【完結/R-18】偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

文字の大きさ
22 / 63
番外編1,2

番外編2 愛しい人

しおりを挟む
 俺の初恋の人は貴族の令嬢で、それもうんと身分の高い人だった。
 彼女の名前は、シアリーズ・ジョルネス。シアと初めて出会った時、俺が11歳で、彼女が7歳だった。

 初めて彼女を見たのは、アイネ山の麓にある小さな森の中で、彼女は一匹の妖精と遊んでいた。

「あははっ、まって~!」

 大きな笑い声を上げながら元気よく走り回る少女は、妖精と追いかけっこをしているようだった。
「フェイったら! そんなに高いところに飛ぶなんてずるいわぁ」
 大人の背丈よりも高い木の枝の先に止まった妖精に対して少女は頬を膨らませて抗議した。
「あら、飛べないシアが悪いのよ!」
 妖精は指をくるくると回すと少女を宙に浮かべた。

 ━━また妖精がいたずらをしている。

 少女は空を飛べたと大はしゃぎしているが、俺はそれを見て、心配で堪らなくなった。

 森に暮らす妖精達は一見、愛らしくも美しい無害な存在のようだが、実際は厄介なことをしてくる奴らだった。

 あいつらは遊ぶことが大好きで、時に人を困らせるようなことをする。パンを草花に変えたり、農具をミニチュアサイズにまで小さくする程度ならかわいい方だ。
 問題は、彼らは遊びの延長で人を危険に晒すことだった。

 彼らは自分達の遊びのためなら迷いの霧を発生させて人を森に閉じ込めたり、面白半分で人を木に変えたりする。そして、人を高いところまで昇らせて地面に叩き落とすことも、彼らは好んで行っていた。

「危ない!」
 妖精が急に彼女を突き落としても受け止められるよう、咄嗟に走り寄った。受け止められる自信はなかったが、そうしなければ、彼女は最悪、死んでしまうから。

 少女は俺を見て小首を傾げていた。幼い彼女は自分が危険な状況にあることを気づいていないのだ。
 しかし、彼女は急に顔を赤くしたかと思うと、スカートを押さえて叫んだ。
「ヘンタイ! パンツ見ないでよ!!」
 彼女の声に俺は呆気に取られた。

 ━━変態? 人が親切に受け止めようとしているのに、パンツを覗く不届き者と勘違いしているのか!?

 怒りのあまり俺の顔は熱くなった。そんな俺と少女を見て、妖精はケラケラと笑った。
 妖精は一通り笑い転げた後に、少女とともに地面に降りてきた。
「あ~、面白かった!」
 ひぃひぃ息をしながら言う妖精に俺も少女も「どこが?」と睨んでいた。

 そんな俺達を気にもせず、妖精は少女に向かって語りかけた。
「シア、あなた勘違いしているわ。この男の子はあなたを助けようとしていたはずよ」
「え?」
「この子は私があなたを空から突き落とすと思い違いをしたのよ」
 妖精は俺の方を向いて、「そうでしょう?」と言ってきた。
 俺は正直に「そうだ」と答えると、少女は途端に慌てふためいた。

「ごめんなさい。助けようとしてくれたのに酷いことを言って」
「おう。……言っとくが、俺は見てないからな」
 そう言うと少女は俯いてしまった。
「バカ、余計な一言ね」
 妖精はそう言って俺の眉間にデコピンを食らわせた。小さい指をしている癖に、眉間がずきりと痛んだ。

「そんなことより、あなた名前は?」
 妖精は腕を組んで俺に尋ねてきた。
「アンドリューだ」
「そう。私はフェイ、そしてこっちが私の友達のシアリーズよ」
 仲良くしてねとフェイが言うと、少女ははにかんで手を差し出してきた。
「何だ?」
 その手の意味が分からなくて聞いたら、フェイの魔法で無理やりシアの手と握らされる。彼女の手は、小さくて温かかった。

「人間のくせに、“友好の仕草”を知らないの?」
 呆れたと言わんばかりに顔を歪めるフェイに対して、シアリーズは気にした様子もなくにこにこと笑っていた。
「これで私達、お友達ね」
 さっきまで暗い顔をしていたのに、今ではそんなことなどなかったかのように明るく笑っている。

 ━━変なやつ。

 俺がそんなことを思っていたなんて、彼女は気付きもしなかっただろう。

「ねえ、私のことはシアって呼んで。それからあなたのことはアンディって呼んでもいい?」
 彼女は「お願い!」とでも言いたげな顔で俺を見てくる。
「おうよ」
 だめと言う理由もなかったから了承すると、シアはとても嬉しかったろう。顔をくしゃっとさせて笑った。
 その子供らしい笑顔がかわいくて俺は思わず彼女の髪を強く撫でてしまった。
「やん! 髪が乱れちゃう!」
 文句を言いながらもシアはとても嬉しそうに笑った。

 その日から、俺とシアの関係は始まった。

 あの楽しかった日々を、俺は忘れられなかったのに、彼女は違った。
 長い年月を経て、ようやく再会し、手に入れた彼女は、俺のことなど微塵も覚えていなかった。俺のことをアンディと呼んでくれないし、シアと呼べばおかしなものを見る目で俺を見てくる。

 ━━酷いやつ。

 そう思うのに、俺は彼女のことを少しも嫌いになれそうにない。

「シア」
 呼びかけても反応はない。王都の宿に着いて、昼寝をしてからずっと眠り続けている。
「晩飯の時間だぞ」
 頬をつついてみてもやはり反応はなかった。

 ━━長旅の疲れが相当溜まってたんだな。

 長年、城の外に出ることのなかった彼女にとって、長距離の移動は辛かっただろう。それなのにあいつらときたらシアに対して陰で文句ばかり言いやがって……。

 怒りのあまり、ため息が出そうになったが、そうしないように堪えた。そんなことをしたら妙に迷信深いあの妖精が文句を言いにやって来かねない。今は彼女の小言を聞きたい気分じゃなかった。

 俺は眠るシアの隣に寝転んで彼女の頬を撫でた。眠る顔は昔と変わらず、穏やかでほっとする。

 ━━また、昔みたいに笑って欲しい。

 再会してからのシアは、笑顔を見せてくれない。暗い顔でどこか遠くを見つめるか、怯えた表情で俺を見るだけだ。

 “私ね、素敵な騎士様と結婚して世界で一番幸せなお姫様になるの”

 いつだったか、シアがそんなことを言った。小さな彼女の夢は、やがて俺の夢になった。

 ━━いつか、騎士になってシアを迎えに行こう。

 そう決意した時から、俺は人の何十倍も努力した。
 長年、幾重もの戦闘を続けると、第二王子からブラックドラゴンの討伐の依頼を持ちかけられた。それを何とか達成すると、俺はようやく誰しもが認める騎士になれた。
 その時には、俺の身体はどこもかしこも傷まみれで醜くなっていた。だが、これから夢が叶うのだから、全く気にならなかった。

 しかし、そうしてやっとシアを手に入れたというのに、俺は彼女を“世界で一番幸せなお姫様”にしてやれなかった。

 ━━何がだめなんだ? どうすればシアは満足してくれる?

 フェイならその答えを知っていそうだが……。あの妖精にこれ以上の借りを作るのはごめんだ。

 だから、俺は今日もフェイを呼ばない。いつも通り、足りない頭でシアを満足させる方法を考えるだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

眠れる森の美女になりかけた王女は、辺境でスローライフを始めます。すでに結婚していますので、今さら王子さまからプロポーズされても困るのですが。

石河 翠
恋愛
義妹の代わりに呪いを受けた王女。ようやく目覚めたと思ったら、目の前にいたのは魔法使い。なんとここに来るはずの幼なじみの婚約者は義妹が横取りしてしまい、自分との婚約はすでに破棄されてしまったのだという。 しかも王女がいたのは辺境の小さな村。義妹が泣き叫んで手がつけられないからという理由で王城から追い出されたらしい。それならばこの土地でスローライフを始めると開き直る王女。 アフターフォローを申し出た魔法使いと一緒に田舎暮らしを始めることに。そこへ辺境の地の噂を聞きつけた王子さまがやってきて……。 仕事から離れて憧れの田舎暮らしを楽しむ図太いヒロインと、ヒロインをずっと追いかけてきたヒーロー、それを見守る義妹の恋物語。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:5047928)をお借りしています。

【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい
恋愛
結婚十年、子どもも授かり、日々執務と子育ての毎日。 穏やかで平凡な日々を過ごしていたある日、夫が大切な人を離れに住まわせると言った。 偶然助けた私に一目惚れしたと言い、結婚し、可愛い子ども達まで授けてくれた夫を恨むことも憎むこともしなかった私。 初恋すら知らず、家族愛を与えてくれた夫だから。 でも、夫の大切な人が離れに移り住んで、私の生き方に変化が生まれた。 2025.11.30 完結しました。 スピンオフ『嫌われ悪女は俺の最愛〜グレイシアとサイファの恋物語〜』は不定期更新中です。 【2025.12.27追記】 エミリオンと先に出逢っていたら もしもの世界編は、諸事情により以下に移動しました 『今度は初恋から始めよう〜エミリオンとヴェリティのもう一つの恋物語〜』 よろしければ、ご訪問くださいませ いつもありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡

引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾
恋愛
内容紹介 聖女ポーラ・スターは、引きこもっていた。 人と話すことができず、部屋から出ることもできず、 彼女の意思表示は、扉に貼られる小さなメモだけだった。 「西の街道でがけ崩れが起きます」 「今日は、クラムチャウダーが食べたいです」 祈らず、姿も見せず、奇跡を誇示することもない聖女。 その存在は次第に「役立たず」と見なされ、 王太子リチャードから一方的に婚約を破棄され、聖女の地位も解かれる。 ──だが、その日を境に、王国は壊れ始めた。 天候不順、嵐、洪水、冷害。 新たに任命された聖女は奇跡を演じるが、世界は救われない。 誰もが気づかぬまま、 「何もしない聖女」が、実はすべてを支えていた事実だけが残されていた。 扉の向こうで静かに生きる少女と、 毎日声をかけ続ける精神科医フォージャー。 失われていく王国と、取り戻されていく一人の人生。 これは、 祈らない聖女が選んだ、 誰にも支配されない静かな結末の物語。 『引きこもり聖女は祈らない』 ざまぁは声高でなく、 救いは奇跡ではなく、 その扉の向こうに、確かにあった。

ここに聖女はいない

こもろう
恋愛
数百年ぶりに復活した魔王を討伐するために、少数精鋭のパーティーが魔王のいる《冬夜の大陸》へと向かう。 勇者をはじめとするメンバーは皆優秀だが、聖女だけが問題児。 どうしてこんな奴がここにいる? かなり王道ど真ん中かつ、ゆるゆるファンタジー。

私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。 慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。 なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。 氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。 そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。 「……俺にかけた魅了魔法を解け」 私、そんな魔法かけてないんですけど!? 穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。 まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。 人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い” 異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。 ※タイトルのシーンは7話辺りからになります。 ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。 ※カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...