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 ナーシャに本当のことを話したら、真面目な彼女は私を焼き払おうとするかもしれない。



 あの当時、僅かながらも自我を取り戻したティアは、言葉を発し、少しの会話をできるようになった。
 そして、ティアは行為の最中、事あるごとに私への愛を囁くようになった。"好き"、"大好き"という単純で単調な言葉を何度も、何度も。

 ある日、行為の最中に彼女に聞いてみたことがある。「何で私が好きなの?」って。
 理由を知りたかったわけではない。その日のただの気まぐれで、お遊びの一環だった。激しく突いてあげて、答えられないティアに罰を与えるつもりだったけど。ティアはちゃんと答えてくれた。

 "エルド、ノア、さま、は、んんっ。私を、んあっ、守って、あんっ、あっ。くっれる、からっ。おねが、いっ、んっ、ああっ。かなえ、て、くれて、るっ、からっ。あっ、ああっ。すきっ、なのっ"

 私はその言葉を聞いて笑ってしまった。
 私は彼女を守ってなどいなかった。ティアは私がこの世界に留まるための便利な道具でしかなかった。完全に壊されるのは困るが、直せるのなら多少傷つけられても問題なかった。
 それに、彼女の真なる願いも叶えていなかった。なんなら叶えてやるつもりも毛頭なかった。
 この壊れかけた世界では彼女の願いは叶うはずがない。もし万が一にも叶ってしまったら、ティアとの契約は終わり、私は天界に帰ることになる。私はシトレディスに復讐をする前にこの世界を離れるつもりはなかった。
 だから、見当違いなことを言うティアを嘲笑っていた。

 でも、いつの間にか私は彼女を好きになっていたらしい。行為をする度に愛の言葉を聞かされたせいだろうか。それとも単純に、何度も身体を重ねたせいだろうか。理由は分からない。いつ好きになったのかさえも。
 ただ、私がティアを好きだと認識した日のことは今でもはっきりと覚えている。

 あの日、ティアはシトレディスの信徒と行為をした後、私の下にやって来た。そして彼女は脚を広げると無邪気にも自分で穴を広げてみせて私に言った。「私はちゃんと役に立ってますか」って。
 信徒のものであろう精液が彼女の中から零れ落ちるのを見て、私の中で沸々と怒りが湧いた。そして気がついたら、私はティアを浴槽に引きずり込んでいた。
 勢いよくお湯を出してシャワーを秘所に当てた。ティアは泣いて許しを乞うていたけどイクまでやめなかった。
 イッた後も彼女は泣いていた。立ち去ろうとする私の足にしがみついてティアは謝罪した。

 "ごめんなさい。ちゃんとエルドノア様の役に立つようにしますから"

 見当違いなことで謝るティアに腹を立てると同時に愛おしいとも思った。そして、哀れだとも。

 私はそれ以来、ティアを働かせるのをやめた。それから、ティアをちゃんと守ることにした。状況からいって願いを叶えてはやることはできない。でも、せめて彼女の望むようにそばにいて守ってやりたかった。彼女のやりたいことをやらせて少しでも幸せを味合わせてやりたかった。

 そうやってこの狂った世界で彼女と何十年も過ごした時、ティアの願いが変質していることに気がついた。
 人の願いは日々変わる。時が経てば多かれ、少なかれ変わってしまうものだ。

 私を召喚した当初のティアの願いは"人間らしく生きたい"だった。あの薄汚い男はティアを犬扱いして虐待していた。だからそう願ってしまったのだろう。
 でも、いつの間にか、ティアの願いはより叶うはずのないものに変化していた。

 "エルドノア様とともにいつまでも生きていたい"

 その願いは、シトレディスの真なる信徒である男が彼女に願ったものと同じだった。
 "神とともに永遠に生きたい"とは、人の領分を超えた愚かな願いだ。叶えられるはずのない願い。叶えることは時空の神であれ生命の神であれ決して許されはしない。

 でも、私は愚かにも彼女の願いを叶えてやりたいと思った。そして、世界を利用すれば叶えられるとも。
 人が神の眷属でいられる時間は限られている。一定以上の時を眷属として過ごせば、肉体と魂が人とは呼べなくらい変質してしまう。それを放っておけば、魂を私の中に戻すことすらできなくなるだろう。だから、通常であれば、数年以内に隷属関係を断ち切らなければいけなかった。

 でも、この世界はある一定まで時間が進むと巻き戻るようになっている。円を描くように廻り続けて前に進むことなどない。
 狂った時間の法則は隷属関係にも影響を及ぼした。何年経ってもティアの肉体と魂は変質することがなかった。

 この狂った時間の中であれば、ティアとずっと一緒にいられる。そう思った時、私は生命の神として世界を復旧することをやめた。生命の力を世界に吹き込むこと、狂った法則を正そうとすること、他の神々をこちら側に呼ぶ手立てを考えること。そういった、世界が正常な形に戻るための手引きをやめたのだ。
 もし他の神々がこちらの世界に来たとしても、誰も私を咎めることはできなかっただろう。
 私はシトレディスと違って何も悪いことをしていないから。自分やティアのために禁忌を犯したわけでもなく、世界の法則を乱したわけでも、世界の復旧を妨げたわけでもない。
 だから、私はティアと二人で悠然と日々を暮らしていた。

 そして私は何十年も何もせずにティアと過ごした。他の生命が苦しんでいようとも、世界が滅びに向かっていようとも。私は全てを見ないようにした。

 でも、完全に自我を取り戻したティアはそれを許してくれなかった。
 彼女はたくさんのことを知りたがった。私がどんな神なのか。なぜ異界に封印されていたのか。彼女が私に願った内容は何なのか。世界の時間が巻き戻るのはなぜか。

 ティアは事あるごとに何度も尋ねてきたが、私は何も教えなかった。ティアの疑問に答えていたらいつかはバレてしまうから。私がティアを愛しているということを・・・・・・。

 私はティアを愛する一方で、その事実を認めたくはなかった。
 かつての私はシトレディスを馬鹿にしていた。永遠に一緒にいたいと願われてそれに応えるなんて馬鹿だと。世界を犠牲にしてまで一緒にいるなんて愚かにも程があると。
 あれだけシトレディスを馬鹿にしていたのに、気がついたら彼女と同じ状況に陥っていた。
 ティアを壊されたくないし、誰にも奪われたくない。屋敷に一生閉じ込めて私だけを見ていて欲しい。もし、ティアが人間に戻ることができたら私の子を孕ませたい。そんな気持ちの悪い欲望を腹の中に抱えていた。

 その欲望を表に出すわけにはいかなかった。自分が愚か者に成り下がったことを認めたくなかったこともある。でも、どちらかというと、この想いをティアには知られたくなかった。
 ティアは信徒として命を守られていることに満足していただけだったから。私の伴侶としてともに生きたいと思っていたわけではなかった。
 だから私は表面上は取り繕った。私は神でティアは"私の信徒"なのだと。自分に言い聞かせるように何度も口にした。


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