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加護の変質3
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大陸南東部の果ての孤島。
そこでリリアが無双していた。
業火の化身を発動させ、大量の青白い火球を放っていく。
触手の先端では直径30cmほどの大きさの火球だが、触手から放たれて高速で滑空するにつれ、その大きさが一気に膨張してしまった。
着弾時には直径3mほどの大きさの火球になってしまっている。
それがリリアの前方広角度に放たれ、着弾と共に爆炎が上がった。
その爆炎に木々や魔物も包まれ、瞬く間に広範囲が火の海になってしまった。
その火力に賢者達もおおっ!と声を上げて驚いた。
だがリリアの爆走はここからだ。
魔力を吸引しながら即座に火球を再度準備する。
そのリロードに30秒も掛からない。
矢継ぎ早に火球が放たれ、瞬時にリロードされる。
まるで機関砲のように大量の触手の先端から、火球が連続して放たれていく。
その結果、先の火球が燃え尽きぬうちに次の火球が爆炎を上げ、地表の炎熱が止む余地が全くなくなってしまった。
まるで地表を爆炎の塊で覆い尽くしたような様相であり、まさにそれは火の海と呼ぶにふさわしい光景だ。
ありとあらゆるものが燃え上がり、燃え尽きた後も地表すら燃やしてしまう。
連続した炎熱によって地表は赤々と発光し、一部は溶岩のようになってしまった。
上空に逃げ出そうとした鳥類や鳥型の魔物も、その炎熱に炙られて火の海に墜落していく。
例えその炎熱から逃げおおせたとしても、あまりの広範囲の燃焼によって辺り一帯の酸素が欠乏し、苦しくなって墜落してしまう鳥類もいるようだ。
賢者達を覆う亜空間シールドもあまりの長時間の炎熱で、度々張り直されている。
その亜空間シールド越しにリリアの様子を見ていた賢者達も、赤々と燃え上がる爆炎で視界が悪くなり、リリアの様子を探査しながら確認しようとしていた。
リリアは目の前の全てを焼き尽くしたと判断したようで、地表からリリアの身体を支えている触手を動かし、前方へと移動し始めた。
その移動中も火球を放つ事を継続しているので、炎熱の勢いは収まらない。
地表から数mにも及ぶ炎熱の絨毯が前方に拡大しながら広がっていく。
もはや焼き尽くされる大量の魔物の絶叫も聞こえない。
聞こえてくるのは爆炎を上げる炎のゴウッと言う音だけだ。
その音が何十層にも重なってあらゆる方向から聞こえてくる。
それでもリリアから満足した様子が感じられない。
リリアは幾度も魔力吸引を発動させ、火球を産み出す力に変えていく。
より遠方にまで火の海を拡大させるべく、リリアは地表に届いている触手を引き伸ばし、より高い位置から前方を俯瞰した。
高さ20mほどの視点から見える遠方にはまだ火の手が上がっていない。
それを赦さぬようにリリアは、より遠方にも火球を放ち始めた。
より高い位置から、より遠方にも大量の火球を放つ。
その為にリリアの身体から既存の倍以上の触手が伸び出し、円錐形になってリリアの身体を押し上げていった。
既にリリアの身体は地表から30mほどの高さになっている。
しかも、その身体から前方に突き出した触手の数も倍増した。
次々と放たれる火球の数も増え、更にその大きさまで拡大しているようだ。
「この状態が続けば、島の形が無くなってしまう・・・・・」
ヨギがそう呟く声がリリスの耳に入ってきた。
亜空間シールド越しに言葉も無く、賢者達はリリアの状態を見つめていた。
だが5分ほど経って、リリアの身体に異変が生じ始めた。
リリアの身体から伸び出していた無数の触手が減少し始め、放たれる火球のリロードにも時間が掛かる様になってきたのだ。
「そろそろ限界かしらね。」
リリアの脳がオーバーヒート状態なのだろう。
激しい魔力の増減で身体機能も限界の様だ。
リリアの突然の意識喪失などに備えて、リリスは亜空間シールドの外に出た。
亜空間シールドの外はまだ炎熱が残っており、地表の温度もかなり高い。
魔道具で身体密着型の亜空間シールドを張り、リリスはリリアの近くに駆けつけた。
リリアの身体から伸び出している触手は徐々に消失し、リリアの身体を地表に降ろす分量だけが残っている。
既にリリアの意識は途切れているようだ。
地表の温度がまだ高いので、リリアを直接地表に降ろすと火傷を起こしかねない。
リリアの身体が地表に降りてきた時点で、リリスは土魔法を発動させ、リリアの身体の下の地面を盛り上げて台座を造り上げた。その台座の表面を水魔法で冷やした上で、柔らかい砂状に構造を変化させた。
その上にリリアの身体が降りると、全ての触手が消え去り、リリアの身体も平常の状態に戻った。
「リリア! 大丈夫?」
ウィンディがリリアの状態を心配して駆け寄ってきた。
リリスは先にリリアの身体に近付き、そのリリアの身体を精査すると、身体に異常はないが明らかに魔力切れの症状が強く出ている。
リリスはリリアの手を握って、自分の魔力をリリアの身体に注ぎ込み、細胞励起を中レベルで発動させてリリアの身体にしばらく掛けた。
それによってリリアの呼吸も穏やかになり、薄っすらと目を開けたが、まだ意識は若干混濁している様子だ。
そのリリアの傍に白い鳥が近付いてきた。
白い鳥はリリアの様子を見て、何かを確認したようにリリスの方に目を向けた。
「終わったようね。これで業火の化身も現状での限界を認識したと思うわよ。その上で自律進化の方向性を見出そうとするだろうから、しばらくは様子見ってところね。でも限界を認識した事で、無暗にリリアの精神状態に焦りや不安を起こさせる事は無くなると思うわ。」
そうかなあ?
本当にそうなってくれれば良いんだけどねえ。
レイチェルの言葉に半信半疑のリリスだが、少なくともリリアの気晴らしにはなったかも知れないと思い、リリスはリリアの髪を撫でて労りの眼差しを投げ掛けた。
リリアはようやく意識を取り戻し、ゆっくりと口を開いた。
「リリス先輩、ありがとうございます。今回の事は私にとっても有意義でしたし、私の加護にとっても有意義でした。」
「業火の化身がリリス先輩に対する感謝の意を伝えてきました。身の程を知ったので無暗に焦らないとも言っています。」
うんうん。
そう言う念をリリアに送ってきたのね。
それなら良かったと思っていると、リリアの傍にヨギが近付いてきた。
「少し気になる事があるのだが良いか?」
ヨギの意図が分からず、リリスは軽く頷いた。
「先ほどからリリアの傍に何者かの気配を感じるのだ。気配と言っても人や魔物ではない。残留思念のようなものだが、相当古いものだと感じられる。何か言いたげなので、少し実体化させてみたいのだが。」
これっておそらくネクロマンサーとしてのヨギ様の専門分野よね。
「お任せします。」
リリスの言葉にヨギは頷き、魔力を集中させてリリアの身体に未知の波動を送り出した。
その波動を受けて何かがリリアの頭部の上に現われようとしている。
黒い霧のようなものが現われ、徐々に人の顔の形になっていく。
だが完全には明瞭な姿に成れないようだ。
ぼんやりとした輪郭の顔はヨギの身体に近付き、浸み込むようにヨギの身体の中に入って行った。
「ヨギ様、大丈夫なのですか?」
リリスの言葉にヨギは目をつぶり、うんうんと頷いた。
「大丈夫だ。儂の口を貸してくれと言っておる。こやつが語る言葉を覚えておいてくれ。」
そう言うとヨギはぶるぶると身体を震わせた。
次の瞬間、ヨギの口がヨギとは異なる口調で話し始めた。
「・・・・・業火の化身を身に纏う者よ。気を緩めるな。この加護は不安定な要素が根底にある。」
ヨギの口から出る言葉を聞き、リリスは静かに問い掛けた。
「あなたは誰なのですか?」
「儂は名をセグと言う。ダークエルフの賢者であり、精霊使いでもあった。儂がダークエルフとしてこの世界に存在していたのは1万年も前の事だ。」
そんなに古い存在なの?
「実は・・・業火の化身は・・・・・儂が火の大精霊との契約で産み出した加護なのだ。」
うっ!
とんでもない事を伝えてくれるのね。
「だが契約に不備があった。そもそも人族や獣人やダークエルフのような存在と、大精霊が契約を結ぶ事自体が無茶だったのだ。結果的に、この世界の理法に反する要素まで含んでしまった。それを排除して加護の形に収める為に、かなりの部分で矛盾を孕むものとなってしまったのだ。」
「それ故にこの加護は常にその矛盾点をクリアしようとして、自律進化を求める傾向にある。それが思うようにいかないがために、加護を宿す者の精神に多大な負荷を掛けるのだ。」
そうなのね。
でもどうしてそんなものを創り上げたのかしら?
「セグ様。何故に火の大精霊と契約をしてまで、業火の化身を創り上げたのですか?」
「それは・・・大災厄を避けるためだ。火の亜神に対抗し得る火力を持つ者を数万人揃えたかったのだ。」
「うっ! そんな無茶な・・・」
思わず叫んでしまったリリスの言葉に、セグはヨギの身体を介して頷いた。
「無茶だとは思ったのだが、大災厄に対する探求心が儂を突き動かしたのだよ。そのお陰で儂の身体は火の大精霊に吸収されてしまい、精神は大精霊の一部に組み込まれてしまった。」
「それはダークエルフとしての存在を越えたと言う事ですか?」
「越えたと言えば聞こえは良いが、永遠に縛り付けられているようなものだ。」
う~ん。
それってどう理解すれば良いのかしら?
「まあ、儂の事は良い。くれぐれもその娘に対して注意を怠るな。珍しく上手く自律進化しているようだが、それでも矛盾点が解決されているのではないからな。」
その言葉を最後に、セグは黙り込んでしまった。
ヨギは目をつぶったまま身体をブルブルと震わせた。
程なくカッと目を開いたヨギは、頭をトントンと軽く叩いた。
「セグの言葉を聞いたか?」
ヨギの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「業火の化身には色々と秘密があるようだ。だがセグ殿の壮大な実験の結果、多くのダークエルフが直接・間接的に命を落としているのも皮肉な結果だと思うぞ。」
確かにそうよねえ。
リリスはヨギに返す言葉も無く、無言で頷く事しか出来なかった。
でも、リリアは大丈夫よ。
闇落ちしないように、私が何としても守ってあげる。
そう決意したリリスは、近くに居た白い鳥に念話で話し掛けた。
念話を使ったのは、傍でリリアやウィンディが聞いているからだ。
(レイチェルは・・・・・その事を知っていたの?)
白い鳥はリリスの問い掛けに首を横に振った。
(でも、タミアは知っていたのかもね。)
(ええっ! そんな事ってあるの? 自分に対抗する為の加護の存在を、むしろ喜んでいたわよ。リリアに対して色々とアドバイスまでしていたんだもの。)
リリスからの念話に白い鳥はうんうんと頷いた。
(タミアの心の中までは私にも分からないわ。でもタミアに対抗出来るような存在が現われる事を、彼女は期待していたのかもね。強敵が現われる事を面白半分で期待しているのかも・・・・・)
う~ん。
タミアならあり得る発想かも・・・・・。
リリスは消化不良な気持ちでレイチェルとの念話を断った。
その後、レイチェルの空間魔法によってリリスとリリアとウィンディは学生寮に転送され、賢者達はレミア族の研究施設に送り届けられたのだった。
数日後。
リリスが図書館の仕事から学生寮に帰ると、自室の中に先駆けて数体の使い魔が訪れていた。
また亜神達なのね。
そう思いながらドアを開けると、赤い衣装のピクシーとブルーの衣裳のピクシーが談笑していた。
タミアとユリアだ。
リリスはカバンを置き、制服のままソファにドカッと座った。
「そう言えば二人共、しばらく見なかったわね。」
リリスの言葉に2体のピクシーはケラケラと笑った。
「最近、何かと忙しかったのよ。」
そう言って赤い衣装のピクシーはリリスに話し掛けた。
「あんたって最近図書館で働いているんだって? チャーリーから聞いたんだけどね。」
「ええ、そうなのよ。卒業までの期間で午後だけなんだけどね。」
そう答えながらリリスは良い機会だと思い、業火の化身について赤い衣装のピクシーに聞いてみた。
「ねえ、タミア。業火の化身ってその発端は、火の大精霊と精霊使いの契約に基づいているの?」
話し掛けられた赤い衣装のピクシーはギョッとして、リリスの顔を見つめた。
「どうしてそんな事を知っているのよ。」
赤い衣装のピクシーの様子を見て笑みを浮かべながら、リリスはロキとレイチェルの勧めでリリアを大陸南東部の孤島に連れて行った事と、その顛末を簡略に説明した。
「ふうん。そんな事があったのね。ロキも一応気にしているんだ。」
「そうなのよ。でもタミアは業火の化身の究極的な矛先が自分だって知っているの?」
「分かってるわよ、そんな事。」
そう答えて赤い衣装のピクシーは得意げな表情を見せた。
「それならどうして業火の化身を持つ者を応援するかのような行動をするの?」
リリスの問い掛けに赤い衣装のピクシーは珍しく真剣な表情を見せた。
「それは火の亜神に対抗したいって言う無謀なチャレンジ精神を、私なりに評価しているからよ。」
「無理と分かっていても何かを試したいって言う気持ち、更に火の大精霊と無茶な契約をしてまでも火魔法で追求したいって言う気持ちを、火の亜神当人としては見過ごせないのよね。」
赤い衣装のピクシーの言葉を続けるように、ブルーの衣裳のピクシーが口を開いた。
「火の亜神に対抗しようなんて、とても無理だとは分かるわよね。だって覇竜の一族ですら焼き尽くされちゃったんだから。」
「それでも小さな存在が何とかしようと思って足掻いている姿が、私達にとってはとても愛おしく感じられるのよ。」
そんなものなのかしらねえ。
そう疑問を感じつつ赤い衣装のピクシーを見ると、ブルーの衣裳のピクシーの言葉を受けてうんうんと頷いている。
「ユリアの言う通りよ。火の亜神と言う存在は、火魔法をこの世界に存在させている定義だと言っても良い。だからその手段が何であれ、火魔法をどこまでも探求する者には、どうしても応援したくなるのよ。」
う~ん。
タミアが言うからにはそう言う事なのね。
リリスは赤い衣装のピクシーの言葉を整理すべく、しばらく考え込んだ。
「そんな難しい顔をしないでよ。リリスらしくないわね。」
「そう言えばリリアもこの学生寮に居るのよね。少し様子を見てくるわ。」
そう言うと赤い衣装のピクシーの言葉はふっとその場から消えた。
「ちょっと待ってよ、タミア!」
リリスの言葉が何もない空間に響く。
何となく嫌な予感がする。
何事も無ければ良いんだけど・・・・・。
言い知れぬ不安を感じつつ、リリスは赤い衣装のピクシーが消えていった方向を見つめていたのだった。
そこでリリアが無双していた。
業火の化身を発動させ、大量の青白い火球を放っていく。
触手の先端では直径30cmほどの大きさの火球だが、触手から放たれて高速で滑空するにつれ、その大きさが一気に膨張してしまった。
着弾時には直径3mほどの大きさの火球になってしまっている。
それがリリアの前方広角度に放たれ、着弾と共に爆炎が上がった。
その爆炎に木々や魔物も包まれ、瞬く間に広範囲が火の海になってしまった。
その火力に賢者達もおおっ!と声を上げて驚いた。
だがリリアの爆走はここからだ。
魔力を吸引しながら即座に火球を再度準備する。
そのリロードに30秒も掛からない。
矢継ぎ早に火球が放たれ、瞬時にリロードされる。
まるで機関砲のように大量の触手の先端から、火球が連続して放たれていく。
その結果、先の火球が燃え尽きぬうちに次の火球が爆炎を上げ、地表の炎熱が止む余地が全くなくなってしまった。
まるで地表を爆炎の塊で覆い尽くしたような様相であり、まさにそれは火の海と呼ぶにふさわしい光景だ。
ありとあらゆるものが燃え上がり、燃え尽きた後も地表すら燃やしてしまう。
連続した炎熱によって地表は赤々と発光し、一部は溶岩のようになってしまった。
上空に逃げ出そうとした鳥類や鳥型の魔物も、その炎熱に炙られて火の海に墜落していく。
例えその炎熱から逃げおおせたとしても、あまりの広範囲の燃焼によって辺り一帯の酸素が欠乏し、苦しくなって墜落してしまう鳥類もいるようだ。
賢者達を覆う亜空間シールドもあまりの長時間の炎熱で、度々張り直されている。
その亜空間シールド越しにリリアの様子を見ていた賢者達も、赤々と燃え上がる爆炎で視界が悪くなり、リリアの様子を探査しながら確認しようとしていた。
リリアは目の前の全てを焼き尽くしたと判断したようで、地表からリリアの身体を支えている触手を動かし、前方へと移動し始めた。
その移動中も火球を放つ事を継続しているので、炎熱の勢いは収まらない。
地表から数mにも及ぶ炎熱の絨毯が前方に拡大しながら広がっていく。
もはや焼き尽くされる大量の魔物の絶叫も聞こえない。
聞こえてくるのは爆炎を上げる炎のゴウッと言う音だけだ。
その音が何十層にも重なってあらゆる方向から聞こえてくる。
それでもリリアから満足した様子が感じられない。
リリアは幾度も魔力吸引を発動させ、火球を産み出す力に変えていく。
より遠方にまで火の海を拡大させるべく、リリアは地表に届いている触手を引き伸ばし、より高い位置から前方を俯瞰した。
高さ20mほどの視点から見える遠方にはまだ火の手が上がっていない。
それを赦さぬようにリリアは、より遠方にも火球を放ち始めた。
より高い位置から、より遠方にも大量の火球を放つ。
その為にリリアの身体から既存の倍以上の触手が伸び出し、円錐形になってリリアの身体を押し上げていった。
既にリリアの身体は地表から30mほどの高さになっている。
しかも、その身体から前方に突き出した触手の数も倍増した。
次々と放たれる火球の数も増え、更にその大きさまで拡大しているようだ。
「この状態が続けば、島の形が無くなってしまう・・・・・」
ヨギがそう呟く声がリリスの耳に入ってきた。
亜空間シールド越しに言葉も無く、賢者達はリリアの状態を見つめていた。
だが5分ほど経って、リリアの身体に異変が生じ始めた。
リリアの身体から伸び出していた無数の触手が減少し始め、放たれる火球のリロードにも時間が掛かる様になってきたのだ。
「そろそろ限界かしらね。」
リリアの脳がオーバーヒート状態なのだろう。
激しい魔力の増減で身体機能も限界の様だ。
リリアの突然の意識喪失などに備えて、リリスは亜空間シールドの外に出た。
亜空間シールドの外はまだ炎熱が残っており、地表の温度もかなり高い。
魔道具で身体密着型の亜空間シールドを張り、リリスはリリアの近くに駆けつけた。
リリアの身体から伸び出している触手は徐々に消失し、リリアの身体を地表に降ろす分量だけが残っている。
既にリリアの意識は途切れているようだ。
地表の温度がまだ高いので、リリアを直接地表に降ろすと火傷を起こしかねない。
リリアの身体が地表に降りてきた時点で、リリスは土魔法を発動させ、リリアの身体の下の地面を盛り上げて台座を造り上げた。その台座の表面を水魔法で冷やした上で、柔らかい砂状に構造を変化させた。
その上にリリアの身体が降りると、全ての触手が消え去り、リリアの身体も平常の状態に戻った。
「リリア! 大丈夫?」
ウィンディがリリアの状態を心配して駆け寄ってきた。
リリスは先にリリアの身体に近付き、そのリリアの身体を精査すると、身体に異常はないが明らかに魔力切れの症状が強く出ている。
リリスはリリアの手を握って、自分の魔力をリリアの身体に注ぎ込み、細胞励起を中レベルで発動させてリリアの身体にしばらく掛けた。
それによってリリアの呼吸も穏やかになり、薄っすらと目を開けたが、まだ意識は若干混濁している様子だ。
そのリリアの傍に白い鳥が近付いてきた。
白い鳥はリリアの様子を見て、何かを確認したようにリリスの方に目を向けた。
「終わったようね。これで業火の化身も現状での限界を認識したと思うわよ。その上で自律進化の方向性を見出そうとするだろうから、しばらくは様子見ってところね。でも限界を認識した事で、無暗にリリアの精神状態に焦りや不安を起こさせる事は無くなると思うわ。」
そうかなあ?
本当にそうなってくれれば良いんだけどねえ。
レイチェルの言葉に半信半疑のリリスだが、少なくともリリアの気晴らしにはなったかも知れないと思い、リリスはリリアの髪を撫でて労りの眼差しを投げ掛けた。
リリアはようやく意識を取り戻し、ゆっくりと口を開いた。
「リリス先輩、ありがとうございます。今回の事は私にとっても有意義でしたし、私の加護にとっても有意義でした。」
「業火の化身がリリス先輩に対する感謝の意を伝えてきました。身の程を知ったので無暗に焦らないとも言っています。」
うんうん。
そう言う念をリリアに送ってきたのね。
それなら良かったと思っていると、リリアの傍にヨギが近付いてきた。
「少し気になる事があるのだが良いか?」
ヨギの意図が分からず、リリスは軽く頷いた。
「先ほどからリリアの傍に何者かの気配を感じるのだ。気配と言っても人や魔物ではない。残留思念のようなものだが、相当古いものだと感じられる。何か言いたげなので、少し実体化させてみたいのだが。」
これっておそらくネクロマンサーとしてのヨギ様の専門分野よね。
「お任せします。」
リリスの言葉にヨギは頷き、魔力を集中させてリリアの身体に未知の波動を送り出した。
その波動を受けて何かがリリアの頭部の上に現われようとしている。
黒い霧のようなものが現われ、徐々に人の顔の形になっていく。
だが完全には明瞭な姿に成れないようだ。
ぼんやりとした輪郭の顔はヨギの身体に近付き、浸み込むようにヨギの身体の中に入って行った。
「ヨギ様、大丈夫なのですか?」
リリスの言葉にヨギは目をつぶり、うんうんと頷いた。
「大丈夫だ。儂の口を貸してくれと言っておる。こやつが語る言葉を覚えておいてくれ。」
そう言うとヨギはぶるぶると身体を震わせた。
次の瞬間、ヨギの口がヨギとは異なる口調で話し始めた。
「・・・・・業火の化身を身に纏う者よ。気を緩めるな。この加護は不安定な要素が根底にある。」
ヨギの口から出る言葉を聞き、リリスは静かに問い掛けた。
「あなたは誰なのですか?」
「儂は名をセグと言う。ダークエルフの賢者であり、精霊使いでもあった。儂がダークエルフとしてこの世界に存在していたのは1万年も前の事だ。」
そんなに古い存在なの?
「実は・・・業火の化身は・・・・・儂が火の大精霊との契約で産み出した加護なのだ。」
うっ!
とんでもない事を伝えてくれるのね。
「だが契約に不備があった。そもそも人族や獣人やダークエルフのような存在と、大精霊が契約を結ぶ事自体が無茶だったのだ。結果的に、この世界の理法に反する要素まで含んでしまった。それを排除して加護の形に収める為に、かなりの部分で矛盾を孕むものとなってしまったのだ。」
「それ故にこの加護は常にその矛盾点をクリアしようとして、自律進化を求める傾向にある。それが思うようにいかないがために、加護を宿す者の精神に多大な負荷を掛けるのだ。」
そうなのね。
でもどうしてそんなものを創り上げたのかしら?
「セグ様。何故に火の大精霊と契約をしてまで、業火の化身を創り上げたのですか?」
「それは・・・大災厄を避けるためだ。火の亜神に対抗し得る火力を持つ者を数万人揃えたかったのだ。」
「うっ! そんな無茶な・・・」
思わず叫んでしまったリリスの言葉に、セグはヨギの身体を介して頷いた。
「無茶だとは思ったのだが、大災厄に対する探求心が儂を突き動かしたのだよ。そのお陰で儂の身体は火の大精霊に吸収されてしまい、精神は大精霊の一部に組み込まれてしまった。」
「それはダークエルフとしての存在を越えたと言う事ですか?」
「越えたと言えば聞こえは良いが、永遠に縛り付けられているようなものだ。」
う~ん。
それってどう理解すれば良いのかしら?
「まあ、儂の事は良い。くれぐれもその娘に対して注意を怠るな。珍しく上手く自律進化しているようだが、それでも矛盾点が解決されているのではないからな。」
その言葉を最後に、セグは黙り込んでしまった。
ヨギは目をつぶったまま身体をブルブルと震わせた。
程なくカッと目を開いたヨギは、頭をトントンと軽く叩いた。
「セグの言葉を聞いたか?」
ヨギの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「業火の化身には色々と秘密があるようだ。だがセグ殿の壮大な実験の結果、多くのダークエルフが直接・間接的に命を落としているのも皮肉な結果だと思うぞ。」
確かにそうよねえ。
リリスはヨギに返す言葉も無く、無言で頷く事しか出来なかった。
でも、リリアは大丈夫よ。
闇落ちしないように、私が何としても守ってあげる。
そう決意したリリスは、近くに居た白い鳥に念話で話し掛けた。
念話を使ったのは、傍でリリアやウィンディが聞いているからだ。
(レイチェルは・・・・・その事を知っていたの?)
白い鳥はリリスの問い掛けに首を横に振った。
(でも、タミアは知っていたのかもね。)
(ええっ! そんな事ってあるの? 自分に対抗する為の加護の存在を、むしろ喜んでいたわよ。リリアに対して色々とアドバイスまでしていたんだもの。)
リリスからの念話に白い鳥はうんうんと頷いた。
(タミアの心の中までは私にも分からないわ。でもタミアに対抗出来るような存在が現われる事を、彼女は期待していたのかもね。強敵が現われる事を面白半分で期待しているのかも・・・・・)
う~ん。
タミアならあり得る発想かも・・・・・。
リリスは消化不良な気持ちでレイチェルとの念話を断った。
その後、レイチェルの空間魔法によってリリスとリリアとウィンディは学生寮に転送され、賢者達はレミア族の研究施設に送り届けられたのだった。
数日後。
リリスが図書館の仕事から学生寮に帰ると、自室の中に先駆けて数体の使い魔が訪れていた。
また亜神達なのね。
そう思いながらドアを開けると、赤い衣装のピクシーとブルーの衣裳のピクシーが談笑していた。
タミアとユリアだ。
リリスはカバンを置き、制服のままソファにドカッと座った。
「そう言えば二人共、しばらく見なかったわね。」
リリスの言葉に2体のピクシーはケラケラと笑った。
「最近、何かと忙しかったのよ。」
そう言って赤い衣装のピクシーはリリスに話し掛けた。
「あんたって最近図書館で働いているんだって? チャーリーから聞いたんだけどね。」
「ええ、そうなのよ。卒業までの期間で午後だけなんだけどね。」
そう答えながらリリスは良い機会だと思い、業火の化身について赤い衣装のピクシーに聞いてみた。
「ねえ、タミア。業火の化身ってその発端は、火の大精霊と精霊使いの契約に基づいているの?」
話し掛けられた赤い衣装のピクシーはギョッとして、リリスの顔を見つめた。
「どうしてそんな事を知っているのよ。」
赤い衣装のピクシーの様子を見て笑みを浮かべながら、リリスはロキとレイチェルの勧めでリリアを大陸南東部の孤島に連れて行った事と、その顛末を簡略に説明した。
「ふうん。そんな事があったのね。ロキも一応気にしているんだ。」
「そうなのよ。でもタミアは業火の化身の究極的な矛先が自分だって知っているの?」
「分かってるわよ、そんな事。」
そう答えて赤い衣装のピクシーは得意げな表情を見せた。
「それならどうして業火の化身を持つ者を応援するかのような行動をするの?」
リリスの問い掛けに赤い衣装のピクシーは珍しく真剣な表情を見せた。
「それは火の亜神に対抗したいって言う無謀なチャレンジ精神を、私なりに評価しているからよ。」
「無理と分かっていても何かを試したいって言う気持ち、更に火の大精霊と無茶な契約をしてまでも火魔法で追求したいって言う気持ちを、火の亜神当人としては見過ごせないのよね。」
赤い衣装のピクシーの言葉を続けるように、ブルーの衣裳のピクシーが口を開いた。
「火の亜神に対抗しようなんて、とても無理だとは分かるわよね。だって覇竜の一族ですら焼き尽くされちゃったんだから。」
「それでも小さな存在が何とかしようと思って足掻いている姿が、私達にとってはとても愛おしく感じられるのよ。」
そんなものなのかしらねえ。
そう疑問を感じつつ赤い衣装のピクシーを見ると、ブルーの衣裳のピクシーの言葉を受けてうんうんと頷いている。
「ユリアの言う通りよ。火の亜神と言う存在は、火魔法をこの世界に存在させている定義だと言っても良い。だからその手段が何であれ、火魔法をどこまでも探求する者には、どうしても応援したくなるのよ。」
う~ん。
タミアが言うからにはそう言う事なのね。
リリスは赤い衣装のピクシーの言葉を整理すべく、しばらく考え込んだ。
「そんな難しい顔をしないでよ。リリスらしくないわね。」
「そう言えばリリアもこの学生寮に居るのよね。少し様子を見てくるわ。」
そう言うと赤い衣装のピクシーの言葉はふっとその場から消えた。
「ちょっと待ってよ、タミア!」
リリスの言葉が何もない空間に響く。
何となく嫌な予感がする。
何事も無ければ良いんだけど・・・・・。
言い知れぬ不安を感じつつ、リリスは赤い衣装のピクシーが消えていった方向を見つめていたのだった。
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・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
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【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
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