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1章 神様が間違えたから
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エレノアとの新婚旅行は、常に最悪な気分にさせられた。彼女と長時間、同じ馬車に乗るのは苦痛以外の何物でもなく、それは向こうも同じなのだろう。明るく振る舞い、よくしゃべる事を好む彼女は、だんまりを決め込んでいた。
━━帰りたい。
今すぐ帰ってレイチェルの腕に抱かれたい。あの柔らかな唇にキスをしたい。俺の荒んだ心を優しく癒して欲しい。
旅行の最中に何度、そう思った事だろう。
しかし、そうするわけにはいかない。この新婚旅行は娯楽を目的とした物ではないから。各国を巡遊して、それぞれの国の王族に挨拶をしつつ、各国の視察をするという政治的な意味があるのだ。
エレノアは、王太子妃として、まずまずの仕事をした。各国のマナーをきちんと覚えている彼女は、諸外国の王族を前にして、俺に恥を搔かせることはなかった。彼女は、礼儀正しく挨拶をし、社交辞令を述べて、常ににこにこと笑っていた。
流石は王子妃として育て上げられた公爵家の娘だと感心したが・・・・・・。
彼女はもう一つの仕事に関して、その義務を一切放棄した。
「嫌ですっ! 絶対に嫌!!」
どうやら彼女は、今日も夜の営みを拒むつもりでいるらしい。
ベッドで少し、身体に触れただけでエレノアは過剰な反応をした。枕を抱きしめ、うるさいくらいに泣き喚き、俺との行為を拒否する。
「いい加減に、義務を果たせ!」
エレノアは結婚式の後からずっと、癇癪を起こして初夜を拒否し続けている。
「好きじゃないから」とか、「レイチェル様に悪いから」とか。訳の分からない事を言う彼女に対して苛立ちが募った。
━━これはもう、薬を使うか。
国王陛下は「結婚祝い」と称して俺に媚薬を手渡してきた。
「王太子妃との夜が上手くいかないなら彼女にこれを使うといい」
そう言われた時は己の機能を疑われているようで腹が立ったが・・・・・・。国王陛下は、こんな状況になる事を察して渡してきたのだろう。
俺はエレノアが覚悟を決めるのを待つ事にした。そして、新婚旅行が終わるまでに初夜を終えられたなら、もらった薬は破棄しようと思っていたのだが。この女の強情っぷりを見ていると、とてもじゃないが、情事ができるようになるとは思えない。
「どうして・・・・・・、私と・・・・・・、そういう事、したがるんですか・・・・・・」
しゃくりあげながらエレノアが言った。
「それが君にかせられた義務だからだと、何度も言っているだろう?」
「で、でも・・・・・・。赤ちゃんなら、レイチェルが、産めば、・・・・・・いいじゃないですか」
俺の中で怒りが頂点に達した。
━━こいつは何も分かっていない。
レイチェルは、徹底して側室の立ち位置を守ろうとする。彼女は何事にも出しゃばらず、エレノアの陰に隠れて生きていくのだ。
それなのに、そのエレノアより先に子供を産んだら?
レイチェルは自然に表に引きずり出され、エレノアと露骨な形で比較される事となる。それを彼女は望んでいない。
それにもし、エレノアが俺の子を産まなかったとしたら。レイチェルの産んだ子は、母親から引き離され、王太子妃の子として育てられる事になるだろう。
その事に、おそらく、この女は気付いていない。
そして、何より・・・・・・。俺は今のレイチェルには子供を産んで欲しくなかった。
彼女は長い事ストレスに晒されているせいか、年々、身体が弱くなっているようだった。慢性的な頭痛に、やせ細った身体、化粧で誤魔化された青白い肌。
やつれてしまった彼女を妊娠させるなど、俺には恐ろしくてできなかった。
レイチェルは俺にとって唯一無二の存在だ。
彼女は俺を救ってくれた唯一の人だった。「死ななくていい」と。俺が求めていた言葉をくれた上に抱きしめてくれた優しい人。彼女のあの言葉が少年期の俺の生きる希望だった。
そして、レイチェルは、俺の独りよがりな愛に付き合い、あの王宮で生き残るために俺を手助けしてくれた。彼女は厳しくも優しく、俺を常に支えてくれる、全幅の信頼の置けるパートナーだった。
そんな彼女を俺は失うわけにはいかない。妊娠と出産は健康な女性であっても命を失うリスクを伴う。まして、丈夫でないレイチェルなら、なおさらその危険は増すだろう。
一縷の望みをかけて、高名な賢人が作ったという生命力のペンダントを彼女に贈ったが・・・・・・。
第一王妃の事件の時の彼女の事件を見るに、あれでは「安全」だとは言い切れない。
レイチェルが死んでしまう可能性が少しでもあるのなら、俺は彼女を孕ませない。本当は、彼女に俺の子を産ませ、その腕に抱いている所をみたいが、背に腹は代えられないのだ。
「もういい」
俺の気も知らず癇癪を起こす我儘な女にはうんざりだった。
━━しばらく顔も見たくない。
俺は寝室を出て、応接室のソファで眠る事にした。
エレノアとの新婚旅行は、常に最悪な気分にさせられた。彼女と長時間、同じ馬車に乗るのは苦痛以外の何物でもなく、それは向こうも同じなのだろう。明るく振る舞い、よくしゃべる事を好む彼女は、だんまりを決め込んでいた。
━━帰りたい。
今すぐ帰ってレイチェルの腕に抱かれたい。あの柔らかな唇にキスをしたい。俺の荒んだ心を優しく癒して欲しい。
旅行の最中に何度、そう思った事だろう。
しかし、そうするわけにはいかない。この新婚旅行は娯楽を目的とした物ではないから。各国を巡遊して、それぞれの国の王族に挨拶をしつつ、各国の視察をするという政治的な意味があるのだ。
エレノアは、王太子妃として、まずまずの仕事をした。各国のマナーをきちんと覚えている彼女は、諸外国の王族を前にして、俺に恥を搔かせることはなかった。彼女は、礼儀正しく挨拶をし、社交辞令を述べて、常ににこにこと笑っていた。
流石は王子妃として育て上げられた公爵家の娘だと感心したが・・・・・・。
彼女はもう一つの仕事に関して、その義務を一切放棄した。
「嫌ですっ! 絶対に嫌!!」
どうやら彼女は、今日も夜の営みを拒むつもりでいるらしい。
ベッドで少し、身体に触れただけでエレノアは過剰な反応をした。枕を抱きしめ、うるさいくらいに泣き喚き、俺との行為を拒否する。
「いい加減に、義務を果たせ!」
エレノアは結婚式の後からずっと、癇癪を起こして初夜を拒否し続けている。
「好きじゃないから」とか、「レイチェル様に悪いから」とか。訳の分からない事を言う彼女に対して苛立ちが募った。
━━これはもう、薬を使うか。
国王陛下は「結婚祝い」と称して俺に媚薬を手渡してきた。
「王太子妃との夜が上手くいかないなら彼女にこれを使うといい」
そう言われた時は己の機能を疑われているようで腹が立ったが・・・・・・。国王陛下は、こんな状況になる事を察して渡してきたのだろう。
俺はエレノアが覚悟を決めるのを待つ事にした。そして、新婚旅行が終わるまでに初夜を終えられたなら、もらった薬は破棄しようと思っていたのだが。この女の強情っぷりを見ていると、とてもじゃないが、情事ができるようになるとは思えない。
「どうして・・・・・・、私と・・・・・・、そういう事、したがるんですか・・・・・・」
しゃくりあげながらエレノアが言った。
「それが君にかせられた義務だからだと、何度も言っているだろう?」
「で、でも・・・・・・。赤ちゃんなら、レイチェルが、産めば、・・・・・・いいじゃないですか」
俺の中で怒りが頂点に達した。
━━こいつは何も分かっていない。
レイチェルは、徹底して側室の立ち位置を守ろうとする。彼女は何事にも出しゃばらず、エレノアの陰に隠れて生きていくのだ。
それなのに、そのエレノアより先に子供を産んだら?
レイチェルは自然に表に引きずり出され、エレノアと露骨な形で比較される事となる。それを彼女は望んでいない。
それにもし、エレノアが俺の子を産まなかったとしたら。レイチェルの産んだ子は、母親から引き離され、王太子妃の子として育てられる事になるだろう。
その事に、おそらく、この女は気付いていない。
そして、何より・・・・・・。俺は今のレイチェルには子供を産んで欲しくなかった。
彼女は長い事ストレスに晒されているせいか、年々、身体が弱くなっているようだった。慢性的な頭痛に、やせ細った身体、化粧で誤魔化された青白い肌。
やつれてしまった彼女を妊娠させるなど、俺には恐ろしくてできなかった。
レイチェルは俺にとって唯一無二の存在だ。
彼女は俺を救ってくれた唯一の人だった。「死ななくていい」と。俺が求めていた言葉をくれた上に抱きしめてくれた優しい人。彼女のあの言葉が少年期の俺の生きる希望だった。
そして、レイチェルは、俺の独りよがりな愛に付き合い、あの王宮で生き残るために俺を手助けしてくれた。彼女は厳しくも優しく、俺を常に支えてくれる、全幅の信頼の置けるパートナーだった。
そんな彼女を俺は失うわけにはいかない。妊娠と出産は健康な女性であっても命を失うリスクを伴う。まして、丈夫でないレイチェルなら、なおさらその危険は増すだろう。
一縷の望みをかけて、高名な賢人が作ったという生命力のペンダントを彼女に贈ったが・・・・・・。
第一王妃の事件の時の彼女の事件を見るに、あれでは「安全」だとは言い切れない。
レイチェルが死んでしまう可能性が少しでもあるのなら、俺は彼女を孕ませない。本当は、彼女に俺の子を産ませ、その腕に抱いている所をみたいが、背に腹は代えられないのだ。
「もういい」
俺の気も知らず癇癪を起こす我儘な女にはうんざりだった。
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俺は寝室を出て、応接室のソファで眠る事にした。
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