ざまぁ代行いたします ―追放聖女の復讐録―

橘 あやめ

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第一章:何度でも癒して差し上げましょう

06

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 屋敷の大広間に、蝋燭の光が揺れていた。
 磨き上げられた銀の燭台。白いテーブルクロス。並べられた食器の上で、炎の光が細かく反射している。壁には絵画が掛けられ、隅には花瓶に活けられた白百合が甘い香りを漂わせていた。

 今晩、夫人が開く食事会に招待された貴族は五名。いずれも王都で顔の知れた中流以上の当主や夫人たちばかりだ。席について食前酒を手にしながら、穏やかに歓談している。

「夫人、また素敵な絵画を取り寄せたのね」

 壁の一枚を眺めながら、客の夫人が感心したように言った。
 屋敷の女主人は、待っていましたとばかりに微笑む。

「まあ、お恥ずかしい。お気づきになりました?」

 扇で口元を隠しながら、わざとらしく肩をすくめた。

「近頃、輸入商がこちらの屋敷にも出入りするようになりましてね。珍しい品が入るたび、つい目移りしてしまうのですわ」

 くすくすと笑いながら続ける。

「夫には『また増やすのか』と呆れられてしまいましたけれど……せっかく良い物が手に入るのなら、飾らないのももったいないでしょう?」

 客の一人が頷いた。

「確かに。最近は王都でも珍しい品はなかなか手に入りませんな」

「そうでしょう?」

 夫人は満足げに頷く。

「こうして皆さまをお招きする以上、少しは目を楽しませるものがなければと思いまして。せっかくの晩餐会ですもの」

 その言葉に、客たちは笑顔で頷いた。
 だが、その誰もが――夫人の自慢話には、すでに何度も付き合わされていた。

 やがて開宴から少しして、最後の招待客が到着を告げられた。



「――お招きいただき、ありがとうございます」



 広間の入り口に立った人影を見た瞬間、会話が途切れた。

 若い貴族令嬢だった。淡い金色の髪を繊細に結い上げ、深い藍色のドレスをまとっている。歩み入る所作のひとつひとつが絵画のように整っており、紫がかった瞳が静かに広間を見渡した。
 その半歩後ろには従者が控えている。その従者もまた、美しい少年だった。

 広間に、小さな沈黙が落ちる。客たちの視線が自然と二人へ吸い寄せられていった。

「あのドレス……見て。素敵。どこで仕立てたのかしら?」

「どちらの家の方?」

 夫人が立ち上がり、笑顔で迎える。

「ようこそおいでくださいました。ええっと……」

「ルミナ・ユフテインでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

(ユフテイン? うちより格下の家じゃない)

 夫人は令嬢の整った顔立ちを一瞥した。

(……身分もわきまえないで、ずいぶん派手に着飾っていること)

 ちらりと周囲を見る。客たちの視線は、ことごとくその令嬢に向けられていた。誰もが二人を見つめ、興味を隠そうともしない。

(ちょっと……何よ、この空気!)

 ここは自分の屋敷で、自分の晩餐会だ。主役は当然、女主人である自分のはずなのに。

(まるで、あの娘が主役みたいじゃないの!?)

 夫人は笑顔を貼り付けたまま、声をかけた。

「こ、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます、夫人」

 令嬢は柔らかな声で答え、優雅な所作で席に着いた。従者が椅子を引き、彼女の杯にワインを注ぐ。動きは静かで無駄がない。その様子すら、客たちの目を引いていた。
 夫人は面白くない思いを押し殺しながら席へ戻る。

 食事が始まった。前菜が運ばれ、温かなスープが注がれ、白ワインが杯に満たされていく。会話は政治や社交の話題へ移り、穏やかに進んでいった。
 令嬢は決して出しゃばらない。だが適切なところで言葉を差し込み、洗練された話題を添える。気がつけば、テーブルの会話は自然と彼女の周囲に集まっていた。
 誰もが彼女の言葉に耳を傾け、彼女が微笑むたびに空気がやわらぐ。まるで、この屋敷の主人が彼女であるかのように。

(ちょっと!)

 夫人の指がナイフの柄を強く握った。

(どうしてあの娘が、こんなに注目されているわけ!?)

 二皿目が下げられた頃だった。令嬢はワインの杯をゆるく揺らしながら、ふと思い出したように口を開いた。

「ところで――最近、このあたりで少し物騒なお話を耳にしましたの」

「物騒な話?」

 向かいに座る男爵が眉をひそめる。
 令嬢は静かに頷いた。

「ええ。屋敷の使用人を……奴隷として売り飛ばしている貴族がいるとか」

 空気が、動いた。

 一拍。
 ほんのわずかな沈黙が流れる。

 夫人の指が、杯の脚をわずかに握りしめた。
 だがすぐに笑みを作る。

「まあ……恐ろしいこと。そんな話、聞いたこともございませんわ」

「そうですの?」

 令嬢は微笑んだ。その紫の瞳が、ほんの一瞬だけ夫人を見た。

「私はてっきり、この場のどなたかがご存知かと思いましたのに」

「おほほ……ご冗談を」

 夫人は笑った。声は少しだけ高くなっていた。

 話題は別の話へ移り、空気はいったん弛緩する。
 だがテーブルの下で、夫人の手はかすかに震えていた。

(何……今のは)
(まさか、バレてるの?)

 背筋に冷たいものが走る。

(奴隷商のあの男……余計なことを喋ったんじゃないでしょうね!?)

 脳裏に浮かぶ。あの日、袋に詰められ、裏口から運び出された使用人の姿。

(……誰か、見ていたの?)

 夫人は気づかれぬようワインを口に含んだ。

 ――そのときだった。

 ガシャン。
 皿が床に落ち、割れる音が響いた。
 振り向くと、客の一人が椅子から崩れ落ちている。

「……え?」

 それからだった。
 ばたん。ばたん。
 一人、また一人と客たちが倒れていく。

「な、なに……?」

 夫人は凍りついた。

(な、なんでみんな倒れて……まさか……毒!?)

「本日のメインディッシュでございます」

 メイドが料理を運んでくる。

「料理どころじゃないわよ!見えないの!?お客様が倒れているのよ!早く医者を呼びなさい!」

「――大丈夫ですわ、夫人」

 声がした。
 優雅に食事を続けているのは――あの令嬢だった。

「男爵様もご安心ください。他の方々は、少し眠っているだけですから」

「な、なんですって……?」

 令嬢はゆっくりとメインディッシュを指さす。

「その蓋を開けてごらんなさい。きっと、面白いものが見られますわ」

 夫人は動かなかった。

「まぁ、ご覧にならないの?では、申し訳ないけれどそこのあなた、開けていただけます?」

「はい」

 メイドが蓋に手をかける。

 嫌な予感がして、夫人は叫んだ。

「やめなさい!何を勝手なことをしているの!」

 だが、蓋は開かれた。

 皿の上にあったのは――料理ではなく、一枚の写真だった。



 そこには、夫人と男爵ではない男が親密に抱き合い、深く口づけを交わしている姿が写っていた。

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