落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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ダンジョンの成長

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課外授業の数日後、シトのダンジョンが4階層まで成長したとの報告がリリスの耳にも入った。

とりあえず2階層増やしてみたのね。

でもそこまでで終わりなのかしら?
何となく中途半端ね。

リリスの疑念はその日の午後に払拭された。

その日の午後の授業が終わって、生徒会の部屋に向かおうとした時、学舎の館内アナウンスがリリスの名前を呼んだ。

『1年生のクラス委員のリリスさん。親族の方が学舎の入り口に来られていますので、直ぐに学舎入り口の受付までお越しください。』

親族って誰?
両親なら両親って言うわよね。

首を傾げながらリリスは学舎の入り口にある事務室に向かった。事務室の受付のスタッフに声を掛けて中に入ると、ソファに見覚えのある少女が座って、美味そうにお茶を飲んでいた。

「タミア! どうして此処に居るの?」

モスグリーンのワンピースを着た少女はニヤリと笑ってリリスの顔を見上げた。

「どうしてって、あんたに用事があるからよ。」

用事って何なのよ?
いや、それ以前にダンジョンマスターがこんなところに居て良いの?
シトのダンジョンの運営はどうしたのよ!

でも聞いても無駄な気もするわね。

リリスは気持ちを切り替えてタミアに話し掛けた。

「それにしても良く親族だなんて、出鱈目な話が事務室のスタッフに通じたわね。」

「そこはねえ。少し細工をしたのよ。」

そう言ってタミアはズズッとお茶を飲んだ。

おそらく邪眼を使ったのだろう。

事務室のスタッフの様子が気に成って、リリスは周囲を見回した。だがリリス達には誰も関心が無さそうだ。何か違和感がある。
その仕草を見てタミアはニヤッと笑った。

「周りの様子は気にしなくても良いわ。現在あたしの周囲、半径10mの空間の認識を少し曖昧にしているのよ。パラメーターの再定義と言ったら良いかしらね。だからあたしの周りの様子は何となく認識出来ても、誰も関心を抱かない筈。どんな話をしていても、何をしていてもスルーされるわ。」

何だか、分かったような分からないような話ね。
その辺からすでに認識が曖昧だわ。
まあ、とりあえず周りを気にしなくても良いって事ね。

訳の分からないままにリリスはタミアの座っているソファの横に腰を下ろした。

「それで私を呼び出した要件は何なの?」

「それはね。ダンジョンの生成の為に少しヒントを貰いに来たのよ。」

「それってシトのダンジョンが4階層まで成長したのと関係があるの?」

リリスの素朴な疑問にタミアはうんうんとうなづいた。

「そうなのよ。ダンジョンコアと話し合って、とりあえず4階層までは成長させることにしたの。でもあたしもダンジョンコアも、その続きを造っていくのが面倒になっちゃってね。」

あれあれ。
矢張り怠け者のコンビだわ。

「一応5階層も造ったのよ。でも面倒だからその途中で侵入者を追い返しちゃえって事になって、その仕掛けを考えていたんだけど、これがなかなか良いアイデアが思い浮かばなくてねえ。」

「ダンジョンコアがリリスの転生前の記憶領域に面白いものがありそうだって言うから・・・」

私はあんた達のおもちゃなの?
私を何だと思っているのよ。

怪訝そうにタミアを軽く睨むリリスの表情を読み取って、意外にもタミアは申し訳なさそうな顔を見せた。

「そんな顔をしないでよお。少しヒントを貰うだけだからさあ。」

そう言ってタミアはリリスの顔を見つめた。その途端にタミアの頭から魔力の波動が伝わってきた。それはまるで目に見えない無数の触手のようだ。それがリリスの頭に巻き付き、頭頂部から脳内に一気に侵入してきた。

「うわっ! 気味が悪い!」

仰け反るリリスの上半身をタミアがそのか細い腕でがっしりと捕まえた。

「大丈夫、大丈夫。悪いようにしないからさあ。」

「そんな事を言いながらニタッと笑わないでよ!」

リリスの反論にタミアはへらへらと笑うだけだ。
程なく魔力の触手が消え去り、タミアはリリスの上半身を解放した。

「うん。幾つかヒントになるものを見つけたわよ。ありがとう、リリス。」

そう言いながらタミアは立ち上がった。

私の頭の中から何を探り出したのよ!

「直ぐにシトのダンジョンに反映させるから楽しみにしておいてね。」

タミアはその言葉と共にふっと消えていった。
あとに取り残されたリリスは開いた口がふさがらない。茫然として座っていると、事務室のスタッフが突然声を掛けてきた。

「あらっ? リリスさん。親族の方は?」

「ああ、たった今帰りました。私も生徒会に戻ります。」

リリスはそう切り返して席を立ち、魔力の触手を撃ち込まれた頭頂部を摩りながら、釈然としないままに事務室を出ていった。




その一週間後になって、昼食時に学生食堂でサラとランチを食べていた時、後から来てリリス達の傍に座ったデニスが話し掛けてきた。

「リリス。シトのダンジョンの5階層の話を聞いた事があるかい?」

いいえと首を振るリリスの様子を見て、デニスは話を続けた。

「探索に行った先生達が狂乱状態で帰ってきたそうだよ。」

「それってとんでもない魔物が出てきたの?」

「いや、それがそうじゃないんだよ。人が増えるんだ。」

人が増える?
それって何の事?

不思議がるリリスとサラにデニスは神妙そうな表情を見せた。

「5階層に入ってしばらくすると、誰からともなく一人多いぞって言い出すんだよ。全員で4人だったのに気が付くと5人になっていて、しかも誰が増えたのか誰にも分からない。魔物が人間に化けているのかと疑心暗鬼になって探り始めると、ふとした拍子にお互いに武器を持って疑わしいと思う人物を攻撃しようとし始める。多少血を流しても分からず、重篤な犠牲者が出そうになった時点で全員1階層入り口に転送されるそうだ。」

「勿論その時には元の人数に戻っているにもかかわらず、やはり誰が増えていたのか思い出せないそうだよ。」

う~ん。
趣味が悪いわね。

でもそれって昔見たホラー映画のネタじゃないの?
タミアの言っていたヒントってそれの事?

ふとサラの様子を見ると、サラは鳥肌を立てて気味悪がっていた。

「私は無理だわ。そんなところには行かないからね。」

「サラ、大丈夫だよ。まだ先生達の探索段階だからね。ダンジョンチャレンジはおそらく4階層までで終了になるらしいよ。」

そうでしょうね。
新入生のダンジョンチャレンジで血まみれの狂乱状態になったら、魔法学院の授業じゃなくなるわよ。

「それでデニスは5階層に挑戦したいの?」

サラの問い掛けにデニスは真顔になった。

「いやいや。それは僕も遠慮するよ。でも狂乱状態ってガイが一番絵になるかもね。」

突然話を振られて、デニスの傍に腰を下ろしたガイがえっと驚いた。ガイはデニスと自分の飲む紅茶を持ってきたのだが、呑みかけていた紅茶を吹き出しそうになって、非難じみた目でデニスを見つめた。

「馬鹿な事を言うなよ。俺がハルバートを振り回して狂乱状態に陥ったら、間違いなく退学になっちゃうよ。」

「その時はリリスが土壁で囲いを造って隔離してくれるさ。」

デニスったら結局そこに話を持って行くのね。

リリスの思いを他所に、サラが話に加わってきた。

「それだけで収まるとは思えないから、土壁の囲いの上からファイヤーボールを投げ入れれば良いわよ。」

サラ~。
そこに追い打ちを掛けちゃダメよ。

「お前達は俺を何だと思っているんだよ。」

「「狂乱戦士!」」

サラとデニスが同時に言葉を発した。ガイは呆れてしまってリリスの方に顔を向けた。

「リリス。君からも何とか言ってくれよ。」

突然話を向けられたリリスは適切なフォローの言葉が思い浮かばない。どう言う言葉を掛けたら良いのかと迷ったその時、リリスの背後から女性の声が聞こえてきた。

「ガイがハルバートで闘う姿は絵になると思うんだけどなあ。」

えっ?

リリスが小さく驚いて振り返ると、そこにはエレンが立っていた。ニーナと一緒にランチを食べに来たらしい。

「ほらほら。あんたの見方が現れたわよ、ガイ。」

はやし立てるサラの言葉にはにかんで、ガイは少し赤くなっている。

「うん? どう言う事?」

思わず発したリリスの言葉にサラは笑いかけた。

「どう言う事って・・・そう言う事なのよ。」

聞けば先日の自主練でエレンに怪我をさせてしまって以来、事あるごとにエレンの体調を気遣い、声を掛け、何かと尽くしてくれるガイに、エレンは次第に魅かれていったそうだ。

そうなの。
私が間接的に二人のキューピッド役になったのかしら?
いや、きっかけの時に立ち会っていただけかしらね。

そう思いながらも照れる二人を目にして、リリスは本心から嬉しくなった。

初々しい二人だわあ。
うんうん、これって青春よねえ。

すでに忘れかけていた自分の青春時代を想い返したリリスは、自分自身も今、青春を再体験しているのだと実感していた。





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