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1章 神様が間違えたから
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※
自室に戻ると、ニコラス殿下がいた。今日は仕事で忙しいから我が家には来ないと言っていたのに、彼は私を待っていた。
「ニコラス殿下?」
驚く私をよそに、彼は抱きしめてくる。
「お仕事は?」
「抜け出してきた」
「どうして?」
戻る様に言おうとしたのが彼には伝わったらしい。「すぐに行くから」と言って私を椅子に座らせた。
「聞いたよ。ケインの愛人にやられたんだってね」
「ええ・・・・・・。まあ」
話がもう伝わっていたらしい。
「この傷も、あの女が?」
「傷?」
言われて鏡で確認すると、頬に小さな引っ掻き傷ができている事に気が付いた。
「本当ですね。・・・・・・でも、大した事のない傷ですから。すぐに治りますよ」
笑って言えば、彼は顔を顰めた。
「こんな事でお仕事を放り出してはいけませんよ」
「こんな事じゃないだろう? 俺の物に手を出したんだから」
そう言って彼は腕を組んだ。
「あの馬鹿は、俺を舐めているんだ」
「ミランダはただの考えなしですから。深い意図を持ってやったわけではなく、衝動にかられてやったのですよ」
「それなら、なおさら身をもって教えてやるべきだ」
「やっぱり・・・・・・。令嬢達の不自然な退学はニコラス殿下の仕業だったんですね」
彼はわざとらしくも肩をすくめた。
「知らないふりをしても駄目です。どうしてあんな真似を?」
「危険分子はさっさと取り除いておいた方がいい。そうだろう?」
「ですが」
「もう俺が王太子になったも同然だ。取るに足らない第一王子派の家門が少し減ったって大した問題にならないよ。それに、国王陛下も、レイチェルを煩わせる人間を排除する事に賛成していた」
「・・・・・・それは、どういう事ですの?」
国王陛下がお情けで私を助ける様な事はしないはずだ。
「陛下はレイチェルの事を高く買ってくれている。君が俺にどれだけの利益を与えるのか、知っているのさ」
「それは、買い被り過ぎでは?」
ニコラス殿下は首を振る。
「君は自分の価値をもっと知るべきだ。レイチェルが傍にいてくれると思うと、俺がどんなに心強いか」
そう言われて、少し嬉しいと思える自分がいた。
「分かりました。あの令嬢達の事はもういいでしょう」
「うん」
「でも、ミランダを処分してはいけませんよ」
「どうして?」
私はニコラス殿下の耳元に近づき、そっと囁いた。
「あの子には、惨たらしい最期を送りたいのです」
すっと離れて彼を見た。ニコラス殿下は不敵な笑みを浮かべている。
「分かった。君の望む通りにするよ」
彼はそう言って立ち上がった。
「お見送り致しますわ」
「ああ」
私はほんの少し晴れた気持ちで、仕事に戻るニコラス殿下を見送った。
※
18歳の冬、私の学園生活はあっさりと終わりを遂げた。
卒業式が終わると、私は卒業パーティーに参加する事もなく、真っ直ぐに家へ帰った。
嬉しい事に使用人達は私のために豪華な料理と好物の甘いケーキを用意してくれた。それを食べてその日は終わった。呆気ない一日だった。
次の日、ニコラス殿下は一日遅れの卒業祝いをしてくれた。
「卒業おめでとう」
彼はそう言って、花と装飾品の数々を私に手渡した。
「これ以上に価値のある物を、モニャーク公爵令嬢にも渡しましたか」
「うん」
僅かに視線が動いたから、私は装飾品を突き返した。
「受け取れません。花だけいただきますわ」
私は侍女を呼び、花瓶に生ける様にお願いした。
「どうして分かったかな」
「反省するべき箇所はそこではないと思いますよ」
「・・・・・・うん。でも、エレノアにもちゃんと贈ったんだよ?」
「それだけでは、駄目です」
「そもそも、レイチェルのプレゼントが高価になった理由はこれだから、許してよ」
そう言って、彼はペンダントを見せた。
古びたペンダントは、装飾品の意匠が凝っていなくて、とても高価な様には見えない。
「これは?」
「リュミエール王国の賢人が作った魔法のペンダント」
彼の言葉に私は目を丸くした。
リュミエール王国は、隣国で最も長い歴史を誇る国だった。千年前、七人の魔法使いによって建国されたその国は、魔法によって栄華を極め、現在に至るまで存続している。
そのため、リュミエール王国の魔法技術は他国から大きく抜きん出ている。彼らの魔力を込めた魔法道具は一級品で、どれも高価なものばかりだ。
そのリュミエールから魔法道具を取り寄せただけならまだしも。「賢人」と呼ばれる魔法使いが作った魔法道具を、彼はどうやって手に入れたのだろう。
「他の装飾品は諦めるけど・・・・・・。これだけは受け取って」
彼はそう言いながら私の首にペンダントをかけた。
「一見、ただの古びた安物のペンダントのはずなのに。レイチェルが着けると高価に見えるね。不思議だ」
ニコラス殿下はそう言いながら私の頬にキスをした。
「これには、どんな効果があるんですか」
「それはね。生命力を分け与えるお守りだそうだ」
「生命力?」
「ほら、君は頭痛持ちだろう? それが少しでも良くなるように。健康でいられるようにするためのお守りだよ」
それを聞いて何だか胡散臭いと思った。前世にあったパワーストーンのような、効果のよく分からない代物と何が違うのだろう。
━━でも、真剣に選んでくれたみたいだから、それを言ってはいけないわね。
私はにこりと笑った。
「ありがとうございます。これから毎日着けますね」
そう言うと、彼はぎゅっと私を抱きしめた。
自室に戻ると、ニコラス殿下がいた。今日は仕事で忙しいから我が家には来ないと言っていたのに、彼は私を待っていた。
「ニコラス殿下?」
驚く私をよそに、彼は抱きしめてくる。
「お仕事は?」
「抜け出してきた」
「どうして?」
戻る様に言おうとしたのが彼には伝わったらしい。「すぐに行くから」と言って私を椅子に座らせた。
「聞いたよ。ケインの愛人にやられたんだってね」
「ええ・・・・・・。まあ」
話がもう伝わっていたらしい。
「この傷も、あの女が?」
「傷?」
言われて鏡で確認すると、頬に小さな引っ掻き傷ができている事に気が付いた。
「本当ですね。・・・・・・でも、大した事のない傷ですから。すぐに治りますよ」
笑って言えば、彼は顔を顰めた。
「こんな事でお仕事を放り出してはいけませんよ」
「こんな事じゃないだろう? 俺の物に手を出したんだから」
そう言って彼は腕を組んだ。
「あの馬鹿は、俺を舐めているんだ」
「ミランダはただの考えなしですから。深い意図を持ってやったわけではなく、衝動にかられてやったのですよ」
「それなら、なおさら身をもって教えてやるべきだ」
「やっぱり・・・・・・。令嬢達の不自然な退学はニコラス殿下の仕業だったんですね」
彼はわざとらしくも肩をすくめた。
「知らないふりをしても駄目です。どうしてあんな真似を?」
「危険分子はさっさと取り除いておいた方がいい。そうだろう?」
「ですが」
「もう俺が王太子になったも同然だ。取るに足らない第一王子派の家門が少し減ったって大した問題にならないよ。それに、国王陛下も、レイチェルを煩わせる人間を排除する事に賛成していた」
「・・・・・・それは、どういう事ですの?」
国王陛下がお情けで私を助ける様な事はしないはずだ。
「陛下はレイチェルの事を高く買ってくれている。君が俺にどれだけの利益を与えるのか、知っているのさ」
「それは、買い被り過ぎでは?」
ニコラス殿下は首を振る。
「君は自分の価値をもっと知るべきだ。レイチェルが傍にいてくれると思うと、俺がどんなに心強いか」
そう言われて、少し嬉しいと思える自分がいた。
「分かりました。あの令嬢達の事はもういいでしょう」
「うん」
「でも、ミランダを処分してはいけませんよ」
「どうして?」
私はニコラス殿下の耳元に近づき、そっと囁いた。
「あの子には、惨たらしい最期を送りたいのです」
すっと離れて彼を見た。ニコラス殿下は不敵な笑みを浮かべている。
「分かった。君の望む通りにするよ」
彼はそう言って立ち上がった。
「お見送り致しますわ」
「ああ」
私はほんの少し晴れた気持ちで、仕事に戻るニコラス殿下を見送った。
※
18歳の冬、私の学園生活はあっさりと終わりを遂げた。
卒業式が終わると、私は卒業パーティーに参加する事もなく、真っ直ぐに家へ帰った。
嬉しい事に使用人達は私のために豪華な料理と好物の甘いケーキを用意してくれた。それを食べてその日は終わった。呆気ない一日だった。
次の日、ニコラス殿下は一日遅れの卒業祝いをしてくれた。
「卒業おめでとう」
彼はそう言って、花と装飾品の数々を私に手渡した。
「これ以上に価値のある物を、モニャーク公爵令嬢にも渡しましたか」
「うん」
僅かに視線が動いたから、私は装飾品を突き返した。
「受け取れません。花だけいただきますわ」
私は侍女を呼び、花瓶に生ける様にお願いした。
「どうして分かったかな」
「反省するべき箇所はそこではないと思いますよ」
「・・・・・・うん。でも、エレノアにもちゃんと贈ったんだよ?」
「それだけでは、駄目です」
「そもそも、レイチェルのプレゼントが高価になった理由はこれだから、許してよ」
そう言って、彼はペンダントを見せた。
古びたペンダントは、装飾品の意匠が凝っていなくて、とても高価な様には見えない。
「これは?」
「リュミエール王国の賢人が作った魔法のペンダント」
彼の言葉に私は目を丸くした。
リュミエール王国は、隣国で最も長い歴史を誇る国だった。千年前、七人の魔法使いによって建国されたその国は、魔法によって栄華を極め、現在に至るまで存続している。
そのため、リュミエール王国の魔法技術は他国から大きく抜きん出ている。彼らの魔力を込めた魔法道具は一級品で、どれも高価なものばかりだ。
そのリュミエールから魔法道具を取り寄せただけならまだしも。「賢人」と呼ばれる魔法使いが作った魔法道具を、彼はどうやって手に入れたのだろう。
「他の装飾品は諦めるけど・・・・・・。これだけは受け取って」
彼はそう言いながら私の首にペンダントをかけた。
「一見、ただの古びた安物のペンダントのはずなのに。レイチェルが着けると高価に見えるね。不思議だ」
ニコラス殿下はそう言いながら私の頬にキスをした。
「これには、どんな効果があるんですか」
「それはね。生命力を分け与えるお守りだそうだ」
「生命力?」
「ほら、君は頭痛持ちだろう? それが少しでも良くなるように。健康でいられるようにするためのお守りだよ」
それを聞いて何だか胡散臭いと思った。前世にあったパワーストーンのような、効果のよく分からない代物と何が違うのだろう。
━━でも、真剣に選んでくれたみたいだから、それを言ってはいけないわね。
私はにこりと笑った。
「ありがとうございます。これから毎日着けますね」
そう言うと、彼はぎゅっと私を抱きしめた。
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