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仮装ダンスパーティー1
しおりを挟む魔法学院の行事の中に、生徒会主催の仮装ダンスパーティーがある。
学舎の近くに建てられた多目的ホールで行われるもので、生徒会が主催者としてその準備をし、ほとんどの教師や生徒も参加して行われるイベントだ。
生徒達は貴族の子弟なので、基本的にはダンスは貴族の嗜みとして幼少期からすでに習っている。その上手下手の差はあっても、踊ること自体には抵抗が無い。
この多目的ホールは本格的な舞踏会にも対応出来る造りで、そこにはミラ王国が魔法学院に惜しみなく投入している状況が見て取れる。豪華な内装が施されており、天井は高く、広いホールの隅々を照らす為に16基のシャンデリアが設置されている。そのシャンデリアも華麗な造りだ。
仮装ダンスパーティーを数日後に控えて、リリスは放課後の時間をその準備に投入していた。仮装用の衣装を運び込み、4年生のクラス委員のセーラと共に一着づつチェックしていく。生徒が貴族の子弟子女なので、生地も上質で縫製も手の込んだものばかりだ。ゴスロリ風の衣装やメイド服、尻尾の付いた獣人風の衣装もある。
ホームセンターやショッピングモールで売っていたコスプレ衣装とは雲泥の差だわ。
酔った勢いで渋谷のスクランブル交差点を、ハローウィンのコスプレで練り歩いていた過去を思い出しながら、リリスは一着一着を丁寧にチェックした。衣装に付属する仮面は顔の上半分を隠すもので、木材から彫った本格的な物から目から上を隠すだけの布製の物まで多種多様だ。それに加えてそれぞれの衣装にアクセサリーと小道具が付いてくる。しかもその小道具の品質も高い。獣人風の衣装にセットされている猫耳のカチューシャには、飾りに小さな宝石まで散らばめてある。
本当に手が込んでいるわねえ。
感心しつつもセーラを見ると、実に楽しそうにチェックをしている。その気持ちも分からないでもないと思いつつ、リリスは100セット以上の仮装衣装のチェック作業を続けた。
「セーラ先輩。さすがに魔物の衣装はありませんね。」
リリスの素朴な疑問にセーラは作業の手を止めうふふと笑った。
「そんなものを着込んで、本物の魔物と間違えられたら困るわよ。駆除されちゃうかも。」
それはさすがに無いと思うが、要するに品の無い物は無いと言う事なのだろう。
「魔物と言えば、最近夜中に寮内を飛び回る使い魔がウザいのよね。」
「それってロナルド先輩の使い魔ですか?」
「そうなのよ。リリスさんが気配を感じて指摘して以来、隠しても無駄だと感じて堂々と飛ばしてるのよ。」
う~ん。私のせいかしら?
リリスの疑問を他所に、セーラは話を続けた。
「私の隣の部屋に住んでいる黒猫ちゃんに、ロナルド君がアプローチし続けているのよ。」
「黒猫ですか?」
「そう、通称黒猫ちゃん。リリスさんも学舎で見かけなかった? 色黒で可愛い獣人の女の子なんだけど・・・」
色黒で獣人の女の子と聞いて、リリスはふと思い出した。教師の手伝いでプリントを4年生の教室に運んだ時に、色黒の獣人の女子生徒の存在に気が付いたからだ。
でも可愛い? 黒猫?
どう見ても黒猫と言うよりは女豹だったわよ。明らかに肉食系の女性で、カジノのバニーガールを思い出したほどだもの。
他に獣人の生徒が居るのかと聞いたが、セーラの教室では一人だけだそうだ。
可愛いの基準が違うのかしら?
少し考え込むリリスの表情にセーラが気を回した。
「獣人の貴族ってあまりいないからね。間違える事は無いと思うわよ。リリスさんは獣人の貴族を目にしたのは初めてなの?」
リリスはうんうんとうなづいた。
リリスの実家の領地内にも獣人は住んでいる。ミラ王国は小国ではあるが、人族優位主義の国ではない。国内には多様な種族が住み着いていて、その生活や扱いにも優劣の差は無い。ただ、人族が国民の多数を占めているだけだ。
だが、獣人の貴族となるとかなり稀有な存在でもある。
「獣人の貴族は戦争で武勲を立てた始祖が、開拓を条件に辺境地を領地として拝受した事から続いて来たのよね。現在王国内には5家が存在しているの。黒猫ちゃんの実家もその内の一つで、彼女自身も強化魔法が得意で戦闘能力が高いのよ。」
やっぱり女豹だわ。
一度戦いぶりを見てみたいわね。
セーラと談笑しながらリリスは作業を続けた。
仮装ダンスパーティーの当日になって、リリスに支給されたのは黒にオレンジのアクセントの入ったメイド服だった。スカートはミニ丈で黒のニーハイを着用している。これはスタッフ用の衣装で、生徒会のスタッフはパーティーの裏方として動き回る事になっているからだ。
「リリス、ご苦労様。でも少しは自分達も楽しむべきよ。」
裏方としてドリンクサービスやダンス曲の案内などに精を出すリリスに、ねぎらいの声を掛けてきたのはやはり黒ずくめの衣装のサラだった。だがリリスと違ってロングドレスだ。カラスの羽のようなアイマスクの奥からサラの目が笑いかけてくる。
「その衣装はサラが選んだの? 少し地味な感じだけど・・・」
「それがそうでもないのよ。」
そう言いながらその場でくるっと回転したサラの後姿を見て、リリスはうっと呻き声を上げた。背中に生地が無い。背中が丸出しで腰のあたりまでぱっくりと空いている。
こんな衣装ってあったっけ?
リリスの疑問を他所に、サラはドリンクを手にしながら満足げにほほ笑んだ。
「私だって仮装パーティーでなければこんな大胆な衣装は着ないわよ。」
「そうでしょうねえ。」
13歳とは思えない色香がサラから漂ってくるのを感じて、リリスはこのパーティーの趣旨を理解した。仮装しているからこそ大胆に行動する事も出来る。学校生活の枠を少し外れても学院側は目を瞑ってくれそうだ。
全生徒が思いっ切り楽しめば良いのよね。
それを盛り上げるのが生徒会のスタッフの役目だと感じて、何故か使命感を抱いてしまったリリスだった。
この日だけ雇ってきた楽団の演奏に合わせて各々の生徒がカップルになって踊る。ダンス曲はリリスも幼少時から習ってきた曲ばかりで、どの生徒にとっても馴染み深いものばかりだ。それ故に自然と身体が動きステップを踏める。
仮装のお陰で気軽に声を掛けてダンスに誘える。曲が変わればまたカップルも組み直すのが習わしで、それを2~3度繰り返していると、大半の生徒はダンスの相手を探すのも手早くなってきた。それでも躊躇してしまう生徒には、生徒会のスタッフが手助けをしてカップルを作ってあげる事にしている。さらにダンスの苦手な生徒には即興で、男性のスタッフがダンスの指導も行っている。実際にフロアの片隅では生徒会長のアレンが、やはりオレンジのアクセントの入った黒いタキシード姿で、数名の生徒にステップの踏み方を教えていた。生徒会の仕事に抜かりは無いのだ。
リリスの目の前で椅子に座って動き出せずにもじもじしていたニーナも、セーラの手引きでダンスの相手を探してもらっていた。
ちなみにニーナの衣装はピンクのミニドレスで真っ白な尻尾が後ろに付いていた。ピンクの猫耳のカチューシャもセットで着用し、やはりピンクのアイマスクを着けている。よほどピンクが好きなのだろう。
セーラは近くに座っていたタキシード姿の男子生徒をニーナに紹介してフロアに送り出した。そのままリリスに近付いてきたセーラの姿を見て、リリスは若干の違和感を感じた。メイド服のスカートの丈がかなり短い。そのせいもあって美脚が非常に目立つ。元々スタイルの良いセーラだけにその存在感がやたらに目立っている。
セーラ先輩ったら、スカートの丈を手早く詰めたわね。私の傍に並んだら、私の幼児体型が目立っちゃうわ。
まだまだ肉体的には発展途上のリリスである。セーラのスタイルに憧れを抱きつつ、その傍に立ってフロアの様子を注視していると、セーラがリリスに目配せをしながら話し掛けてきた。
「リリスさん。ダンスを踊っているあの赤いドレスの女性をご存知?」
セーラの目線の先に真っ赤なドレスを着た女性が踊っていた。華麗な身のこなしと優雅なステップワークに、リリスは思わずガン見してしまった。
衣装に合わせた真っ赤な仮面は頭頂部から鼻の上まで覆っている。白く透明感のある肌に衣装がマッチしていてとても美しい。
「あの方は5年生で他国からの留学生なのよ。そう言えば解るわよね。」
うんうんとリリスはうなづいた。ドルキア王国の王族が入寮していると聞いていたからだ。
本物の王女様なのね。
そう思いつつも、その後ろで踊っている女性にリリスは目が留まった。
チャイナ服だ!
太腿の両横に深いスリットの入ったブルーのチャイナ服。これって路上格闘ゲームのキャラクターじゃないの? まるで春●そのものだわ。
あんな衣装って無かったはずだけど・・・。
ゲーセンでアーケードのゲーム機のボタンをガンガン叩きまくっていた事を思い出してしまったリリスだが、そのゲームの雰囲気とは真逆なテイストの優雅なダンス曲が終わり、踊っていたそれぞれのカップルが相手に挨拶をして離れていく。フロアの真ん中に落ちていたゴミを拾いにリリスが歩くのと同時に、チャイナ服の女性が近付いてきた。その顔が、その瞳がリリスに笑いかけている。
あれっ? 誰だろうか?
リリスは不思議そうにその女性をじっと見つめていた。
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