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第32話 自覚(エル視点)

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 サラと出逢い、法国の話を聞いてから、僕は時間が許す限り彼女に会いに行った。

 彼女が司祭から教えられたという法国の情報はかなり有用だったし、情報交換とは言え彼女との会話はとても楽しく有意義で、僕にとって何ものにも代えられない大切な時間となった。

 サラから提供された情報をヴィクトル達にも伝え、彼女の育ての親でもある司祭の行方も調べるように指示を出す。そして可能であれば身柄を保護するようにとも。
 神殿への介入は越権行為だが、それでもそのように指示したのは僕がサラを安心させてあげたいという気持ちと、かの司祭が法国の中枢を知っている理由が知りたかったからだ。
 法国の情報規制は徹底しており、司教でも中々謁見できないと言われている教皇の顔を知っている程、高位の人物が何故辺境の神殿で司祭をやっているのか……。

 ──そして気になることがもう一つある。サラの出自だ。

 サラはどう考えても普通の巫女見習いではないと思う。これはあくまで勘でしか無いけれど。
 彼女と会う時、僕は彼女の行動一つ一つを注意深く見ていた。美しい姿勢に流れるような所作、無駄のない動きに記憶力の良さ──。
 言葉遣いこそ庶民の娘と変わらないけれど、それは黙っていれば貴族令嬢と言われても納得してしまいそうな程で。
 そんなサラの出自を知るのは、彼女を育てた司祭ただ一人なのだ。だから僕はどうしても司祭と会って、サラの事を教えて貰いたかった。──たとえそれが、僕の我儘だと分かっていても。




 司祭の行方を追うのと同時に、サラの動向も見守る日々の中、サラの身辺を警護させている部下から報告が届いた。

 その内容はソリヤの街の市場でサラがテオに誘われ、強引に連れて行かれそうになったというものだった。
 どうして彼女が一人で街へと思ったけれど、内職の品を商会に届けるためと聞いて驚いた。
 子供達の面倒を見るだけでも大変なのに、経営資金を稼ぐために刺繍の内職までしていたなんて知らなかったのだ。
 しかも驚いたことに、取引先がかの有名なランベルト商会だと言うではないか。

 ランベルト商会は流行の発信地と言われる帝国に本店がある大店で、ランベルト商会と取引したいと望む人間は後をたたないという。
 だけどどんなに好条件の取引を持ちかけられても、信用がないところとは絶対に取引しないし利益を貪るようなこともしないので、取り扱う商品はどれも質が高い割に手の届く値段だという事でかなり評価が高い。
 そんな商会と取引できる程の腕を持っているなんて……僕は何度彼女に驚かされたらいいのだろう。

 心配したテオとの件は、市場の人達がサラを守ってくれたと聞き、ほっと胸を撫で下ろす。彼女は市場の人達にも好かれているようだ。
 しかも街の人々は彼女の事を内緒で「ソリヤの聖女」と呼んでいるらしく、彼女の人気の高さが覗える。
 きっとあの明るい笑顔と素直な性格で人々を魅了しているに違いない。

 しかしテオの動きが心配だ。今回、彼女は無事だったけれど、彼の執着は余程のものだと思う。また彼女が街へ行くと同じ事が起こるかもしれない。それだけは何とか阻止したい──そう思っていた時、領主の館で不穏な動きがあると報告を受けた。

 僕はサラに領主の情報収集を断った後、領主の館に秘密裏に部下を潜り込ませていた。そして孤児院の資金の行方について調べていると、領主の側近が不埒な輩に接触したらしいという情報を手に入れたのだ。
 その情報に嫌な予感がした僕は、サラに身辺を注意して貰うべく孤児院へと向かう。

「またテオとひと悶着あったそうですね」

 そうしてサラの部屋に着いてすぐ、僕は彼女に問いかける。
 僕の言葉に彼女が酷く驚いているのは、僕がどうやって情報を手に入れているのか不思議だからだろう。

「まあ、そんな事もあったけど市場の人達が助けてくれたから大丈夫だったよ」

「貴女は以前僕が言った言葉を覚えていますか? もっと男に対して警戒して下さいとお願いしましたよね?」

「……え、でも誘いには乗らなかったし……大丈夫だったし……」

 強引に連れて行かれかけたというのに、未だに危機感がないサラの言葉に歯痒く思う。そんな僕の顔を見て居た堪れなくなったのか、彼女の反論する声が段々と小さくなっていく。

「貴女が無事だったのは結果論に過ぎません。テオに会った瞬間逃げるぐらい警戒して下さらないと」

「え……! そこまで警戒しないといけないの?」

「当たり前です。彼には重々注意して下さい。それとしばらくは街に行かないで下さいね。必要なものはこちらで揃えますから、遠慮なく言って下さい」

 流石に無理を言っている自覚があったので、サラから反発があるだろうと覚悟していた。
 なのに、彼女は幾つかの質問をした後、僕の要望をあっさりと飲んでくれたのだ。

「分かったよ。エルの言う通りにする」

 一週間もの間、孤児院から出るなという僕の無茶振りに、サラは理由を追求してこなかった。彼女に理由を説明することも出来ず、不便を強いる僕を追求する権利が彼女にはあるというのに──。

「──貴女は、僕の事を悪魔だと思っているのですよね? なのに何故そんなにあっさりと信用するのですか?」

 てっきり僕のことを王太子だと思い出してくれたと思っていたけれど、彼女と会話を交わす内に、未だに彼女が僕を悪魔だと勘違いしているのだと気が付いた。
 巫女見習いとは言え、聖職者である彼女が悪魔を信用するなんてありえない筈なのに……。

「え……っと、その、エルは私と取引しているでしょ? 悪魔は取引が終わるまでは相手の人間を害さないって話だし、だから大丈夫かなって……」

 僕の疑問に、彼女は始めはしどろもどろに答えていたけれど、一瞬、思い直すかのように表情を引き締めると、はにかむような笑顔を浮かべた。

「まあ、そういう理由もあるけれど、本当は私がエルを……私達を救ってくれたエルを信じてるから、かな。たとえエルが悪魔だとしても、何者だとしても私はエルを──……」

 ──サラの言葉を遮ってしまうのも構わず、僕は彼女を力いっぱい抱きしめた。

 その後に続く言葉を頭が理解した瞬間、身体が衝動的に動いてしまったのだ。

 例え僕が神に仇なす悪魔だとしても、人々に恐れられ災いを齎す者だったとしても、何者でも構わずに僕を信用してくれる、そんな彼女を──どうしようもないほど好きなのだと、僕は痛切に思い知らされたのだった。
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