【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

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1章番外編 ローズ王女の苦悩

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 それから数ヶ月後の夏の終わりに、「ケインが戦死した」という知らせが届いた。国境付近の断崖絶壁で懸命に戦っていた彼は、敵の矢に当たり、そのまま崖に落ちていった、と。

 あの子の死を、お父様は悲しまなかった。在りし日の自分とそっくりな見た目をした息子を、彼は自分の子供だと、最後の最後まで認識するつもりはないようだ。
 国葬を挙げず、王家の墓に亡骸を埋葬すら許さなかった事に対して、誰も異議を申し立てなかった。第一王妃の家門は、彼女とともに粛正されたから。
 お父様は、私のお母様を毒殺した一族を滅ぼす事に成功して、きっと満足している事だろう。

 ━━でも、あの子の最期は、こんなにも寂しいもので良いはずがない。

 ケインは、頭の良い子ではなかった。愛人に振り回されて、己の立場を見失い、自滅していった馬鹿な子だ。
 でも、あの子は、決して悪い子ではなかった。本当に、ルトワールの血が流れているのかと疑ってしまう程、善良で優しくて、人を騙せない子だった。

 私は温室から花を摘み、かつての彼の遊び場だった王宮の庭園に向かった。そこで一人、彼を追悼するつもりでいたけれど・・・・・・。
「ニコラス・・・・・・」
 先客であるニコラスは、私を見ると笑った。それは、いつもの作り笑いではなく、哀愁が漂っていて。彼もまた、私と同じようにケインの死を悲しんでいるのだと知った。

 私達は近くのベンチに並んで腰をかけた。
「死んで花をもらっても、嬉しくはないでしょう」
 ニコラスの嫌味に私は力なく笑う事しかできなかった。
「そうね。生きている間に渡しておけば良かった。どんなに嫌な顔をされても・・・・・・」

 あの子はいつの頃だったか、私を毛嫌いするようになっていた。
 小さな頃は、私を見つけると「ねえさま、ねえさま」と言って擦り寄って来ていた。甘える彼はとても可愛らしくて、私は何度も彼を抱きしめて愛情を表現していたというのに。
 ケインは変わってしまった。周りの大人からいらない事を沢山吹き込まれて。プレッシャーを与えられ、姉兄に対する対抗心とコンプレックスを植え付けられた彼は、どんなに辛かった事だろう。

 彼に対する憐れみや後悔の念が渦巻く中、ニコラスはすっと立ち上がった。
「あれは、憐れまれる事を嫌がるでしょうから、俺はこの辺で」
 そう言って、彼はそそくさと立ち去る。
 酷い物言いだけれど、あれはきっとニコラス流の励ましであり、優しさだと思った。
 だから、私は、寂しさを抱えながらも、ケインの事で悩むのはやめた。死んだ人間に対して、私に出来ることはないのだから。私は全知全能の神ではないのだ。
 その代わり、神に沢山祈った。どうか、ケインが天国で安らかに過ごせますように、と。







 ケインの訃報から3日後、ミランダが私に会いたいと言ってきた。いつもなら、それを拒否したけれど、今日だけは彼女の願いを聞き届けてもいいと思った。私は、彼女の口から追悼の言葉を聞きたかったのだ。

 でも、それは私の甘い考えだったと思い知らされた。
「ローズ様、私を助けて下さい」
 彼女は自分がどんなに酷い目に遭っているのかを語るばかりで、ケインの事など一言も口にしなかった。
 もしかしたら、ケインの死を彼女は聞かされていないのかと思い、それを伝えると、ミランダはそれを「どうでもいい」と一蹴した。

「彼の事はもう、どうでもいいんです。彼は私がこんな目に遭っても、何もしてくれない酷い人ですから」

 その瞬間、血の気が引いていくのを感じた。

 ━━どうでもいい? 何もしてくれない酷い人?

「あの子は、戦地に追いやられたのよ?」
「そんなの私には関係ない! そもそも、メインヒーロー何だから、勝って帰るのが当然なのよ!! それなのに、あいつは・・・・・・」
 忌々しそうに、わけのわからない恨み言を言う女に、私はお茶をかけた。

「きゃっ! 何するんですか」
「頭、冷やした方がいいかなと思って」
 笑って言えば、ミランダは私に掴みかかろうとしてきた。近くにいた私の護衛がそれを止めにかかる。暴れるミランダの頭を護衛は押さえつけて、地に伏させた。
 私はそれをじっと見下ろした。
「何を勘違いしているのか知らないけれど、死んだってケインはルトワールの人間だから。あなたみたいな卑しい存在が見くびっていいわけないのよ」
 ミランダは血走った目で私を睨み付けてきた。そんな彼女に、私は蹴りを入れた。

「あなたがケインを惑わせて、破滅させるきっかけを作った事を、私は絶対に許さないから。あなたみたいな人間は死ぬまでお父様のおもちゃであり続けるといいわ」
 もう一度、蹴りつけると私は護衛に、ミランダを私の宮から出すように命令した。
 引きずられていく彼女は、文句を喚き散らしていたけれど、彼女に同情を向ける人は誰もいない。勿論、私を咎める人も。

「王女殿下」
 傍で控えていたレベッカが心配そうに呼びかけてきた。
「・・・・・・私とした事が取り乱してしまったわね」
 私は髪をかきあげて、椅子に座り直した。
「新しいお茶をお出しましょうか」
「そうしてちょうだい」
 レベッカは気の利く子だと改めて思った。私の気疲れにこうして対応できるのだから。

 ━━この子のためにも、エレノア妃の件をどうにかしないと。

 レベッカは親友の事をとても気にしている。彼女は、エレノア妃が酷い扱いを受けている現状に心を痛めているのだ。
 それなのに、私がミランダ如きに時間を割かれている場合じゃない。

「どうぞ」

 レベッカが出したお茶を飲み、私は気持ちを落ち着かせた。
「もう、ケインみたいな可哀想な子を作るのは嫌だわ」
 私のつぶやきをレベッカは黙って聞いている。
「エレノア妃の事、何とかしてみるから」
 そう言うと、レベッカは小さな声で「ありがとうございます」とつぶやいた。



番外編「ローズ王女の苦悩」了
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