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仮装コンテスト その後の騒動1
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エルフの棲み処に突如現れたアギレラの修正進化を終え、リリスはロキによって仮装コンテストの会場裏に戻された。
停止されていた時空が動き出し、それに合わせるかのようにリリスも動き始めた。
仮装コンテストの結果発表までまだ少し時間がある。
リリスは従弟のデニスの事が心配になって、彼が運ばれた医務室に駆けつけた。
だが医務室の扉を開けたリリスの目に、予想外の光景が展開されていた。
デニスがベッドで上半身を起こして誰かと喋っている。
後姿は魔法学院の制服を着た女生徒だ。
誰だろう?
デニスに親しくしてくれる娘っていたっけ?
この時点ではリリスにはその女生徒の後姿しか見えていない。
女生徒は少し甲高い声で楽しそうに話しながら、デニスの手を取り、甲斐甲斐しく世話をしている様子だ。
扉を開ける音に反応して振り返った女生徒の笑顔に、何故かリリスは違和感を覚えた。
あれっ?
見覚えが無いわよ、この子。
少し幼げな顔つきから新入生か2年生だと思われる。
緩やかなツインテールの黒髪で、丸顔の可愛い少女だ。
背丈はニーナと同じくらいで、制服姿が初々しい。
その少女はニコッと笑ってリリスに会釈した。
きょとんとしているリリスに向けて、ベッドの上のデニスが口を開いた。
「ああ、リリス。心配させて悪かったな。でももう大丈夫だよ。ミクも世話をしてくれているからね。」
デニスの言葉に、ミクと呼ばれた少女はウフフと笑った。
「ミクも心配しました。デニス先輩との絆が無くなったらどうしようと思って、泣いちゃいそうになりました。」
「そんなに心配するなよ、ミク。」
デニスはそう言いながら、ミクと呼ばれた少女の頭を軽くポンポンと叩いた。
何をやってるのよ、この二人。
リリスはそう思いながらも、この少女の顔と名前を思い出そうとしていた。
だがリリスの記憶には該当者が居ない。
まあ、仮装コンテストだったから、魔法学院の生徒の未就学の妹が、学院の制服を着て参加しているのかも知れないわね。
そう思ったリリスだが、どうしても違和感を拭えない。
一見ラブラブなカップルに見えるのだが・・・。
その少女が髪をふっと軽く掻き上げた時、リリスの違和感は現実のものとなった。
「あなた・・・誰?」
「誰って、ミクだよ。そう言っているだろ?」
デニスの言葉にあまり生気が感じられない。
良く見るとデニスの目が少しトロンとしているような気がする。
これってチャームを掛けられているの?
でもその気配も無いわね。
少女は再びウフフと笑ってデニスに声を掛けた。
「デニス先輩。まだ体調万全じゃないから、もう少し寝ていた方が良いですよ。」
「いや、俺はミクの可愛い顔をずっと見ていたいんだ。このままで居させてくれよ。」
「やだなあ、もう。デニス先輩ったら。何回ミクを可愛いって言ってくれるんですかあ。」
ミクの言葉にデニスはだらしない表情を見せた。
何を見せられているのよ。
呆れて二人のやり取りを見ているリリスの目の前で、ミクはデニスの目にその白くて細い指を軽くあてた。
その途端にデニスの目が焦点を失い、ぼーっとして黙り込んだ。
だが時折、ミクは可愛いなあと言いながら、半開きの口で笑顔を見せている。
デニスったら本当にみっともないわねえ。
そう思って再度呆れるリリスの方に、ミクはその顔を向けた。
「リリス先輩の目は誤魔化せませんね。魔法学院の生徒の気配を上手く偽装したつもりだったんだけどなあ。」
何となく言葉遣いがあざとい。
どこかローカルアイドルや地下アイドルの気配がある。
リリスは憶測ながら、とりあえず尋ねてみた。
「ミク・・・ちゃんって、もしかしてあの着ぐるみの持ち主なの?」
少し曖昧な表現であるのは止むを得ない。
リリスも相手をどう表現したら良いのか分からないからだ。
それでもミクがおそらく人族では無さそうだと感じての問い掛けである。
ミクは無言でうんと頷いた。
「と言う事は・・・あんたってあのトレントなの?」
「そうなんですけど、今はこちらに捕食鞘があるので、それをアンテナにして大半の意識をこちらに持ってきています。」
捕食鞘!
初めて聞いた言葉だけど、まるで食虫植物みたいね。
確かにデニスの身体から魔力や養分を吸い出そうとしていたものね。
「それであんたの本体は今、どうしているのよ?」
「ミクの本体はエルフに使役されています。それはリリス先輩もご存じですよね。」
そう言うとミクはふうっとため息をついた。
「エルフの使役って結構酷いんですよ。一応、今までアギレラのせいで機能停止していたトレントやドライアドを統率しているんですけど、あまり役に立たない連中ばかりで苦労させられています。」
まあ、散々な言い方ね。
「だから・・・私も息抜きが欲しいんですよ。」
「その息抜きがその姿だって言うの?」
「はい。この姿なら魔法学院に居ても違和感がないだろうと思って・・・」
ミクはそう言うと制服のスカートをひらりと揺らした。
「それに人族の男性って、ちょろいんだもの。」
うっ!
本音が出たわね。
「それでデニスにはチャームを掛けているの? その気配を感じられないんだけどねえ。」
「ああ、それは捕食鞘に最初に捕らわれた時に、脳内に打ち込んだ魔力の影響ですよ。でもリリス先輩に捕食鞘を無理やり剝がされたので、追加で投入出来なくて・・・・」
「しなくて良いわよ、そんな事!」
思わず声を荒げたリリスの様子に驚いて、ミクは悲しそうな表情を見せた。
「あ~ん。リリス先輩ったら怖いんだからあ。ミクは泣いちゃいそうですよ。」
そう言いながらミクはその両手で目を覆った。
「どこまでもあざといわね。ウソ泣きは止めなさい。」
「う~ん。バレちゃいましたか?」
何処までも人を馬鹿にしたミクである。
「それにしてもどうしてそんな疑似人格なのよ。普通の人族の女性で良いと思うんだけど。」
「それはですね・・・」
ミクはそう言いながら真顔に戻った。
「リリス先輩があの孤島の全ての魔物を個別進化させたじゃないですか。私もその影響で従来のトレントとドライアドを融合したような姿に進化したんですけど、疑似人格を生成する時に人族の情報がほとんど無くって、何かを参照したいと思っていたんです。それで個別進化を受けた時の記憶を辿ると、リリス先輩の脳内記憶に繋がる細い経路がある事に気付いたんですよね。」
「ちょっと待ってよ! もしかして私の脳内記憶って全世界に暴露されているの?」
リリスの叫び声が医務室に木霊した。
ミクはその様子を見て笑いながら首を横に振った。
「それはリリス先輩の考え過ぎですよ。リリス先輩の脳内記憶を辿ることが出来たのは、私の固有のスキルのお陰です。それでもわずかな部分しか見えませんし、それもかなり曖昧な内容になってしまいます。」
「でも不思議な事にリリス先輩の脳内記憶には閲覧履歴があって、それを辿る事でなんとか見えたんですよ。そこに記されたログには閲覧者の記名がありましたね。ユリアとかチャーリーって記されていましたけど、先輩のお知り合いですか?」
うっ!
あいつらだわ。
亜神ってろくな事をしないわね!
「チャーリーと記された方は、記憶のカテゴリー分けまでしてくださっていましたよ。これは便利でした。私はそこから『アイドル』って記されたカテゴリーの中を参照して、この疑似人格を生成したんですけどね。」
チャーリーったら、どうしてそんな余計な事をするのかしら。
私の記憶をカテゴリー分けしてどうするのよ!
それにしても元の世界のアイドルの記憶をなぞって、この疑似人格を生成したのね。
道理であざといわけだわ。
「ミクってどんなスキルを持っているのよ。まだまだ隠しスキルがありそうね。」
「そんなのリリス先輩がご存じでしょ? そもそも私を個別進化させてくださったのは、リリス先輩じゃないですか。私はそれを心から感謝しているんですよ。あの4人の獣人達と同じようにね。」
ああ、それってローラ達の事ね。
リリスはミクと話をしながら、ふとデニスの方に目を向けた。
デニスは相変わらずだらしない目つきで、『ミクって可愛いなあ。』と呟いている。
デニスって救いようのない奴ね。
そう思いながら、リリスは改めてミクに尋ねた。
「デニスに掛けたチャームを解いてくれないかしら?」
ミクはその言葉に笑いながら、首を横に振った。
「そんなに心配しなくても、数日で効果が無くなりますよ。捕食鞘を先輩に台無しにされちゃいましたからね。」
「それってでもデニスを完全に解放していなかったらどうなっていたの?」
「まあ、それはお察しの通りですよ。例え何かのアクシデントで鞘から外に出たとしても、脳内に打ち込まれた魔力の効果で、数日内に鞘の中に戻りたくなるようになっていますからね。まあ、『元の鞘に戻る』って言いますから。」
そんなところで格言めいた事を言わないでよね。
「それにしても・・・・・ミクって私を恨んでいるんじゃないの? あなたを仲間ごと全部滅ぼそうとしたからね。」
「それは・・・・・」
そう言いながらミクは言葉を選ぶような仕草をした。
「ロキ様がそう判断したのなら仕方が無い事ですよ。ただ、私は幸運にもスイーパーの魔の手から免れました。危機を感じ取ったマザーが、まだ胞子の状態だった私を空中に吐き出したのです。それが幸運にも風で飛ばされ、更に鳥の魔物に付着して遠くに移動出来たので助かりました。」
「それでもロキ様が私の存在を感知して駆除に向かってきた際は焦りましたよ。ここに有能なトレントが居るってアピールを、念話でエルフに届くようにし続けましたからね。」
ミクはそう言いながら、手を上に向けて振る仕草をした。
その仕草も若干あざとく見える。
「えっ! ちょっと待ってよ。それって要するに、オーリス様を呼び寄せたのはミクって事なの? 私はあの場にオーリス様が参入したのは、偶然のタイミングだとばかり思っていたんだけど・・・・・」
リリスの言葉にミクはえへへと照れ笑いをした。
「ギリギリのところで間に合ったのは偶然ですけどね。」
ミクの言葉にリリスは唖然とした。
こいつ、想像以上にしたたかだわ。
確かにこんなのが大量に増えたら、この世界の生態系が大幅に変更されちゃうかも。
リリスはそう思いながら、改めてミクを精査した。
確かに上手く魔法学院の生徒の気配を纏っている。
これを見抜けるのは限られた者だけかも知れない。
人族や獣人の中にこの特殊なトレントが紛れていても、誰も脅威と感じないだろう。
「まあ、いずれにしてもデニスを完全に解放してやってよ。これでも私の従弟なんだから。」
「そうですね。私も良い息抜きが出来ました。でもエルフの棲み処に帰る前に、仮装ダンスパーティーには参加させてくださいね。」
「ええっ! あんたってダンスパーティーに出るつもりなの?」
リリスの問い掛けにミクはうんうんと頷いた。
「呆れたわねえ。まあ、好きにしなさい。でも参加者に迷惑は掛けないでね。」
「ええ、それはもちろんです。私以外にも特殊な存在が複数、気配を変えて参加しているようですから、私だけが目立つわけにもいかないですよね。」
それって亜神達の事ね。
ミクってそこまで把握しているの?
ミクはダンスパーティーの準備をすると言って、リリスの目の前から消える様に去っていった。
ベッドの上ではまだデニスが口を半開きにして、上半身を起こしたままだ。
放置しておくわけにもいかないので、リリスはデニスの視点の定まらない目を見つめ、即座に邪眼を掛けた。
その途端にデニスはふっと力が抜けたようにベッドに横になった。
「デニス、そのまま眠っていなさいね。」
そう言うと、リリスは急ぎ足で医務室を離れ、仮装ダンスパーティーの後半の準備へと急いだ。
生徒会のメンバーの尽力もあって、会場から仮装コンテストの設備は既に撤去され、ダンスパーティーの準備もほとんど終えていた。
他のメンバーに感謝しつつ、リリスはスタッフ用の更衣室に向かった。
レンタル用の衣裳を生徒会のメンバーも着用する為である。
エリスやウィンディ達のキャッキャッと言う嬌声が更衣室の外にも聞こえてくる。
彼女達も日頃あまり着ない派手なドレスなどに興奮しているのだろう。
そう思ってリリスも更衣室に入った。
他のメンバーは既にドレスを着用済みで、リリスに残されていたのは紫のドレスだった。
色見は若干地味だが背中が大きく開いていて、両脚の横にも深いスリットが入っている。
リリスとしては着用に少し勇気の要る衣装だが、魔法学院での最後の仮装ダンスパーティーなので、まあいいかと思いつつそれを着用した。
「先輩、ドレスの両側のスリットを良く見せるために、同じ色のハイヒールを履けば良いですよ。」
真紅のドレスを着たエリスの助言を受け、リリスはありがとうと言いながら紫色のハイヒールを備品から探し出し、サイズを確かめてそれを履いた。
「うわあっ! リリス先輩って凄く大人に見えますよ。」
そう言ってまじまじとリリスの姿を見つめるのは、黒いドレスを着たサリナである。ちなみにサリナはダンスパーティーの時だけの為に、あらかじめ金髪のウィッグを着用していた。
その後、軽くメイクを施してリリス達は更衣室を出た。
だが仮装ダンスパーティーが始まって10分ほど経った時に、会場の片隅で大きな魔力の変動と悲鳴が上がった。
何事かと思ったリリス達だが、直ぐに騒ぎは収まり、会場内に魔法学院の事務員からのアナウンスが流れた。
「ご案内いたします。只今会場内で若干のアクシデントが御座いました。」
「お騒がせいたしましたが、警備のチャーリーさんの尽力により、アクシデントは収まりましたのでご安心ください。」
「引き続きダンスパーティーをお楽しみください。」
うん?
何事だろうか?
それに警備のチャーリーさんって・・・チャーリーが関与するような事案だったって事なの?
首を傾げつつリリスは会場の片隅に足を運んだ。
会場の片隅には警備員の服装のチャーリーと、その対面にピンクのロリロリの衣裳を着た小柄な少女が座り込んでいた。
良く見るとその少女はミクだ。
ミクは青ざめた表情で呆然としている様子だ。
リリスはその二人に近付き、チャーリーに声を掛けた。
「ねえ、どうしたのよ? 何があったの?」
リリスの問い掛けに、チャーリーはミクを宥めながら口を開いた。
「ああ、騒がせてごめんな。」
「この子を見てタミアが急に興奮して暴れそうになったから、ユリアに頼んで強制退場させたんや。」
そう言うとチャーリーはミクの頭を撫でた。
「怖かったやろ。もう大丈夫やで。」
ミクはそう言われてうんうんと頷いた。
「でもどうしてタミアが暴れそうになったの?」
「それが良く分からんのや。この子を見て、『こんな魔物をこの世界に存在させてはいけない!』『焼き払ってやるわ!』って叫んで暴れそうになったんやけどね。」
うっ!
それってどう言う事なのよ?
言葉を詰まらせるリリスに向けて、チャーリーはおずおずと尋ねた。
「それで、この子って何者なんや? 僕も見た事も無い魔物のように思えるんやけどなあ。」
チャーリーの言葉にリリスは返答に困り、ミクの表情をじっと見つめていたのだった。
停止されていた時空が動き出し、それに合わせるかのようにリリスも動き始めた。
仮装コンテストの結果発表までまだ少し時間がある。
リリスは従弟のデニスの事が心配になって、彼が運ばれた医務室に駆けつけた。
だが医務室の扉を開けたリリスの目に、予想外の光景が展開されていた。
デニスがベッドで上半身を起こして誰かと喋っている。
後姿は魔法学院の制服を着た女生徒だ。
誰だろう?
デニスに親しくしてくれる娘っていたっけ?
この時点ではリリスにはその女生徒の後姿しか見えていない。
女生徒は少し甲高い声で楽しそうに話しながら、デニスの手を取り、甲斐甲斐しく世話をしている様子だ。
扉を開ける音に反応して振り返った女生徒の笑顔に、何故かリリスは違和感を覚えた。
あれっ?
見覚えが無いわよ、この子。
少し幼げな顔つきから新入生か2年生だと思われる。
緩やかなツインテールの黒髪で、丸顔の可愛い少女だ。
背丈はニーナと同じくらいで、制服姿が初々しい。
その少女はニコッと笑ってリリスに会釈した。
きょとんとしているリリスに向けて、ベッドの上のデニスが口を開いた。
「ああ、リリス。心配させて悪かったな。でももう大丈夫だよ。ミクも世話をしてくれているからね。」
デニスの言葉に、ミクと呼ばれた少女はウフフと笑った。
「ミクも心配しました。デニス先輩との絆が無くなったらどうしようと思って、泣いちゃいそうになりました。」
「そんなに心配するなよ、ミク。」
デニスはそう言いながら、ミクと呼ばれた少女の頭を軽くポンポンと叩いた。
何をやってるのよ、この二人。
リリスはそう思いながらも、この少女の顔と名前を思い出そうとしていた。
だがリリスの記憶には該当者が居ない。
まあ、仮装コンテストだったから、魔法学院の生徒の未就学の妹が、学院の制服を着て参加しているのかも知れないわね。
そう思ったリリスだが、どうしても違和感を拭えない。
一見ラブラブなカップルに見えるのだが・・・。
その少女が髪をふっと軽く掻き上げた時、リリスの違和感は現実のものとなった。
「あなた・・・誰?」
「誰って、ミクだよ。そう言っているだろ?」
デニスの言葉にあまり生気が感じられない。
良く見るとデニスの目が少しトロンとしているような気がする。
これってチャームを掛けられているの?
でもその気配も無いわね。
少女は再びウフフと笑ってデニスに声を掛けた。
「デニス先輩。まだ体調万全じゃないから、もう少し寝ていた方が良いですよ。」
「いや、俺はミクの可愛い顔をずっと見ていたいんだ。このままで居させてくれよ。」
「やだなあ、もう。デニス先輩ったら。何回ミクを可愛いって言ってくれるんですかあ。」
ミクの言葉にデニスはだらしない表情を見せた。
何を見せられているのよ。
呆れて二人のやり取りを見ているリリスの目の前で、ミクはデニスの目にその白くて細い指を軽くあてた。
その途端にデニスの目が焦点を失い、ぼーっとして黙り込んだ。
だが時折、ミクは可愛いなあと言いながら、半開きの口で笑顔を見せている。
デニスったら本当にみっともないわねえ。
そう思って再度呆れるリリスの方に、ミクはその顔を向けた。
「リリス先輩の目は誤魔化せませんね。魔法学院の生徒の気配を上手く偽装したつもりだったんだけどなあ。」
何となく言葉遣いがあざとい。
どこかローカルアイドルや地下アイドルの気配がある。
リリスは憶測ながら、とりあえず尋ねてみた。
「ミク・・・ちゃんって、もしかしてあの着ぐるみの持ち主なの?」
少し曖昧な表現であるのは止むを得ない。
リリスも相手をどう表現したら良いのか分からないからだ。
それでもミクがおそらく人族では無さそうだと感じての問い掛けである。
ミクは無言でうんと頷いた。
「と言う事は・・・あんたってあのトレントなの?」
「そうなんですけど、今はこちらに捕食鞘があるので、それをアンテナにして大半の意識をこちらに持ってきています。」
捕食鞘!
初めて聞いた言葉だけど、まるで食虫植物みたいね。
確かにデニスの身体から魔力や養分を吸い出そうとしていたものね。
「それであんたの本体は今、どうしているのよ?」
「ミクの本体はエルフに使役されています。それはリリス先輩もご存じですよね。」
そう言うとミクはふうっとため息をついた。
「エルフの使役って結構酷いんですよ。一応、今までアギレラのせいで機能停止していたトレントやドライアドを統率しているんですけど、あまり役に立たない連中ばかりで苦労させられています。」
まあ、散々な言い方ね。
「だから・・・私も息抜きが欲しいんですよ。」
「その息抜きがその姿だって言うの?」
「はい。この姿なら魔法学院に居ても違和感がないだろうと思って・・・」
ミクはそう言うと制服のスカートをひらりと揺らした。
「それに人族の男性って、ちょろいんだもの。」
うっ!
本音が出たわね。
「それでデニスにはチャームを掛けているの? その気配を感じられないんだけどねえ。」
「ああ、それは捕食鞘に最初に捕らわれた時に、脳内に打ち込んだ魔力の影響ですよ。でもリリス先輩に捕食鞘を無理やり剝がされたので、追加で投入出来なくて・・・・」
「しなくて良いわよ、そんな事!」
思わず声を荒げたリリスの様子に驚いて、ミクは悲しそうな表情を見せた。
「あ~ん。リリス先輩ったら怖いんだからあ。ミクは泣いちゃいそうですよ。」
そう言いながらミクはその両手で目を覆った。
「どこまでもあざといわね。ウソ泣きは止めなさい。」
「う~ん。バレちゃいましたか?」
何処までも人を馬鹿にしたミクである。
「それにしてもどうしてそんな疑似人格なのよ。普通の人族の女性で良いと思うんだけど。」
「それはですね・・・」
ミクはそう言いながら真顔に戻った。
「リリス先輩があの孤島の全ての魔物を個別進化させたじゃないですか。私もその影響で従来のトレントとドライアドを融合したような姿に進化したんですけど、疑似人格を生成する時に人族の情報がほとんど無くって、何かを参照したいと思っていたんです。それで個別進化を受けた時の記憶を辿ると、リリス先輩の脳内記憶に繋がる細い経路がある事に気付いたんですよね。」
「ちょっと待ってよ! もしかして私の脳内記憶って全世界に暴露されているの?」
リリスの叫び声が医務室に木霊した。
ミクはその様子を見て笑いながら首を横に振った。
「それはリリス先輩の考え過ぎですよ。リリス先輩の脳内記憶を辿ることが出来たのは、私の固有のスキルのお陰です。それでもわずかな部分しか見えませんし、それもかなり曖昧な内容になってしまいます。」
「でも不思議な事にリリス先輩の脳内記憶には閲覧履歴があって、それを辿る事でなんとか見えたんですよ。そこに記されたログには閲覧者の記名がありましたね。ユリアとかチャーリーって記されていましたけど、先輩のお知り合いですか?」
うっ!
あいつらだわ。
亜神ってろくな事をしないわね!
「チャーリーと記された方は、記憶のカテゴリー分けまでしてくださっていましたよ。これは便利でした。私はそこから『アイドル』って記されたカテゴリーの中を参照して、この疑似人格を生成したんですけどね。」
チャーリーったら、どうしてそんな余計な事をするのかしら。
私の記憶をカテゴリー分けしてどうするのよ!
それにしても元の世界のアイドルの記憶をなぞって、この疑似人格を生成したのね。
道理であざといわけだわ。
「ミクってどんなスキルを持っているのよ。まだまだ隠しスキルがありそうね。」
「そんなのリリス先輩がご存じでしょ? そもそも私を個別進化させてくださったのは、リリス先輩じゃないですか。私はそれを心から感謝しているんですよ。あの4人の獣人達と同じようにね。」
ああ、それってローラ達の事ね。
リリスはミクと話をしながら、ふとデニスの方に目を向けた。
デニスは相変わらずだらしない目つきで、『ミクって可愛いなあ。』と呟いている。
デニスって救いようのない奴ね。
そう思いながら、リリスは改めてミクに尋ねた。
「デニスに掛けたチャームを解いてくれないかしら?」
ミクはその言葉に笑いながら、首を横に振った。
「そんなに心配しなくても、数日で効果が無くなりますよ。捕食鞘を先輩に台無しにされちゃいましたからね。」
「それってでもデニスを完全に解放していなかったらどうなっていたの?」
「まあ、それはお察しの通りですよ。例え何かのアクシデントで鞘から外に出たとしても、脳内に打ち込まれた魔力の効果で、数日内に鞘の中に戻りたくなるようになっていますからね。まあ、『元の鞘に戻る』って言いますから。」
そんなところで格言めいた事を言わないでよね。
「それにしても・・・・・ミクって私を恨んでいるんじゃないの? あなたを仲間ごと全部滅ぼそうとしたからね。」
「それは・・・・・」
そう言いながらミクは言葉を選ぶような仕草をした。
「ロキ様がそう判断したのなら仕方が無い事ですよ。ただ、私は幸運にもスイーパーの魔の手から免れました。危機を感じ取ったマザーが、まだ胞子の状態だった私を空中に吐き出したのです。それが幸運にも風で飛ばされ、更に鳥の魔物に付着して遠くに移動出来たので助かりました。」
「それでもロキ様が私の存在を感知して駆除に向かってきた際は焦りましたよ。ここに有能なトレントが居るってアピールを、念話でエルフに届くようにし続けましたからね。」
ミクはそう言いながら、手を上に向けて振る仕草をした。
その仕草も若干あざとく見える。
「えっ! ちょっと待ってよ。それって要するに、オーリス様を呼び寄せたのはミクって事なの? 私はあの場にオーリス様が参入したのは、偶然のタイミングだとばかり思っていたんだけど・・・・・」
リリスの言葉にミクはえへへと照れ笑いをした。
「ギリギリのところで間に合ったのは偶然ですけどね。」
ミクの言葉にリリスは唖然とした。
こいつ、想像以上にしたたかだわ。
確かにこんなのが大量に増えたら、この世界の生態系が大幅に変更されちゃうかも。
リリスはそう思いながら、改めてミクを精査した。
確かに上手く魔法学院の生徒の気配を纏っている。
これを見抜けるのは限られた者だけかも知れない。
人族や獣人の中にこの特殊なトレントが紛れていても、誰も脅威と感じないだろう。
「まあ、いずれにしてもデニスを完全に解放してやってよ。これでも私の従弟なんだから。」
「そうですね。私も良い息抜きが出来ました。でもエルフの棲み処に帰る前に、仮装ダンスパーティーには参加させてくださいね。」
「ええっ! あんたってダンスパーティーに出るつもりなの?」
リリスの問い掛けにミクはうんうんと頷いた。
「呆れたわねえ。まあ、好きにしなさい。でも参加者に迷惑は掛けないでね。」
「ええ、それはもちろんです。私以外にも特殊な存在が複数、気配を変えて参加しているようですから、私だけが目立つわけにもいかないですよね。」
それって亜神達の事ね。
ミクってそこまで把握しているの?
ミクはダンスパーティーの準備をすると言って、リリスの目の前から消える様に去っていった。
ベッドの上ではまだデニスが口を半開きにして、上半身を起こしたままだ。
放置しておくわけにもいかないので、リリスはデニスの視点の定まらない目を見つめ、即座に邪眼を掛けた。
その途端にデニスはふっと力が抜けたようにベッドに横になった。
「デニス、そのまま眠っていなさいね。」
そう言うと、リリスは急ぎ足で医務室を離れ、仮装ダンスパーティーの後半の準備へと急いだ。
生徒会のメンバーの尽力もあって、会場から仮装コンテストの設備は既に撤去され、ダンスパーティーの準備もほとんど終えていた。
他のメンバーに感謝しつつ、リリスはスタッフ用の更衣室に向かった。
レンタル用の衣裳を生徒会のメンバーも着用する為である。
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彼女達も日頃あまり着ない派手なドレスなどに興奮しているのだろう。
そう思ってリリスも更衣室に入った。
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リリスとしては着用に少し勇気の要る衣装だが、魔法学院での最後の仮装ダンスパーティーなので、まあいいかと思いつつそれを着用した。
「先輩、ドレスの両側のスリットを良く見せるために、同じ色のハイヒールを履けば良いですよ。」
真紅のドレスを着たエリスの助言を受け、リリスはありがとうと言いながら紫色のハイヒールを備品から探し出し、サイズを確かめてそれを履いた。
「うわあっ! リリス先輩って凄く大人に見えますよ。」
そう言ってまじまじとリリスの姿を見つめるのは、黒いドレスを着たサリナである。ちなみにサリナはダンスパーティーの時だけの為に、あらかじめ金髪のウィッグを着用していた。
その後、軽くメイクを施してリリス達は更衣室を出た。
だが仮装ダンスパーティーが始まって10分ほど経った時に、会場の片隅で大きな魔力の変動と悲鳴が上がった。
何事かと思ったリリス達だが、直ぐに騒ぎは収まり、会場内に魔法学院の事務員からのアナウンスが流れた。
「ご案内いたします。只今会場内で若干のアクシデントが御座いました。」
「お騒がせいたしましたが、警備のチャーリーさんの尽力により、アクシデントは収まりましたのでご安心ください。」
「引き続きダンスパーティーをお楽しみください。」
うん?
何事だろうか?
それに警備のチャーリーさんって・・・チャーリーが関与するような事案だったって事なの?
首を傾げつつリリスは会場の片隅に足を運んだ。
会場の片隅には警備員の服装のチャーリーと、その対面にピンクのロリロリの衣裳を着た小柄な少女が座り込んでいた。
良く見るとその少女はミクだ。
ミクは青ざめた表情で呆然としている様子だ。
リリスはその二人に近付き、チャーリーに声を掛けた。
「ねえ、どうしたのよ? 何があったの?」
リリスの問い掛けに、チャーリーはミクを宥めながら口を開いた。
「ああ、騒がせてごめんな。」
「この子を見てタミアが急に興奮して暴れそうになったから、ユリアに頼んで強制退場させたんや。」
そう言うとチャーリーはミクの頭を撫でた。
「怖かったやろ。もう大丈夫やで。」
ミクはそう言われてうんうんと頷いた。
「でもどうしてタミアが暴れそうになったの?」
「それが良く分からんのや。この子を見て、『こんな魔物をこの世界に存在させてはいけない!』『焼き払ってやるわ!』って叫んで暴れそうになったんやけどね。」
うっ!
それってどう言う事なのよ?
言葉を詰まらせるリリスに向けて、チャーリーはおずおずと尋ねた。
「それで、この子って何者なんや? 僕も見た事も無い魔物のように思えるんやけどなあ。」
チャーリーの言葉にリリスは返答に困り、ミクの表情をじっと見つめていたのだった。
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無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
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七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
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※小説家になろう様にも投稿しています
[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します
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私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。
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毎話1500文字程度目安に書きます。
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火・金・日、投稿予定
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