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土魔法の効用
しおりを挟むある日の正午、リリスは昼食を早めに済ませた。ロイドに呼び出されていたからだ。
学生食堂から教職員の部屋のある5階に上がり、ロイドの部屋の扉をノックして中に入ると、ロイドの傍に白衣の女性の教師が立っていた。薬師でポーションの作成などの講座を担当しているケイトだ。
小柄で如何にも薬学に詳しそうな雰囲気の女性で、彼女の授業は興味をそそられる実験や実習も多く生徒達にも評判が良い。
「呼び出して悪かったね、リリス君。実はここに居るケイト先生から懇願されてねえ。」
そう言いながら目配せするロイドの表情を見ながら、申し訳なさそうにケイトはリリスに軽く頭を下げた。
「ごめんなさいね、リリスさん。あなたに手伝って欲しい事があるのよ。」
「私にですか?」
「そうなのよ。この学院の生徒でも土魔法の使い手が少なくてね。」
ケイトに詳しく聞くと、手伝うのは薬草の畑の耕作と手入れだった。
要するに農作業をしてくれって事ね。
まあ、先生からの依頼なら止むを得ないわねえ。
顏ではにこやかに、心の中では渋々、リリスはケイトの依頼を受けた。
魔法学院の昼の休憩時間は1時間半あり、その後の講座は教師の急用で自習となっている。昼食を早めに済ませたので2時間以上の空き時間は確保されているが、2時間はその作業に費やして欲しいそうだ。
ケイトに付き従って学舎の外に出て、敷地の外れの薬草園に向かって歩く事約10分。そこに広がるのは見渡す限りの畑だ。それも薬草の収穫を終えた後しばらく放置されていた耕作地で、土が荒れているのがリリスにも分かる。
「ここを全て人力で耕すのは大変なのよね。」
確かに言われてみればそうだろうなと納得出来る。土魔法で耕すのが最も効率的だろう。
そう思ったリリスにケイトは詳細を説明し始めた。
「薬草の種類に合わせて植え付ける畝の高さや幅を変えなければならないの。土質も混入する肥料も薬草ごとに違うから、私が細かく指示するわね。」
「薬草って何種類植え付けるのですか?」
「今回は15種類よ。」
ケイトの言葉にリリスはうっと言葉を詰まらせた。
正直言って面倒臭い!
でも引き受けちゃったから、今更後戻り出来ないわね。
リリスはケイトの指示に従って渋々作業を始めた。土魔法を使って広い畑の一面ずつ、土を耕し指定された肥料を混ぜながら畝を整えていく。畝を造るのは以前からやっていた土魔法の訓練そのものだ。整備された畑にはケイトが水魔法で水を撒いて土に馴染ませていく。その後の植え付けはさすがに手作業だが、その前段階までがリリスの担当する事になる。
土魔法を駆使する事約2時間。それなりに魔力を消費したにもかかわらず、リリスの身体に疲労感は無い。それはパッシブスキルの魔力吸引が機能していたからだ。消費した魔力が時間差で徐々に充填されていく。その感覚が実に心地良い。まるでマナポーションを飲み続けているような感覚だ。
思っていたより役に立つスキルね。
リリスは魔物から得たスキルに満足していた。その様子はケイトの目にも驚愕だった。
「リリスさんって魔力量に底が無いのね。信じられないわ。念のためにマナポーションを研究室から10本も持ち出して来ていたのよ。」
ケイトの言葉にリリスはえへへと苦笑するしかなかった。作業時間の最後に耕作地の外れの荒れ地を整地する作業もあり、リリスは良い機会だと思ってここで加圧を試してみた。荒れた土地の一点を見据えて加圧を発動させると、その視線の先にうっすらと直径3mほどの魔方陣が浮かび上がった。その魔方陣から地面に圧力が掛けられて、地面の凸凹がきれいに整地されていく。更に魔力を注ぐと、グッと地面が押されて少し沈下してしまった。
でも不思議ね。空間魔法じゃないから重力の加減ではないはず。土魔法だから地面にのみ圧が掛かるのでしょうね。
意外な効果に驚きつつも、活用方法をあまり思いつかないスキルだ。
依頼された作業を終えて報告の為にロイドの部屋に戻ると、リリスはロイドから思っても居なかった事を告げられた。
「リリス君。明日のダンジョンチャレンジに君も加わってもらうからね。」
「明日って、最終組でしたよね。それでどうして私が?」
訝し気に尋ねるリリスにロイドはニヤリと笑った。
「だって考えてごらんよ。僕のクラスの生徒は20人だ。3人一組のパーティを組めば、最後は2人しか残らない。どうしても一人足りないんだよ。」
「それなら先生が組めば良いじゃないですか。」
「僕は教師で監督係だからね。生徒とパーティは組めない事になっている。経験値の入り方も大きく違ってしまうんだよ。」
随分勝手な話だと思いつつも、リリスは渋々了承した。最後の二人が二人共に気弱で魔法やスキルも冴えない少女で、リリスなりに同情した事も有る。かつて土魔法だけで頑張ろうとしていた、才能に乏しい少女であった過去の自分の境遇と重ね合わせて考えたのかも知れない。
その日の夜、学生寮の部屋でサラにその事を話すと、サラは首をかしげてう~んと考え込んだ。
「最後の組ってエレンとニーナだったわね。確かに二人共、魔物を狩るようなタイプじゃないわねえ。大人しい子達だもの。でもリリスと組ませるのは、リリスがクラス委員で、クラスの生徒達の面倒を見る立場だからと言う事がメインじゃないと思うわ。多分ロイド先生も楽をしたいのよ。」
「楽って?」
「だってそうじゃない。リリスが居れば想定外の魔物が出て来ても倒してくれるんだから。」
いやいや。
それは買い被りだわよ。
ロイドはそれほど面倒臭がりではないはず。
そうすると・・・・・。
まさか私のスキルや能力を探っているんじゃないでしょうね。
色々な思いが交錯しつつも、その件についてリリスはあまり深く考えない事にした。
翌日のダンジョンチャレンジの時間になって、リリスは二人の少女とパーティを組み、監督役のロイドと共にシトのダンジョンに転移した。
エレンとニーナもリリスと同じように、ライトアーマーやガントレットを装着しているのだが、何処からどう見ても似合っていない。おどおどしていて落ち着きも無い。ロイドも二人の姿を見て失笑していた。
どう見ても魔物を狩るよりは狩られる方ね。
エレンとニーナを軽く励ましながら、リリスはダンジョンの第1階層の奥に向けて歩き出した。魔物が出てこなければ、ここは爽やかな風の吹く草原だ。
「リリス君。僕としてはこのダンジョンへの君の影響力に期待しているからね。」
何を期待しているのよ!
3人の背後で平然と言い放つロイドに呆れながら、気を引き締めてリリスは前進した。
前方の木立が揺れている。探知すると魔物が5体。おそらくゴブリンだろうと思いながら注視していると、鼻を突く悪臭が漂ってきた。
やはりゴブリンだ。
ギギギギギッと気味の悪い声をあげて、ゴブリン達は棍棒や短剣を手に木陰から出てきた。
キャーッと叫ぶエレン。片やニーナは強張って声も出ない。
どうするのよ、これ・・・・・。
言葉を失うリリスだが、気を取り直してファイヤーボルトを手に出現させ、ゴブリン達の足を狙って放った。
グギッ、グギッ、グギッ。
ゴブリン達は足を射抜かれ、悲鳴を上げながらその場に倒れた。火力を抑えてあるので燃え上がるほどではない。魔物の足を封じたところでエレンとニーナにバトンを渡す。
「二人共、とどめを刺すのよ!」
ええっと驚く二人の少女。
その反応にリリスも呆れてしまった。
あんた達、何をしに来たのよ!
怒りをこらえつつ平然を装い、リリスは二人にわざとらしい笑顔を向けた。
「一応魔法を持っているんでしょ? こんな機会は滅多に無いと思うわ。試してみなさいよ。それとも剣で心臓を突き刺すの?」
それは・・・・と躊躇いながら、渋々二人は倒れてもがいているゴブリンに向けて魔法を発動させた。
エレンのファイヤーボールがゴブリンの身体を焼き、ニーナのウインドカッターがゴブリンの身体を切り刻んだ。
「良いわよ。やれば出来るじゃない!」
まあ、無抵抗の動けない魔物だけどね。
そう心の中で突っ込みを入れたリリスだった。ゴブリンの死骸を見て、エレンもニーナも顔色が蒼白になっている。基本的に戦闘に向いていないようだ。
だが、この世界では貴族の娘と言えども、魔物に遭遇する事が全く無いわけではない。この世界で生き抜くためにも、攻撃魔法の扱いは慣れておく必要がある。その点を考慮してのダンジョンチャレンジなのだとリリスは考えた。
「リリス君。君は彼女達の為にあえてゴブリンにとどめを刺さなかったんだね。それに彼女達がとどめを刺すことで経験値も多く稼げる。」
ロイドは感心した表情でリリスにほほ笑んだ。
「良い配慮だね。君は良い教師になれるよ。」
いやいや。
そんなものにはなりたくないから。
しっかり反論しようと思ったリリスだが、大人気ないと思って口には出さなかった。元OLの気配りである。
引き続き奥に向かって進んで行ったが、第2階層に続く階段の前に出るまで、魔物は一切出てこなかった。
「普段はこんなものだよ。リリス君達のダンジョンチャレンジは例外中の例外だったね。」
変な期待をしないでよね。
リリスはそう思いながら階段を下りて行った。
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