落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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加護の変質1

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アンデッド化した竜の討伐から数日後。

リリスはいつものように図書館の司書として、その日の午後の時間を過ごしていた。

倉庫の在庫整理の作業で思いの外疲れたリリスは、定刻になると直ぐに図書館を退出して学生寮に戻った。

自室のリビングで身体を休めていると、コンコンとドアがノックされた。

ドアを開けるとそこに立っていたのは、警備員姿のチャーリーだった。

ずかずかとリリスの傍に近付いてきたチャーリーは、その肩に青いフクロウを留まらせていた。

青いフクロウって・・・・・。

思わず目を凝らして見つめているリリスに、チャーリーはうんざりした口調で話し掛けた。

「リリス。また迷子の使い魔や。お前に会いに来たんやけど、見つけられずにうろうろしているところを捕獲したんや。」

そう言ってチャーリーは青いフクロウをリリスの目の前のテーブルに降ろした。
フクロウは周りをきょろきょろ見ながら、リリスの方に顔を向けた。

「リリス。こんなところに居たんだね。デルフィ殿からリリスは学生だと聞いていたので、てっきり学舎に居るものだと思っておったわい。」

うっ!
この口調はもしかして・・・・・。

「もしかしてヨギ様ですか?」

リリスの問い掛けに青いフクロウはうんうんと頷いた。

「どうしてこんなところまで来たのですか?」

「うむ。デルフィ殿から聞いた話では、リリスの元には賢者や王族などが使い魔の姿で訪れると言うので、興味を持って使い魔の姿で来てみたのだよ。」

「それに亜神などのような、とんでもない存在まで時折訪れると言うではないか。」

青いフクロウの言葉を聞き、リリスは無言でチャーリーを指差した。

「そこにも居ますよ。そのとんでもない存在が・・・」

「うん?」

フクロウが向きを変えるとチャーリーはニコッと笑った。

「どうも。そのとんでもない奴です。」

そう言うと、チャーリーはドアの傍に進み、外に出ようとした。

「僕は職場に戻るからね。後はよろしゅうに。」

チャーリーが外に出ていくと、青いフクロウはポカンとした表情でリリスを見つめた。

「どう言う事だ? あの男はこの学院の警備員なのだろう?」

「まあ、外見はそうですが・・・・・」

リリスはそう言いながら声を小さくした。

「チャーリーの正体は土の亜神ですよ。日頃は纏っている魔力や気配を完全に隠蔽していますから、気が付かないのも無理も無いですけどね。」

「土の亜神だと?」

青いフクロウの声が上ずっている。

「正確には土の亜神本体の一部ですね。亜神本体の降臨の為の七つのキーの一つだと本人は言っています。普段ここに来る時は使い魔のノームの姿なんですけどね。」

「う~む。信じられん・・・・・」

フクロウはそう呟くとチャーリーが消えていったドアの方を見つめた。

まあ、信じられないのも無理も無いわよね。

「チャーリーは先日もビストリア公国の南方の森の中で、水竜の棲み処のリフォームを手掛けましたよ。一瞬で棲み処が数倍の規模になったと言って喜ばれていましたから。」

「ちなみにその水竜達は、あのアンデッド化された竜に元の棲み処を退去させられ、ビストリア公国に移り住んだ竜達ですけどね。その一件については、先日アンデッド化された竜の討伐に来たリンちゃんも良く知っていますよ。」

リリスの言葉に青いフクロウはう~んと唸った。

「リンちゃんって・・・あの時に飛来した竜のリーダーだよな。あれは他の竜と異なる種類の竜なのか? ポテンシャルの高そうな波動を纏って居た事は覚えておるのだが。」

「ああ、それはリンちゃんが覇竜の生き残りだからですよ。」

リリスの口から出た言葉に、フクロウはえっ!と驚きの声を上げた。

「覇竜だと? 太古に存在したとされる伝説の竜族ではないか。そんなものが現存しておるのか? しかもそれをリンちゃんと呼んでいるのか。 その辺りからして規格外だな。」

「まあ、リンちゃんと知り合う前には色々な事があったんですよ。」

そう言いながら、リリスは亜空間収納から魔道具を取り出した。
それはユリアスとの連絡用に用いているものだ。

「せっかくヨギ様が来られたんだから、私のご先祖で賢者のユリアス様を呼んでみましょうか。」

「ほうっ! そんな知り合いが居るのか。リリスの先祖と言うからには人族の賢者だな。可能なら呼び出してくれ。」

青いフクロウの言葉にリリスはうんうんと頷き、魔道具を操作してユリアスと連絡を取った。

デルフィとリン達と共にアンデッド化された竜の討伐に出掛けた事を簡略に話し、その渦中で知り合ったダークエルフの賢者の話をすると、ユリアスは強く関心を示し、ラダムと共にこちらへ来るとリリスに伝えた。

数分後、自室の奥の壁に二つの闇が現われ、その闇が徐々に形を変えて2体の使い魔の姿になった。

ユリアスの使い魔の紫色のガーゴイルと、ラダムの使い魔の紫色のフクロウである。

青いフクロウと紫色のフクロウだなんて、どう言う取り合わせなのよ。

そう思ったリリスの思いを素通りして、3体の賢者の使い魔は互いに挨拶を交わしながら色々と話し込み始めた。
その辺りは賢者同士の強い探求心の故なのだろう。
ネクロマンサーとしての術を極めたヨギにはラダムも大いに関心を寄せ、自身が復元中の暗黒竜の全身の化石標本を見てもらいたいと力説した。

「化石であれば禁呪によってアンデッド化出来る可能性が高いですぞ。」

ヨギの言葉にラダムはおおっ!と声を上げた。

「駄目ですよ、ラダム様。禁呪を使うと後始末が大変なんですから。ヨギ様も滅多な事を言わないでくださいよ。ヨギ様が創り上げた竜のアンデッドの討伐で、大変な思いをしたばかりなのに・・・・・」

リリスの苦言に青いフクロウは、申し訳なさそうにその羽根でポリポリと頭を掻いた。

「すまんすまん。儂の専門分野になると、つい力が入ってしまうのでな。」

「まあ、それは我々も同じですよ。」

そう言いながら紫色のガーゴイルが青いフクロウを宥めた。

「いずれにしても、一度儂が任されておるレミア族の研究施設に来てください。ヨギ殿のネクロマンサーとしての研究と力量があれば、レミア族が残した遺物に精神的な肉付けが出来る様に思うのです。」

「うむ。遺物などからそれに纏わる精神的背景を復元したり、可視化するのは儂の専門分野の一つだ。失われた種族の探求には儂も関心があるので、大いに協力しますぞ。」

青いフクロウの言葉にガーゴイルは嬉しそうに頷いた。
使い魔なので表情は分からないが、そう言う雰囲気を醸し出していると言う事だ。

3体の使い魔が色々と話をしていると、その時突然ドアがノックされ、リリスを呼ぶ声がドアの向こう側から聞こえてきた。

誰だろうと思ってドアを開けると、そこに立っていたのは下級生のウィンディだった。
学生服姿でカバンも持ったままだ。
自分の部屋に立ち寄らず、学舎から直接ここに来たのだろう。

「ウィンディ、どうしたの?」

「すみません、こんな時間に。でもリリス先輩が最近生徒会の部屋に来られることが少ないので、寮で直接会って話をしようと思って・・・・・」

ああ、そうね。
最近何かと忙しかったからねえ。

「あらっ? お客様ですか?」

ウィンディは部屋の奥を覗き込み、リリスに問い掛けた。

「ああ、大丈夫よ。賢者様達の使い魔の交流会だから。」

「賢者様達って・・・・。そんな方達が先輩の部屋に入り浸っている事自体が尋常じゃないですよね。」

そう言いながらウィンディは呆れた目でリリスを見つめた。

「お嬢ちゃん。儂等の事は気にせんで良いぞ。」

青いフクロウの言葉にウィンディは恐縮気味にハイと返事をした。
一応3体の使い魔を紹介したうえで、リリスはウィンディを招き入れ、賢者達の使い魔が座って話し合っているソファの対面のソファに、ウィンディと横並びに座った。

ウィンディも対面のソファで賑やかに話し合っている使い魔達を見て、少し和んできたようだ。
そのウィンディの表情を見ながら、リリスは彼女に問い掛けた。

「それでどうしたの? 生徒会で何かあったの?」

「いえ、生徒会の事では無いんです。実はリリアの件で・・・」

そう言いながら少し言い淀むウィンディに、リリスはウッと呻いて不安を感じた。

リリアと言えば、最近全く気にしていなかったけど、業火の化身と言う爆弾を抱えているんだったわよね。

「リリアがまた不安定になっているの?」

リリスの言葉にウィンディは神妙な表情で頷いた。

「時折神殿のマキさんから高位の聖魔法を受けているので、今直ぐに暴走する事は無いと思うんですけど、リリアの心の中に何か屈折した気持ちがあるのが分かるんですよ。」

「全てを焼き尽くしたいって言う、どうしようもない衝動に駆られてしまう事があって、それでもまだ自制出来ていると本人は言っていますが、その衝動を抑え込む事自体に疲れてしまうとも言っていました。」

う~ん。
リリアなりに色々と葛藤があるのね。

「たまにダンジョンに潜って大暴れしたら良いんじゃないの? 息抜きの為には定期的に大量の魔物を焼き尽くすのも、リリアにとって必要なのかもね。」

リリスの言葉にウィンディはう~んと唸った。

「ロイド先生やケイト先生にお願いして、定期的にダンジョンチャレンジには取り組んでいるんですよ。でも出てくる魔物の数も知れているし、大暴れすると言ってもどうしても限界があるわけで・・・」

「それは仕方が無い事よね。要するにその制限の範囲内では満足出来なくなってきたって言う事なの?」

「そうですね、リリアの本音はそう言う事ですよね。」

そう言いながらウィンディは大きく溜息をついた。

どうしたものかしら。
以前にアブリル王国で定期的に出現していたワームホールが、他の場所でも出現すればそれを利用出来るんだけど。
いっその事、一緒にギースのダンジョンにでも潜ってみようかしら?

あれこれと考えていると、テーブルの上をよちよちと歩きながら、リリスの目の前に青いフクロウが近付いてきた。
その首を傾け、リリスの目をジッと見つめている。

「リリス。何だか物騒な話をしていないか? 思わず盗み聞きして申し訳ないのだがな。」

「ああ、御心配かけて申し訳ありません。少し厄介な加護を持つ後輩が居るものですから。」

「ほうっ! この国の魔法学院には多才な生徒が複数居ると聞くが、その生徒もその部類だな。そのリリアと言う娘はどんな加護を持っておるのだ?」

青いフクロウの言葉にリリスは言葉を濁そうとした。
だが傍に居たウィンディがふと、業火の化身と言う言葉を口にしてしまった。

その途端に、青いフクロウは目を剥き、バタバタと強く羽ばたいた。

「何だと! 業火の化身だと! どうしてそんなものを人族が持っておるのだ? 業火の化身と言えばダークエルフ固有の特殊な加護ではないか。」

ああ、そう言えばヨギ様ってダークエルフ出身だったわね。
これは参考になる知恵や意見を聞けるかも・・・。

リリスは姿勢を改めて、青いフクロウに対峙した。

「ヨギ様。良い機会だから少し話を聞いていただけませんか?」

「もちろんだとも。」

ヨギが了承してくれたので、リリスはリリアに関するこれまでの経緯を簡略に話した。
その話を聞きながら、青いフクロウは幾度も驚きの声を上げた。

「なるほどな。人族であれば聖魔法との相性も良い。高位の聖魔法で闇落ちを回避する事も可能と言う事か。」

「儂も色々な部族から、この加護を持つ子供の対処法を相談された事が幾度もある。だが残念ながら、どうしても闇落ちして暴走してしまう事が多かった。未成熟な子供が持つにはあまりにも危険な加護だからな。」

「とりあえず業火の化身のレベルを確かめる事から始めよう。」

そう言うと青いフクロウは亜空間収納から小さな指輪を取り出した。
テーブルの上に置かれたその指輪は小さな宝玉が嵌められている。

「この指輪の宝玉の放つ色で、業火の化身のレベルが分かる。これは幾つものデータを元に儂が造った魔道具だ。レベルが低いうちは青く光り、徐々に黄色から赤に変わっていく。」

まるで信号ね。

「光の強さと色でレベルを判断するのだが、そのレベルに応じて業火の化身に対する制御プログラムも変わってくるのだ。数種類の制御プログラムを作成してあるので、それを当てはめて指導する形になる。」

「但し、これはあくまでもダークエルフ用のプログラムだ。人族に適用出来るか否かは分からないが、それでも参考にはなるだろう。」

青いフクロウはそこまで話すと、ふっとため息をついた。

「儂も悲惨な例を見てきたからな。とても他人事とは思えんのだ。」

リリスは青いフクロウに深々と頭を下げた。

「ヨギ様、ありがとうございます。そうじゃあリリアにこの指輪を嵌めさせてみますね。」

「そうじゃな。先ずそこから始めよう。」

ヨギの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
傍に座っていたウィンディも嬉しそうに礼を述べた。

その後、青いフクロウはガーゴイル達と共に消えていった。
ユリアスがレミア族の研究施設に案内するそうだ。

ウィンディはヨギから預かった指輪をカバンに入れ、礼を言ってリリスの部屋から出ていった。




その日の夜。

ウィンディはリリアの部屋を訪れた。

リリアは上級貴族なので、従者の部屋が設置された広い一人部屋なのだが、取り巻きの貴族の子女や従者が居ない事も在ってウィンディが週に2~3回はここで寝泊まりしている。

ソファで寛ぐ普段着のリリアを見つけると、ウィンディはその傍に座って指輪を取り出した。

「リリア。これを嵌めて見て。」

目の前に突き出された指輪を見て、リリアは首を傾げた。

「これって何なの?」

「それはリリス先輩の部屋で賢者様から預かってきた魔道具なのよ。」

そう言いながらウィンディは、リリスの部屋でヨギと話した内容を簡略に説明した。

「ふうん。そのヨギ様ってダークエルフの賢者様なのね。でもこの魔道具って人族が嵌めても大丈夫なの?」

「ああ、それなら大丈夫よ。既に試してみたから。」

ウィンディはそう言うと指輪をリリアの手から取り上げ、自分の指に嵌めてみた。
指輪は当然の事ながら何の反応もしない。

「ほらっ。何とも無いでしょ。」

ウィンディの言葉に頷き、リリアは指輪を受け取ると自分の指に嵌めてみた。
その途端に指輪が微かに青い光を放ち始めた。

「うんうん。しっかり反応しているわ。」

ウィンディはそう言いながらヨギの言葉を思い出した。

レベルに応じて青い光から黄色、赤色に変わるのよね。
・・・と言う事はまだ低レベルって事なの?

そう思っていると指輪の放つ光が強くなり、黄色から赤色に変わり始めた。

「えっ? これって高レベルって事なの?」

思わず突っ込むウィンディの言葉にリリアは首を傾げるだけだ。

指輪の宝玉は赤い光を放つと、更にその色を変え、紫色の光を放ち始めた。
その光が強さを増し、強烈に輝き始めると、次の瞬間にパリンと音を立てて砕け散ってしまった。

リリアは慌てて指輪を指から外し、自分の指を確認した。
傷はないようだ。
だが予想外の状況にウィンディも驚き、リリアの指を自分の手で包み込んだ。

「リリア。大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。傷も無いし・・・」

そう言ってウィンディの顔に目を向けたリリアは、部屋の壁に異様なものを見た。

壁の真ん中に青い光が渦巻き、何かがその中から出てこようとしている。
その異変に気付いたウィンディはリリアを護る様な姿勢を取った。

二人は警戒して身構え、壁の異変をじっと見つめていたのだった。












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