【完結/R-18】偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

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本編3

26-1 幸せにしたい

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 それから私達は、歩いて食事をする場所を探した。
 宿屋の側にあるレストランは、いかにも高級そうなお店ばかりだった。
 アンディはその中でも、比較的小さなお店の前で立ち止まった。

「ここの肉は上手いって、第二王子が言っていた」
「そうなの。……でも高そうじゃない?」
「だろうな」
 アンディはふっと笑ったかと思うと、店の扉に手をかけた。
「だが、問題ない」
 そうして、扉を開けたのだ。

「いらっしゃいませ」
 にこやかな挨拶を受けてしまっては、帰るに帰れない。
「個室はあるか」
「はい。ご案内いたします」
 私は案内されるがまま、席に着いた。

 アンディがステーキの評判を聞いて来店した旨を伝えると、ウエイターは晴れやかな笑顔を向けた。
 ただ、アンディが別で食事を摂ったのだと話すと、ウエイターは私達に合わせた分量で持ってくると言ってくれた。

 ウエイターが部屋から去っていったのを確認してから私は言った。
「アンディ、私のために無理をして贅沢をしなくていいんだよ」
 前から胸に抱え込んでいたことをストレートに伝えたのに、彼はいつものように「無理はしていない」と言った。

「本当に? 英雄になってから高価な物が好きになったの?」
「どうだろう……? 昔よりは値段を気にしなくなったな」
 彼はそう言うと私の耳元に顔を近づけた。そして、彼の持つ巨額の資産を囁いたのだ。

「え!?」
 思ってもみない金額に私は大声をあげそうになってしまった。
「王族や大貴族に比べたら大したことはないだろうが、それでも田舎の領主にしては持っている方だと思う」
 彼はそんなことをぽつぽつと語った。
「そうね」

 私は普通の貴族の娘とは違い、花嫁修行をまともに受けていない。だから、資産の管理や領地の経営については明るくない。けれど、そんな私でさえ、彼の資産は少なくないと分かるくらい、桁違いの額だった。

「でも、そんな大金をどうやって手に入れたの?」
「傭兵時代の稼ぎと先のドラゴン討伐の褒賞金だ」
 アンディは何でもないことのように言った。けれど、気になることがあった。

「アンディ、これからもそうやってお金を稼いでいくつもり?」
 穏やかなアンディの顔が歪み、仏頂面になった。
「何だ、急に?」
 不機嫌なその態度に臆しそうになる。
 人の顔色を窺って、殴られないように息を殺して身を屈めて━━
 一瞬、そんな考えが頭を過った。

 私は、“役立たずのシアリーズ”ではない。
 そして、アンディだって、自分勝手なお父様じゃない。彼は、顔付きに似合わず優しい人だ。
 私は、彼を真っ直ぐに見つめた。

 ━━ちゃんと言わないと、今までのままだわ。

 だから大丈夫だと自分に言い聞かせて、私は自分の思いを伝えることにした。

「心配なの。あなたが傭兵稼業に励むということは、言い換えれば危険の中に身を置くということでしょう? アンディは強くて、これまでは大丈夫だったかもしれない。けれど、これからもずっとそうだとは限らないじゃない?」
 僅かに間が空いた。
 アンディの実力を疑うような言い方をしてしまったかもしれないと後悔し始めた時、彼は「そうか」とつぶやいた。

「傭兵稼業は控えるつもりではいる。俺もシアを未亡人にさせたくはないからな。ただ、騎士の位を授かった以上、王命に従って戦場に赴くことはあるだろう」
 アンディの言葉を聞いて、私は胸を撫で下ろした。

「だが、嬉しいよ」
 アンディの言葉に私は戸惑った。
「どこに喜ぶ要素があったの?」
 私の問いかけに彼は微笑んだ。
「シアが俺のことを思ってくれていると知れたから。だから嬉しいんだ」
 幼い頃の記憶にあった優しい彼の笑顔。懐かしさとともに、胸の奥がくすぐったい気持ちになってくる。

 ━━私は、アンディに幸せになって欲しい。そして、アンディと幸せになりたい。

 胸の中で想いが膨らんでいく。
 その温かさを噛みしめていると、ちょうどウエイターが前菜のサラダを持ってやって来た。

 テーブルに置かれたサラダは、彩り豊かで食欲がそそる。私はすぐにフォークを手に取って、それを口にした。
 シャキシャキとした食感に、さっぱりとしたドレッシング。

「美味しいね」
 そう言ってアンディを見ると、彼の食べ方がいつもと違うことに気が付いた。
 彼は、数あるフォークの中から適切な物を選び、上品に食べている。それも自然な所作で。
 彼はフォークをお皿に置くと私に微笑みかけた。
「ああ、美味いな」
 意外な一面に、彼の印象が変わった。

「どうした?」
 どうやら彼を見つめ過ぎていたらしい。
「何でもない」
 私は笑うとお茶を飲んだ。
 そして、胸に膨れ上がった想いを吐き出した。

「アンディ、あのね」
「うん」
「おこがましいことかもしれないけど、私はあなたを幸せにしたいし、幸せになって欲しいの」
「ありがとう。それは俺も同じ気持ちだ」
 彼は笑顔で言った。

「それから、私は幸せになりたい」
 言葉にした途端、胸の奥が熱くなって、自分でも驚くほどだった。
 それは、彼も同じだったらしい。
 彼の目の端がキラキラと輝いているような気がしたけれど、気づかないふりをする。彼は涙を隠したい人みたいだから。

「私達は長いこと離れていたから、お互いのことをもっと知らないといけないわ」
「そうだな」
「だから、聞いてもいい? 私達が離れ離れになってから、アンディはどうしていたの?」
「傭兵をして金を稼ぎつつ武勲を挙げてブラックドラゴンを倒したんだが……」

 それは周知の事実だ。
 どうしてそうしようと思ったのかを聞きたいのに、アンディはそれ以上、答えてくれない。
 この場にフェイがいたらきっと「気が利かないのね」と言って溜め息を吐いていただろう。

「ごめん。質問が悪かったね。そもそも何で傭兵をやろうと思ったの?」
「単純にそれが大きく稼げて、それでいて夢を実現できると思ったから」
「夢って?」
「騎士として、お前を迎えに行きたかったから」
 小さな頃の約束が彼を戦場に駆り立てた。そのことに罪悪感を持つと同時に、嬉しいと感じるのはおかしいのだろうか。

「……ありがとう」
 私は改めてお礼を言った。
「礼には及ばないよ。俺がそうしたいと思ったんだから」
 彼の静かな笑顔を見て、私の胸に幸福感が広がっていった。
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