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ルシア12歳、今私にできる事

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「僕がまだ少年といっていい年頃だった頃、身近にとても美しい姉のような女性がいたんだ。」

木陰のベンチにエスコートされ、座って話しを聞く。
そっと添えられている手は女性のように美しくて滑らかだが、男性らしく大きく骨ばっている。
なんともいえない気恥しさがあるのだが、振り払うのは失礼だろうか。

「女神のように美しく、そして知性的な人だったんだ。
学問はもちろん、魔法にも造詣が深く、彼女の口からは僕の知らない、知識が湯水のように溢れてきた。」

滔々と「彼女」の魅力を語るリッチオーニ公爵は憂い顔で、遠い目をしている。

「当時はまだ父上がご健在で、年齢的には兄上が次期王であることは見えていたものの、僕を担ごうとするものも若干は居たんだ。
だから、僕に近づく他の女性たちはどうも皆ギラギラしていてね。
僕を獲物のように見ない女性は彼女が初めてだったよ。
淑女としても完璧。
将来こんな人を伴侶に迎えたい、と僕が考えるのにそれほど時間はかからなかった。

ただ、彼女の家は中立ではあったけれども、ちょっとした事件があった後は落ち目になってね。
当初は美しく着飾って僕に会いに来ていたのに段々と貴族令嬢のギリギリ、という装いになっていった。
そのころだったな。彼女が変わってしまったのは。
次第に彼女の目も僕を獲物として見る目に変わっていった。
ついには、『エンリオ様、私を娶っていただけませんか?』と直接僕にうかがいをたててきた。」

「ご結婚しようとは思わなかったのですか?」

つい、疑問に思って聞いてしまう。
それまでそんなに良い印象だったのであれば、結婚してしまっても良かったのではないだろうか。

「父上や兄上に相談したことはあった。
ただ、兄上は結婚したばかりでまだ殿下たちは生まれていなくてね。
僕の結婚を含む諸々は非常に重要な政治問題だった。
軽々しく動けるような状況じゃなかったんだよ。
だからその頃から子どもさえ作らないなら恋愛は自由にしていいと言われるようになったんだけどね。」

確かに、その状態であればお世継ぎ問題の混乱を避けるために婚約や結婚を遅らせることは想像に難くない。
…というか、女遊びは王家公認だったのか。

「そして彼女はどんどん変わっていった。
環境は悪くなる一方だけど、彼女は気高くいようとするあまり、どんどんとげとげしくなっていった。
僕が憧れた女性はもういなくなってしまったんだ。」
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