【完結/R-18】偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

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本編2

17-1 毛皮のコート

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 通された部屋で、私はそのドレスの数に思わず圧倒された。どれを見ても華美なものばかりで、普段着として使うには憚られるものばかりだった。

 ヒルデン夫人は私をソファーに座らせると、希望のドレスについて尋ねてきた。
 普段着が欲しいと改めて言うと、夫人はもう少し具体的に教えて欲しいと言ってきた。

 それで私は改めてどんな物が欲しいのかを考えてみる。
 これからの季節のことを考えた方がいい。アイネ山の麓は、秋から冬にかけて、とても冷え込むから、できるだけ厚手の服がいいだろう。

「厚手の……」
 そこまで口にして、違和感を覚えた。

 ━━私ったら、どうしてアイネ山の麓の気候を知っている気になっているのかしら?

「奥様?」
 ヒルデン夫人は、言葉を詰まらせた私を心配そうに見ていた。

「ごめんなさい。秋と冬物の服をお願いしようと思って、厚手の服がいいかと思ったのですが。……でも、まだ主人の領土には行ったことがないんです。どれくらい冷え込むのか主人に確認してもよろしいですか?」
「ええ。折角ですから、カルベーラ卿もこちらにお呼びしてよろしいでしょうか」
「はい」

 夫人は、従業員にアンドリュー卿を連れてくるように伝えた。そして、彼はやって来たのだけれど、先程よりもあからさまに不機嫌な面持ちになっていた。

「気に入った服はなかったのか」
 彼はいつにも増して低い声で言った。その失礼な振る舞いに肝が冷えた。
 私は慌てて否定をする。
「そうじゃないの。秋と冬物の服を欲しいのだけれど、あなたの領土は秋と冬はとても寒いのかしら」
 アンドリュー卿の眉間に皺が寄った。

 ━━この質問の何がいけないのかしら?

 アンドリュー卿が不機嫌になる意味が分からない。
「そうだな。9月から冷え込み始めるから厚手の服がいいだろう。特に、毛皮のコートがあるといい」
「毛皮のコート、ですか」
 ヒルデン夫人が反応した。
「でしたら、セーブルを使ったものでどうでしょう」
「セーブル!?」
 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 セーブルの毛皮は希少ゆえに高価な代物だった。この国で着られるのは、王族や公爵家のような高位貴族に生まれた人間くらいだ。
 驚く私をよそに、アンドリュー卿はあっさりと承諾してしまった。

 私はアンドリューの腕を掴んだ。
「待って。そんな高価な物、着られないわ」
 言った途端、アンドリュー卿の顔が曇った。夫人に至っては怪訝そうな目で私とアンドリュー卿を交互に見つめている。

 ━━そうだった。私も公爵家の人間だったわ。

 ジェシカですら、わずか数着しか持っていないセーブルの毛皮の衣装を、私なんかが身に付けられないのは当たり前だと思っていた。けれど、それは、客観的に見ておかしなことなのだろう。

「まさか、うちの領地が小さいから金がないと思っているのか」
 アンドリュー卿は冷たい目で私を見ていた。
「いえ。そういうわけじゃ……」
 私は言い訳も見つからず、言葉に困った。その間も、アンドリュー卿は何も言わず、私をじっと見つめてくる。

 ━━まずい。どうしよう。

 このままだと、彼を怒らせてしまう。
 何も言えないでいる私に助け舟を出してくれたのはヒルデン夫人だった。
「カルベーラ卿、そんな顔をしなくてもよろしいではありませんか」
 彼は私から視線を外し、静かに夫人を見た。

「差し出がましいことを申しますが、奥様は無駄な出費を控えようという考えをお持ちなのではありませんか? それは堅実で素敵な性格だと思いますよ」
 ヒルデン夫人がそう言った時、店員がお茶を持ってきた。アンドリュー卿の顔を見たら、先程よりも表情が和らいでいるように思えた。

「ただ、セーブルの毛皮はお買い上げになった方がよいと私は思いますの。僭越ながら、奥様のお身体は弱いと伺っております。寒い地域でお過ごしになられるのであれば、毛皮の中でも質が高く温かいセーブルを身に纏った方がよろしいのではないでしょうか。そうすれば、病気の心配をしなくてよくなるかと」
 ヒルデン夫人の言葉にアンドリュー卿は頷いた。
「身体を壊される方が嫌だ。夫人の言う通りセーブルの毛皮にしよう。……金のことなら本当に心配しなくていい」
 相変わらずぶっきらぼうな物言いだけど、アンドリュー卿は私を気遣ってくれている。その事実に私の胸は痛んだ。

 ━━本当は、身体が弱いわけではないのに。

 私の身体は丈夫といえるほどではないけれど、それでも病弱ではなかった。
 私がそう思われているのは、お父様がそう言って回っていたからだ。役立たずで無能な私を人前に晒さないために、城の中に閉じ込めておくための口実。アンドリュー卿は、その嘘を信じている。

 ━━アンドリュー卿は、私達の嘘でまた、無駄な物を買ってしまう。

 そう思っても、私はお父様の嘘を正すことをしなかった。
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