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一章 元勇者パーティの男、ハクア
第二節 ヒーラーの戦い方
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―――【アルゲンテウス】のギルドにて
「で、結局あんたは何ができるんだ?」
「さっき見せただろう」
ハクアはスダムのことを指して言う。
「あ、その節はありがとうございました」
指されたスダムはお礼する。
「礼などいい、これだけで雇う価値はあると思うが?」
「確かに、私たちは誰も回復魔法を使えない。了承した。あなたを雇おう」
レインはそう言って手を差し伸べる。
その差し伸べられた手をハクアは取って握手を交わす。
「これで交渉成立だ。報酬二割はいただくぞ」
「しかし、これでは近接戦闘要員、敵を引き付ける役がいないな」
「……もう一人雇いましょう。ヒーラーがいればこの危険な依頼でも引き受けてくれる人はいると思います!」
トゥルスが言った。
「確かにそうだな、ハクア殿。異存はないな」
レインが言うとハクアは少しだけため息をついて
「好きにしろ」
とだけ言った。
*
「え?ホワイトリザードの群れの討伐の依頼? いやだよ、あんな自殺行為みたいなやつ」
「ヒーラーだっていますので……」
「回復する前に死ぬわ!」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐? 報酬の8割くらいもらえないと割に合わないわね」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐かぁ、僕の実力じゃ、囮にもならないかな……」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐ねぇ、あれっていつも誰かが受けてるんだよね。え?私? 無理無理無理!」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐に近接戦闘要員が必要、それで俺に声をかけたってわけか」
「はい」
スダムは黒髪の異国情緒の服装に身を包んだ剣士に声をかけた。
「別にいいんだが、山頂付近に行くにはちょいとこの服装は寒くてね、この町の服を買ったんだが、仕立て屋曰く1週間後になるらしい」
「間に合わないっすかぁ」
「すまないね、また機会があればよろしく頼むよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、近接戦闘要員っていうなら君も剣を持ってるけど、自信がないのかい?」
異国情緒の剣士は率直な疑問をスダムに投げかける。
「あ、これは自分の魔法の意味性を強調させる杖の役割を果たすものなんで、俺、剣の腕は自信がないどころかからっきしなんすよ」
「おや、そうなのかい。ま、機会があれば異国の剣技を教えてあげるよ」
「マジっすか、是非よろっしゃす!」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐? いいよ」
二刀を携えた黒髪の女剣士は二つ返事で承諾してくれた。
「本当ですか!?」
トゥルスは感嘆の叫び声をあげる。それに気づいた残りの3人がトゥルスの元へと集まってくる。
「あ、でも……」
そう言って女剣士は視線をハクアの方にチラリと移す。
「……やっぱりやめます」
「嘘だろーッ!?」
*
―――2時間後
「うわぁああああ、誰も受けてくれねえええ!」
トゥルスが机に突っ伏したまま大きな声で言う。
「やはり、過酷すぎるか……」
レインは頬杖をつけたまま依頼の紙を眺める。
「どうするんすかこれ……」
スダムはレインに声をかける。
「どうもこうも、依頼を諦めて泣きつくしかないだろう」
「天才魔法学者の名前に傷がつきますよ」
トゥルスが言う。
「背に腹は代えられぬ……」
レインが苦虫を嚙み潰したような表情で紙を裏返して言った。
「……俺に考えがある」
そんな中、ハクアが立ち上がりながら言った。
「ついてこい」
ハクアはそう言うとギルドから屋外へと歩いて行った。
一同は顔を見合わせてから、そのまま彼のあとを追った。
*
【アルゲン山脈】【一ノ山・アルゲラ】 9合目】
一同はハクアについていくといつの間にか【アルゲンテウス】のある山の9合目まで来ていた。
「あの~、ハクアさん。ねぇ、これもしかして、依頼に向かってます?」
トゥルスが不安そうな声をあげて聞いた。
「……そうだ」
「はぁあああ!? 考えがあるってなんも考えてねえじゃねえかよ!!」
スダムが素っ頓狂な声をあげた。
「……間もなく、小さな湖に着く。その付近に奴らの巣がある」
「湖……事前に調べておいたが、【ラクス=アルゲラ】のことだな」
レインが手帳を取り出して言う。
「その通り、あの湖の周りには針葉樹が立ち並び、この極寒の世界の中では生物が住みやすい場所となっている」
「なるほど、確かにあそこは火山が原因でできたカルデラ型の湖、ならば、意味性の一致により、その周囲では一部の魔法が格段に強くなる。それが『考え』か」
レインが手帳を読みながら、その手帳に手書きの地図を書き記していく。
「……そうなのか?」
一方のハクアは初めて振り返って言った。
「ん?違うのか?……まあ、なんにせよこんな雪だらけのところで炎の魔法など使ったら雪崩が起きかねんから非推奨だが」
「そうなのか」
ハクアはレインの言葉を聞いてそれだけ言ってから踵を返して、また山の中の道を進み始めた。
「……いや待ってくださいよ、結局考えってなんなんですか?」
「簡単だ、俺一人であいつらを全員狩り尽くす。あんたらは物陰にでも隠れて、援護射撃をしてくれればいい」
ハクアはしれっととんでもないことを言ってのける。
「「「は?」」」
ハクアを除いた一同は顔を見合わせて、目をぱちくりとさせた。
「いやいやいや、冗談きついっすよ」
「あなたは回復魔法使い、ですよね?」
「そうだ。俺は魔法は回復魔法しか使えない」
ハクアは歩みを止めることも、振り返ることもなく言う。
「ハクア殿、君は一体どういうつもりなんだね?」
「どうもこうもない、さっき言った通りだ。俺が一人で巣に突っ込んで狩り尽くす」
「いや、先生は自殺でもするつもりなのかって言いたいんだと思いますよ」
「あんた、剣も弓も、鈍器も持ってないじゃないか、そんなんで、敵陣に突っ込むなんて自殺行為だ!」
「あるだろ。これとこれが」
男は自分の腰に差している杖を右手で指差し、その後、自分の右腕を掲げて言った。
「は? 杖と腕?」
「はっ、もしや、紋章術か!? 腕に紋章を刻み込むことにより、魔法の意味性を持たせ、腕の動きだけで魔法を放つことができるという」
「着いたぞ」
レインが手帳の該当ページを探しながら解説しているのをよそに、ついに彼らは目的の地へとたどり着いてしまった。
見ると、レインたちの身の丈の5倍くらいの深さの凹地があった。覗いてみれば、中央には表面の凍てついた湖があり、それを囲むように針葉樹の木々が立ち並んでいた。奥には洞窟があり、その周りにうじゃうじゃと小さな陸棲竜たちの姿が見えた。
「うわっ、すごい数……、1、2……あ、これ無理だわ」
スダムはすぐに数えるのをやめた。
「お前らはここにいろ」
そう言ってすぐさまハクアはカルデラへと飛び降りた。
「「「え!?」」」
一同はまたも固まり、ハクアを見る。
飛び降りたハクアは何やら腰に差していた杖を取り出し、空中から地面に向けてになりやら図を描き始めた。
ハクアは図を描き終えると同時に着地、雪埃が舞い上がり、地面と彼の足がぶつかる音があたり一帯に響いた。
その音に反応したホワイトリザードたちが雪埃の元へと集まってくる。警戒しながら近寄る竜たち、うち一匹は突然、雪埃の中から現れた腕に引きずり込まれる。
「ギャッ!? ギャギャ!!!????」
引きずり込まれた一頭は驚きの声をあげたが、すぐにその鳴き声は聞こえなくなった。
「え? 今一体……?」
トゥルスは何が起きているのかわからないといった様子で声をあげる」
「ギャ! ギャギャ!!」
竜は仲間が引きずり込まれた正体不明の雪埃に警戒を続ける。
「ギャッ!? ギャギャギャギャ!!!??」
しかし、また一頭が引きずり込まれ、最初の一頭と同じ結果となった。
果たして、雪埃が晴れたところには二頭のホワイトリザードの死体と血まみれのハクアの姿だった。
「あれは……かなりやばいんじゃねえっすか!? レイン先生!」
「いや、よくみろ、ハクア殿は無傷だ」
「そうか、最初に落下するときに地面に作った魔法陣っすね!」
「いや、あれはおそらく落下の衝撃を緩和した時点でエネルギー切れになっている」
「え!? じゃあ不味くないですか!? 雪埃が晴れた今、袋のネズミですよ!」
トゥルスがそう言い終えたタイミングでホワイトリザードは仲間の仇を取らんと一斉にハクアに襲い掛かり始めた。
「まずは前方に一頭、右方に1頭、左方に二頭」
ハクアは呟いて、前方から飛び掛かる一頭の腹に大きく右足を踏み込んだ正拳突きで殴りつける。
続いて、殴ったときに踏み込んだ右足を軸にして、反時計回りに回転をしながら右方から飛び掛かる一頭に遠心力のかかった強烈な肘打ちをお見舞い、さらに肘打ちで怯んだ一頭を右腕で地面に叩きつけ、体勢を低くする。左方から飛び掛かる二頭はハクアを飛び越えてしまい、背後を見せてしまった。ハクアはそこに叩きつけた一頭を蹴り飛ばし、三体まとめて吹っ飛ばした。ハクアはさらに追従、吹っ飛んだ先の三頭の首を懐に持っていた短刀で素早く掻き切る。
その直後に背後から襲ってきた一頭を転がりながら回避、なおも別の一頭が襲い掛かってくるが杖を利用して、払いのける。
「なんだよ……あの戦い方」
「……強い」
「回復魔法使いとは……?」
三人は呆然としたまま援護射撃をするのも忘れてハクアの戦いを見つめる。
「さて、次はどいつだ?」
ハクアは再び構えを取り、ホワイトリザードの大群を見据える。
「ギャギャッ!」
ホワイトリザードも警戒の姿勢を取り、なかなか踏み出せないでいた。
「来ないなら、こちらから行かせてもらう」
そう言いながらハクアは杖で宙に模様を描く。
書き終えるというタイミングで、敵の群れに突撃、飛び蹴りを一頭の頭に喰らわせ、そのまま踏み台にして高く飛び、さらに強烈なドロップキックを別の一頭に食らわせる。
二頭は昏倒し、ハクアの着地のクッションにされた。
「ギャギャギャ!」
着地した瞬間が好機ととらえたのか、ホワイトリザードのうち一頭が鳴き声をあげると次々とハクアに群がり始めた。
「見えたぞ、てめぇがこの群れの統率者か!」
ハクアは鳴き声を上げた一頭を見据えながら、わらわらと飛び掛かってくるホワイトリザードたちを軽くいなしていく。
「ハァッ!」
飛び掛かってきたうちの最後の一頭を殴り飛ばすと、ハクアは統率者と思しき一頭へと飛び掛かる。
しかし、あと少しで届くというところで別の一頭がハクアの背を鋭い爪で切り裂いた。
「……ッ!」
ハクアは苦悶の表情を浮かべながらも右足を軸にして杖を270度振り回し
背後の一頭と統率者と思しき一頭を同時に殴る。
「先生! ついに攻撃をもらっちゃいましたよ!?」
「いや、見ろ。傷は塞がっている」
「え!? いつの間に!?」
「驚いたな、魔法詠唱の途中保存と来たか」
「途中保存?」
「魔法は己自身が接続できる異次元の神の力から術式の持つ意味合いを完成させて力の一部を顕現させるものだ。途中保存というのは最後の一行を残して、出したいタイミングですぐに出せるという状態にするものだ」
「なるほど、そんな方法が……」
「しかし、途中保存は神と呼ばれる存在と常に交信を続けなくてはならないが故に集中が途切れた瞬間に、また一から詠唱をやらなくてはならなくなる。ハクア殿はとんでもない精神力の持ち主だ!」
三人が話していると、戦いは佳境に入っていた。
それまでの間もハクアは杖や拳、蹴りでホワイトリザードたちを叩きのめし、攻撃を受けてはすぐに回復し、また敵を物理で殴り続けるという戦法をとっていた。
見えるホワイトリザードの数は残り5頭。一方のハクアは服こそボロボロになっているが、傷自体は全部塞がっていた。
「って、このままだと完全にハクアさん一人に任せちゃいますよ!?」
「これじゃ完全に依頼料泥棒じゃねえか!?」
「ああ、すまない、あまりにも彼の戦い方が面白かったもので、見入ってしまってたな」
そう言ってから三人は立ち上がり、各々の得物を取り出して詠唱を始める。
「其は呼ぶもの、呼ぶ力、地が我らを呼ぶならば、天へ行けぬは道理也『地よ叫べ』!」
レインがタクトを下に振り、ギルドでスダム相手に使った魔法を使い、5匹のホワイトリザードを地に伏させる。
異変に気付いたハクアは三人の方を見て少しだけ口角をあげて、その場を歩いて離れ始めた。
「触れる者には死を、使う者には栄光を。是は即ち、魔を穿つ刃也『幻魔の剣手』!」
スダムは剣を掲げて、詠唱を締めくくる。すると彼の頭上に白銀に煌めく巨大な剣が現れた。
「轟け雷鳴。其は天と地結ぶ神なれば、森羅万象遍く討つのは道理也『執封神雷』!」
トゥルスが詠唱を終えると、トゥルスの頭上に幾重もの魔法陣が連なり、そこから雷火が咲き乱れ、カルデラにいる身動きの取れないホワイトリザ―ドの体を焼き尽くしていく。
しかし、5頭のうち2頭は必死に重力に逆らい、回避に成功した。
だが、スダムが剣を振ると白銀の剣は自由自在な軌道を描き、カルデラへと落ちていき、ホワイトリザード1頭を両断する。
もう1頭は一度めの斬撃は回避したが、返す刃の軌道を読み切れず、無残に両断された。
そしてついにホワイトリザードの群れは全滅した。
「なかなか、面白い魔法使いたちだ」
ハクアは笑いながら三人がロープを使ってカルデラへと降りてくるのを待った。
「で、結局あんたは何ができるんだ?」
「さっき見せただろう」
ハクアはスダムのことを指して言う。
「あ、その節はありがとうございました」
指されたスダムはお礼する。
「礼などいい、これだけで雇う価値はあると思うが?」
「確かに、私たちは誰も回復魔法を使えない。了承した。あなたを雇おう」
レインはそう言って手を差し伸べる。
その差し伸べられた手をハクアは取って握手を交わす。
「これで交渉成立だ。報酬二割はいただくぞ」
「しかし、これでは近接戦闘要員、敵を引き付ける役がいないな」
「……もう一人雇いましょう。ヒーラーがいればこの危険な依頼でも引き受けてくれる人はいると思います!」
トゥルスが言った。
「確かにそうだな、ハクア殿。異存はないな」
レインが言うとハクアは少しだけため息をついて
「好きにしろ」
とだけ言った。
*
「え?ホワイトリザードの群れの討伐の依頼? いやだよ、あんな自殺行為みたいなやつ」
「ヒーラーだっていますので……」
「回復する前に死ぬわ!」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐? 報酬の8割くらいもらえないと割に合わないわね」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐かぁ、僕の実力じゃ、囮にもならないかな……」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐ねぇ、あれっていつも誰かが受けてるんだよね。え?私? 無理無理無理!」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐に近接戦闘要員が必要、それで俺に声をかけたってわけか」
「はい」
スダムは黒髪の異国情緒の服装に身を包んだ剣士に声をかけた。
「別にいいんだが、山頂付近に行くにはちょいとこの服装は寒くてね、この町の服を買ったんだが、仕立て屋曰く1週間後になるらしい」
「間に合わないっすかぁ」
「すまないね、また機会があればよろしく頼むよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、近接戦闘要員っていうなら君も剣を持ってるけど、自信がないのかい?」
異国情緒の剣士は率直な疑問をスダムに投げかける。
「あ、これは自分の魔法の意味性を強調させる杖の役割を果たすものなんで、俺、剣の腕は自信がないどころかからっきしなんすよ」
「おや、そうなのかい。ま、機会があれば異国の剣技を教えてあげるよ」
「マジっすか、是非よろっしゃす!」
*
「ホワイトリザードの群れの討伐? いいよ」
二刀を携えた黒髪の女剣士は二つ返事で承諾してくれた。
「本当ですか!?」
トゥルスは感嘆の叫び声をあげる。それに気づいた残りの3人がトゥルスの元へと集まってくる。
「あ、でも……」
そう言って女剣士は視線をハクアの方にチラリと移す。
「……やっぱりやめます」
「嘘だろーッ!?」
*
―――2時間後
「うわぁああああ、誰も受けてくれねえええ!」
トゥルスが机に突っ伏したまま大きな声で言う。
「やはり、過酷すぎるか……」
レインは頬杖をつけたまま依頼の紙を眺める。
「どうするんすかこれ……」
スダムはレインに声をかける。
「どうもこうも、依頼を諦めて泣きつくしかないだろう」
「天才魔法学者の名前に傷がつきますよ」
トゥルスが言う。
「背に腹は代えられぬ……」
レインが苦虫を嚙み潰したような表情で紙を裏返して言った。
「……俺に考えがある」
そんな中、ハクアが立ち上がりながら言った。
「ついてこい」
ハクアはそう言うとギルドから屋外へと歩いて行った。
一同は顔を見合わせてから、そのまま彼のあとを追った。
*
【アルゲン山脈】【一ノ山・アルゲラ】 9合目】
一同はハクアについていくといつの間にか【アルゲンテウス】のある山の9合目まで来ていた。
「あの~、ハクアさん。ねぇ、これもしかして、依頼に向かってます?」
トゥルスが不安そうな声をあげて聞いた。
「……そうだ」
「はぁあああ!? 考えがあるってなんも考えてねえじゃねえかよ!!」
スダムが素っ頓狂な声をあげた。
「……間もなく、小さな湖に着く。その付近に奴らの巣がある」
「湖……事前に調べておいたが、【ラクス=アルゲラ】のことだな」
レインが手帳を取り出して言う。
「その通り、あの湖の周りには針葉樹が立ち並び、この極寒の世界の中では生物が住みやすい場所となっている」
「なるほど、確かにあそこは火山が原因でできたカルデラ型の湖、ならば、意味性の一致により、その周囲では一部の魔法が格段に強くなる。それが『考え』か」
レインが手帳を読みながら、その手帳に手書きの地図を書き記していく。
「……そうなのか?」
一方のハクアは初めて振り返って言った。
「ん?違うのか?……まあ、なんにせよこんな雪だらけのところで炎の魔法など使ったら雪崩が起きかねんから非推奨だが」
「そうなのか」
ハクアはレインの言葉を聞いてそれだけ言ってから踵を返して、また山の中の道を進み始めた。
「……いや待ってくださいよ、結局考えってなんなんですか?」
「簡単だ、俺一人であいつらを全員狩り尽くす。あんたらは物陰にでも隠れて、援護射撃をしてくれればいい」
ハクアはしれっととんでもないことを言ってのける。
「「「は?」」」
ハクアを除いた一同は顔を見合わせて、目をぱちくりとさせた。
「いやいやいや、冗談きついっすよ」
「あなたは回復魔法使い、ですよね?」
「そうだ。俺は魔法は回復魔法しか使えない」
ハクアは歩みを止めることも、振り返ることもなく言う。
「ハクア殿、君は一体どういうつもりなんだね?」
「どうもこうもない、さっき言った通りだ。俺が一人で巣に突っ込んで狩り尽くす」
「いや、先生は自殺でもするつもりなのかって言いたいんだと思いますよ」
「あんた、剣も弓も、鈍器も持ってないじゃないか、そんなんで、敵陣に突っ込むなんて自殺行為だ!」
「あるだろ。これとこれが」
男は自分の腰に差している杖を右手で指差し、その後、自分の右腕を掲げて言った。
「は? 杖と腕?」
「はっ、もしや、紋章術か!? 腕に紋章を刻み込むことにより、魔法の意味性を持たせ、腕の動きだけで魔法を放つことができるという」
「着いたぞ」
レインが手帳の該当ページを探しながら解説しているのをよそに、ついに彼らは目的の地へとたどり着いてしまった。
見ると、レインたちの身の丈の5倍くらいの深さの凹地があった。覗いてみれば、中央には表面の凍てついた湖があり、それを囲むように針葉樹の木々が立ち並んでいた。奥には洞窟があり、その周りにうじゃうじゃと小さな陸棲竜たちの姿が見えた。
「うわっ、すごい数……、1、2……あ、これ無理だわ」
スダムはすぐに数えるのをやめた。
「お前らはここにいろ」
そう言ってすぐさまハクアはカルデラへと飛び降りた。
「「「え!?」」」
一同はまたも固まり、ハクアを見る。
飛び降りたハクアは何やら腰に差していた杖を取り出し、空中から地面に向けてになりやら図を描き始めた。
ハクアは図を描き終えると同時に着地、雪埃が舞い上がり、地面と彼の足がぶつかる音があたり一帯に響いた。
その音に反応したホワイトリザードたちが雪埃の元へと集まってくる。警戒しながら近寄る竜たち、うち一匹は突然、雪埃の中から現れた腕に引きずり込まれる。
「ギャッ!? ギャギャ!!!????」
引きずり込まれた一頭は驚きの声をあげたが、すぐにその鳴き声は聞こえなくなった。
「え? 今一体……?」
トゥルスは何が起きているのかわからないといった様子で声をあげる」
「ギャ! ギャギャ!!」
竜は仲間が引きずり込まれた正体不明の雪埃に警戒を続ける。
「ギャッ!? ギャギャギャギャ!!!??」
しかし、また一頭が引きずり込まれ、最初の一頭と同じ結果となった。
果たして、雪埃が晴れたところには二頭のホワイトリザードの死体と血まみれのハクアの姿だった。
「あれは……かなりやばいんじゃねえっすか!? レイン先生!」
「いや、よくみろ、ハクア殿は無傷だ」
「そうか、最初に落下するときに地面に作った魔法陣っすね!」
「いや、あれはおそらく落下の衝撃を緩和した時点でエネルギー切れになっている」
「え!? じゃあ不味くないですか!? 雪埃が晴れた今、袋のネズミですよ!」
トゥルスがそう言い終えたタイミングでホワイトリザードは仲間の仇を取らんと一斉にハクアに襲い掛かり始めた。
「まずは前方に一頭、右方に1頭、左方に二頭」
ハクアは呟いて、前方から飛び掛かる一頭の腹に大きく右足を踏み込んだ正拳突きで殴りつける。
続いて、殴ったときに踏み込んだ右足を軸にして、反時計回りに回転をしながら右方から飛び掛かる一頭に遠心力のかかった強烈な肘打ちをお見舞い、さらに肘打ちで怯んだ一頭を右腕で地面に叩きつけ、体勢を低くする。左方から飛び掛かる二頭はハクアを飛び越えてしまい、背後を見せてしまった。ハクアはそこに叩きつけた一頭を蹴り飛ばし、三体まとめて吹っ飛ばした。ハクアはさらに追従、吹っ飛んだ先の三頭の首を懐に持っていた短刀で素早く掻き切る。
その直後に背後から襲ってきた一頭を転がりながら回避、なおも別の一頭が襲い掛かってくるが杖を利用して、払いのける。
「なんだよ……あの戦い方」
「……強い」
「回復魔法使いとは……?」
三人は呆然としたまま援護射撃をするのも忘れてハクアの戦いを見つめる。
「さて、次はどいつだ?」
ハクアは再び構えを取り、ホワイトリザードの大群を見据える。
「ギャギャッ!」
ホワイトリザードも警戒の姿勢を取り、なかなか踏み出せないでいた。
「来ないなら、こちらから行かせてもらう」
そう言いながらハクアは杖で宙に模様を描く。
書き終えるというタイミングで、敵の群れに突撃、飛び蹴りを一頭の頭に喰らわせ、そのまま踏み台にして高く飛び、さらに強烈なドロップキックを別の一頭に食らわせる。
二頭は昏倒し、ハクアの着地のクッションにされた。
「ギャギャギャ!」
着地した瞬間が好機ととらえたのか、ホワイトリザードのうち一頭が鳴き声をあげると次々とハクアに群がり始めた。
「見えたぞ、てめぇがこの群れの統率者か!」
ハクアは鳴き声を上げた一頭を見据えながら、わらわらと飛び掛かってくるホワイトリザードたちを軽くいなしていく。
「ハァッ!」
飛び掛かってきたうちの最後の一頭を殴り飛ばすと、ハクアは統率者と思しき一頭へと飛び掛かる。
しかし、あと少しで届くというところで別の一頭がハクアの背を鋭い爪で切り裂いた。
「……ッ!」
ハクアは苦悶の表情を浮かべながらも右足を軸にして杖を270度振り回し
背後の一頭と統率者と思しき一頭を同時に殴る。
「先生! ついに攻撃をもらっちゃいましたよ!?」
「いや、見ろ。傷は塞がっている」
「え!? いつの間に!?」
「驚いたな、魔法詠唱の途中保存と来たか」
「途中保存?」
「魔法は己自身が接続できる異次元の神の力から術式の持つ意味合いを完成させて力の一部を顕現させるものだ。途中保存というのは最後の一行を残して、出したいタイミングですぐに出せるという状態にするものだ」
「なるほど、そんな方法が……」
「しかし、途中保存は神と呼ばれる存在と常に交信を続けなくてはならないが故に集中が途切れた瞬間に、また一から詠唱をやらなくてはならなくなる。ハクア殿はとんでもない精神力の持ち主だ!」
三人が話していると、戦いは佳境に入っていた。
それまでの間もハクアは杖や拳、蹴りでホワイトリザードたちを叩きのめし、攻撃を受けてはすぐに回復し、また敵を物理で殴り続けるという戦法をとっていた。
見えるホワイトリザードの数は残り5頭。一方のハクアは服こそボロボロになっているが、傷自体は全部塞がっていた。
「って、このままだと完全にハクアさん一人に任せちゃいますよ!?」
「これじゃ完全に依頼料泥棒じゃねえか!?」
「ああ、すまない、あまりにも彼の戦い方が面白かったもので、見入ってしまってたな」
そう言ってから三人は立ち上がり、各々の得物を取り出して詠唱を始める。
「其は呼ぶもの、呼ぶ力、地が我らを呼ぶならば、天へ行けぬは道理也『地よ叫べ』!」
レインがタクトを下に振り、ギルドでスダム相手に使った魔法を使い、5匹のホワイトリザードを地に伏させる。
異変に気付いたハクアは三人の方を見て少しだけ口角をあげて、その場を歩いて離れ始めた。
「触れる者には死を、使う者には栄光を。是は即ち、魔を穿つ刃也『幻魔の剣手』!」
スダムは剣を掲げて、詠唱を締めくくる。すると彼の頭上に白銀に煌めく巨大な剣が現れた。
「轟け雷鳴。其は天と地結ぶ神なれば、森羅万象遍く討つのは道理也『執封神雷』!」
トゥルスが詠唱を終えると、トゥルスの頭上に幾重もの魔法陣が連なり、そこから雷火が咲き乱れ、カルデラにいる身動きの取れないホワイトリザ―ドの体を焼き尽くしていく。
しかし、5頭のうち2頭は必死に重力に逆らい、回避に成功した。
だが、スダムが剣を振ると白銀の剣は自由自在な軌道を描き、カルデラへと落ちていき、ホワイトリザード1頭を両断する。
もう1頭は一度めの斬撃は回避したが、返す刃の軌道を読み切れず、無残に両断された。
そしてついにホワイトリザードの群れは全滅した。
「なかなか、面白い魔法使いたちだ」
ハクアは笑いながら三人がロープを使ってカルデラへと降りてくるのを待った。
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