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思わぬ騒動3
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ウィンディの意識の核を回収して数日後。
この日もリリスは放課後、来年度の新入生に向けての生徒会のパンフレットの作成作業の為に、生徒会の部屋を訪れた。
だがその場でリリスはエリスから思いもよらぬ話を聞いた。
「風魔法の発動にムラがあるんですよね。さっき職員室に行ったんですけど、先生達もその話で持ち切りでしたよ。」
そうなの?
リリスは手を前に出し、上に向けた手のひらの上に小さなエアカッターを出現させた。
小さな半透明の風の刃がくるくると手のひらの上で回っている。
「別に異常は無さそうよ。普通にエアカッターを出現させたけど・・・・・」
不思議そうな表情のリリスの言葉に、エリスは軽く頷いた。
「レベル5以下の風魔法は問題なく発動出来るそうです。でも高レベルの風魔法や上位魔法に当たる空間魔法は、発動にムラがあって制限が掛かってしまう状況にあるそうです。」
そう言いながらエリスは、パンフレット作りを手伝っているリンディに話を振った。
リンディは原稿の校正の手を休めてリリスの顔を見つめた。
「そうなんですよ。実は空間魔法にかなりの制限を受けていて、困っているんです。亜空間収納にも不具合が生じてしまって・・・・・」
「ええっ! そうだとしたらマジックバッグも使い難くなっているの?」
リリスの問い掛けにリンディは首を横に振った。
「あらかじめ設定されて構築されているものは大丈夫のようです。新たに発動させる際に不具合が生じ易いと言う事なので。」
う~ん。
そんな事ってあるのかしら?
そう思いながら、リリスは何となくこの一件がウィンディ絡みの様な気がして仕方が無かった。
リリスのその思いは思い過ごしではなかった。
その日の夜。
リリスはベッドで眠っていると、囁き掛ける誰かの声にふと目が覚めた。
そのリリスの目に入って来たのは、部屋の天井でくるくると回転している小さな龍だった。
またロキ様なの?
しかもこんな深夜に侵入してくるなんて!
若干怒りを感じながらリリスはその龍を睨んだ。
そのリリスの耳に、隣のベッドで眠っているサラの寝息が聞こえてくる。
天井の龍から小声が聞こえて来た。
「すまんな、リリス。緊急事態だ。少し付き合ってくれ。」
「また緊急事態ですか。しかもこんな時間に・・・・・」
「まあ、そう言わないでくれ。結構重要な事なんだから。」
そう言うと龍は天井でくるくると急速度で回り始めた。
程なく、カッと光が放たれたかと思うと、リリスの目の前が暗転し、気が付くとリリスは薄暗い洞窟の中に立っていた。
若干かび臭く、ムッとした空気が漂っている。
しかもリリスはパジャマ姿である。
後で念入りに洗浄魔法を使わないと、ベッドに戻れないわね。
そう思いながら傍に居た龍を軽く睨むと、龍は改めてリリスに頭を下げた。
「この埋め合わせは後日するからね。とりあえず話を聞いてくれ。」
龍は一呼吸置いて口を開いた。
「お前も聞いている事だと思うが、現時点で風魔法の発動に不具合が生じているのだ。低レベルの魔法なら支障はないが、高レベルの魔法や上位魔法にはそれなりの制限が掛かってしまう状態になっている。」
「それは今日、後輩から聞きました。でもそれって何故に?」
リリスの言葉に龍は軽く頷いた。
「何気に気付いているかも知れないが、ウィンディ居なくなった事に関係しているんだよ。」
「正確に言えばウィンディの機能不可の状態の故だ。」
そう言われてリリスはその関係性を思い浮かべた。
「それってウィンディが風魔法の亜神の一部だからですか?」
「うむ。そう言う事だ。」
龍は一呼吸間を置いて言葉を続けた。
「ウィンディはあれでも、かけらとは言え風の亜神の一部だ。風の亜神は風魔法の属性とスキルを全て司る存在だからね。それが一部でも機能しなくなると、色々と予測不能な不具合が生じるんだ。」
そう言う事なのね。
少し腑に落ちたリリスではあるが、ウィンディが復活までにしばらく時間が掛かる事は知っている。
この事態をどうするつもりなのだろうか?
リリスの疑問を察したように、龍はニヤッと笑って口を開いた。
「止むを得ないので、ウィンディの次に覚醒する予定だった二番目のキーを、急ではあるが起動する事にしたよ。風の亜神の本体が降臨するための二番目のキーとなる存在だ。」
う~ん。
そんな事をするのね。
「それって本来は何時覚醒する事になっていたんですか?」
「そうだね、本来はあと50年は眠っていたはずだ。でも緊急事態だからね。仕方が無いんだよ。」
そう言うと龍はハッと魔力を吐いた。その途端に暗かった洞窟の中が明るくなり、その光景が一変した。
壁や床が鈍い光沢を放つ金属になり、頭上は球形のドーム状になっている。
その中央に薄いブルーの半透明のカプセルが縦に配置されていた。
そのカプセルの中にうっすらと人影が見える。
「リリス。このカプセルの中に君の魔力を放ってくれ。今の君の特殊な魔力ならすぐにでも覚醒するだろう。」
「そんな事をして大丈夫なんですか?」
躊躇うリリスに龍は優しく声を掛けた。
「心配は要らないよ。この子はウィンディとは違って控えめな子だからね。」
「いやいや。大丈夫かって聞いているのはその事じゃないんですけど。そんなに亜神に関わって良いのかと・・・・・」
リリスの言葉に龍はアハハと笑った。
「何を今更言っているんだ。ここまで関わってきて、もう抜き差しならない状況になっているのに。」
それが嫌なんだってば!
そう言いたいリリスであったが、その言葉をグッと飲み込んだ。
その表情を見て、龍はリリスの心の中を見透かしたかのようにふふふと笑った。
「リリス。君は自分と言う存在を過小評価しているね。君は三つの世界と関りを持った稀有な存在だ。それ故に君の魔力の質や影響力の大きさは私にも計り知れないものになっている。」
「だから、君が関与する事で生じる結果をどうしても期待してしまうんだよねえ。」
龍の言葉にリリスは呆れてしまった。
「ロキ様。もしかして私が関与する事を面白がっていませんか?」
「いや、そんな事は無いよ。絶対無いから!」
この断定的な否定の仕方があまりにも白々しい。
本気で面白がっているわね。
リリスはそう感じたのだが、確かにロキの言う通り、ここで何かと心配していても今更ながらだとも思った。
「もう! 仕方が無いわね。」
そう言ってリリスは半透明のカプセルに自分の魔力を流してみた。
それと同時にカプセル全体が仄かに光り始め、点滅を繰り返すようになった。
程なくカッと大きくに光を放ち、カプセルが開くと、そこには小柄な少女が立っていた。
白いワンピースを着た清楚な少女だ。
その顔立ちは若干ウィンディに似ている。
少女はその場でキョロキョロと視線を巡らせ、龍を見ながら首を傾げた。
「あれっ? まだ早いんじゃないの? でもウィンディの気配が希薄だわね。」
少女の言葉に龍はうんうんと頷いた。
「そんなんだよ。予定が変わったんだ。緊急事態でね。ウィンディが機能不全に陥っているんだよ。」
「まあ! ウィンディが・・・・・」
そう言いながら少女はリリスの傍に近付いてニコッと笑った。
「初めまして。私の名はレイチェル。風の亜神の降臨の為の二番目のキーです。あなたが私を起こしてくれたのね。」
レイチェルの言葉にリリスは頷いた。
「初めまして、レイチェル。私の名はリリス。魔法学院の学生です。」
「ええっ! 学生? 普通の子供だって言うの? そんなの有り得ないわ。だって・・・超越者かとも思うような魔力だったわよ。リリスから貰った魔力が未だに私の身体中を駆け巡って活性化させているんだから・・・」
レイチェルはそう言いながらリリスの身体全体をじっと眺めた。
リリスを精査している様子だが、その気配を魔力の操作として感じさせないのはレイチェルの配慮なのだろうか。
「色々と謎の多い子ね。でもリリスとは長い付き合いになりそうだわ。」
レイチェルはリリスに微笑みながら、龍の方に向きを変えた。
「風の属性魔法に乱れが生じているわね。ウィンディが機能不全なら仕方が無いのかしら?」
「そうなのだよ。それで君に早く覚醒して貰ったわけだ。」
「分かったわ。早速修復と調整に入るわね。」
レイチェルはそう言うと、両手を広げ、宙に浮かび、拡散するように消えていった。
龍はその様子を見てふっと安堵のため息をついた。
「これで大丈夫だ。リリス。君には世話になったな。いずれ謝礼を送るよ。」
「そんなものは良いから、早く寝床に返して下さい。明日も授業があるんですからね。」
強めに主張したリリスの口調に龍はうっと唸ってたじろいだ。
「そうだったな。了解した。お疲れ様。」
龍はそう言うと、フッと魔力を吐き出した。
それと同時にリリスの視界が暗転し、気が付くと自室のベッドの中に居た。
夢だったの?
そうも思ったが間違いなく現実だ。かび臭い洞窟の臭いが身体に少し残っている。
明日の授業の為に洗浄魔法で身体を清めながら、リリスは布団の中に深く潜り込み眠りに就いた。
翌日になって、風魔法の発動の不具合の件は収まったようだ。
放課後に会ったリンディの話でも、空間魔法の発動にムラがなくなったと言う。
それだけレイチェルの存在が大きいのだろう。
本体の一部とは言え、彼女が風の亜神の権能を持っている事は間違いないからだ。
やれやれと言う気持ちでリリスは学生寮の自室に戻った。
昨夜遅くにロキに呼び出された為、この日は一日中眠気に苛まれていたリリスである。
欠伸をしながらドアを開けようとすると、ドアの向こうに複数の気配がある。
またあの連中なの?
今日は勘弁してほしいわね。
そう思いながらもドアを開けると、複数の声がリリスに掛けられた。
「「「「お帰り!」」」」
やはり亜神達の使い魔だ。
リリスはカバンを机の上に置き、ソファにドカッと座った。
視界に入っている使い魔は赤い衣装とブルーの衣装のピクシー、それとノーム。
それは何時ものメンバーだが、見慣れない小鳥の使い魔が居る。
ブルーの身体に白いストライプが入った文鳥の様な小鳥だ。
「もしかして・・・レイチェル?」
リリスの問い掛けに小鳥はうんうんと頷いた。
「タミア達に呼ばれたのよ。ここには使い魔の姿で来るのがルールだって聞いたから・・・・・」
誰がそんなルールを決めたのよ?
でもそのままの姿でこの連中に来られたら、騒動が起きる事は間違いないわね。
「まあ、そんなところよ。」
曖昧な表現で受け流したリリスに、ノームが擦り寄って来た。
「リリス。君はレイチェルまで覚醒させたんやな。既にそんなレベルに到達したなんて、思いもよらなかったで。」
ノームの言葉が良く分からない。
リリスは怪訝そうな表情で問い掛けた。
「チャーリー。それってどう言う意味なの? 私はロキに頼まれてレイチェルに魔力を流しただけよ。」
ノームはリリスの言葉にニヤッと笑った。
「このレイチェルは二番目のキーやからね。時が到来していないのに起動させるのは簡単や無い筈やで。それが可能だったのは、君の魔力のレベルがそれ相応にレベルアップしたからや。」
「魔力がレベルアップ? 良く分からないわね。それって属性魔法がレベルアップしたって事?」
「違う違う。そうやないんや。」
ノームの言葉にブルーの衣装のピクシーが付け加えた。
「それは簡単に言うと、リリスの魔力そのものが厚みと深みを増したって事なのよ。通常の人族の魔力と比べると格段に濃密なものになって来ているわ。」
「それって私にとって何か良い影響や特典があるの?」
リリスの言葉に赤い衣装のピクシーが口を開いた。
「あるわよ。属性魔法の効果がアップするし、高位魔法の発動がスムーズになるわ。それに魔力に基づく影響力も大きくなる。」
そう言いながら赤い衣装のピクシーはノームの顔をちらっと見た。
ノームはうんうんと頷き腕組みをした。
「それが分かっていて、ロキは君にレイチェルの覚醒を任せたんやろうね。」
したり顔でそう話すノーム。
リリスはう~んと唸って黙り込んだ。
そのリリスに赤い衣装のピクシーが再び擦り寄って来た。
「増々人間離れしてきたわね、リリス。」
「タミア。そんな言い方は止めてよね。」
リリスが睨むと赤い衣装のピクシーはへへっと笑ってその場を離れた。
それと入れ替わるように、小鳥がリリスの傍に飛んできた。
「リリスは超越者を目指しているの?」
どうしてそう言う事になるのよ!
「そんなものは目指していません!」
リリスは強く言い放った。
その言葉に反応して部屋の片隅から声が返って来た。
「そんなものとは何だ。失礼だな。」
えっ!と思って振り返ると、部屋の片隅に龍がとぐろを巻いていた。
「あれっ? 何時から居たんや?」
ノームの言葉に赤い衣装のピクシーが続いた。
「ロキ! 気配を消して女の子の部屋に侵入するなんて変質者のする事よ。」
そうだそうだと他の使い魔も騒ぎ立てる中、龍はフンッと鼻息を吐いた。
「そんな言い方はするなよ。お前達が一か所に集中しているから、一体何事かと思って来ただけじゃないか。」
「まさかリリスの部屋で集会を開いているとは思わなかったぞ。これはリリスが定期的に主宰しているのか?」
話が混乱してきた。
訳が分からない。
呆れて言葉も無いリリスの傍で使い魔達はひとしきり騒いで、程なくその場から消えていった。
迷惑な連中だ。
リリスの両肩にどっと疲れが覆いかぶさって来た。
悪夢でも見ていたのだろうかと思いつつ、リリスはソファに座ったまま眠り込んでしまったのだった。
この日もリリスは放課後、来年度の新入生に向けての生徒会のパンフレットの作成作業の為に、生徒会の部屋を訪れた。
だがその場でリリスはエリスから思いもよらぬ話を聞いた。
「風魔法の発動にムラがあるんですよね。さっき職員室に行ったんですけど、先生達もその話で持ち切りでしたよ。」
そうなの?
リリスは手を前に出し、上に向けた手のひらの上に小さなエアカッターを出現させた。
小さな半透明の風の刃がくるくると手のひらの上で回っている。
「別に異常は無さそうよ。普通にエアカッターを出現させたけど・・・・・」
不思議そうな表情のリリスの言葉に、エリスは軽く頷いた。
「レベル5以下の風魔法は問題なく発動出来るそうです。でも高レベルの風魔法や上位魔法に当たる空間魔法は、発動にムラがあって制限が掛かってしまう状況にあるそうです。」
そう言いながらエリスは、パンフレット作りを手伝っているリンディに話を振った。
リンディは原稿の校正の手を休めてリリスの顔を見つめた。
「そうなんですよ。実は空間魔法にかなりの制限を受けていて、困っているんです。亜空間収納にも不具合が生じてしまって・・・・・」
「ええっ! そうだとしたらマジックバッグも使い難くなっているの?」
リリスの問い掛けにリンディは首を横に振った。
「あらかじめ設定されて構築されているものは大丈夫のようです。新たに発動させる際に不具合が生じ易いと言う事なので。」
う~ん。
そんな事ってあるのかしら?
そう思いながら、リリスは何となくこの一件がウィンディ絡みの様な気がして仕方が無かった。
リリスのその思いは思い過ごしではなかった。
その日の夜。
リリスはベッドで眠っていると、囁き掛ける誰かの声にふと目が覚めた。
そのリリスの目に入って来たのは、部屋の天井でくるくると回転している小さな龍だった。
またロキ様なの?
しかもこんな深夜に侵入してくるなんて!
若干怒りを感じながらリリスはその龍を睨んだ。
そのリリスの耳に、隣のベッドで眠っているサラの寝息が聞こえてくる。
天井の龍から小声が聞こえて来た。
「すまんな、リリス。緊急事態だ。少し付き合ってくれ。」
「また緊急事態ですか。しかもこんな時間に・・・・・」
「まあ、そう言わないでくれ。結構重要な事なんだから。」
そう言うと龍は天井でくるくると急速度で回り始めた。
程なく、カッと光が放たれたかと思うと、リリスの目の前が暗転し、気が付くとリリスは薄暗い洞窟の中に立っていた。
若干かび臭く、ムッとした空気が漂っている。
しかもリリスはパジャマ姿である。
後で念入りに洗浄魔法を使わないと、ベッドに戻れないわね。
そう思いながら傍に居た龍を軽く睨むと、龍は改めてリリスに頭を下げた。
「この埋め合わせは後日するからね。とりあえず話を聞いてくれ。」
龍は一呼吸置いて口を開いた。
「お前も聞いている事だと思うが、現時点で風魔法の発動に不具合が生じているのだ。低レベルの魔法なら支障はないが、高レベルの魔法や上位魔法にはそれなりの制限が掛かってしまう状態になっている。」
「それは今日、後輩から聞きました。でもそれって何故に?」
リリスの言葉に龍は軽く頷いた。
「何気に気付いているかも知れないが、ウィンディ居なくなった事に関係しているんだよ。」
「正確に言えばウィンディの機能不可の状態の故だ。」
そう言われてリリスはその関係性を思い浮かべた。
「それってウィンディが風魔法の亜神の一部だからですか?」
「うむ。そう言う事だ。」
龍は一呼吸間を置いて言葉を続けた。
「ウィンディはあれでも、かけらとは言え風の亜神の一部だ。風の亜神は風魔法の属性とスキルを全て司る存在だからね。それが一部でも機能しなくなると、色々と予測不能な不具合が生じるんだ。」
そう言う事なのね。
少し腑に落ちたリリスではあるが、ウィンディが復活までにしばらく時間が掛かる事は知っている。
この事態をどうするつもりなのだろうか?
リリスの疑問を察したように、龍はニヤッと笑って口を開いた。
「止むを得ないので、ウィンディの次に覚醒する予定だった二番目のキーを、急ではあるが起動する事にしたよ。風の亜神の本体が降臨するための二番目のキーとなる存在だ。」
う~ん。
そんな事をするのね。
「それって本来は何時覚醒する事になっていたんですか?」
「そうだね、本来はあと50年は眠っていたはずだ。でも緊急事態だからね。仕方が無いんだよ。」
そう言うと龍はハッと魔力を吐いた。その途端に暗かった洞窟の中が明るくなり、その光景が一変した。
壁や床が鈍い光沢を放つ金属になり、頭上は球形のドーム状になっている。
その中央に薄いブルーの半透明のカプセルが縦に配置されていた。
そのカプセルの中にうっすらと人影が見える。
「リリス。このカプセルの中に君の魔力を放ってくれ。今の君の特殊な魔力ならすぐにでも覚醒するだろう。」
「そんな事をして大丈夫なんですか?」
躊躇うリリスに龍は優しく声を掛けた。
「心配は要らないよ。この子はウィンディとは違って控えめな子だからね。」
「いやいや。大丈夫かって聞いているのはその事じゃないんですけど。そんなに亜神に関わって良いのかと・・・・・」
リリスの言葉に龍はアハハと笑った。
「何を今更言っているんだ。ここまで関わってきて、もう抜き差しならない状況になっているのに。」
それが嫌なんだってば!
そう言いたいリリスであったが、その言葉をグッと飲み込んだ。
その表情を見て、龍はリリスの心の中を見透かしたかのようにふふふと笑った。
「リリス。君は自分と言う存在を過小評価しているね。君は三つの世界と関りを持った稀有な存在だ。それ故に君の魔力の質や影響力の大きさは私にも計り知れないものになっている。」
「だから、君が関与する事で生じる結果をどうしても期待してしまうんだよねえ。」
龍の言葉にリリスは呆れてしまった。
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「いや、そんな事は無いよ。絶対無いから!」
この断定的な否定の仕方があまりにも白々しい。
本気で面白がっているわね。
リリスはそう感じたのだが、確かにロキの言う通り、ここで何かと心配していても今更ながらだとも思った。
「もう! 仕方が無いわね。」
そう言ってリリスは半透明のカプセルに自分の魔力を流してみた。
それと同時にカプセル全体が仄かに光り始め、点滅を繰り返すようになった。
程なくカッと大きくに光を放ち、カプセルが開くと、そこには小柄な少女が立っていた。
白いワンピースを着た清楚な少女だ。
その顔立ちは若干ウィンディに似ている。
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「あれっ? まだ早いんじゃないの? でもウィンディの気配が希薄だわね。」
少女の言葉に龍はうんうんと頷いた。
「そんなんだよ。予定が変わったんだ。緊急事態でね。ウィンディが機能不全に陥っているんだよ。」
「まあ! ウィンディが・・・・・」
そう言いながら少女はリリスの傍に近付いてニコッと笑った。
「初めまして。私の名はレイチェル。風の亜神の降臨の為の二番目のキーです。あなたが私を起こしてくれたのね。」
レイチェルの言葉にリリスは頷いた。
「初めまして、レイチェル。私の名はリリス。魔法学院の学生です。」
「ええっ! 学生? 普通の子供だって言うの? そんなの有り得ないわ。だって・・・超越者かとも思うような魔力だったわよ。リリスから貰った魔力が未だに私の身体中を駆け巡って活性化させているんだから・・・」
レイチェルはそう言いながらリリスの身体全体をじっと眺めた。
リリスを精査している様子だが、その気配を魔力の操作として感じさせないのはレイチェルの配慮なのだろうか。
「色々と謎の多い子ね。でもリリスとは長い付き合いになりそうだわ。」
レイチェルはリリスに微笑みながら、龍の方に向きを変えた。
「風の属性魔法に乱れが生じているわね。ウィンディが機能不全なら仕方が無いのかしら?」
「そうなのだよ。それで君に早く覚醒して貰ったわけだ。」
「分かったわ。早速修復と調整に入るわね。」
レイチェルはそう言うと、両手を広げ、宙に浮かび、拡散するように消えていった。
龍はその様子を見てふっと安堵のため息をついた。
「これで大丈夫だ。リリス。君には世話になったな。いずれ謝礼を送るよ。」
「そんなものは良いから、早く寝床に返して下さい。明日も授業があるんですからね。」
強めに主張したリリスの口調に龍はうっと唸ってたじろいだ。
「そうだったな。了解した。お疲れ様。」
龍はそう言うと、フッと魔力を吐き出した。
それと同時にリリスの視界が暗転し、気が付くと自室のベッドの中に居た。
夢だったの?
そうも思ったが間違いなく現実だ。かび臭い洞窟の臭いが身体に少し残っている。
明日の授業の為に洗浄魔法で身体を清めながら、リリスは布団の中に深く潜り込み眠りに就いた。
翌日になって、風魔法の発動の不具合の件は収まったようだ。
放課後に会ったリンディの話でも、空間魔法の発動にムラがなくなったと言う。
それだけレイチェルの存在が大きいのだろう。
本体の一部とは言え、彼女が風の亜神の権能を持っている事は間違いないからだ。
やれやれと言う気持ちでリリスは学生寮の自室に戻った。
昨夜遅くにロキに呼び出された為、この日は一日中眠気に苛まれていたリリスである。
欠伸をしながらドアを開けようとすると、ドアの向こうに複数の気配がある。
またあの連中なの?
今日は勘弁してほしいわね。
そう思いながらもドアを開けると、複数の声がリリスに掛けられた。
「「「「お帰り!」」」」
やはり亜神達の使い魔だ。
リリスはカバンを机の上に置き、ソファにドカッと座った。
視界に入っている使い魔は赤い衣装とブルーの衣装のピクシー、それとノーム。
それは何時ものメンバーだが、見慣れない小鳥の使い魔が居る。
ブルーの身体に白いストライプが入った文鳥の様な小鳥だ。
「もしかして・・・レイチェル?」
リリスの問い掛けに小鳥はうんうんと頷いた。
「タミア達に呼ばれたのよ。ここには使い魔の姿で来るのがルールだって聞いたから・・・・・」
誰がそんなルールを決めたのよ?
でもそのままの姿でこの連中に来られたら、騒動が起きる事は間違いないわね。
「まあ、そんなところよ。」
曖昧な表現で受け流したリリスに、ノームが擦り寄って来た。
「リリス。君はレイチェルまで覚醒させたんやな。既にそんなレベルに到達したなんて、思いもよらなかったで。」
ノームの言葉が良く分からない。
リリスは怪訝そうな表情で問い掛けた。
「チャーリー。それってどう言う意味なの? 私はロキに頼まれてレイチェルに魔力を流しただけよ。」
ノームはリリスの言葉にニヤッと笑った。
「このレイチェルは二番目のキーやからね。時が到来していないのに起動させるのは簡単や無い筈やで。それが可能だったのは、君の魔力のレベルがそれ相応にレベルアップしたからや。」
「魔力がレベルアップ? 良く分からないわね。それって属性魔法がレベルアップしたって事?」
「違う違う。そうやないんや。」
ノームの言葉にブルーの衣装のピクシーが付け加えた。
「それは簡単に言うと、リリスの魔力そのものが厚みと深みを増したって事なのよ。通常の人族の魔力と比べると格段に濃密なものになって来ているわ。」
「それって私にとって何か良い影響や特典があるの?」
リリスの言葉に赤い衣装のピクシーが口を開いた。
「あるわよ。属性魔法の効果がアップするし、高位魔法の発動がスムーズになるわ。それに魔力に基づく影響力も大きくなる。」
そう言いながら赤い衣装のピクシーはノームの顔をちらっと見た。
ノームはうんうんと頷き腕組みをした。
「それが分かっていて、ロキは君にレイチェルの覚醒を任せたんやろうね。」
したり顔でそう話すノーム。
リリスはう~んと唸って黙り込んだ。
そのリリスに赤い衣装のピクシーが再び擦り寄って来た。
「増々人間離れしてきたわね、リリス。」
「タミア。そんな言い方は止めてよね。」
リリスが睨むと赤い衣装のピクシーはへへっと笑ってその場を離れた。
それと入れ替わるように、小鳥がリリスの傍に飛んできた。
「リリスは超越者を目指しているの?」
どうしてそう言う事になるのよ!
「そんなものは目指していません!」
リリスは強く言い放った。
その言葉に反応して部屋の片隅から声が返って来た。
「そんなものとは何だ。失礼だな。」
えっ!と思って振り返ると、部屋の片隅に龍がとぐろを巻いていた。
「あれっ? 何時から居たんや?」
ノームの言葉に赤い衣装のピクシーが続いた。
「ロキ! 気配を消して女の子の部屋に侵入するなんて変質者のする事よ。」
そうだそうだと他の使い魔も騒ぎ立てる中、龍はフンッと鼻息を吐いた。
「そんな言い方はするなよ。お前達が一か所に集中しているから、一体何事かと思って来ただけじゃないか。」
「まさかリリスの部屋で集会を開いているとは思わなかったぞ。これはリリスが定期的に主宰しているのか?」
話が混乱してきた。
訳が分からない。
呆れて言葉も無いリリスの傍で使い魔達はひとしきり騒いで、程なくその場から消えていった。
迷惑な連中だ。
リリスの両肩にどっと疲れが覆いかぶさって来た。
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レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
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投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
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