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来年度の入学生1
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オアシス都市イオニアから帰還して一か月後。
学院側から生徒会に依頼が入った。
来年度の新入生の為に学内見学の案内をして欲しいとの事である。
魔法学院の生徒はそのほとんどが国内に領地を持つ貴族の子弟なので、その兄弟や親族でも卒業生が多く、あえて学内の見学など必要とはしていない。
だが僻地に領地を持つ貴族の子弟では稀に学内見学を申し込む者も居る。
領地が僻地であるため、王都に足を運ぶ機会も少ないのだろう。
教職員達からの指名でリリスがその担当をする事になった。
リリスなら無難にこなしてくれると思われたのだ。
リリスとしてもその依頼を拒絶する理由など無い。
リリスの今までの在学期間中で、入学前の学内見学者は1名だけだった。
それ故にどんな子が来るのか楽しみでもある。
入学前の13歳前後の子なので、色々と不安もあるだろう。
それを少しでも安心させてあげたいと思うのは、リリス自身も不安に満ちた中でここに入学してきたからだ。
その当時の自分自身の稚拙な魔法の技量を思い出し、それがために葛藤と不安から逃れられなかった日々を思い出す。
まあ、それでもなんとかなるものよね。
そう思うのは自分を取り巻く環境が恵まれていたからだとリリスは思った。
ケイト先生をはじめ、教職員にも良くしてもらった。
だが予想していなかった取り巻き達も居る。
亜神の本体の欠片達である。
その連中と接触する事が切っ掛けとなり、人外レベルでスキルアップした事も事実ではあるが。
その日の放課後、リリスは職員室の隣のゲストルームに足を運んだ。
部屋に入るとロイド先生が一人の女子と話をしていた。
リリスの顔を見てロイドとその女子が席を立ち、互いに挨拶を交わしたのだが、リリスはその女子の姿に若干の違和感を感じた。
まだ13歳になったばかりの女子なので、その顔立ちは幼くあどけない。
ショートカットの黒髪で、背丈は同年代の女子よりは高いだろう。
リリスの同級生で小柄なニーナよりも若干背は高いかもしれない。
一重で黒い瞳の少女はしっかりとした口調で自己紹介をした。
「ミラ王国北西端のクロード領から来ました、サリナ・パール・クロードです。よろしくお願いします。」
その笑顔が初々しい。
だがリリスは違和感を拭えない。
サリナの顔立ちが東洋的、もっと言えば日本人を思わせる顔立ちだからだ。
まさか転移者って事は無いわよね。
そう思いながらリリスは自己紹介をした。
ロイドが職員室に戻り、リリスはサリナを連れて学院内の案内を始めた。
各教室や様々な施設を回りながら説明すると、サリナも興味深そうにリリスの説明を聞き入っていた。
その合間にリリスはサリナに尋ねてみた。
「サリナはどんな魔法が得意なの?」
リリスの問い掛けにサリナは少しはにかんだ。
「私はあまり派手な魔法は出来ないんです。私の家系は代々体術的な魔法を得意としていまして、どちらかと言えば獣人の様な強化魔法が得意なんです。それと武術もそれなりに体得しています。でも大きな剣は扱いません。どちらかと言えば短刀やスローイングダガーなどが主ですね。」
「私自身は属性魔法は火魔法と水魔法を持っていますが、生活魔法程度のレベルですね。」
サリナの話を聞き、リリスは彼女の出自が気になった。
学舎の地下の訓練場を案内しながらリリスはクロード領の事を尋ねた。
「クロード領は本当に僻地ですね。王都に比べたら大きな建物なんてほとんどありません。山岳部の僻地で領内の大半は開墾した畑です。それでも緑が多くて自然の豊かな土地ですけどね。」
「クロード家は200年前の内乱の際に功績をあげ、その僻地に領地を下賜されたと聞いています。」
ああ、そうなのね。
内乱の際の功績を元に領地を下賜されたのはうちも同じだわ。
もしかするとサリナの先祖と自分の先祖とが王家の為に絆を結んでいたかも知れない。
そう思うと何となく親近感がわいてくる。
リリスは訓練場に立ち、30mほど離れた場所にある3体の人型の標的を指差した。
「入学すると属性魔法のチェックの為に、あの標的を打ち崩す事になっているの。サリナの今の力で試してみても良いわよ。」
何気に問い掛けたリリスの言葉にサリナはハイと答えた。
その表情を見るとやる気満々だ。
見た目からも窺えるのだが、かなり行動的な性格なのだろう。
「とりあえず、火魔法か水魔法でやってみて。」
リリスの言葉にサリナはハイと答えて魔力を循環させ始めた。
うんっと唸って片手を突き出すと、その手のひらから小さな火球が放たれ、標的の胸の部分を直撃した。
どうやら投擲スキルを持っているようだ。
だが標的の胸の部分が焦げた程度で、破壊にまでは至らない。
「私の属性魔法のレベルってこの程度なんですよね。」
そう言いながらサリナは照れ隠しにぺろっと舌を出した。
その仕草が可愛い。
だがリリスはサリナの循環させていた魔力に、訳もなく深みを感じていた。
「ねえ、サリナ。あの標的をあなたの得意な方法で倒すとしたらどうするの?」
リリスの問い掛けにサリナはそうですねと言いながら、身体に埋め込んでいるマジックバッグから黒い物体を取り出した。
スローイングダガーと刃渡り30cmほどの小刀だ。
サリナは再び魔力を循環させると、サリナの身体が仄かに光り始めた。
うっ!
体力強化かしら?
それに加速も掛けているのかしら?
サリナの表情が真剣になり、目に力が漲っている。
「行きます!」
その言葉と同時にサリナは音もなくスタートダッシュした。
魔力で加速を掛け、瞬時に標的に近付くと、スローイングダガー2本で2体の標的の胸を貫き、そのダガーの纏った魔力で標的は粉々になってしまった。
更にもう1体の標的の傍を目にも止まらぬ速度で掛け抜けると、標的は胴部から寸断されてしまった。
小刀を抜いた気配さえ感じられない。
リリスの脳裏には有り得ない言葉が浮かび上がった。
まるで忍者だわ。
サリナは音もなく加速してリリスの傍に戻って来た。
その表情を見ると息切れしている様子もない。
「とりあえず粉々にした標的は、物置の交換用の標的に自分で取り換えるの。一応そう言うルールなのよね。」
そう言ってリリスは訓練場の片隅にある物置小屋から標的を3体取り出し、サリナに手伝わせてその交換作業をした。
その間もリリスはサリナの武器が気になって仕方が無い。
作業を終えると尋ねてみた。
「サリナ。あなたの持っていたスローイングダガーを見せて貰って良いかしら?」
リリスの問い掛けにサリナはハイと返事をした。
「そんなに大したものでは無いですよ。でもこれは私が両親から貰った愛用のスローイングダガーなんです。」
リリスはそのスローイングダガーを受け取ると、その重さにまず驚いた。
ずっしりと重く、魔金属で構成されているのが分かる。
自分自身の体力を強化し、魔力を流して使う事に特化した武器だ。
少し魔力を流してみると、その反応がリリスに驚きを与えた。
リリスは反射的に解析スキルを発動させた。
このスローイングダガーの組成って分かる?
『幾つかの魔金属の合金ですね。かなり練度の高い職人の作だと思われます。』
その幾つかの魔金属の一つに気になるものを感じるんだけど・・・。
『予想通りですね。玉鋼が20%ほど混入されています。』
うっ!
やはり、玉鋼が含まれているのね。
でもどうしてそんなものが・・・。
じっとスローイングダガーを見つめているリリスの様子が気になって、サリナはふと声を掛けた。
「そんなに珍しいですか?」
「いやいや、そうじゃないのよ。意外に重いなって思ってね。」
「そうですね。普通のダガーはもう少し軽いですからね。私の場合は体力強化をして使うのが前提なんです。」
サリナはそう言うとリリスからスローイングダガーを受け取った。
「ロイド先生からリリス先輩は火魔法と土魔法の達人だと聞きました。スローイングダガーなんて興味ないですよね。」
「そんな事ないわよ。私だってスローイングダガーを使えるのよ。」
そう言いながら、リリスは自分のマジックバッグからスローイングダガーを取り出した。
「へえ~。見せて貰って良いですか?」
サリナの言葉を受けて、リリスはそのスローイングダガーをサリナに手渡した。
「軽いですね。でも魔金属でしっかりと作ってあるのが分かりますよ。それにまるで私の手から魔力を吸い出そうとしているようにも感じるわ。魔力との親和性が凄く高そう・・・」
サリナは感心しながらリリスのダガーを色々と弄り回していた。
「でも先輩の佇まいからスローイングダガーは連想出来ないですね。魔法の達人だと聞いたからかも知れませんが。」
サリナはそう言うとスローイングダガーをリリスに返した。
リリスはそれを受け取り、魔力を身体中に循環させ始めた。
久し振りにスローイングダガーを投げてみようかしら。
そんな気になったのが発端で、リリスはスローイングダガーに魔力を纏わらせ標的にゆっくりと向かった。
リリスの濃厚な魔力を吸い上げ、ダガーが仄かに光りを発している。
投擲スキルを最大限に機能させ、リリスは素早くスローイングダガーを標的に向かって放った。
キーンと言う金切り音を立て、スローイングダガーは高速で滑空し、標的の胸を貫き、その背後の地面にドンと言う大きな衝撃音をたててぶつかった。砕けた土と埃が宙に舞う。
その衝撃で地面が直径3m深さ50cmほどに大きく抉れてしまっている。
その破壊力にサリナも驚いてしまった。
「凄いですね。生徒会の副会長さんって魔法以外にもこんな事が出来るんですね。」
それって生徒会は関係ないわよ。
心の中でそう突っ込みを入れながら、リリスはスローイングダガーの回収に向かった。
サリナが手際よく物置小屋から交換用の標的を運び出し、リリスの元に駆け寄って来た。
気の利く子だわ。
そう思って標的を交換すると、スローイングダガーで抉れた地面の傍に立った。
「これってどうするんですか? 小屋に整地用の道具や土は無かったと思いますけど。」
サリナの問い掛けに無言で笑顔を返しながら、リリスは土魔法を発動させた。
抉れた地面があっという間に元の状態に戻って行く。
その修復された地面を踏みしめると若干柔らかい。
「少し硬化させた方が良いわね。」
リリスはそう言いながら硬化を掛け、地面はしっかりと固められた。
その様子にサリナは再び驚いた。
「まるで魔法みたい・・・」
「魔法に間違いないわよ。こんなのは土魔法の基本みたいなものだからね。」
リリスの言葉にサリナはうんうんと頷いた。
「でも土魔法って基本的には農作業に使うものですよね。畑を効率的に耕したり、土壌の改良をしたり・・・」
「まあそれは一般的な認識よね。でも土魔法も使い方によっては武器になるのよ。」
そう言うとリリスは標的を指差した。
「サリナ。あの標的を敵だと思ってね。」
リリスはサリナの頷くのを見て、土魔法を発動させた。
標的の突き刺さっている地面を瞬時に泥沼に変え、ずぶずぶと沈む標的の頭の部分が上に出ている状態で硬化を掛けた。
硬化された地面に標的の頭だけが飛び出している。
その傍に素早く駆け寄ると、リリスはスローイングダガーを取り出し、素早く標的の頭部をサクッと切り取った。
その様子を見てサリナはうっと唸った。
少し刺激的だったかしら?
リリスの心配に反してサリナの目は輝いていた。
「凄い・・・。これなら大きな敵でも倒せますね。」
「まあ、泥沼は基本的には大量の魔物に襲われた時の足止めに使うんだけどね。」
壊した標的を片付けながら、リリスはサリナにふと尋ねてみた。
「クロード家のご先祖って元々ミラ王国に住んでいたの?」
リリスの問い掛けにサリナは首を横に振った。
「私のご先祖は元々大陸の果てに住み着いていたそうです。そこから村を出て傭兵稼業をしていたと聞きました。今も遠い親戚がそこで暮らしていますよ。大陸北西端にある小国のウリア王国に属するレイブン諸島ですが、リリス先輩はご存じですか?」
「誰に話してもレイブン諸島って、知っている人がほとんどいないんですよね。」
そう言いながらサリナはへへへと笑った。
ちょっと待ってよ!
レイブン諸島って、ラダム様が主導した大規模な召喚の儀式の際に起きた時空を歪める大事故で、1000年前の日本から大勢の人が転移してしまった場所じゃないの!
この子ってその人達の子孫なの?
サリナのあどけない笑顔に反して、リリスの脳裏にはレイブン諸島の名がぐるぐると回っていたのだった。
学院側から生徒会に依頼が入った。
来年度の新入生の為に学内見学の案内をして欲しいとの事である。
魔法学院の生徒はそのほとんどが国内に領地を持つ貴族の子弟なので、その兄弟や親族でも卒業生が多く、あえて学内の見学など必要とはしていない。
だが僻地に領地を持つ貴族の子弟では稀に学内見学を申し込む者も居る。
領地が僻地であるため、王都に足を運ぶ機会も少ないのだろう。
教職員達からの指名でリリスがその担当をする事になった。
リリスなら無難にこなしてくれると思われたのだ。
リリスとしてもその依頼を拒絶する理由など無い。
リリスの今までの在学期間中で、入学前の学内見学者は1名だけだった。
それ故にどんな子が来るのか楽しみでもある。
入学前の13歳前後の子なので、色々と不安もあるだろう。
それを少しでも安心させてあげたいと思うのは、リリス自身も不安に満ちた中でここに入学してきたからだ。
その当時の自分自身の稚拙な魔法の技量を思い出し、それがために葛藤と不安から逃れられなかった日々を思い出す。
まあ、それでもなんとかなるものよね。
そう思うのは自分を取り巻く環境が恵まれていたからだとリリスは思った。
ケイト先生をはじめ、教職員にも良くしてもらった。
だが予想していなかった取り巻き達も居る。
亜神の本体の欠片達である。
その連中と接触する事が切っ掛けとなり、人外レベルでスキルアップした事も事実ではあるが。
その日の放課後、リリスは職員室の隣のゲストルームに足を運んだ。
部屋に入るとロイド先生が一人の女子と話をしていた。
リリスの顔を見てロイドとその女子が席を立ち、互いに挨拶を交わしたのだが、リリスはその女子の姿に若干の違和感を感じた。
まだ13歳になったばかりの女子なので、その顔立ちは幼くあどけない。
ショートカットの黒髪で、背丈は同年代の女子よりは高いだろう。
リリスの同級生で小柄なニーナよりも若干背は高いかもしれない。
一重で黒い瞳の少女はしっかりとした口調で自己紹介をした。
「ミラ王国北西端のクロード領から来ました、サリナ・パール・クロードです。よろしくお願いします。」
その笑顔が初々しい。
だがリリスは違和感を拭えない。
サリナの顔立ちが東洋的、もっと言えば日本人を思わせる顔立ちだからだ。
まさか転移者って事は無いわよね。
そう思いながらリリスは自己紹介をした。
ロイドが職員室に戻り、リリスはサリナを連れて学院内の案内を始めた。
各教室や様々な施設を回りながら説明すると、サリナも興味深そうにリリスの説明を聞き入っていた。
その合間にリリスはサリナに尋ねてみた。
「サリナはどんな魔法が得意なの?」
リリスの問い掛けにサリナは少しはにかんだ。
「私はあまり派手な魔法は出来ないんです。私の家系は代々体術的な魔法を得意としていまして、どちらかと言えば獣人の様な強化魔法が得意なんです。それと武術もそれなりに体得しています。でも大きな剣は扱いません。どちらかと言えば短刀やスローイングダガーなどが主ですね。」
「私自身は属性魔法は火魔法と水魔法を持っていますが、生活魔法程度のレベルですね。」
サリナの話を聞き、リリスは彼女の出自が気になった。
学舎の地下の訓練場を案内しながらリリスはクロード領の事を尋ねた。
「クロード領は本当に僻地ですね。王都に比べたら大きな建物なんてほとんどありません。山岳部の僻地で領内の大半は開墾した畑です。それでも緑が多くて自然の豊かな土地ですけどね。」
「クロード家は200年前の内乱の際に功績をあげ、その僻地に領地を下賜されたと聞いています。」
ああ、そうなのね。
内乱の際の功績を元に領地を下賜されたのはうちも同じだわ。
もしかするとサリナの先祖と自分の先祖とが王家の為に絆を結んでいたかも知れない。
そう思うと何となく親近感がわいてくる。
リリスは訓練場に立ち、30mほど離れた場所にある3体の人型の標的を指差した。
「入学すると属性魔法のチェックの為に、あの標的を打ち崩す事になっているの。サリナの今の力で試してみても良いわよ。」
何気に問い掛けたリリスの言葉にサリナはハイと答えた。
その表情を見るとやる気満々だ。
見た目からも窺えるのだが、かなり行動的な性格なのだろう。
「とりあえず、火魔法か水魔法でやってみて。」
リリスの言葉にサリナはハイと答えて魔力を循環させ始めた。
うんっと唸って片手を突き出すと、その手のひらから小さな火球が放たれ、標的の胸の部分を直撃した。
どうやら投擲スキルを持っているようだ。
だが標的の胸の部分が焦げた程度で、破壊にまでは至らない。
「私の属性魔法のレベルってこの程度なんですよね。」
そう言いながらサリナは照れ隠しにぺろっと舌を出した。
その仕草が可愛い。
だがリリスはサリナの循環させていた魔力に、訳もなく深みを感じていた。
「ねえ、サリナ。あの標的をあなたの得意な方法で倒すとしたらどうするの?」
リリスの問い掛けにサリナはそうですねと言いながら、身体に埋め込んでいるマジックバッグから黒い物体を取り出した。
スローイングダガーと刃渡り30cmほどの小刀だ。
サリナは再び魔力を循環させると、サリナの身体が仄かに光り始めた。
うっ!
体力強化かしら?
それに加速も掛けているのかしら?
サリナの表情が真剣になり、目に力が漲っている。
「行きます!」
その言葉と同時にサリナは音もなくスタートダッシュした。
魔力で加速を掛け、瞬時に標的に近付くと、スローイングダガー2本で2体の標的の胸を貫き、そのダガーの纏った魔力で標的は粉々になってしまった。
更にもう1体の標的の傍を目にも止まらぬ速度で掛け抜けると、標的は胴部から寸断されてしまった。
小刀を抜いた気配さえ感じられない。
リリスの脳裏には有り得ない言葉が浮かび上がった。
まるで忍者だわ。
サリナは音もなく加速してリリスの傍に戻って来た。
その表情を見ると息切れしている様子もない。
「とりあえず粉々にした標的は、物置の交換用の標的に自分で取り換えるの。一応そう言うルールなのよね。」
そう言ってリリスは訓練場の片隅にある物置小屋から標的を3体取り出し、サリナに手伝わせてその交換作業をした。
その間もリリスはサリナの武器が気になって仕方が無い。
作業を終えると尋ねてみた。
「サリナ。あなたの持っていたスローイングダガーを見せて貰って良いかしら?」
リリスの問い掛けにサリナはハイと返事をした。
「そんなに大したものでは無いですよ。でもこれは私が両親から貰った愛用のスローイングダガーなんです。」
リリスはそのスローイングダガーを受け取ると、その重さにまず驚いた。
ずっしりと重く、魔金属で構成されているのが分かる。
自分自身の体力を強化し、魔力を流して使う事に特化した武器だ。
少し魔力を流してみると、その反応がリリスに驚きを与えた。
リリスは反射的に解析スキルを発動させた。
このスローイングダガーの組成って分かる?
『幾つかの魔金属の合金ですね。かなり練度の高い職人の作だと思われます。』
その幾つかの魔金属の一つに気になるものを感じるんだけど・・・。
『予想通りですね。玉鋼が20%ほど混入されています。』
うっ!
やはり、玉鋼が含まれているのね。
でもどうしてそんなものが・・・。
じっとスローイングダガーを見つめているリリスの様子が気になって、サリナはふと声を掛けた。
「そんなに珍しいですか?」
「いやいや、そうじゃないのよ。意外に重いなって思ってね。」
「そうですね。普通のダガーはもう少し軽いですからね。私の場合は体力強化をして使うのが前提なんです。」
サリナはそう言うとリリスからスローイングダガーを受け取った。
「ロイド先生からリリス先輩は火魔法と土魔法の達人だと聞きました。スローイングダガーなんて興味ないですよね。」
「そんな事ないわよ。私だってスローイングダガーを使えるのよ。」
そう言いながら、リリスは自分のマジックバッグからスローイングダガーを取り出した。
「へえ~。見せて貰って良いですか?」
サリナの言葉を受けて、リリスはそのスローイングダガーをサリナに手渡した。
「軽いですね。でも魔金属でしっかりと作ってあるのが分かりますよ。それにまるで私の手から魔力を吸い出そうとしているようにも感じるわ。魔力との親和性が凄く高そう・・・」
サリナは感心しながらリリスのダガーを色々と弄り回していた。
「でも先輩の佇まいからスローイングダガーは連想出来ないですね。魔法の達人だと聞いたからかも知れませんが。」
サリナはそう言うとスローイングダガーをリリスに返した。
リリスはそれを受け取り、魔力を身体中に循環させ始めた。
久し振りにスローイングダガーを投げてみようかしら。
そんな気になったのが発端で、リリスはスローイングダガーに魔力を纏わらせ標的にゆっくりと向かった。
リリスの濃厚な魔力を吸い上げ、ダガーが仄かに光りを発している。
投擲スキルを最大限に機能させ、リリスは素早くスローイングダガーを標的に向かって放った。
キーンと言う金切り音を立て、スローイングダガーは高速で滑空し、標的の胸を貫き、その背後の地面にドンと言う大きな衝撃音をたててぶつかった。砕けた土と埃が宙に舞う。
その衝撃で地面が直径3m深さ50cmほどに大きく抉れてしまっている。
その破壊力にサリナも驚いてしまった。
「凄いですね。生徒会の副会長さんって魔法以外にもこんな事が出来るんですね。」
それって生徒会は関係ないわよ。
心の中でそう突っ込みを入れながら、リリスはスローイングダガーの回収に向かった。
サリナが手際よく物置小屋から交換用の標的を運び出し、リリスの元に駆け寄って来た。
気の利く子だわ。
そう思って標的を交換すると、スローイングダガーで抉れた地面の傍に立った。
「これってどうするんですか? 小屋に整地用の道具や土は無かったと思いますけど。」
サリナの問い掛けに無言で笑顔を返しながら、リリスは土魔法を発動させた。
抉れた地面があっという間に元の状態に戻って行く。
その修復された地面を踏みしめると若干柔らかい。
「少し硬化させた方が良いわね。」
リリスはそう言いながら硬化を掛け、地面はしっかりと固められた。
その様子にサリナは再び驚いた。
「まるで魔法みたい・・・」
「魔法に間違いないわよ。こんなのは土魔法の基本みたいなものだからね。」
リリスの言葉にサリナはうんうんと頷いた。
「でも土魔法って基本的には農作業に使うものですよね。畑を効率的に耕したり、土壌の改良をしたり・・・」
「まあそれは一般的な認識よね。でも土魔法も使い方によっては武器になるのよ。」
そう言うとリリスは標的を指差した。
「サリナ。あの標的を敵だと思ってね。」
リリスはサリナの頷くのを見て、土魔法を発動させた。
標的の突き刺さっている地面を瞬時に泥沼に変え、ずぶずぶと沈む標的の頭の部分が上に出ている状態で硬化を掛けた。
硬化された地面に標的の頭だけが飛び出している。
その傍に素早く駆け寄ると、リリスはスローイングダガーを取り出し、素早く標的の頭部をサクッと切り取った。
その様子を見てサリナはうっと唸った。
少し刺激的だったかしら?
リリスの心配に反してサリナの目は輝いていた。
「凄い・・・。これなら大きな敵でも倒せますね。」
「まあ、泥沼は基本的には大量の魔物に襲われた時の足止めに使うんだけどね。」
壊した標的を片付けながら、リリスはサリナにふと尋ねてみた。
「クロード家のご先祖って元々ミラ王国に住んでいたの?」
リリスの問い掛けにサリナは首を横に振った。
「私のご先祖は元々大陸の果てに住み着いていたそうです。そこから村を出て傭兵稼業をしていたと聞きました。今も遠い親戚がそこで暮らしていますよ。大陸北西端にある小国のウリア王国に属するレイブン諸島ですが、リリス先輩はご存じですか?」
「誰に話してもレイブン諸島って、知っている人がほとんどいないんですよね。」
そう言いながらサリナはへへへと笑った。
ちょっと待ってよ!
レイブン諸島って、ラダム様が主導した大規模な召喚の儀式の際に起きた時空を歪める大事故で、1000年前の日本から大勢の人が転移してしまった場所じゃないの!
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ファンタジー
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それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
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