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開祖の霊廟再訪1
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シトのダンジョン。
その第1階層の奥にリリス達は進んだ。
階下への階段の近くまで来た時、その周辺に黒い塊が見えてきた。
あれは何?
良く見ると塊になったブラックウルフの群れだ。
ブラックウルフはリリスとミクルに気が付くと、一気にその場から分散しながらこちらに向かってきた。
その口の周囲に赤い火花がちらちらと見えるので、火属性を持っていることが分かる。
一気に来られると拙いわね。
リリスがそう思って土壁を目の前に出現させようとした時、既にミクルは矢を射る態勢に入っていた。
ミクルは自身の持つ連射スキルと速射スキルを連動させ、素早く数本の矢を放ち、間断なく次の数本の矢も放った。
それらは自動追尾の魔力を纏い、ブラックウルフの動きに合わせて向きを修正していく。
ブラックウルフの群れは10体以上居たのだが、あっという間にそのほとんどが射抜かれ、その場に倒れてしまった。
だがそれでも全てのブラックウルフが倒れたわけでは無く、ミクルの矢をその俊敏な動作で最小限の負傷に押しとどめ、小さな火球を放ちながらミクルに向かってきた。
危ない!
咄嗟にリリスはミクルの前に土壁を出現させた。
向かってきたブラックウルフはその土壁に激突し、ドーンッと激しい音を立てて土壁を打ち砕き、その瓦礫と共にその場に倒れてしまった。
ミクルは土壁の後方に引き下がっていたので、寸前のところで難を免れた。
「リリス先輩、ありがとうございます。」
ミクルは礼を言いながら、身体に飛び散ってきた土壁の破片を払い落とした。
「ああ、良いのよ。そもそも弓手が単独で魔物の群れに対処するなんて事は、普通は無いからね。剣士や魔導士とパーティを組んでこそ、弓手の技量も生かされるものよ。」
「まあ、そうですよね。少し気負い過ぎました。」
ミクルはそう言いながらポリポリと頭を搔いた。
「さあ、次の階に進むわよ。」
白い鳥の声に応じて、リリスとミクルは倒れたブラックウルフ達を横目で見ながら、階下への階段を降りて行った。
シトのダンジョンの第2階層。
この階層も草原かと思ったのだが、鬱蒼とした森だった。
森の中に小道が続いている。
森の奥からは鳥の鳴き声や魔物らしき咆哮も聞こえてきた。
森で出てくる魔物と言えば蜘蛛かしらね。
リリスの予感は的中した。
木の枝がガサガサと音を立てたかと思うと、その奥から大きな蜘蛛が現われた。
胴回りが1mを越え、手足を伸ばすと3mにもなりそうな大きさだ。
即座にミクルが反応して魔弓に矢をつがえた。
「ミクル。森で火矢は駄目よ。」
「ハイ。分かっています。」
ミクルはそう言うと、魔力を纏わせた矢を蜘蛛に向けて放った。
矢は水属性の魔力を纏い、着弾と共に氷結の効果を発動した。
蜘蛛はギャッと叫ぶと、その着弾点から見る見るうちに凍結し、あっという間にその全身が凍り付いてしまった。
「うんうん。上出来よ。でもまだ蜘蛛以外にも魔物が隠れていそうね。」
リリスの言葉にミクルはうんうんと頷いた。
「既に何体かの魔物の種類と位置は特定しています。淡々と狩るだけですよ。」
ミクルの言葉が自信に満ちている。
そう言えば森はエルフにとっては庭のようなものだ。
森の中に身を置くと、ミクルの表情がより精悍になったように感じられるのは、リリスの気のせいでは無いのだろう。
森の中に少し入っていくと、小径の両側の木々の奥からキキキキキッと言う咆哮が聞こえてきた。
あれってジャイアントエイプの鳴き声ね!
既に私達の存在を確認して仲間を呼び集めているわ!
リリスと同様にミクルも警戒態勢を取り、森の中に慎重に入っていった。
少し開けた場所に出ると周囲の樹木がざわめき、その樹上から一気に数体のジャイアントエイプが飛び掛かってきた。
彼等は両手に雷撃の魔力を纏った大型の猿の魔物だ。
既に矢を用意していたミクルは次々と連射していく。
俊敏なジャイアントエイプの動きにも惑わされず、射られた矢は的確に魔物の胸を撃ち抜いた。
だが倒れざまに瀕死の状態で、1体のジャイアントエイプがミクルに雷撃を放ってきた。
ええっ!
ジャイアントエイプの雷撃って、接触性の発動魔法じゃなかったっけ?
放たれた雷撃が至近距離でミクルに向かった。
危ない!
だがミクルは咄嗟に亜空間シールドを発動させ、その雷撃を正面から受け止めた。
バチンと音を立てて雷撃がシールドに着弾したのだが、ミクルはその衝撃で後ろに飛ばされた。
それでも雷撃による被害は無く、ミクルは魔弓を持ちながらその場で立ち上がった。
「危ないところでした。まさかジャイアントエイプが雷撃を放つなんて、思いもしませんでしたからね。」
ミクルの言葉にリリスは頷きながら、二人の様子を見ていた白い鳥に話し掛けた。
「レイチェル。ジャイアントエイプの亜種を用意したの?」
「ああ、あれはダンジョンコアの仕業よ。私はダンジョンコアに全てを任せているから、何が出てくるのかは分からないわ。」
白い鳥はそう言うとリリスの傍でホバリングをし始めた。
「リリスとミクルの相乗効果で、ダンジョンコアもかなり刺激を受けているはずよ。かなり張り切っている様子だもの。」
そんなに張り切ってくれなくても良いのよ。
リリスはそう思いながらミクルと共に森の中を進んだ。
階下への階段の手前まで進む間に、蜘蛛やジャイアントエイプの攻撃を再度受けつつも、それらはミクルの敵では無かった。
矢を射る回数を重ねるに連れて、ミクルの弓技のレベルが上がっているように感じられる。
それにはミクルも手ごたえを感じているようだ。
森を抜ける手前でミクルは低木に実っていた小さな赤い果実を取り集め、それを口に運んでその味を堪能していた。
「これってエルフの棲み処の森にも自生しているんです。甘さと共に僅かな苦みがあって、それが癖になるんですよね。」
「リリス先輩も食べてみます?」
そう言って手渡された実を食べると、ピリピリと舌が刺激される。
これって毒があるんじゃないの?
解析スキルを発動させると、リリスの思い通りの返答が脳裏に浮かんだ。
『かなり検知し難い精神系の毒ですね。致死性はありませんが、毒耐性が無ければ結構きついですよ。』
やはりそうね。
でもこれを適度な苦味に感じるんだから、ミクルのレベル5の毒耐性って半端じゃないわよね。
これが食べられるのなら、森の中で飢える事は無いだろうなあ。
さすがに森の民だわ。
「ミクル。あなたは自分の毒耐性のレベルの高さを自覚した方が良いわよ。」
顔をしかめながら口にしたリリスの言葉に、ミクルはその意味が良く分からないようで意外そうな表情をした。
「リリス先輩の口に合わなかったですか?」
そう言う意味じゃないのよね。
リリスは心の中で失笑しながら、赤い実を食べるミクルの様子を見ていた。
階下への階段を目の前にして、白い鳥が二人に話し掛けた。
「今日はこれくらいにしましょう。ミクルも本格的な魔物との闘いは初めてに近い状況だし、このまま進むとダンジョンコアの動きも怪しくなってきそうだからね。」
確かにそう言われると、先ほどから地面が下から突き上げる様に振動している。
ダンジョンコアが興奮しているのかも知れない。
リリスはミクルと話し合って、ダンジョンの探索をここで終わらせた。
ダンジョン探索の数日後。
ミクルは特待生として1年生に編入し、その身の回りの世話を一時的にサリナが請け負う事になった。
チャーリーの手筈が良かったのか、ミクルの存在は何の違和感も無く同級生にも受け入れられたらしい。
それでも事情をよく知るリリスとしては、ミクルの状況が気になってしまう。
この日も放課後に生徒会の部屋に足を運ぶと、早々とサリナが席に着いていて、定期的に配布する生徒向けのパンフレットの作成に取り組んでいた。
「ねえ、サリナ。ミクルの様子はどうなの? 上手く同級生に馴染めているの?」
リリスに話し掛けられて、サリナは作業の手を止め、その屈託のない笑顔をリリスに向けた。
「ええ、大丈夫ですよ。彼女は人柄が良いですから。」
「それにしても、まるでミクルのお母さんみたいな心配の仕方ですね。」
サリナにそう言われてリリスは手を横に振った。
「そう言うわけじゃないのよ。私が入学して以来、編入してくる生徒って初めてだから、どうしても気になるのよ。」
リリスの言葉にサリナはうんうんと頷いた。
「そうですよね。この時期に編入してくるなんて、かなりレアなケースだと先生からも聞きました。でも彼女は特待生に相応しい弓の技量を持っていますからね。今朝も地下の訓練場でそれを実証してくれましたよ。」
サリナの話では、地下の訓練場で無双したらしい。
定期的に行われる魔法と武技のチェックで、個々の生徒の問題点や課題の確認とその解決方法を模索する場でもある。
「ミクルって弓を持つと表情が変わるんですよね。誰かが狩人の目つきだって言ってました。」
まあ、そうよね。
実体はエルフなんだから。
「3体の訓練用の標的を一瞬で全て射抜いて破壊しちゃうし、再設置した標的を今度は火矢で吹き飛ばしちゃいました。あれって普通の矢に魔法を纏わらせて火矢にするんですよね。それを高速で移動しながら発動させ、連続で放って全弾命中させるんだから、どれだけの技量なんだろうかって先生も感心していました。」
「それに彼女の持つ魔弓も特別なものなんですね。男子が見せてくれって言って弓の弦を引こうとしたら、どれだけ力を入れても全然引けないんですよ。身体強化のスキルを持つ男子なんですけどね。」
それはそうよね。
あの魔弓って、弓本体とミクルとの身体強化スキルの相乗作用があってこそ、正常に作動出来る仕様になっているからねえ。
「戦闘時と普段のギャップに、心をときめかせる生徒も居るんじゃないの?」
リリスの傍で話を聞いていたエリスがそう言うと、サリナは一瞬間を置いてうんうんと頷いた。
「それって有り得ますね。」
サリナの言葉を聞き、エリスはニヤッと笑いながら更に問い掛けた。
「それで学生寮の部屋はどうなったの?」
「部屋は急遽3人部屋になりました。私とミクルと私のルームメイトのクリスの3人ですね。」
サリナの言葉にエリスはう~んと唸った。
「3人で生活するには狭いわよね。色々と困る事もありそうだわ。」
「ああ、それなら大丈夫です。警備員のチャーリーさんが部屋を拡張してくれましたから。」
うん?
チャーリーったらまた余計な事をしたのかしら?
「拡張ってどう言う事なの?」
リリスの言葉にサリナはえへへと笑った。
「隣に空き部屋があったんです。それで二つの部屋を連結させてくれたんですけど、その際に全面的なリフォームもしてくださって、そのお陰でトイレも洗面所も浴室も二つあるんですよね。」
う~ん。
チャーリーったらリフォーム業者にでもなったのかしら。
何処までも魔法学院の内外の状況に食い込んでくるわね。
魔法学院側からの許可は・・・・・まあ、チャーリーには許可なんて意味無いかしら。
チャーリー絡みの事案にリリスは呆れるばかりである。
エリスの傍でここまでの話を聞いていたニーナがふと呟いた。
「サリナは良いけど、そのクリスって子は3人の生活を嫌がっていないの?」
「ああ、それなら大丈夫です。クリスっておとなしい子でミクルとも気が合うみたいですから。」
そう言いながらサリナはリリスの方に目を向けた。
「今度リリス先輩にクリスを紹介しますね。クリスって薬学が得意科目で、リリス先輩が卒業した後は薬草園の管理をしたいと、ケイト先生に何度もお願いしているんですよ。」
ええっ!
そうなの?
私も薬学は好きな科目なんだけど、突発的な用事で授業を受けられない事が多いのよね。
そう思いながらも、リリスはクリスと言う名の女生徒に興味を抱いていた。
翌日。
リリスは昼休みに職員室の隣のゲストルームに呼び出された。
呼び出したのはメリンダ王女である。
この時間、この場所に呼び出されるなんて、嫌な予感しかしないんだけど・・・。
リリスは疑心暗鬼でゲストルームに入った。
「リリス。突然呼び出してごめんね。」
ソファに座ってリリスの来るのを待っていたのは、メリンダ王女とフィリップ王子だった。
二人に挨拶を交わし、リリスはその対面のソファに座った。
「リリス。あんたって北の山脈のふもとにある霊廟の事を覚えてる?」
唐突に問い掛けられて、リリスは一瞬記憶を辿った。
「確か・・・・・開祖のエドワード様と王妃のミラ様が眠っている霊廟よね。」
「そう。その通りよ。」
そう言うとメリンダ王女は紅茶を一口飲み、少し身を乗り出した。
「私もあの霊廟にはしばらく行っていなかったんだけど、今回兄上から霊廟の様子を見て来いと依頼されたのよ。ついでに掃除もして来いってね。それでまた使い魔の状態であんたの肩に憑依して、連れて行ってもらいたいのよ。」
「ああ、そう言う事なのね。お墓参りなら喜んで行ってあげるわよ。」
リリスの返答にメリンダ王女は嬉しそうに頷いた。
「護衛の兵士は5人で、残念ながらその統率者はジークなんだけどね。」
メリンダ王女の言葉にフィリップ王子が失笑した。
「メル。自国の軍の部下をそんな風に嫌うんじゃないよ。」
「だって、あいつは生理的に合わないのよ。」
メリンダ王女は鼻息を荒くして言い放った。
その表情が猛々しい。
メリンダ王女の様子を見ながら、フィリップ殿下は話を続けた。
「魔法学院の一年生に編入者が居るそうだね。弓の技量がとても高いって聞いているよ。その子を同行させて欲しいんだ。」
「ええっ! ミクルを連れて行くんですか?」
リリスの言葉にメリンダ王女はうんうんと頷いた。
「そうなのよ。ジークがそう言ってきたの。多分その子の技量を確かめたいって、思っているんでしょうね。一年生から軍に目を付けられるのはどうかと思うんだけど、その子の弓の技量を私も見てみたいのよ。」
「ミラ王国軍の中にも弓の技量に秀でている者は居るわ。でも魔法学院の教師から、ミクルはずば抜けてハイスペックだって聞いているのよ。それで気になっちゃってね。」
う~ん。
この流れに乗って良いのかなあ。
リリスは若干戸惑った。
でもミクルって人族の身寄りは無いから、いずれ魔法学院から卒業する際に、軍に籍を置くのも良いのかもねえ。
心の中であれこれと思いを巡らせながらも、リリスはメリンダ王女からの依頼を了承したのだった。
その第1階層の奥にリリス達は進んだ。
階下への階段の近くまで来た時、その周辺に黒い塊が見えてきた。
あれは何?
良く見ると塊になったブラックウルフの群れだ。
ブラックウルフはリリスとミクルに気が付くと、一気にその場から分散しながらこちらに向かってきた。
その口の周囲に赤い火花がちらちらと見えるので、火属性を持っていることが分かる。
一気に来られると拙いわね。
リリスがそう思って土壁を目の前に出現させようとした時、既にミクルは矢を射る態勢に入っていた。
ミクルは自身の持つ連射スキルと速射スキルを連動させ、素早く数本の矢を放ち、間断なく次の数本の矢も放った。
それらは自動追尾の魔力を纏い、ブラックウルフの動きに合わせて向きを修正していく。
ブラックウルフの群れは10体以上居たのだが、あっという間にそのほとんどが射抜かれ、その場に倒れてしまった。
だがそれでも全てのブラックウルフが倒れたわけでは無く、ミクルの矢をその俊敏な動作で最小限の負傷に押しとどめ、小さな火球を放ちながらミクルに向かってきた。
危ない!
咄嗟にリリスはミクルの前に土壁を出現させた。
向かってきたブラックウルフはその土壁に激突し、ドーンッと激しい音を立てて土壁を打ち砕き、その瓦礫と共にその場に倒れてしまった。
ミクルは土壁の後方に引き下がっていたので、寸前のところで難を免れた。
「リリス先輩、ありがとうございます。」
ミクルは礼を言いながら、身体に飛び散ってきた土壁の破片を払い落とした。
「ああ、良いのよ。そもそも弓手が単独で魔物の群れに対処するなんて事は、普通は無いからね。剣士や魔導士とパーティを組んでこそ、弓手の技量も生かされるものよ。」
「まあ、そうですよね。少し気負い過ぎました。」
ミクルはそう言いながらポリポリと頭を搔いた。
「さあ、次の階に進むわよ。」
白い鳥の声に応じて、リリスとミクルは倒れたブラックウルフ達を横目で見ながら、階下への階段を降りて行った。
シトのダンジョンの第2階層。
この階層も草原かと思ったのだが、鬱蒼とした森だった。
森の中に小道が続いている。
森の奥からは鳥の鳴き声や魔物らしき咆哮も聞こえてきた。
森で出てくる魔物と言えば蜘蛛かしらね。
リリスの予感は的中した。
木の枝がガサガサと音を立てたかと思うと、その奥から大きな蜘蛛が現われた。
胴回りが1mを越え、手足を伸ばすと3mにもなりそうな大きさだ。
即座にミクルが反応して魔弓に矢をつがえた。
「ミクル。森で火矢は駄目よ。」
「ハイ。分かっています。」
ミクルはそう言うと、魔力を纏わせた矢を蜘蛛に向けて放った。
矢は水属性の魔力を纏い、着弾と共に氷結の効果を発動した。
蜘蛛はギャッと叫ぶと、その着弾点から見る見るうちに凍結し、あっという間にその全身が凍り付いてしまった。
「うんうん。上出来よ。でもまだ蜘蛛以外にも魔物が隠れていそうね。」
リリスの言葉にミクルはうんうんと頷いた。
「既に何体かの魔物の種類と位置は特定しています。淡々と狩るだけですよ。」
ミクルの言葉が自信に満ちている。
そう言えば森はエルフにとっては庭のようなものだ。
森の中に身を置くと、ミクルの表情がより精悍になったように感じられるのは、リリスの気のせいでは無いのだろう。
森の中に少し入っていくと、小径の両側の木々の奥からキキキキキッと言う咆哮が聞こえてきた。
あれってジャイアントエイプの鳴き声ね!
既に私達の存在を確認して仲間を呼び集めているわ!
リリスと同様にミクルも警戒態勢を取り、森の中に慎重に入っていった。
少し開けた場所に出ると周囲の樹木がざわめき、その樹上から一気に数体のジャイアントエイプが飛び掛かってきた。
彼等は両手に雷撃の魔力を纏った大型の猿の魔物だ。
既に矢を用意していたミクルは次々と連射していく。
俊敏なジャイアントエイプの動きにも惑わされず、射られた矢は的確に魔物の胸を撃ち抜いた。
だが倒れざまに瀕死の状態で、1体のジャイアントエイプがミクルに雷撃を放ってきた。
ええっ!
ジャイアントエイプの雷撃って、接触性の発動魔法じゃなかったっけ?
放たれた雷撃が至近距離でミクルに向かった。
危ない!
だがミクルは咄嗟に亜空間シールドを発動させ、その雷撃を正面から受け止めた。
バチンと音を立てて雷撃がシールドに着弾したのだが、ミクルはその衝撃で後ろに飛ばされた。
それでも雷撃による被害は無く、ミクルは魔弓を持ちながらその場で立ち上がった。
「危ないところでした。まさかジャイアントエイプが雷撃を放つなんて、思いもしませんでしたからね。」
ミクルの言葉にリリスは頷きながら、二人の様子を見ていた白い鳥に話し掛けた。
「レイチェル。ジャイアントエイプの亜種を用意したの?」
「ああ、あれはダンジョンコアの仕業よ。私はダンジョンコアに全てを任せているから、何が出てくるのかは分からないわ。」
白い鳥はそう言うとリリスの傍でホバリングをし始めた。
「リリスとミクルの相乗効果で、ダンジョンコアもかなり刺激を受けているはずよ。かなり張り切っている様子だもの。」
そんなに張り切ってくれなくても良いのよ。
リリスはそう思いながらミクルと共に森の中を進んだ。
階下への階段の手前まで進む間に、蜘蛛やジャイアントエイプの攻撃を再度受けつつも、それらはミクルの敵では無かった。
矢を射る回数を重ねるに連れて、ミクルの弓技のレベルが上がっているように感じられる。
それにはミクルも手ごたえを感じているようだ。
森を抜ける手前でミクルは低木に実っていた小さな赤い果実を取り集め、それを口に運んでその味を堪能していた。
「これってエルフの棲み処の森にも自生しているんです。甘さと共に僅かな苦みがあって、それが癖になるんですよね。」
「リリス先輩も食べてみます?」
そう言って手渡された実を食べると、ピリピリと舌が刺激される。
これって毒があるんじゃないの?
解析スキルを発動させると、リリスの思い通りの返答が脳裏に浮かんだ。
『かなり検知し難い精神系の毒ですね。致死性はありませんが、毒耐性が無ければ結構きついですよ。』
やはりそうね。
でもこれを適度な苦味に感じるんだから、ミクルのレベル5の毒耐性って半端じゃないわよね。
これが食べられるのなら、森の中で飢える事は無いだろうなあ。
さすがに森の民だわ。
「ミクル。あなたは自分の毒耐性のレベルの高さを自覚した方が良いわよ。」
顔をしかめながら口にしたリリスの言葉に、ミクルはその意味が良く分からないようで意外そうな表情をした。
「リリス先輩の口に合わなかったですか?」
そう言う意味じゃないのよね。
リリスは心の中で失笑しながら、赤い実を食べるミクルの様子を見ていた。
階下への階段を目の前にして、白い鳥が二人に話し掛けた。
「今日はこれくらいにしましょう。ミクルも本格的な魔物との闘いは初めてに近い状況だし、このまま進むとダンジョンコアの動きも怪しくなってきそうだからね。」
確かにそう言われると、先ほどから地面が下から突き上げる様に振動している。
ダンジョンコアが興奮しているのかも知れない。
リリスはミクルと話し合って、ダンジョンの探索をここで終わらせた。
ダンジョン探索の数日後。
ミクルは特待生として1年生に編入し、その身の回りの世話を一時的にサリナが請け負う事になった。
チャーリーの手筈が良かったのか、ミクルの存在は何の違和感も無く同級生にも受け入れられたらしい。
それでも事情をよく知るリリスとしては、ミクルの状況が気になってしまう。
この日も放課後に生徒会の部屋に足を運ぶと、早々とサリナが席に着いていて、定期的に配布する生徒向けのパンフレットの作成に取り組んでいた。
「ねえ、サリナ。ミクルの様子はどうなの? 上手く同級生に馴染めているの?」
リリスに話し掛けられて、サリナは作業の手を止め、その屈託のない笑顔をリリスに向けた。
「ええ、大丈夫ですよ。彼女は人柄が良いですから。」
「それにしても、まるでミクルのお母さんみたいな心配の仕方ですね。」
サリナにそう言われてリリスは手を横に振った。
「そう言うわけじゃないのよ。私が入学して以来、編入してくる生徒って初めてだから、どうしても気になるのよ。」
リリスの言葉にサリナはうんうんと頷いた。
「そうですよね。この時期に編入してくるなんて、かなりレアなケースだと先生からも聞きました。でも彼女は特待生に相応しい弓の技量を持っていますからね。今朝も地下の訓練場でそれを実証してくれましたよ。」
サリナの話では、地下の訓練場で無双したらしい。
定期的に行われる魔法と武技のチェックで、個々の生徒の問題点や課題の確認とその解決方法を模索する場でもある。
「ミクルって弓を持つと表情が変わるんですよね。誰かが狩人の目つきだって言ってました。」
まあ、そうよね。
実体はエルフなんだから。
「3体の訓練用の標的を一瞬で全て射抜いて破壊しちゃうし、再設置した標的を今度は火矢で吹き飛ばしちゃいました。あれって普通の矢に魔法を纏わらせて火矢にするんですよね。それを高速で移動しながら発動させ、連続で放って全弾命中させるんだから、どれだけの技量なんだろうかって先生も感心していました。」
「それに彼女の持つ魔弓も特別なものなんですね。男子が見せてくれって言って弓の弦を引こうとしたら、どれだけ力を入れても全然引けないんですよ。身体強化のスキルを持つ男子なんですけどね。」
それはそうよね。
あの魔弓って、弓本体とミクルとの身体強化スキルの相乗作用があってこそ、正常に作動出来る仕様になっているからねえ。
「戦闘時と普段のギャップに、心をときめかせる生徒も居るんじゃないの?」
リリスの傍で話を聞いていたエリスがそう言うと、サリナは一瞬間を置いてうんうんと頷いた。
「それって有り得ますね。」
サリナの言葉を聞き、エリスはニヤッと笑いながら更に問い掛けた。
「それで学生寮の部屋はどうなったの?」
「部屋は急遽3人部屋になりました。私とミクルと私のルームメイトのクリスの3人ですね。」
サリナの言葉にエリスはう~んと唸った。
「3人で生活するには狭いわよね。色々と困る事もありそうだわ。」
「ああ、それなら大丈夫です。警備員のチャーリーさんが部屋を拡張してくれましたから。」
うん?
チャーリーったらまた余計な事をしたのかしら?
「拡張ってどう言う事なの?」
リリスの言葉にサリナはえへへと笑った。
「隣に空き部屋があったんです。それで二つの部屋を連結させてくれたんですけど、その際に全面的なリフォームもしてくださって、そのお陰でトイレも洗面所も浴室も二つあるんですよね。」
う~ん。
チャーリーったらリフォーム業者にでもなったのかしら。
何処までも魔法学院の内外の状況に食い込んでくるわね。
魔法学院側からの許可は・・・・・まあ、チャーリーには許可なんて意味無いかしら。
チャーリー絡みの事案にリリスは呆れるばかりである。
エリスの傍でここまでの話を聞いていたニーナがふと呟いた。
「サリナは良いけど、そのクリスって子は3人の生活を嫌がっていないの?」
「ああ、それなら大丈夫です。クリスっておとなしい子でミクルとも気が合うみたいですから。」
そう言いながらサリナはリリスの方に目を向けた。
「今度リリス先輩にクリスを紹介しますね。クリスって薬学が得意科目で、リリス先輩が卒業した後は薬草園の管理をしたいと、ケイト先生に何度もお願いしているんですよ。」
ええっ!
そうなの?
私も薬学は好きな科目なんだけど、突発的な用事で授業を受けられない事が多いのよね。
そう思いながらも、リリスはクリスと言う名の女生徒に興味を抱いていた。
翌日。
リリスは昼休みに職員室の隣のゲストルームに呼び出された。
呼び出したのはメリンダ王女である。
この時間、この場所に呼び出されるなんて、嫌な予感しかしないんだけど・・・。
リリスは疑心暗鬼でゲストルームに入った。
「リリス。突然呼び出してごめんね。」
ソファに座ってリリスの来るのを待っていたのは、メリンダ王女とフィリップ王子だった。
二人に挨拶を交わし、リリスはその対面のソファに座った。
「リリス。あんたって北の山脈のふもとにある霊廟の事を覚えてる?」
唐突に問い掛けられて、リリスは一瞬記憶を辿った。
「確か・・・・・開祖のエドワード様と王妃のミラ様が眠っている霊廟よね。」
「そう。その通りよ。」
そう言うとメリンダ王女は紅茶を一口飲み、少し身を乗り出した。
「私もあの霊廟にはしばらく行っていなかったんだけど、今回兄上から霊廟の様子を見て来いと依頼されたのよ。ついでに掃除もして来いってね。それでまた使い魔の状態であんたの肩に憑依して、連れて行ってもらいたいのよ。」
「ああ、そう言う事なのね。お墓参りなら喜んで行ってあげるわよ。」
リリスの返答にメリンダ王女は嬉しそうに頷いた。
「護衛の兵士は5人で、残念ながらその統率者はジークなんだけどね。」
メリンダ王女の言葉にフィリップ王子が失笑した。
「メル。自国の軍の部下をそんな風に嫌うんじゃないよ。」
「だって、あいつは生理的に合わないのよ。」
メリンダ王女は鼻息を荒くして言い放った。
その表情が猛々しい。
メリンダ王女の様子を見ながら、フィリップ殿下は話を続けた。
「魔法学院の一年生に編入者が居るそうだね。弓の技量がとても高いって聞いているよ。その子を同行させて欲しいんだ。」
「ええっ! ミクルを連れて行くんですか?」
リリスの言葉にメリンダ王女はうんうんと頷いた。
「そうなのよ。ジークがそう言ってきたの。多分その子の技量を確かめたいって、思っているんでしょうね。一年生から軍に目を付けられるのはどうかと思うんだけど、その子の弓の技量を私も見てみたいのよ。」
「ミラ王国軍の中にも弓の技量に秀でている者は居るわ。でも魔法学院の教師から、ミクルはずば抜けてハイスペックだって聞いているのよ。それで気になっちゃってね。」
う~ん。
この流れに乗って良いのかなあ。
リリスは若干戸惑った。
でもミクルって人族の身寄りは無いから、いずれ魔法学院から卒業する際に、軍に籍を置くのも良いのかもねえ。
心の中であれこれと思いを巡らせながらも、リリスはメリンダ王女からの依頼を了承したのだった。
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彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
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