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1章番外編 ローズ王女の苦悩
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「まさか、ここで王位継承権を巡る争いをむし返そうと?」
低い声でニコラスは言った。
「そんなはずはないでしょう? ただ、時間稼ぎをしたいの」
どうせ私は国外に嫁ぐ事は出来ないのだ。二人の王妃は社交界の華にはなれないのだから、私がその立場にあり続ける必要がある。そうする事で、不穏な因子からこの国を守っていかなければならない。お父様だって、私にその役割を期待しているとはっきりおっしゃったのだから。
「今の状況では、私が和平の象徴として外国に嫁ぐ事ができないと、あなたも知っているでしょう?」
「それで子供を作ると? 将来、俺の子と争いになるかもしれないのに?」
「そもそも、今の状況であなたに子どもが作れる? このままでは、やがて、新たな妃を迎え入れるべきだと主張する者が現れるわ」
そうなった場合、お父様はきっと、ニコラスに新たな妃を迎え入れさせるだろう。そうなると、新たな妃とその家門は、二人の妃に対して対抗心を燃やすに違いない。エレノア妃を王太子妃の座から引きずり下ろそうと画策し、レイチェル妃には散々な嫌がらせをして。
次代の王位継承争いの幕開け━━━━
そんな未来が私にははっきりと見える。
「だから、私が子供を産んでおくわ。あなたの子を急かされても、私の子を引き合いに出せば、新たな妃を迎え入れる流れは止められるはずだから」
「その考えを国王陛下に話したのですか」
「ええ」
ニコラスの眉間に皺が寄った。
「エレノアに、すぐにでも子供を産ませる必要がありますね」
ニコラスは吐き捨てるように言った。
「レイチェル妃に産ませる気はないの?」
聞いた途端、彼は鼻で笑った。
「彼女に? 冗談じゃない」
「どうして? 愛する人に自分の子を抱かせたいとは思わないものなの?」
「・・・・・・世の中、愛よりも優先するべき物は山程あると、姉上も知っているでしょう?」
ニコラスはそう言うと立ち上がった。彼は「忙しいのでこれで」と言って、返事も待たずに立ち去った。
※
それから1週間後、少しだけ事態は進展した。エレノア妃が、レイチェル妃に対して思いの丈をぶつけたのだ。
ニコラスを愛せないでいる事、彼と離婚したい事、子供を迫られ拒否すれば、愛する人と不倫をしてでも産めと言われた事・・・・・・。
エレノア妃は腹の内側に溜めに溜め込んでいた全ての不満を彼女にぶち撒けたらしい。
「それで、レイチェル妃は何と言っていたの?」
エレノア妃に尋ねると、彼女は先程から変わらず、暗い顔で答えた。
「ニコラス様の言う通り、アーサー様の子を産みなさいと。私達が黙っていたら、事実なんて闇に葬られるのだから気にしなくていいと言われました」
「レイチェル妃らしいわね」
「・・・・・・そうですね」
エレノア妃は手に持っていたハンカチを握りしめた。
「そう言われる事は、薄々分かってはいた事なんです。でも、彼女を目の前にしたら、色んな感情が溢れて来ちゃって・・・・・・」
エレノア妃はぽとぽとと涙を落とした。
「私、酷い事をレイチェル妃に言いました。彼女に当たったって、どうしょうもないのに。まるで全部彼女のせい、みたいに言って・・・・・・」
こんな状況でも、エレノア妃は人の心配をする。今の彼女からしてみれば、レイチェル妃は憎くて仕方がないだろうに。それでも、彼女は酷い言葉を浴びせたと自分を責めるのだ。
「あなたは悪くないわよ。そんなに泣かないで」
「でも・・・・・・。その話をしてからレイチェル妃の顔色が良くないんです」
「彼女の顔色が良くないのはいつもの事よ」
「でも・・・・・・」
「それより、あなたがそうした後に、レイチェル妃がどんな反応をしたのか気になるわ」
「それは・・・・・・」
エレノア妃はそのやり取りを思い出しているのか、じっと遠くを見た。
「レイチェル妃は私の酷い罵倒を聞いた後に言ったんです。現状を変えたいのなら、国王陛下に訴えかけなさいと」
「何を訴えるというの?」
「私がニコラス様ではなく、アーサー様の妻である方が、この国にとってプラスになると。そういう理由を作って、それを国王陛下に訴えかけ、彼を納得させる事でしか、私の望む未来は起こり得ないと・・・・・・。彼女は言っていました」
「なるほどね」
レイチェル妃はお父様の性格を随分と理解しているらしい。
お父様は何だかんだでロズウェルのために動く人だから。あまり好きではない異母弟にこれ以上、物をあげたくないという心理や、息子の名誉よりも、国益を優先するに決まっている。
しかし、その意見には、疑問もあった。
「でも、その理由を作るのは難しいのではなくて?」
「私もそう思って、レイチェル妃に言ったんです。そうしたら、彼女は言ったんです。モニャーク家の財産の一部とエイメル公国の魔導技術の特許権を譲れば、国王陛下はきっと満足されるだろうって」
アーサーお兄様は魔導技術の開拓に勤しんでいた。頭打ちとなっている魔法技術に早い段階から見切りをつけて、新たに台頭してきた魔導技術で物作りをする事に決めたのだ。
魔導列車がその最たる例で、あれは物の流動に革新をもたらすものとなるだろう。そして、それはやがて、ロズウェル王国全体の生活を変えていくものになるはずだ。
「ロズウェル王国王太子妃と引き換えに魔導技術の特許権を得る・・・・・・か。多少の不名誉とスキャンダルは否めないけれど、それでもお父様からしてみれば悪くない条件ね」
ただ、問題はあった。アーサーお兄様がそうしてまでエレノア妃を得ようとする程、彼女を愛しているのか。そして、不名誉を被るニコラスが黙ってそれを受け入れるか。
ここで、それを考えていても、答えは分からない。
しかし、私は、この哀れな王太子妃を、何とかこの王宮から逃がしてあげたいと、心から願った。
低い声でニコラスは言った。
「そんなはずはないでしょう? ただ、時間稼ぎをしたいの」
どうせ私は国外に嫁ぐ事は出来ないのだ。二人の王妃は社交界の華にはなれないのだから、私がその立場にあり続ける必要がある。そうする事で、不穏な因子からこの国を守っていかなければならない。お父様だって、私にその役割を期待しているとはっきりおっしゃったのだから。
「今の状況では、私が和平の象徴として外国に嫁ぐ事ができないと、あなたも知っているでしょう?」
「それで子供を作ると? 将来、俺の子と争いになるかもしれないのに?」
「そもそも、今の状況であなたに子どもが作れる? このままでは、やがて、新たな妃を迎え入れるべきだと主張する者が現れるわ」
そうなった場合、お父様はきっと、ニコラスに新たな妃を迎え入れさせるだろう。そうなると、新たな妃とその家門は、二人の妃に対して対抗心を燃やすに違いない。エレノア妃を王太子妃の座から引きずり下ろそうと画策し、レイチェル妃には散々な嫌がらせをして。
次代の王位継承争いの幕開け━━━━
そんな未来が私にははっきりと見える。
「だから、私が子供を産んでおくわ。あなたの子を急かされても、私の子を引き合いに出せば、新たな妃を迎え入れる流れは止められるはずだから」
「その考えを国王陛下に話したのですか」
「ええ」
ニコラスの眉間に皺が寄った。
「エレノアに、すぐにでも子供を産ませる必要がありますね」
ニコラスは吐き捨てるように言った。
「レイチェル妃に産ませる気はないの?」
聞いた途端、彼は鼻で笑った。
「彼女に? 冗談じゃない」
「どうして? 愛する人に自分の子を抱かせたいとは思わないものなの?」
「・・・・・・世の中、愛よりも優先するべき物は山程あると、姉上も知っているでしょう?」
ニコラスはそう言うと立ち上がった。彼は「忙しいのでこれで」と言って、返事も待たずに立ち去った。
※
それから1週間後、少しだけ事態は進展した。エレノア妃が、レイチェル妃に対して思いの丈をぶつけたのだ。
ニコラスを愛せないでいる事、彼と離婚したい事、子供を迫られ拒否すれば、愛する人と不倫をしてでも産めと言われた事・・・・・・。
エレノア妃は腹の内側に溜めに溜め込んでいた全ての不満を彼女にぶち撒けたらしい。
「それで、レイチェル妃は何と言っていたの?」
エレノア妃に尋ねると、彼女は先程から変わらず、暗い顔で答えた。
「ニコラス様の言う通り、アーサー様の子を産みなさいと。私達が黙っていたら、事実なんて闇に葬られるのだから気にしなくていいと言われました」
「レイチェル妃らしいわね」
「・・・・・・そうですね」
エレノア妃は手に持っていたハンカチを握りしめた。
「そう言われる事は、薄々分かってはいた事なんです。でも、彼女を目の前にしたら、色んな感情が溢れて来ちゃって・・・・・・」
エレノア妃はぽとぽとと涙を落とした。
「私、酷い事をレイチェル妃に言いました。彼女に当たったって、どうしょうもないのに。まるで全部彼女のせい、みたいに言って・・・・・・」
こんな状況でも、エレノア妃は人の心配をする。今の彼女からしてみれば、レイチェル妃は憎くて仕方がないだろうに。それでも、彼女は酷い言葉を浴びせたと自分を責めるのだ。
「あなたは悪くないわよ。そんなに泣かないで」
「でも・・・・・・。その話をしてからレイチェル妃の顔色が良くないんです」
「彼女の顔色が良くないのはいつもの事よ」
「でも・・・・・・」
「それより、あなたがそうした後に、レイチェル妃がどんな反応をしたのか気になるわ」
「それは・・・・・・」
エレノア妃はそのやり取りを思い出しているのか、じっと遠くを見た。
「レイチェル妃は私の酷い罵倒を聞いた後に言ったんです。現状を変えたいのなら、国王陛下に訴えかけなさいと」
「何を訴えるというの?」
「私がニコラス様ではなく、アーサー様の妻である方が、この国にとってプラスになると。そういう理由を作って、それを国王陛下に訴えかけ、彼を納得させる事でしか、私の望む未来は起こり得ないと・・・・・・。彼女は言っていました」
「なるほどね」
レイチェル妃はお父様の性格を随分と理解しているらしい。
お父様は何だかんだでロズウェルのために動く人だから。あまり好きではない異母弟にこれ以上、物をあげたくないという心理や、息子の名誉よりも、国益を優先するに決まっている。
しかし、その意見には、疑問もあった。
「でも、その理由を作るのは難しいのではなくて?」
「私もそう思って、レイチェル妃に言ったんです。そうしたら、彼女は言ったんです。モニャーク家の財産の一部とエイメル公国の魔導技術の特許権を譲れば、国王陛下はきっと満足されるだろうって」
アーサーお兄様は魔導技術の開拓に勤しんでいた。頭打ちとなっている魔法技術に早い段階から見切りをつけて、新たに台頭してきた魔導技術で物作りをする事に決めたのだ。
魔導列車がその最たる例で、あれは物の流動に革新をもたらすものとなるだろう。そして、それはやがて、ロズウェル王国全体の生活を変えていくものになるはずだ。
「ロズウェル王国王太子妃と引き換えに魔導技術の特許権を得る・・・・・・か。多少の不名誉とスキャンダルは否めないけれど、それでもお父様からしてみれば悪くない条件ね」
ただ、問題はあった。アーサーお兄様がそうしてまでエレノア妃を得ようとする程、彼女を愛しているのか。そして、不名誉を被るニコラスが黙ってそれを受け入れるか。
ここで、それを考えていても、答えは分からない。
しかし、私は、この哀れな王太子妃を、何とかこの王宮から逃がしてあげたいと、心から願った。
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