51 / 103
1章番外編 ローズ王女の苦悩
2
しおりを挟む
ニコラスとエレノア妃の間は相変わらず冷え切ったままだ。仮面夫婦である二人は、公の場では笑顔で並び立つけれど。私的な接触は、互いに控えているようだった。
彼らの間には、恋愛感情はおろか、信頼や尊敬、情というものすら存在しない。
ニコラスにとってエレノア妃は「後ろ楯」という価値を失いつつある憎らしい存在で。一方のエレノア妃にとってニコラスは彼女が世界で唯一嫌っている人物だった。
━━このままだと、エレノア妃は破滅してしまうかもしれない。
ニコラスが後もう少し力をつけてモニャーク家の後ろ楯がいらなくなったら。そして、エレノア妃の死やモニャーク公爵家の転落をあからさまに喜ぶ人物が現れた時。ニコラスはエレノア妃を殺してその人物に罪を擦り付けるだろう。
ニコラスは父母に似て狡猾で欲深い子だ。レイチェル妃を王太子妃にしたいという自分の欲望のためなら、彼はそれくらいの事を躊躇いもなくやってのけるはずだ。
彼の暴走を止めるには、エレノア妃はアーサーお兄様の子を産み、ニコラスの子として育てるしかない。そして、王太子妃が背負う面倒な仕事を黙々とやっていれば、ニコラスは彼女を許すだろう。
━━私がその事をエレノア妃に伝えたとして、彼女はそれを理解してくれるかしら?
彼女はニコラスとの夜の営みを未だに拒否しているらしい。かといって、アーサーお兄様ともプラトニックな関係で肉体関係を持とうとしないから・・・・・・。
━━これは、お兄様の方にアプローチをした方がいいわよね?
お父様との衝突を恐れていても、お兄様は優しいから。エレノア妃やモニャーク公爵家が困った事になるのなら、彼はきっと助けてくれるに違いない。
万が一、お父様にアーサーお兄様とエレノア妃の不倫がバレたら、私が許しを懇願すると約束して━━━━
「王女殿下!」
レイチェル妃に呼ばれてはっとする。
私よりも数十メートル先を歩いていた彼女はしゃがみながら私を見ていた。
「どうかしたの?」
早足で近づくと、彼女地面を指差した。
「キノコです! これ、食べられますか?」
思ってもみない子供っぽい質問に、私は笑った。
「あなたは鹿でないから、それを食べない方がいいわね」
「美味しそうな見た目をしているのに」
赤い傘の毒キノコを見つめながら、レイチェル妃は残念そうにつぶやいた。
「レイチェル妃って、毒キノコに例えられた事がない?」
思った事を言ってみれば、彼女はお得意の笑顔を浮かべた。
「いいえ。でも、毒キノコって、すごい幻覚を引き起こすんですよね?」
「そうね。物によっては、世界がキラキラするらしいわよ」
「私は無理です。キラキラした世界を見せるのは」
彼女は私の嫌味をユーモアで返した。
━━この話術が、社交界で使えないなんて、勿体ないわ。
そんな事を思っている間にも、レイチェル妃は立ち上がった。
そして、また、ゆっくりと歩き始める。私はその背中をぼんやりと眺める。
━━夢は、見せていると思うんだけど。
これを言えば、彼女は即座に否定するだろう。
しかし、レイチェル妃は、ニコラスに夢を見せて狂わせている。それを彼女自身が気付いていないだけだ。
━━レイチェル妃の事を「毒婦」だという人もいるけれど、あながち間違いではないのよね。
レイチェル妃は謎に包まれた側室となりつつある。かつては第二王子妃として社交活動に力を入れていた彼女は、ニコラスの愛人になった途端、完全にそれをやめてしまった。そして、側室となってからは公務を除いて、一切、表に出る事はなくなったのだ。
その彼女の変わりように、人々は当然反応した。レイチェル妃という人間について、興味を持つ彼らは、陰で彼女をネタにして話をしている。
今現在、よく言われているのがレイチェル妃は「毒婦」だという事。
ニコラスを魅了し、彼の愛を欲しいままにする彼女は、夜毎、ニコラスにエレノア妃の悪口を吹き込んでいるのだと。そして、エレノア妃の妊娠を阻んでいるとまことしやかに囁かれている。
一方で、その噂に疑問を抱く人もいた。レイチェル妃がニコラスと夜を過ごすにも関わらず、妊娠の兆しがないからだ。
だから、レイチェル妃がニコラスのおもちゃなのだと一部の人は勘繰っている。ニコラスは彼女を慰み者にして、可愛がるだけ可愛がり、飽きれば簡単に捨てられるように避妊をさせているのだと。
下衆な人達はそんな妄想を語り合って酒のつまみにしているらしい。
━━これだから、噂は信じられない。
レイチェル妃は、王妃達のような私欲に塗れた愚かな人間ではない。
それに、ニコラスはレイチェル妃を愛している。彼女がなかなか妊娠しないのは、おそらくニコラスが身体を悪くしがちな彼女に対して配慮をしているからだろう。
少なくとも、レイチェル妃がミランダと同じような扱いを受けているはずがなかった。それは、ニコラスのレイチェル妃に対する執着を知っている人なら誰でも分かる事だった。
彼らの間には、恋愛感情はおろか、信頼や尊敬、情というものすら存在しない。
ニコラスにとってエレノア妃は「後ろ楯」という価値を失いつつある憎らしい存在で。一方のエレノア妃にとってニコラスは彼女が世界で唯一嫌っている人物だった。
━━このままだと、エレノア妃は破滅してしまうかもしれない。
ニコラスが後もう少し力をつけてモニャーク家の後ろ楯がいらなくなったら。そして、エレノア妃の死やモニャーク公爵家の転落をあからさまに喜ぶ人物が現れた時。ニコラスはエレノア妃を殺してその人物に罪を擦り付けるだろう。
ニコラスは父母に似て狡猾で欲深い子だ。レイチェル妃を王太子妃にしたいという自分の欲望のためなら、彼はそれくらいの事を躊躇いもなくやってのけるはずだ。
彼の暴走を止めるには、エレノア妃はアーサーお兄様の子を産み、ニコラスの子として育てるしかない。そして、王太子妃が背負う面倒な仕事を黙々とやっていれば、ニコラスは彼女を許すだろう。
━━私がその事をエレノア妃に伝えたとして、彼女はそれを理解してくれるかしら?
彼女はニコラスとの夜の営みを未だに拒否しているらしい。かといって、アーサーお兄様ともプラトニックな関係で肉体関係を持とうとしないから・・・・・・。
━━これは、お兄様の方にアプローチをした方がいいわよね?
お父様との衝突を恐れていても、お兄様は優しいから。エレノア妃やモニャーク公爵家が困った事になるのなら、彼はきっと助けてくれるに違いない。
万が一、お父様にアーサーお兄様とエレノア妃の不倫がバレたら、私が許しを懇願すると約束して━━━━
「王女殿下!」
レイチェル妃に呼ばれてはっとする。
私よりも数十メートル先を歩いていた彼女はしゃがみながら私を見ていた。
「どうかしたの?」
早足で近づくと、彼女地面を指差した。
「キノコです! これ、食べられますか?」
思ってもみない子供っぽい質問に、私は笑った。
「あなたは鹿でないから、それを食べない方がいいわね」
「美味しそうな見た目をしているのに」
赤い傘の毒キノコを見つめながら、レイチェル妃は残念そうにつぶやいた。
「レイチェル妃って、毒キノコに例えられた事がない?」
思った事を言ってみれば、彼女はお得意の笑顔を浮かべた。
「いいえ。でも、毒キノコって、すごい幻覚を引き起こすんですよね?」
「そうね。物によっては、世界がキラキラするらしいわよ」
「私は無理です。キラキラした世界を見せるのは」
彼女は私の嫌味をユーモアで返した。
━━この話術が、社交界で使えないなんて、勿体ないわ。
そんな事を思っている間にも、レイチェル妃は立ち上がった。
そして、また、ゆっくりと歩き始める。私はその背中をぼんやりと眺める。
━━夢は、見せていると思うんだけど。
これを言えば、彼女は即座に否定するだろう。
しかし、レイチェル妃は、ニコラスに夢を見せて狂わせている。それを彼女自身が気付いていないだけだ。
━━レイチェル妃の事を「毒婦」だという人もいるけれど、あながち間違いではないのよね。
レイチェル妃は謎に包まれた側室となりつつある。かつては第二王子妃として社交活動に力を入れていた彼女は、ニコラスの愛人になった途端、完全にそれをやめてしまった。そして、側室となってからは公務を除いて、一切、表に出る事はなくなったのだ。
その彼女の変わりように、人々は当然反応した。レイチェル妃という人間について、興味を持つ彼らは、陰で彼女をネタにして話をしている。
今現在、よく言われているのがレイチェル妃は「毒婦」だという事。
ニコラスを魅了し、彼の愛を欲しいままにする彼女は、夜毎、ニコラスにエレノア妃の悪口を吹き込んでいるのだと。そして、エレノア妃の妊娠を阻んでいるとまことしやかに囁かれている。
一方で、その噂に疑問を抱く人もいた。レイチェル妃がニコラスと夜を過ごすにも関わらず、妊娠の兆しがないからだ。
だから、レイチェル妃がニコラスのおもちゃなのだと一部の人は勘繰っている。ニコラスは彼女を慰み者にして、可愛がるだけ可愛がり、飽きれば簡単に捨てられるように避妊をさせているのだと。
下衆な人達はそんな妄想を語り合って酒のつまみにしているらしい。
━━これだから、噂は信じられない。
レイチェル妃は、王妃達のような私欲に塗れた愚かな人間ではない。
それに、ニコラスはレイチェル妃を愛している。彼女がなかなか妊娠しないのは、おそらくニコラスが身体を悪くしがちな彼女に対して配慮をしているからだろう。
少なくとも、レイチェル妃がミランダと同じような扱いを受けているはずがなかった。それは、ニコラスのレイチェル妃に対する執着を知っている人なら誰でも分かる事だった。
10
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜
abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。
シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。
元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。
現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。
"容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。
皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。
そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時……
「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」
突然思い出した自らの未来の展開。
このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。
「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」
全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!?
「リヒト、婚約を解消しましょう。」
「姉様は僕から逃げられない。」
(お願いだから皆もう放っておいて!)
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
義兄様と庭の秘密
結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる