落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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仮装コンテスト2

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仮装コンテストの控室で、恐竜の着ぐるみを着たまま苦しむデニス。

その様子を見てリリスは解析スキルを発動させた。

これってどうなっているの?
この着ぐるみに呪いが掛けられているの?

『いいえ。呪いは検知出来ません。』

呪いじゃないのなら、どうしてデニスが苦しんでいるの?

『実に巧妙に偽装していますが、この着ぐるみのようなものは植物の一部ですね。エンドウ豆のさやのようなものですが、その機能を見ると食虫植物の仕組みに近いですね。取り込んだ生物から養分や魔力を吸い取り、魔素に分解して本体に送っていると思われます。』

『ただ、このような生物は初めて見ますね。植物性の魔物と言えばトレントの仲間かも知れませんが、ドライアドのような気配もありますし、実のところ正体不明ですね。』

う~ん。
これが何だとしてもデニスが危ないわね。
この着ぐるみから隔離するにはどうしたら良いの?

『そうですね。魔力の触手で着ぐるみの内部を探り、デニスに打ち込まれている触手を焼き切るのが良いでしょうね。ちなみに触手は髪の毛ほどの細さのものが大半です。それと、それ以外に魔力の触手も撃ち込まれています。』

まあ!
念入りにデニスを取り込んじゃったのね。

リリスは魔力の触手を出現させ、着ぐるみの内部に潜入させた。
魔力の触手の先端に、大量の触手の気配が感じられる。
その一つ一つに魔力の触手を絡ませ、火魔法で焼き切っていく。
火力を調整しないとデニスの身体が火傷を負ってしまう。
微妙な火力で焼き切っていくのは繊細な作業だ。

それでもリリスはその作業を地道に続けた。
周りにいるスタッフや教職員にはデニスの状態を逐一伝えながら、作業を続ける事約10分。
着ぐるみの中に生えている全ての触手を焼き切った上で、その中からデニスの身体を取り出すと、デニスは衰弱し意識を失いかけていた。
リリスはデニスの身体に魔力を注ぎ込み、軽く細胞励起を掛け、医務室に運んで欲しいとスタッフに伝えた。

デニスが運ばれていった後に残されたのは、例の着ぐるみである。

これって焼却した方が良いわね。
今はとりあえずマジックバッグに収納して、仮装ダンスパーティーの後で処分しようかしら。

そう思ってマジックバッグを取り出したその時、リリスの周囲の景色が一瞬でその色を失った。
白黒の世界が周囲に展開されている。

ええっ!
どうしたの?

自分以外の全ての物の動きが停止している。
明らかに時空が停止しているのだ。

こんな事をするなんてロキ様かしら?

そう思った矢先、天井から赤い龍が回転しながらリリスの傍に降りてきた。

「ロキ様! どうしたんですか?」

リリスの言葉に龍はふんっ!と鼻息を吐いた。

「突然の事で驚かせたようだな。だが決して見過ごせない事態なので駆けつけたのだ。」

「見過ごせない事態って・・・・・これの事ですか?」

リリスはそう言いながら、床に転がっている恐竜の着ぐるみを指差した。

「うむ。その通りだ。リリス、お前はこれを何だと思う?」

龍の問い掛けにリリスは首を傾げた。

「私のスキルでも分析出来ないんです。植物の身体の一部のようで、魔物のようでもあるし・・・・・」

リリスの言葉に龍はうんうんと頷いた。

「まあ、分析不能なのも無理もない。本来この世界に存在しないものなのだから。」

「ええっ! それじゃあこれも異世界から転移してきたんですか?」

「いや。異世界のものでは無い。」

赤い龍は一息、間を置いた。

「これはアブリル王国の孤島から逃げ出したトレントの一種なのだ。トレントでありながら知能も高く、ドライアドに匹敵する魔力やスキルも持っている。」

「これも個別進化の所産なのだよ。」

龍の言葉にリリスは愕然とした。

「それじゃあ、闇のオーブをスイーパーとして作動させた時に、逃がしちゃったんですか?」

「いいや。そうではない。おそらくそれ以前に種子の状態で孤島の外に運び出されたのだろう。頻繁に出入りしていた魔族の身体に付着したのかも知れないし、鳥などに食べられて遠く離れた場所で糞から発芽したのかも知れん。」

そうなのね。
確かに植物って、そうやって繁殖範囲を広げるものよね。

リリスは改めて着ぐるみに目を向けた。
内部を焼き切られて着ぐるみはその機能を停止している。
それにもかかわらず微妙な魔力の流れをリリスは感じた。

それに違和感を感じたリリスは、着ぐるみの周囲を念入りに探知した。
魔力の波動が一方通行ではない。

「この着ぐるみって、何処かと交信していますね。」

リリスの言葉に龍は強く頷いた。

「うむ。おそらく本体と交信しているのだろう。その交信先を探れば本体の居場所も分かるはずだ。」

そう言いながら龍は着ぐるみの上に移動し、上から魔力を着ぐるみに大きく放った。
着ぐるみが一瞬光りを放ち、その着ぐるみの横に半透明のパネルが出現した。
パネルの上に表示されているのは大陸全体の地図だ。
アブリル王国の中央部に赤い光が点滅している。

「ここが本体の居場所だ。さあ、今直ぐそこに向かうぞ。」

「ロキ様。それでその本体はどうするんですか?」

「基本的には焼却処分だな。本来この世界に存在してはならんのだ。」

そうなのね。
せっかく芽吹いて育っても、焼却される運命なのね。

リリスは少し可哀そうになって、着ぐるみを切ない目で見つめた。

「リリス。感傷的になっている暇はない。この本体に向かって移動している者が居るようだ。そいつの目的は何だか分からぬが、こちらも急いだほうが良いだろう。」

龍はそう言うと転移魔法を発動させた。

リリスの視界が暗転し、気が付くと見覚えのある山麓に居ることが分かった。

ここはリリスが土魔法を駆使して開拓した地域の外れだ。
しかもワームホールが良く発生していた場所でもある。

こんな場所に孤島から魔人は来ないわよね。
と言う事はやはり、鳥が種子を運んできたのかしら?

そう思いながら、リリスはその周辺を何気なく探知した。

すると、比較的背の低い木々が茂る中に、明らかに別種と思われる魔力の反応がある。

「これは・・・個別進化したトレントの波動なのかしら?」

「うむ。そのようだな。急いで捕縛に向かうぞ。」

赤い龍はリリスの頭上で浮かびながら、反応のある方向にリリスを誘導し始めた。
しばらく低木の茂みをかき分けて進むと、木々の間に少し違和感のある低木が立っていた。
薄茶色の低木で、その木肌がまるで百日紅のようにツルツルしている。
時折幹が緩やかに振動し、そのたびに嫌悪感を感じさせるような波動が漂ってきた。

これはリリス達を警戒しているのだろう。

リリスが近付こうとすると、その低木の周囲に亜空間シールドが張り巡らされた。

えっ!
こんな事って出来るの?

トレントの反応に驚くリリスだが、龍は容赦をしない。
魔力でその周囲を固定化し、そのまま亜空間ごと押し潰そうとし始めた。

だがその時、突然白く輝く光球が現われ、リリス達の目の前に立ちはだかった。

「待ってくれ! そのトレントを殺さないでくれ!」

光球の中からの声が周囲に響き渡り、その周辺の木々がまるでその光球を避ける様に外側になびいていく。
光球の中から現れたのは濃緑色で長身の人物だった。

エルフだ!
それにしてもどうしてエルフがこんなところに?

「何者だ? 何故に儂の邪魔をするのだ?」

龍の言葉にエルフは軽く頭を下げた。

「邪魔をして申し訳ない。儂はこの大陸の西半分の地域に住むエルフを統率するオーリスと言う者だ。その特殊なトレントを殺さないでくれ。」

オーリスと名乗るエルフのリーダーは、身に纏う白いローブを優雅にたなびかせながら、リリス達の傍に近付いてきた。
その顔つきは柔和だが彫りが深く、エルフとしてかなりの年齢であると分かる。

「どう言う理由で邪魔をするのか分からんが、このトレントはこの世界で生息させるわけにいかんのだ。元々この世界に存在するはずのないものだからな。このまま放置すれば繁殖して生態系に大きな歪を生じてしまう。」

「それを食い止めるのがそちらの意向だと言うのだな?」

「いかにも、その通りだ。儂はその使命を帯びて存在しておる。」

そう言うと龍はその身体を回転させながら、トレントの周囲の空間を隔離しようとした。

「待ってくれ! 儂の話を少し聞いてくれんか?」

慌てて龍の動きを止めようとするオーリスは、両手を広げてトレントの前に立ちはだかった。
龍が試行する亜空間の隔壁に挟まれ、オーリスの表情に苦痛が見える。

「何故にそこまでして止めようとするのだ? まあ良い。話を聞くだけ聞いてやろう。」

龍はそう言うと空間魔法の発動を停止した。
それによってオーリスの身体の負担も消え、ホッとした表情でオーリスは龍の前に近付いた。

「このトレントは儂らエルフにとって貴重な使役獣となると思ったのだ。儂らは元々自分達の生活圏を保護育成する為にトレントやドライアドを使役し、我等にとって最適な環境の構築に役立てておる。」

「だが最近、この地域の森を棲み処にしている部族から、森が急に荒れ果ててしまい、彼等が使役しているトレントやドライアドの大半が機能不全に陥ってしまったと連絡を受けたのだ。」

オーリスの表情に苦悩が見える。
かなり困っている様子だ。

「どうしてそんな事になってしまったのですか?」

リリスの言葉にオーリスはふうっと大きく溜息をついた。

「それは・・・・・未知の魔物が森に巣を作ってしまったからなのだ。」

「未知の魔物・・・ですか?」

「そうだ。儂ですら今まで見た事も無い魔物なのだよ。真っ黒で一見昆虫のような外見なのだが、大量に繁殖して森を荒らしてしまう。しかも様々な属性魔法に耐性を持ち、瘴気や精神波を常時放っているのでトレントやドライアドが昏倒状態に陥ってしまった。」

そんな事ってあるの?

疑問を抱くリリスを見ながら、龍はオーリスに向かって口を開いた。

「その魔物は何処から来たのだ? 急に発生したと言うのも不思議な話だな。」

「まあ、そう思うのも無理もない。ただ、その魔物が出現する数日前に、異常な空間の歪が生じていたとの報告もある。」

「うん? 何だと?」

龍は言葉を詰まらせ、しばらく周辺の探知を始めた。

数分の沈黙の後、龍はふんっと鼻息を吐いた。

「驚いたな。ワームホールを消滅させた際に、僅かな残滓があったようだ。それがたまたま時空の歪を生じさせたのだろう。すでにその残滓も消え去ってしまっているが、その痕跡がわずかに残っている。これは極めて稀なケースだな。」

「オーリス。その魔物を儂等に見せてくれないか? 儂等にとっても見過ごせない状況かも知れん。」

「おお、望むところだ。ロキ殿とその少女を我等エルフの棲み処に案内しよう。」

オーリスの言葉にリリスは驚いた。

「エルフの棲み処に人族の私が入っても良いのですか?」

「ああ、構わぬ。それにお前は人族とは言うものの、姿かたちが人族だと言うだけで、中身は別物ではないか。エルフは魔力の波動には特に敏感だ。儂等エルフの感性では、お前の魔力の波動は人族とはかけ離れたものだとしか思えないぞ。」

「そもそも巨大な竜の気配や、暗黒竜の気配を持つ人族など何処に居る? しかもお前から感じられるこの生命力に溢れた巨木の気配は何なのだ? まるであらゆる生命をはぐくみ育てるような波動すら感じられる。」

そう言うとオーリスはリリスの顔をじっと眺めた。
その視線が痛々しく感じられ、リリスはオーリスの視線から目を背けた。

「エルフのお前が気になるのは無理もない。この少女、リリスは異世界の世界樹とつながりを持っておるのだ。」

「世界樹! そんなものが実際にあるのか?」

オーリスは驚きの声を上げてリリスを再度見つめた。

「世界樹はこの世界には存在しない。だがそれを必要としている異世界があるのは事実だ。」

「ううむ。エルフの棲み処に招待するにふさわしい少女だと言う事だな。」

オーリスはそう言うとパチンと指を鳴らした。
その途端にリリスと龍の目の前の空間が歪み、エルフの棲み処への道が開かれた。

「さあ、儂と一緒に来てくれ。」

オーリスの先導で龍とリリスがその空間の歪みの中に入っていくと、そこには暗い森が広がっていた。

何処からともなく瘴気が漂い、妖気を孕んだ精神波が伝わってくる。
森の木々は生命力を失い、立ち枯れしているものも多い。
地面に生えているコケすら枯れ、土も養分を失っているのが分かる。

オーリスの後に続いて歩くと、少し開けた場所に出た。
その向こうにいくつかの住居が見え、そのさらに奥の方に黒く蠢く森が見える。
それは魔物に纏わりつかれた森の姿なのだろう。

だが住居の近くにまで歩いて、リリスは強烈な既視感を覚えた。
森の周辺の至る所に黒いサイコロ状の物体が積み上げられている。
その中から昆虫のような黒い頭が出入りしているのが見えた。
その姿には見覚えがある。

「あれって・・・アギレラだわ! しかも修正進化させる前の姿じゃないの! でもどうしてここに・・・」

リリスは呆然として、言葉も無くその場に立ち尽くしていたのだった。







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