【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

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1章番外編 ローズ王女の苦悩

2

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 ニコラスとエレノア妃の間は相変わらず冷え切ったままだ。仮面夫婦である二人は、公の場では笑顔で並び立つけれど。私的な接触は、互いに控えているようだった。

 彼らの間には、恋愛感情はおろか、信頼や尊敬、情というものすら存在しない。
 ニコラスにとってエレノア妃は「後ろ楯」という価値を失いつつある憎らしい存在で。一方のエレノア妃にとってニコラスは彼女が世界で唯一嫌っている人物だった。

 ━━このままだと、エレノア妃は破滅してしまうかもしれない。

 ニコラスが後もう少し力をつけてモニャーク家の後ろ楯がいらなくなったら。そして、エレノア妃の死やモニャーク公爵家の転落をあからさまに喜ぶ人物が現れた時。ニコラスはエレノア妃を殺してその人物に罪を擦り付けるだろう。
 ニコラスは父母に似て狡猾で欲深い子だ。レイチェル妃を王太子妃にしたいという自分の欲望のためなら、彼はそれくらいの事を躊躇いもなくやってのけるはずだ。

 彼の暴走を止めるには、エレノア妃はアーサーお兄様の子を産み、ニコラスの子として育てるしかない。そして、王太子妃が背負う面倒な仕事を黙々とやっていれば、ニコラスは彼女を許すだろう。

 ━━私がその事をエレノア妃に伝えたとして、彼女はそれを理解してくれるかしら?

 彼女はニコラスとの夜の営みを未だに拒否しているらしい。かといって、アーサーお兄様ともプラトニックな関係で肉体関係を持とうとしないから・・・・・・。

 ━━これは、お兄様の方にアプローチをした方がいいわよね?

 お父様との衝突を恐れていても、お兄様は優しいから。エレノア妃やモニャーク公爵家が困った事になるのなら、彼はきっと助けてくれるに違いない。
 万が一、お父様にアーサーお兄様とエレノア妃の不倫がバレたら、私が許しを懇願すると約束して━━━━

「王女殿下!」
 レイチェル妃に呼ばれてはっとする。
 私よりも数十メートル先を歩いていた彼女はしゃがみながら私を見ていた。
「どうかしたの?」
 早足で近づくと、彼女地面を指差した。

「キノコです! これ、食べられますか?」
 思ってもみない子供っぽい質問に、私は笑った。
「あなたは鹿でないから、それを食べない方がいいわね」
「美味しそうな見た目をしているのに」
 赤い傘の毒キノコを見つめながら、レイチェル妃は残念そうにつぶやいた。

「レイチェル妃って、毒キノコに例えられた事がない?」
 思った事を言ってみれば、彼女はお得意の笑顔を浮かべた。
「いいえ。でも、毒キノコって、すごい幻覚を引き起こすんですよね?」
「そうね。物によっては、世界がキラキラするらしいわよ」
「私は無理です。キラキラした世界を見せるのは」
 彼女は私の嫌味をユーモアで返した。

 ━━この話術が、社交界で使えないなんて、勿体ないわ。

 そんな事を思っている間にも、レイチェル妃は立ち上がった。
 そして、また、ゆっくりと歩き始める。私はその背中をぼんやりと眺める。

 ━━夢は、見せていると思うんだけど。

 これを言えば、彼女は即座に否定するだろう。
 しかし、レイチェル妃は、ニコラスに夢を見せて狂わせている。それを彼女自身が気付いていないだけだ。

 ━━レイチェル妃の事を「毒婦」だという人もいるけれど、あながち間違いではないのよね。

 レイチェル妃は謎に包まれた側室となりつつある。かつては第二王子妃として社交活動に力を入れていた彼女は、ニコラスの愛人になった途端、完全にそれをやめてしまった。そして、側室となってからは公務を除いて、一切、表に出る事はなくなったのだ。

 その彼女の変わりように、人々は当然反応した。レイチェル妃という人間について、興味を持つ彼らは、陰で彼女をネタにして話をしている。
 今現在、よく言われているのがレイチェル妃は「毒婦」だという事。
 ニコラスを魅了し、彼の愛を欲しいままにする彼女は、夜毎、ニコラスにエレノア妃の悪口を吹き込んでいるのだと。そして、エレノア妃の妊娠を阻んでいるとまことしやかに囁かれている。

 一方で、その噂に疑問を抱く人もいた。レイチェル妃がニコラスと夜を過ごすにも関わらず、妊娠の兆しがないからだ。
 だから、レイチェル妃がニコラスのおもちゃなのだと一部の人は勘繰っている。ニコラスは彼女を慰み者にして、可愛がるだけ可愛がり、飽きれば簡単に捨てられるように避妊をさせているのだと。
 下衆な人達はそんな妄想を語り合って酒のつまみにしているらしい。

 ━━これだから、噂は信じられない。

 レイチェル妃は、王妃達のような私欲に塗れた愚かな人間ではない。
 それに、ニコラスはレイチェル妃を愛している。彼女がなかなか妊娠しないのは、おそらくニコラスが身体を悪くしがちな彼女に対して配慮をしているからだろう。
 少なくとも、レイチェル妃がミランダと同じような扱いを受けているはずがなかった。それは、ニコラスのレイチェル妃に対する執着を知っている人なら誰でも分かる事だった。
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