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第六話 偽りの聖女
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穏やかな日々が続いていた春の初め、坂の下から馬車が上がってきた。
王都大聖堂の、白と金の聖印。
アーシャにとって、見覚えのある紋章だった。
馬車は止まり、神官が三人降りてきた。
先頭に立っているのは、アーシャから聖女の座を奪い取った、妹のイレーネだった。
イレーネは聖女の白い法衣を着ていた。かつてアーシャが身につけていたものよりも豪勢な仕立てである。胸元にある聖印の刺繍も、姉のものより大きく、鮮やかに自らの地位を示している。
「お姉様。久しぶり」
カフェの玄関口に立ったイレーネが、アーシャに向かってにっこり笑った。金の髪を巻いて、清楚な微笑みを浮かべている。
「迎えに来たの?」
「まさか」
イレーネの笑顔がほんの少し硬くなった。それから、後ろに集まり始めた町の人たちに向けて、声を張った。
「皆さん、私はアルデア大聖堂の聖女イレーネです。皆さんにお伝えしなければならないことがあります。――この女性、アーシャ・フォーリスは、大聖堂の献金を横領した罪で追放された元聖女です」
イレーネの声が、店内に響いた。
ちょうど食事をしていた町の人たちがざわめく。
パン屋のおじさんが眉をひそめた。マーサが不安そうにアーシャを見た。
「大聖堂で聖女を騙り、さらにこの辺境で人々を欺いている。皆さんは、この人にだまされているのです!」
イレーネの声は穏やかで、心底心配しているように聞こえた。
昔からそうだ。イレーネの言葉には、アーシャに有無を言わせない力があった。
「でも!アーシャさんに治してもらったのよ!」
マーサが声を上げた。トビを胸に抱いたまま、一歩前に出た。
「うちのトビ、三日も熱が下がらなくて、お医者さんにも匙を投げられて……でも、アーシャさんが助けてくれたの!」
肩こりのおばさんが「私も」と手を上げた。
何人もの町の人たちが、同調するようにうなずいていた。
イレーネが、困ったように微笑んだ。
「えぇ、えぇ!巧みなアーシャの演技に、皆さまだまされていますわ!でも、それは大聖堂で誰もが学べる、癒しの術式です。聖女でなくとも使えるものなのです!皆さんは術式と聖女の力の区別がお付きにならないだけ。悪いのは、この人です。知識を悪用して、善良な方々を騙してる!」
嘘である。アーシャが使っているのは術式ではない。
でもそんなことは、この町の人たちには判断のしようがない。
「いずれにしても」
イレーネが表情を引き締めた。
「アーシャが大聖堂の献金を横領した罪人であることは事実です。この者は王都での裁きを逃れ、辺境へ逃亡したに過ぎません。――アーシャ。大人しく王都に戻りなさい。この地で重ねた罪を、裁かなくては、」
「私は、横領などしていません!わ、私は……!」
声が出た。震えていた。
しかし、イレーネに次の言葉を遮られた。
「証拠もなしにそう言われても、困りますわ、お姉様。帳簿は全て調査済みです」
――あなたが、改ざんした帳簿でしょう!
言葉は喉の奥まで上がってきて、そこで止まった。
ここで言い返しても、大聖堂の権威の前では何の力もない。
それに、この町の人たちを巻き込みたくなかった。
町の人たちの顔を見た。
アーシャを信じたい目と、大聖堂の聖女という肩書きの前で怯んでいる目が混在していた。
マーサが唇を噛んでいる。パン屋のおじさんが拳を握っている。
でも、誰も動けない。大聖堂と辺境の小さな町では、力が違いすぎる。
――もういい。ここにいたら、この人たちに迷惑がかかる。
出ていこう。また、別の場所を探せばいい。三度目の再出発だ。
慣れている……慣れたくはなかったけれど。
「……わかりました」
アーシャは一歩、前に出た。
「この町を出ます。ですから、この町の人たちには何もしないでください」
イレーネが微笑んだ。勝利の笑みだった。
「物わかりがいいのは昔からね、お姉様」
――その瞬間だった。
王都大聖堂の、白と金の聖印。
アーシャにとって、見覚えのある紋章だった。
馬車は止まり、神官が三人降りてきた。
先頭に立っているのは、アーシャから聖女の座を奪い取った、妹のイレーネだった。
イレーネは聖女の白い法衣を着ていた。かつてアーシャが身につけていたものよりも豪勢な仕立てである。胸元にある聖印の刺繍も、姉のものより大きく、鮮やかに自らの地位を示している。
「お姉様。久しぶり」
カフェの玄関口に立ったイレーネが、アーシャに向かってにっこり笑った。金の髪を巻いて、清楚な微笑みを浮かべている。
「迎えに来たの?」
「まさか」
イレーネの笑顔がほんの少し硬くなった。それから、後ろに集まり始めた町の人たちに向けて、声を張った。
「皆さん、私はアルデア大聖堂の聖女イレーネです。皆さんにお伝えしなければならないことがあります。――この女性、アーシャ・フォーリスは、大聖堂の献金を横領した罪で追放された元聖女です」
イレーネの声が、店内に響いた。
ちょうど食事をしていた町の人たちがざわめく。
パン屋のおじさんが眉をひそめた。マーサが不安そうにアーシャを見た。
「大聖堂で聖女を騙り、さらにこの辺境で人々を欺いている。皆さんは、この人にだまされているのです!」
イレーネの声は穏やかで、心底心配しているように聞こえた。
昔からそうだ。イレーネの言葉には、アーシャに有無を言わせない力があった。
「でも!アーシャさんに治してもらったのよ!」
マーサが声を上げた。トビを胸に抱いたまま、一歩前に出た。
「うちのトビ、三日も熱が下がらなくて、お医者さんにも匙を投げられて……でも、アーシャさんが助けてくれたの!」
肩こりのおばさんが「私も」と手を上げた。
何人もの町の人たちが、同調するようにうなずいていた。
イレーネが、困ったように微笑んだ。
「えぇ、えぇ!巧みなアーシャの演技に、皆さまだまされていますわ!でも、それは大聖堂で誰もが学べる、癒しの術式です。聖女でなくとも使えるものなのです!皆さんは術式と聖女の力の区別がお付きにならないだけ。悪いのは、この人です。知識を悪用して、善良な方々を騙してる!」
嘘である。アーシャが使っているのは術式ではない。
でもそんなことは、この町の人たちには判断のしようがない。
「いずれにしても」
イレーネが表情を引き締めた。
「アーシャが大聖堂の献金を横領した罪人であることは事実です。この者は王都での裁きを逃れ、辺境へ逃亡したに過ぎません。――アーシャ。大人しく王都に戻りなさい。この地で重ねた罪を、裁かなくては、」
「私は、横領などしていません!わ、私は……!」
声が出た。震えていた。
しかし、イレーネに次の言葉を遮られた。
「証拠もなしにそう言われても、困りますわ、お姉様。帳簿は全て調査済みです」
――あなたが、改ざんした帳簿でしょう!
言葉は喉の奥まで上がってきて、そこで止まった。
ここで言い返しても、大聖堂の権威の前では何の力もない。
それに、この町の人たちを巻き込みたくなかった。
町の人たちの顔を見た。
アーシャを信じたい目と、大聖堂の聖女という肩書きの前で怯んでいる目が混在していた。
マーサが唇を噛んでいる。パン屋のおじさんが拳を握っている。
でも、誰も動けない。大聖堂と辺境の小さな町では、力が違いすぎる。
――もういい。ここにいたら、この人たちに迷惑がかかる。
出ていこう。また、別の場所を探せばいい。三度目の再出発だ。
慣れている……慣れたくはなかったけれど。
「……わかりました」
アーシャは一歩、前に出た。
「この町を出ます。ですから、この町の人たちには何もしないでください」
イレーネが微笑んだ。勝利の笑みだった。
「物わかりがいいのは昔からね、お姉様」
――その瞬間だった。
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