。お父様も。お母様とお兄様にもよろしくお伝え下さい」
「ああ!」
 その一言でお父様は馬を駆けさせた。
 私はお父様が小さな点となって見えなくなるまで、その背を見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

処理中です...