落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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久し振りのダンジョンチャレンジ4

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シトのダンジョンの第3階層。

その中間点を超え、最奥部にリリス達は向かっていた。

鬱蒼とした木立が不気味だ。
ガサガサと音が鳴るたびにドキッとしてしまう。
それでも探知すると魔物の気配ではない。
鳥や小動物なのだろう。

「もう少しこのまま進むわよ。」

リリスの合図でしばらく前進すると、少し開けた場所に出てきた。
周りは木が茂り、その鬱蒼とした木々の中から何かが出てきそうな雰囲気だ。

これは来るなと思っていると、前方の木立がガサガサと揺れ動き、2体の蜘蛛が現われた。
いずれも先ほどの蜘蛛と同じ程度の大きさだ。
この2体も毒を持っている気配は無い。

「リリア! 右の蜘蛛をお願い!」

ウィンディが叫ぶ声に即座に対応したリリアは両手に火の針を出現させ、反射的に右の蜘蛛に向けてそれを放った。
咄嗟の動作で二本のニードルは拡散するように飛び出したが、弧を描いて滑空し、二本共見事に右の蜘蛛に着弾した。

そうよね。
レベル2の投擲スキルがあるんだもの、動きの鈍い敵なら命中するわよね。

リリアはニヤッと笑って振り向いた。

うん。
彼女なりに達成感があったのね。

リリスが笑顔を返す間に、ウィンディはウィンドカッターで左の蜘蛛をあっけなく切り刻んでいた。

「うんうん。良いんじゃないのか? 今日は二人共、収穫の多い日になったね。」

背後で見守るロイドもご機嫌である。

「さあ、最後の階層に進むわよ。」

リリスはそう声を掛けると、蜘蛛の遺骸の向こうに見える階段に向かって歩き出した。


そして迎えた第4階層。

そこに降りると一面に広がっているのが砂漠だった。
少し歩くとむっとした熱気がリリス達を包み込む。
上からの日差しも暑い。
ダンジョン内とは言え、これは間違いなく亜空間なのだろう。

風が吹き、砂塵が舞い上がる。
その砂塵の向こうに剥き出しの岩となだらかな起伏が見えていた。

この環境だと、出没するのはやはりサソリだろうな。

そう思った矢先、近くの岩場の陰から大きなサソリが顔を出した。
シューッと音を立て、砂塵を纏いながら飛び出してきたサソリは、体長が3mほどもあるだろうか。
サソリであるからには当然毒を持っている。
毒で攻撃されないうちに倒すのが常道だ。

リリアが早速ファイヤーニードルを両手から放った。
その動作の素早さに若干驚いたリリスである。

だがそれはサソリの纏う甲殻に弾き返されてしまった。
頑丈な甲殻を持つ上に、火魔法にも耐性を持っている相手だ。

サソリはリリアの方向に向けて尻尾を振り上げた。
毒で攻撃するつもりなのか!

拙いと思ってリリスは即座にファイヤーボルトを放った。
キーンと音を立てて、太い火矢がサソリに向かい、着弾して爆炎を上げた。
熱砂が舞い上がり、サソリの様子が良く見えない。
着弾の衝撃でリリアはその場から側方に吹き飛ばされてしまったが、リリアが居たその場所にはサソリが放ったと思われる毒液が溜まっていた。

危ない所だったわね。

リリアも毒耐性を持っているようだが、サソリがどの程度の毒を持っているかは分からないので、毒を浴びなかったのは僥倖だろう。

「リリア。大丈夫?」

ウィンディが駆け寄ってリリアの身体を起こすと、リリアはうんと答えて笑顔を見せた。
これと言った怪我は無いようだ。

サソリはリリスのファイヤーボルトを受けてその甲殻に大きな穴が開き、内部を焼き尽くされていた。
エビが焦げたような臭気が辺り一面に広がっている。

「サソリにはファイヤーニードルは効かないですね。」

そう言って残念そうに唇を噛み締めるリリアの肩を、リリスはポンポンと軽く叩いて慰めた。

「大丈夫よ。気にしない事ね。」

そう言いながらリリスは前に歩き出した。


だがここで、思いもよらなかった事態が起きる。


リリスの目の前に上空から何かが降りて来た。

良く見ると赤い衣装を着たピクシーだ。

ええっ!
何故タミアがここに居るの?

動揺するリリスにピクシーは手を振って話し掛けた。

「ようこそ、シトのダンジョンへ!」

「ようこそじゃ無いわよ、タミア。何をしに来たのよ?」

リリスの言葉にピクシーはえへへと笑った。

「久し振りにリリスがこのダンジョンに来たから、相手をしてあげようかなっと思ってね。」

「何を言っているのよ! それに今はここのダンジョンマスターはレイチェルの筈よ!」

焦るリリスの言葉にピクシーはアハハと笑った。

「何を焦っているのよ、リリス。冗談よ、気にしないで。」

「私が用件があるのは、リリスじゃなくて、そっちの小さな女の子なのよ。」

そう言ってピクシーはリリアを指差した。

「ええっ? それってどう言う事なの? もしかしてリリアの持っている加護の事で?」

「加護って・・・・・。あんたってこの子のステータスの秘匿領域を見破っているのね。全く油断のならない人だわねえ。そんなに簡単に鑑定出来ない筈なんだけど。」

ピクシーの言葉に返答しようとしたリリスをスルーして、ピクシーはリリアの傍に近付いた。

「あなたがリリアね。」

話し掛けられたリリアは頷き、

「あなたは誰なの?」

と聞き返した。
ピクシーはリリアの目線の高さに停止して口を開いた。

「私は火の女神様の使いです。あなたは火魔法の特別な加護を持って生まれて来たのよ。」

「今、私があなたを火の女神様に取り次いであげますね。」

えっ!と驚くリリアをスルーするように、赤い衣装のピクシーはリリアの頭上に舞い上がり、そのまま彼方の方に飛び去って行った。
それと入れ替わるように赤い光の球が出現し、リリス達の前方でゴウッと音を立てて燃え上がった。

「何が起きるの?」

緊張して呟くリリアである。

その炎の中から赤いローブを着た女神が出現した。
背丈は3mほどもあり、その表情は穏やかで優し気だ。
勿論これはタミアの仮の姿なのだろう。

(まあ、上手く化けたわね。)

リリスの発した念話にタミアは反応して、念話を送り返してきた。

(リリス! 余計な事を言ってるんじゃないわよ! 話を合わせるのよ。)

(ハイハイ。)

少し投げやりなリリスの念話にイラっとするタミアだが、そんな事は全く表情に出さない。
ゆっくりとリリアに近付き、笑顔で語り掛けた。

「リリア。あなたは火魔法の特別な加護を持っているのですよ。でもそれを今まで知らなかったのでしょうね。」

「はい。そんな事は全く知りませんでした。だって、私のステータスには何も・・・・・」

リリアの言葉に女神はうんうんと頷いた。

「そうね。その火魔法の加護の存在は誰にも分からないわ。あなたのステータスには秘匿領域を設置してあるの。それを今、見せてあげるわね。」

女神はそう言うと、リリアの目の前に半透明のモニターを出現させ、そこにリリアのステータスを全て表示させた。
リリアはそれを見てうっ!と唸った。
無理も無い。
ステータスの最後に『業火の化身』と記されていたからだ。

「何だか、禍々しい加護ですね。」

リリアの声が上ずっている。

「私の知る限り、この加護を持つ人族を見たのはあなたが最初です。本来は魔法と魔力量に長けたダークエルフに稀に現れる加護なのですよ。」

「それに業火と言う言葉は火魔法の使い手にとっては誉め言葉だと思うわよ。」

平然と言いのける女神である。
リリアはそうですかとだけ答えた。

「この加護はあなたが成長して、理性でコントロール出来るようになるまでは発動出来なかったのよ。その為に火魔法の足枷とセットであなたに組み込まれているの。私があなたに憑依してその枷を外し、加護を活性化してあげるわね。」

女神はそう言うとその身体を縮小し、リリアの身体の中にスッと入っていった。



一方、リリアは突然の事で驚いている上に、女神が身体の中に入ってきてパニックになりそうになっていた。
そのリリアの脳裏に女神からの念話が伝わって来た。

(そんなに焦らなくて良いわよ。とりあえず火魔法の足枷を解除してあげますね。)

女神の言葉と同時に、ピンッと言う音がリリスの耳に聞こえた。
それと共に身体中に魔力が巡ってくる。

(用意は良いかしら? 業火の化身を活性化するわよ。)

女神がそう言うと、身体が徐々に熱くなってきた。

(身体が熱い!) 

熱さに耐えるリリアの脳裏に、今度は心の奥から湧き上がる闇の声が浮かんで来る。

燃やせ!
全てを燃やし尽くせ!
破壊しろ!
何一つ残すな!
形のあるものは全て燃やすのだ!

(駄目よ!)

リリアの意志がそう叫ぶと、その声は全て一掃された。
それはリリアの理性が、心の闇の声を抑え込んだからなのだろう。

だが、再びリリアの脳裏に闇の声が、映像と共に浮かび上がって来た。

全てを燃やすんだ!
全てを破壊しろ!
お前にはその能力があるんだ!

業火に焼き尽くされる都市の映像が浮かび上がり、闇の声は更にヒートアップしてくる。

お前は業火の化身だ!
お前にはすべてを焼き尽くす権限があるんだ!

(そんなものは無いわ!)

激しく叫ぶリリアの思いは言葉にならなかったが、意思として脳裏を駆け巡った。

自分を気に掛けてくれる兄やウィンディの顔が浮かび上がる。
少ないながらも自分の味方になってくれる人を、決して裏切ってはならない。
そんな思いが沸々と心の奥から湧き上がり、闇の声を払拭していった。

リリアの心の中でしばらく葛藤が続く。
それはリリアの理性による心の浄化と言っても良いのかも知れない。
どうにか落ち着きを取り戻し、リリアはふうっと肩で大きく息をした。

その様子を見て女神は柔和な表情で微笑んだ。

リリアの脳裏に再び女神の念話が伝わって来る。

(良いわね。上々よ。私が手伝うまでも無かったわね。あなたが幼くてまだ理性が育っていなかった頃に、少しでもこの加護に干渉してしまったら、今の闇の声に囚われてしまっていたでしょうね。それ故に火魔法の枷でそれを食い止めていたのよ。)

(そう言う事だったのね。)

ここまでのリリアの理解を確かめて、女神は言葉を続けた。

(ここまでは準備段階よ。本番はこれからなの。)

(それじゃあ、本格的に加護を活性化させるわよ。)

女神の言葉と同時に、周囲の大気や地面から魔力がリリアの身体に吸い込まれてきた。
それはあまりの量に可視化され、半透明の渦となってゴウッと音を立てている。

その大量の魔力はリリアの身体中を激しく循環した。
身体の至る所から噴き出しそうな勢いだ。
だがそれでもリリアの身体はその状態を受け入れていた。
身体中に力が漲っている。
徐々にリリアの心も平常に戻って来た。

(さあ、リリア。最終段階に移るわよ。)

女神の言葉と共に、リリアの身体がスッと上空に舞い上がった。
高さ20mほどの上空で停止すると、火魔法の魔力が激しく循環し、身体中からその小さな炎が噴き出し始めた。
リリアは緊張で声も出ない。

リリアの身体がカッと光ると、身体中の至る所から赤く光る魔力の触手が伸びて来た。
その長さはそれぞれが5mほどもあるだろうか。
無数の赤い触手を生やした姿は異形の存在だ。
その触手の先端から、火魔法の魔力が今にも吹き出しそうになっている。

(私って・・・・・魔物になっちゃったの?)

恐れおののくリリアに女神は優しく語り掛けた。

(魔物じゃ無いわ。業火の化身の姿よ。)

そう言われても納得出来る状態ではない。
自分はどうなるのだろうかと思っていると、遥か前方に黒い雲が蠢いているのが見えた。
それは徐々にこちらに近付いているようだ。

(リリア。あれが見える? あれは1000匹のサソリの群れよ。)

えっ!と驚くリリアだが、女神の指示は更に驚くものだった。

(あれを一瞬で焼き尽くしなさい。今のあなたならそれは容易い事よ。)

(さあ、リリア。ファイヤーボールを可能な限り放ちなさい!)

そうは言われても自分が放てるのはレベル1のファイヤーボールだ。
そんなものは何の役にも立たないだろう。

(あれだけの数のサソリを相手にどうしろって言うのよ!)

心の中でそう叫びながらリリアは、押し寄せてくる1000匹のサソリの群れを、呆然と見つめていたのだった。





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