【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

文字の大きさ
53 / 103
1章番外編 ローズ王女の苦悩

4

しおりを挟む
「まさか、ここで王位継承権を巡る争いをむし返そうと?」
 低い声でニコラスは言った。
「そんなはずはないでしょう? ただ、時間稼ぎをしたいの」
 どうせ私は国外に嫁ぐ事は出来ないのだ。二人の王妃は社交界の華にはなれないのだから、私がその立場にあり続ける必要がある。そうする事で、不穏な因子からこの国を守っていかなければならない。お父様だって、私にその役割を期待しているとはっきりおっしゃったのだから。

「今の状況では、私が和平の象徴として外国に嫁ぐ事ができないと、あなたも知っているでしょう?」
「それで子供を作ると? 将来、俺の子と争いになるかもしれないのに?」
「そもそも、今の状況であなたに子どもが作れる? このままでは、やがて、新たな妃を迎え入れるべきだと主張する者が現れるわ」
 そうなった場合、お父様はきっと、ニコラスに新たな妃を迎え入れさせるだろう。そうなると、新たな妃とその家門は、二人の妃に対して対抗心を燃やすに違いない。エレノア妃を王太子妃の座から引きずり下ろそうと画策し、レイチェル妃には散々な嫌がらせをして。
 次代の王位継承争いの幕開け━━━━
 そんな未来が私にははっきりと見える。

「だから、私が子供を産んでおくわ。あなたの子を急かされても、私の子を引き合いに出せば、新たな妃を迎え入れる流れは止められるはずだから」
「その考えを国王陛下に話したのですか」
「ええ」
 ニコラスの眉間に皺が寄った。

「エレノアに、すぐにでも子供を産ませる必要がありますね」
 ニコラスは吐き捨てるように言った。
「レイチェル妃に産ませる気はないの?」
 聞いた途端、彼は鼻で笑った。
「彼女に? 冗談じゃない」
「どうして? 愛する人に自分の子を抱かせたいとは思わないものなの?」
「・・・・・・世の中、愛よりも優先するべき物は山程あると、姉上も知っているでしょう?」
 ニコラスはそう言うと立ち上がった。彼は「忙しいのでこれで」と言って、返事も待たずに立ち去った。







 それから1週間後、少しだけ事態は進展した。エレノア妃が、レイチェル妃に対して思いの丈をぶつけたのだ。
 ニコラスを愛せないでいる事、彼と離婚したい事、子供を迫られ拒否すれば、愛する人と不倫をしてでも産めと言われた事・・・・・・。
 エレノア妃は腹の内側に溜めに溜め込んでいた全ての不満を彼女にぶち撒けたらしい。

「それで、レイチェル妃は何と言っていたの?」
 エレノア妃に尋ねると、彼女は先程から変わらず、暗い顔で答えた。
「ニコラス様の言う通り、アーサー様の子を産みなさいと。私達が黙っていたら、事実なんて闇に葬られるのだから気にしなくていいと言われました」
「レイチェル妃らしいわね」
「・・・・・・そうですね」
 エレノア妃は手に持っていたハンカチを握りしめた。

「そう言われる事は、薄々分かってはいた事なんです。でも、彼女を目の前にしたら、色んな感情が溢れて来ちゃって・・・・・・」
 エレノア妃はぽとぽとと涙を落とした。
「私、酷い事をレイチェル妃に言いました。彼女に当たったって、どうしょうもないのに。まるで全部彼女のせい、みたいに言って・・・・・・」
 こんな状況でも、エレノア妃は人の心配をする。今の彼女からしてみれば、レイチェル妃は憎くて仕方がないだろうに。それでも、彼女は酷い言葉を浴びせたと自分を責めるのだ。

「あなたは悪くないわよ。そんなに泣かないで」
「でも・・・・・・。その話をしてからレイチェル妃の顔色が良くないんです」
「彼女の顔色が良くないのはいつもの事よ」
「でも・・・・・・」
「それより、あなたがそうした後に、レイチェル妃がどんな反応をしたのか気になるわ」
「それは・・・・・・」
 エレノア妃はそのやり取りを思い出しているのか、じっと遠くを見た。

「レイチェル妃は私の酷い罵倒を聞いた後に言ったんです。現状を変えたいのなら、国王陛下に訴えかけなさいと」
「何を訴えるというの?」
「私がニコラス様ではなく、アーサー様の妻である方が、この国にとってプラスになると。そういう理由を作って、それを国王陛下に訴えかけ、彼を納得させる事でしか、私の望む未来は起こり得ないと・・・・・・。彼女は言っていました」
「なるほどね」

 レイチェル妃はお父様の性格を随分と理解しているらしい。
 お父様は何だかんだでロズウェルのために動く人だから。あまり好きではない異母弟にこれ以上、物をあげたくないという心理や、息子の名誉よりも、国益を優先するに決まっている。

 しかし、その意見には、疑問もあった。
「でも、その理由を作るのは難しいのではなくて?」
「私もそう思って、レイチェル妃に言ったんです。そうしたら、彼女は言ったんです。モニャーク家の財産の一部とエイメル公国の魔導技術の特許権を譲れば、国王陛下はきっと満足されるだろうって」
 アーサーお兄様は魔導技術の開拓に勤しんでいた。頭打ちとなっている魔法技術に早い段階から見切りをつけて、新たに台頭してきた魔導技術で物作りをする事に決めたのだ。
 魔導列車がその最たる例で、あれは物の流動に革新をもたらすものとなるだろう。そして、それはやがて、ロズウェル王国全体の生活を変えていくものになるはずだ。

「ロズウェル王国王太子妃と引き換えに魔導技術の特許権を得る・・・・・・か。多少の不名誉とスキャンダルは否めないけれど、それでもお父様からしてみれば悪くない条件ね」
 ただ、問題はあった。アーサーお兄様がそうしてまでエレノア妃を得ようとする程、彼女を愛しているのか。そして、不名誉を被るニコラスが黙ってそれを受け入れるか。
 ここで、それを考えていても、答えは分からない。

 しかし、私は、この哀れな王太子妃を、何とかこの王宮から逃がしてあげたいと、心から願った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。 シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。 元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。 現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。 "容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。 皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。 そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時…… 「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」 突然思い出した自らの未来の展開。 このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。 「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」 全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!? 「リヒト、婚約を解消しましょう。」         「姉様は僕から逃げられない。」 (お願いだから皆もう放っておいて!)

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...