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第41話 会議室1

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 サロライネン王国の王宮にある会議室では、元老院議員達を招集した定例会議が行われていた。

 優美な絵画や彫刻が飾られた会議室には、珍しい木材で作られ、細かく彫刻された飴色の大きなテーブルがあり、王太子であるエデルトルート・ダールクヴィスト・サロライネンを上座に、元老院議員達が爵位順で席についている。

 本来の定例会議では情報の共有や、国家事業の進捗状況の報告を行うのだが、現在は王都にあるアルムストレイム教の神殿本部で起こった、とある騒動が議題に挙げられていた。

 いつも恙無く進行している定例会議であったが、今回は珍しく荒々しい雰囲気が会議室中に漂っている。

 そんな会議室の上座に座っているエデルトルートの表情は固い。何故なら会議が始まってからずっと神殿派の貴族である議員達から糾弾され続けているのだ。

「殿下は王族としての立場を理解しておられるのか!!」

「アルムストレイム教を敵に回すことは世界を敵に回すことと同義ですぞ!!」

「神聖なる神殿に許可もなく乗り込むとは何事ですか!!」

 普段はエデルトルートの顔色を窺っている議員達が、ここぞとばかりに責め立てる。
 エデルトルートを糾弾しているのは主に神殿派の議員達だった。
 しばらく大人しくしていた分、今日の会議では鬱憤を晴らすかのように声を上げている。

 彼らは王宮内でも恐れられていた王太子の評判が、ここ最近急激に良くなって来た事に危機感を覚えているのだ。
 だから何としても今回の件で王太子の評価を失墜させ、自分達神殿派議員の発言力を強めようと必死になっている。

「しかもレーデン子爵を投獄するなど……! 我々貴族を貶める行為ですぞ!」

 この議員が言うレーデン子爵とは、王宮の人員を操作し、バザロフ司教がサラを連れ去る手助けをした貴族の名である。
 彼は現在「拉致監禁幇助」の罪で投獄されている。それは貴族にとって耐え難い屈辱であった。

「……何度も説明した通り、私が神殿へ赴いたのは、司教の一人が離宮で働く者を拉致したからであり、レーデン子爵に於いては無断で人員の配置を操作し、拉致に協力したため下した処分である。何も問題はないはずだが?」

 エデルトルートが同じ内容を繰り返し議員達に説明するが、その度に反論してくるので会議は全く進まない。
 王族派の議員達も始めは反論していたものの、繰り返される討論にうんざりしている。

 なるべく事を荒げたくないエデルトルートであったが、そろそろ我慢も限界に来ているようだ。
 もしこれがエデルトルートをキレさせる議員達の企みであれば、その狙いは当たっているだろう。

「拉致されたと言う該当の人物は巫女見習いだそうですな。ならば自ら司教に付いて行ったのでは?」

「それが本当だとすると、殿下は何の落ち度もない神殿を襲撃した事になりますぞ!」

「その巫女見習い一人のためにアルムストレイム教、ましてや法国と戦争をするおつもりですか!!」

 神殿派議員達があらぬ方向へと話を誘導していく。
 このまま議論していては危険だと判断したエデルトルートが、強制的に会議を終わらせようとしたその時、今まで静観していた神殿派の中心人物である、ベズボロドフ公爵が口を開いた。

「まあまあ、皆さん落ち着いて。今はアルムストレイム教との関係修復を最優先するべきでは?」

 ベズボロドフ公爵の意見に、今まで騒いでいた議員達は一瞬静かになったかと思うと、今度は一斉に公爵の意見に同意し始めた。

「正にその通りですな」

「さすがベズボロドフ公爵! 物事を大局的に見る目をお持ちでいらっしゃる」

 上位貴族であり、元老院の議員の中でも強い発言権を持っているベズボロドフ公爵を同じ派閥の議員達が持て囃す。
 公爵の話に合わせるよう、予め根回しされていたのだろう。

「神殿との関係を修復するためにも、是非とも殿下には大司教様の打診をお受けいただきたい」

「……何?」

 ベズボロドフ公爵の提案にエデルトルートが眉をしかめると同時に、無礼極まりないベズボロドフ公爵の発言を聞いた王族派議員達が異を唱える。

「公爵! その打診は断ると会議で決定したではありませんか!」

「この元老院会議で決議された議題を再び持ち出すのは如何なものか」

「一度否決された議題の再検討は、正式な手続きを終わらせてからにしていただきたい」

 ベズボロドフ公爵が言う、以前否決された大司教からの打診──その内容は、王太子エデルトルートと、アルムストレイム神聖王国王女との婚姻の申し出であった。

「何を仰る! これほどの良縁はありますまい。配慮下さった大司教様には感謝せねばなりませんよ!」

 王族派議員達の反論を、ベズボロドフ公爵は一笑に付す。

 ──王太子と王女の婚約──それだけ聞くと、王政が多いこの世界ではよくある話だろう。だがそれは相手国が普通の国であればの話だ。

 エデルトルートや王族派議員達が反対する理由は、相手が普通の国ではないアルムストレイム神聖王国だという点である。

 ただでさえ神殿派議員達が勢力を伸ばし、王宮内でアルムストレイム教の権力が強まっている中、そのアルムストレイム教の総本山がある神聖王国の王女と王太子が婚姻を結ぶというのは、サロライネン王国が事実上、アルムストレイム神聖王国の属国となることを意味する。
 もしこの婚姻が成立すれば、アルムストレイム教は王国の国教となる。
 そうなればアルムストレイム教と敵対している隣国のバルドゥル帝国との関係は悪化し、経済的にも打撃を受けることは必至だろう。

 そして王国の事を考え、大司教からの打診を拒否したエデルトルートであったが、それ以上に打診を受け入れられない重要な理由があった。

 ──それは言わずもがな、サラの存在である。

 闇属性を持って生まれたがために、神殿派の貴族達に影で忌み子と蔑まれ、王宮内ではその能力を恐れられながら育ったエデルトルートが、自分は一生幸せになれないと思うのも仕方がないことだろう。

 それでも周りの人間からの印象を少しでも良くしようと、エデルトルートはありとあらゆる事に全力で取り組んだ。普段、彼が臣下や使用人に敬語で話すようになったのもそのためだ。

 元々優秀だったエデルトルートが更に努力した結果、非の打ち所がない完璧な王子となるが、今度はその優秀さが畏怖の対象となってしまう。

 いくら努力しても報われない世界に、エデルトルートが絶望しそうになった時──彼はサラと出逢った。

 大輪の薔薇を思わせる赤みがかった髪に、翠玉の大きな瞳、屈託なく笑うサラに、エデルトルートが惹かれるのは時間の問題だった。
 実際、サラと会う度に想いが募るのを実感していたのだから。

 悪魔と勘違いしていても、王太子と気付いても、闇属性と知っても、サラは全く態度を変えず、エデルトルートを受け入れ、認めてくれた。

 それがどれだけエデルトルートにとって救いとなったか──きっとサラは気付いていない。

 ──闇に囚われた暗い世界で、エデルトルートは初めて自分だけの光を見つけたのだ。

 アルムストレイム教に対して良い印象を持っていない、寧ろ信仰心はほぼ無いに等しいエデルトルートだったが、サラと出会えたことだけは至上神に感謝した程だ。

 ようやく見つけた光を、愛する人を手放すつもりは全く無いが、エデルトルートの力を持ってしてもどうにも出来ない問題が一つだけあった。──それは身分の差だ。

 いくら王太子といえども平民で孤児だったサラを王妃として迎え入れることは出来ない。
 サラを王族派貴族の養女にと考えた事もあったが、貴族達の反発やサラ本人が嫌がるだろうと思うと実行するのを躊躇ってしまう。

 サラと結ばれる為の方法を考える以前に、告白するのが最優先なのだが、今まで恋愛した経験がないエデルトルートは告白のタイミングが掴めないでいた。
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