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本編1
6 嫌な人
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※
頭を触られている感覚で目が覚めた。
重いまぶたを開けて見てみれば、アンドリュー卿のゴツゴツとした手が私の頭を撫でている。
びっくりして身体を捩ったら、アンドリュー卿は途端に手を引っ込めた。
「そろそろ支度をするぞ」
挨拶もなく、何事もなかったかのように彼は言った。そして、私から毛布を取り上げると、馬車から出て行ったのだ。
ぼんやりとした頭で、出立の準備をする彼を見つめていたら昨夜のことを思い出した。
━━フェイは?
見渡しても彼女はどこにもいない。
あれは夢だったんだ。
冷静になってそう思うと、虚しさが込み上げてくる。
妖精にしろ、モンスターにしろ、それが本当に私のもとへと訪れていたのなら、外にいたアンドリュー卿や部下の人達が気付かないはずがない。
歴戦の騎士である彼らを差し置いて、何の才能もない私だけが、見えるなんてあり得ないのだから━━
扉が開く音で、我に返る。
アンドリュー卿が食事を持って来てくれた。
「ほら」
そう言って渡されたのは、昨日と同じスープと、少し固めのパンだった。スープの量は相変わらず多い。そこにパンが付くとなると、今回は食べ切ることができなかった。
食べ残しを見たアンドリュー卿は顔を歪めた。
「今日の夜は宿に泊まる予定だ。そこではもう少しマシな物が食べられるだろう」
どうやら味に不満があると誤解されてしまったようだ。そうではないと私が言う前に、彼は再び口を開いた。
「お姫様の口には合わないかもしれないが……」
彼は私のことを我儘だと非難したいのだろう。
━━嫌な人。
そんなことを言われたら、もう喋る気が起きなかった。
私は黙ってアンドリュー卿に残したスープを押し付ける。彼は何も言わず、険しい表情でそれを片付けに行った。
その様子を馬車の中から伺っていると、彼は慣れた動きで片付けを済ませて、再び馬車へと戻って来た。昨日と同じく、向かい合って座り合うと、程なくして、出発した。
今日も私達の間に会話はほとんどない。そのせいで、馬の足音がよく響く。
私は暇を持て余して窓の外を見た。特別何かがあるわけでもないけれど、正面を見つめるよりかはマシだから。ぼんやりと移り変わる木々を眺めて時間を潰していた。
がくりと頭が揺れて、はっとした。
座りながら眠っていたことに気がついて、私は慌てて姿勢を直そうとした。けれど、身体に自由がきかない。
おかしいと思ったのも束の間、私はアンドリュー卿の腕に抱かれていたことに気がついた。
「あっ……」
彼の胸を押して離れようとしても、びくともしない。もう一度もがくと、彼の腕の力が緩んだ。
「驚かせて悪いな」
アンドリュー卿はそう言うと、そっと私を解放した。
「馬車の揺れで倒れてしまいそうだったから……」
そう言いながら、彼は私の正面に座り直した。そして、バツが悪いのか、窓の外に顔を向けた。
気まずい上に気恥ずかしい。
ただの親切心とはいえ、抱きしめられるなんて━━
恥ずかしさを誤魔化したいがゆえに彼を非難したくなる。けれど、元はといえば、居眠りをしてしまった私のせいなのだ。ここは気まずい空気を一新するために謝っておこう。
「ごめんなさい。見苦しい真似をしてしまって……」
「別に見苦しくはない」
彼は、相変わらず窓の外を見ながら言った。
「いえ。同行者がいるのに居眠りだなんて、はしたないことをしましたから」
「そういう堅苦しいのは嫌だ」
彼は低い声でつぶやいた。
どうやら、また、彼を不快にさせてしまったらしい。
「ごめんなさい」
反射的にそう言ったら、彼は私に顔を向けた。鋭い目で睨みつけられて、私は咄嗟に視線を逸らした。今度は私が窓の外を見る羽目になったのだ。
━━謝罪の言葉すら不愉快なのね。
それならもう、黙っているしかない。
そう思っていたら彼が何かを言った。上手く聞き取れなくて彼に目を向けたら、彼は困ったような顔で私を見ていた。
何を言ったのか聞き返していいものかと悩んでいると、彼は再び口を開いた。
「そういう意味で言ったんじゃないんだ」
彼の言葉は簡素過ぎて、何のことだか分からない。首を傾げると、彼はさらに続けた。
「夫婦間でそういう堅苦しい振る舞いをするのは嫌だと言いたかった」
彼の言った「夫婦」という単語が、頭の中で反響する。
それは私達の関係を表すのに間違いないのだけれど、改めて口にされると実感が湧かなかった。
でも、私達は夫婦なのだ。例え、身も心も許していなくとも。
私が何も言えないでいると、アンドリュー卿は顔を歪めて俯いた。何だか落ち込んでいるようにも見える。
━━もしかして、彼なりに私を想って歩み寄ろうとしてくれたのかしら。
それは私の思い込みの可能性はある。けれど、もしそうじゃなかったら? もし、夫婦としてどうありたいのかを伝えてきてくれたのなら、それに応えるべきだ。
思いを無視されることの辛さは、痛い程分かるから━━
「……そうでしたか。では、これからは居眠りをしても気にしないようにします」
勇気を出して言ってみたのに、アンドリュー卿の顔は曇ったままだった。
━━生意気だと思われたかな?
彼は何も言ってくれないから不安が押し寄せてくる。やっぱり、言わなければよかった。そう思った時、彼と目が合った。
「そうしてくれ。それから、その口調もやめて欲しい」
やはり上から目線で生意気だと思われたようだ。謝ろうと口を開きかけると、彼は続け様に言った。
「他人行儀に話されるのは嫌なんだ」
彼は真剣な顔で私をじっと見つめていた。
━━アンドリュー卿は、私に何を求めているのだろう。
彼の真意を測りかねてつい押し黙ってしまいそうになる。絞り出して出たのは「分かりました」という安直な答えだった。
アンドリュー卿は頭を振った。
「敬語はいらない」
「でも、アンドリュー卿の方が年上ですから」
「俺達は夫婦なんだぞ。夫婦に上も下もあるか」
「でも……」
アンドリュー卿は顔を顰めた。彼の機嫌を損ねてしまったらしい。
━━私、何をやっているんだろう。
離婚されないためにもアンドリュー卿の機嫌を取らないといけないのに。反抗して彼の気分を害してばかりだ。
「ごめんなさい。城を訪ねてきた貴婦人の方達は皆さん、夫を立てて敬語で話していたので……。私もそうするべきだと思ったんです。あ、……で、でも、アンドリュー卿が気に入らないのならやめるわ。ごめんなさい」
私は必死になって弁解すると、彼は「そうか」と生返事をした。
それで私達の会話はぷつりと消えた。
それからは、とても話をする雰囲気ではなくなった。私の意に反して、アンドリュー卿が暗くなったから。
私は重い空気の中、外を見て必死に気分を誤魔化すしかなかった。
頭を触られている感覚で目が覚めた。
重いまぶたを開けて見てみれば、アンドリュー卿のゴツゴツとした手が私の頭を撫でている。
びっくりして身体を捩ったら、アンドリュー卿は途端に手を引っ込めた。
「そろそろ支度をするぞ」
挨拶もなく、何事もなかったかのように彼は言った。そして、私から毛布を取り上げると、馬車から出て行ったのだ。
ぼんやりとした頭で、出立の準備をする彼を見つめていたら昨夜のことを思い出した。
━━フェイは?
見渡しても彼女はどこにもいない。
あれは夢だったんだ。
冷静になってそう思うと、虚しさが込み上げてくる。
妖精にしろ、モンスターにしろ、それが本当に私のもとへと訪れていたのなら、外にいたアンドリュー卿や部下の人達が気付かないはずがない。
歴戦の騎士である彼らを差し置いて、何の才能もない私だけが、見えるなんてあり得ないのだから━━
扉が開く音で、我に返る。
アンドリュー卿が食事を持って来てくれた。
「ほら」
そう言って渡されたのは、昨日と同じスープと、少し固めのパンだった。スープの量は相変わらず多い。そこにパンが付くとなると、今回は食べ切ることができなかった。
食べ残しを見たアンドリュー卿は顔を歪めた。
「今日の夜は宿に泊まる予定だ。そこではもう少しマシな物が食べられるだろう」
どうやら味に不満があると誤解されてしまったようだ。そうではないと私が言う前に、彼は再び口を開いた。
「お姫様の口には合わないかもしれないが……」
彼は私のことを我儘だと非難したいのだろう。
━━嫌な人。
そんなことを言われたら、もう喋る気が起きなかった。
私は黙ってアンドリュー卿に残したスープを押し付ける。彼は何も言わず、険しい表情でそれを片付けに行った。
その様子を馬車の中から伺っていると、彼は慣れた動きで片付けを済ませて、再び馬車へと戻って来た。昨日と同じく、向かい合って座り合うと、程なくして、出発した。
今日も私達の間に会話はほとんどない。そのせいで、馬の足音がよく響く。
私は暇を持て余して窓の外を見た。特別何かがあるわけでもないけれど、正面を見つめるよりかはマシだから。ぼんやりと移り変わる木々を眺めて時間を潰していた。
がくりと頭が揺れて、はっとした。
座りながら眠っていたことに気がついて、私は慌てて姿勢を直そうとした。けれど、身体に自由がきかない。
おかしいと思ったのも束の間、私はアンドリュー卿の腕に抱かれていたことに気がついた。
「あっ……」
彼の胸を押して離れようとしても、びくともしない。もう一度もがくと、彼の腕の力が緩んだ。
「驚かせて悪いな」
アンドリュー卿はそう言うと、そっと私を解放した。
「馬車の揺れで倒れてしまいそうだったから……」
そう言いながら、彼は私の正面に座り直した。そして、バツが悪いのか、窓の外に顔を向けた。
気まずい上に気恥ずかしい。
ただの親切心とはいえ、抱きしめられるなんて━━
恥ずかしさを誤魔化したいがゆえに彼を非難したくなる。けれど、元はといえば、居眠りをしてしまった私のせいなのだ。ここは気まずい空気を一新するために謝っておこう。
「ごめんなさい。見苦しい真似をしてしまって……」
「別に見苦しくはない」
彼は、相変わらず窓の外を見ながら言った。
「いえ。同行者がいるのに居眠りだなんて、はしたないことをしましたから」
「そういう堅苦しいのは嫌だ」
彼は低い声でつぶやいた。
どうやら、また、彼を不快にさせてしまったらしい。
「ごめんなさい」
反射的にそう言ったら、彼は私に顔を向けた。鋭い目で睨みつけられて、私は咄嗟に視線を逸らした。今度は私が窓の外を見る羽目になったのだ。
━━謝罪の言葉すら不愉快なのね。
それならもう、黙っているしかない。
そう思っていたら彼が何かを言った。上手く聞き取れなくて彼に目を向けたら、彼は困ったような顔で私を見ていた。
何を言ったのか聞き返していいものかと悩んでいると、彼は再び口を開いた。
「そういう意味で言ったんじゃないんだ」
彼の言葉は簡素過ぎて、何のことだか分からない。首を傾げると、彼はさらに続けた。
「夫婦間でそういう堅苦しい振る舞いをするのは嫌だと言いたかった」
彼の言った「夫婦」という単語が、頭の中で反響する。
それは私達の関係を表すのに間違いないのだけれど、改めて口にされると実感が湧かなかった。
でも、私達は夫婦なのだ。例え、身も心も許していなくとも。
私が何も言えないでいると、アンドリュー卿は顔を歪めて俯いた。何だか落ち込んでいるようにも見える。
━━もしかして、彼なりに私を想って歩み寄ろうとしてくれたのかしら。
それは私の思い込みの可能性はある。けれど、もしそうじゃなかったら? もし、夫婦としてどうありたいのかを伝えてきてくれたのなら、それに応えるべきだ。
思いを無視されることの辛さは、痛い程分かるから━━
「……そうでしたか。では、これからは居眠りをしても気にしないようにします」
勇気を出して言ってみたのに、アンドリュー卿の顔は曇ったままだった。
━━生意気だと思われたかな?
彼は何も言ってくれないから不安が押し寄せてくる。やっぱり、言わなければよかった。そう思った時、彼と目が合った。
「そうしてくれ。それから、その口調もやめて欲しい」
やはり上から目線で生意気だと思われたようだ。謝ろうと口を開きかけると、彼は続け様に言った。
「他人行儀に話されるのは嫌なんだ」
彼は真剣な顔で私をじっと見つめていた。
━━アンドリュー卿は、私に何を求めているのだろう。
彼の真意を測りかねてつい押し黙ってしまいそうになる。絞り出して出たのは「分かりました」という安直な答えだった。
アンドリュー卿は頭を振った。
「敬語はいらない」
「でも、アンドリュー卿の方が年上ですから」
「俺達は夫婦なんだぞ。夫婦に上も下もあるか」
「でも……」
アンドリュー卿は顔を顰めた。彼の機嫌を損ねてしまったらしい。
━━私、何をやっているんだろう。
離婚されないためにもアンドリュー卿の機嫌を取らないといけないのに。反抗して彼の気分を害してばかりだ。
「ごめんなさい。城を訪ねてきた貴婦人の方達は皆さん、夫を立てて敬語で話していたので……。私もそうするべきだと思ったんです。あ、……で、でも、アンドリュー卿が気に入らないのならやめるわ。ごめんなさい」
私は必死になって弁解すると、彼は「そうか」と生返事をした。
それで私達の会話はぷつりと消えた。
それからは、とても話をする雰囲気ではなくなった。私の意に反して、アンドリュー卿が暗くなったから。
私は重い空気の中、外を見て必死に気分を誤魔化すしかなかった。
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