付喪神

戯伽

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1.セーラー服の女の子

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 買い物ついでに住宅街を散歩していると、一人のセーラー服の女の子が向かいから歩いてきた。
 女性にしては背が高くて、汚れも邪念もないような真っ直ぐに沈んだ目がなんとも印象的で。


 言葉も交わさず、視線が合ったわけでもない、互いを認知するアクションが起こったわけでもないただの日常。それでも今日は、何か特別な人と出会った気がした。
 根拠のない、直感的な気。それでも、不思議とよく当たる気。

 
 とはいえ今から踵を返して、ねぇきみ名前はなんて聞けば確実な通報案件、不審者情報が各学校に回ってしまう。目立つのは避けたいし、そもそも不審者として知られるなんて嫌すぎる。

 たまたま通り過ぎただけのたまにいる美少女だ。たぶん、すれ違ったり目が合った男たちのほとんどが今の自分と同じようなことを考えているのだろう。浮足立つのは自分だけじゃないはず。


 とはいえ、あぁいう学校一の美少女というのは大抵学校に何故かいる美男と付き合っているものだ。大抵の学校には、まぁ顔の良し悪しは置いといて何らかの理由でとてもモテる男子と何らかの理由でモテる美少女がいるもの。そしてその二人は大抵お似合いなもの。

 純愛とは無縁の十代を過ごした自分だ。今更若人の青春を見てずるいなんて思わない。

 ただ、世界の美少女たちが自分に歓声を上げればいいと思っている程度。上げられたとて付き合っていい歳じゃないけど。大学生ならセーフだろうか。

 
 世界の美男子滅べ。




 街角のコンビニに停められた黒い八人乗りのワゴン車。車に詳しくないので、車種やメーカーを聞いても何も覚えられない。もう聞き取ることも諦めている。


「ただいま。買ってきたよ、早い者勝ち」


 取り合いになることなく、車内にいた二入は無言で自分の好物たちを回収した。

 ちなみに自分の分はもう回収してある。

 
「さっきねぇすごい美人とすれ違った」
「へぇ?」
「高校生だと思うんですけど。すごかった」
「お前どんな女でも美人っつーからなぁ」
「女性は存在してるだけで美しいのです!」
「うるさ」


 ヘッドホンを首にかけた眼鏡の男は中列のセカンドシートに腰で座り、足を抱えながらうどんを啜る。
 もう一人は運転席に座る、ぱっと見、小学生か、頑張っても中学生の男の子。その実ちゃんと成人済みだが。

 
 車内に男三人、むさ苦しい。
 話すこともなければ話しても一言で終了する会話。もう話す気など失せた。

 
 最低限の涼しさを求めて窓を少しばかり開ける。


「あ、警報」

 アラートが鳴って、三人とも顔を上げた。
 窓を閉め、車が走り出す。

 

『こちらナナフタ、マルフタは手出無用に願う』
「こちとら仕事でやってんだ。無理な相談だぜ」
『指揮塔から発令、指揮塔から発令。現場に高校生がいる模様。マルフタは急行せよ』
 

 買い物から帰ったばかりの道を遡り、女の子とすれ違ったもっと手前の坂の途中。


「あれだ」

 
 車の窓を開け、腕力だけで車体の屋根に飛び移る。


 一軒家からこの世のものとは思えないヘドロの塊のような化物が屋根を突き破って何かを襲おうとしていて、指揮塔の言葉を思い出した。それに続いて、さっきすれ違った子のことも思い出す。


 高校生。

 

──付喪神 帯──



 ヘドロの化け物を無数の帯が巻き潰し、色鮮やかな帯々は家の中へ進む。

 家のリビングや風呂場、キッチン、トイレ、クローゼット、寝室。見付けた。

 

 核と同室にいた高校生を帯の繭で包み、すぐそばにいた核、ヘドロの根源を帯で縛り上げた。宙に浮かせ、いつもなら四肢を磔にするのだが、全裸っぽいので縛り上げ。

 

 高校生を傍に寄せ、止まった車の上で繭を解く。

 やはりこういう時の感は当たるもので、先程の女子高生だった。上裸で体を腕で隠し、酷く戸惑っている。スカートは履いているけれど。



「お楽しみ中だった?」
「え、や……」
「ならいいや」
 

 帯で簡易的に女子高生を包むと、向かいにしゃがんだ。


「もう大丈夫だよ」


 俯いた女子高生の頭を撫でていると、下の車の窓から怒鳴られた。

「たらしてねぇでさっさと片付けろッ!」
「はぁい」


 核を締め上げて気を落とせばヘドロは途端にいなくなり、それを床に置いた。一番手っ取り早い対処法だ。骨の二、三本は払うけどね。


「……しん、だの……?」
「気絶させただけ。殺した方がいい?」

 首を横に振った女の子を車から降ろすと、二人で家の中に戻った。



 女の子が着替えている間、家の中を見て回る。と、キッチンの隅でガタガタと丸まる女がいた。
 歳的に、男の嫁か兄妹だろう。嫁か姉妹がいる中でも高校生とおっぱじめようとしていたのか。世界広しと言えど、広すぎるな。


「……あの……」
「あ、着替えれた?」
「はい……」
「ぁ、おまぇッ、またおまえのせいでッ! 疫病神ッ!」


 突然ヒステリックに怒鳴り出した女を見下ろし、女の子を見て指をさした。

「これが親なの?」
「親じゃないです。おじとおば……」
「そ、通りで醜いわけだ」


 セーラー服に着替えた女の子の背を押して、家から出た。
 前に車が二台停まっていて、ワゴン車の方に行く。


「その子は?」
「この家の子供? 被害者?」
「親は。さっきの奴じゃないのか?」
「親は、三ヶ月前に亡くなりました。おじとおばの二人に引き取られて、今はこの家で暮らしています」
「であの有様か」

 女の子が俯いた時、もう一つの、四人乗りの車から男が二人降りてきた。


「核は!?」
「中」
「お前も来い……!」
「ちょっと」

 女の子の手を掴んだ男から女の子を引き剥がし、反対側に庇った。
 眼鏡男と火花が散った時、小学生が舌打ちをした。

「うちの管轄に手出すな。だいたい遅れてきたくせに何中心みたいな顔してんだ。核落としたのも保護したのもトーキだろうが。貸してもらいたいなら貸してくださいお願いしますだろ。礼儀ぐらい身に付けろ」

 ギロッと睨みを効かせた小学生の圧に眼鏡男はキツく眉を寄せて、手を差し出した。


「貸せ。仕事だ」
「断る。乗れ、次行くぞ」
「えーもう! 大忙しじゃないですか!」
「稼ぐぞー」

 棒立ちになっている女の子をリアシートに乗せて、全員シートベルトを締めた。

 勢いよく発進し、女の子は動かないシートベルトにしがみつく。


 わけがわからない。なんなんだこの人達は。



 車が向かった先は母校の中学校で、いや、中学校だったもので。
 ギョロっと一つ目を剥いた化け物と目が合った。


「なんだッ……!? トーキッ!」
「……あ」
「トーキ!?」
「寝てる」
「嘘だろおいッ!」


 ぐーすか心地よさそうに寝ているトーキを鏡越しで確認して、その後ろの、女の子を見た。

 外を見つめている。狙いはこいつか。

「JK! 目逸らすなよ!」
「知り合い?」
「たぶん、友達の……」

 直後、化け物が車が今走っていた道を叩き潰した。
 車体がガゴンッと揺れ、女の子は衝撃で目を閉じた。



 車がさらに速度を上げ、追いかけて来る化け物から逃げる。


「トーキ起こせックソ野郎ッ! 肝心な時に寝てんじゃねぇッ……!」
「トーキッ!」

 女の子がシートベルトを外して立ち上がって、前の席に座るトーキの髪を思いっ切り引っ張った。
 それはもう、全部抜けるんじゃないかと言うぐらいに。

 揺れでさらに強く引っ張られ、トーキは頭を抱えて目を覚ました。

 振り返れば化け物は帯に磔にされていて、女の子はホッと息をついて座り込んだ。


「……いたぁい……」
「容赦無いのが来たな」
「……あ、ごめんなさい。死んじゃいそうだったから……」
「うー……」


 頭を抱えて半泣きのトーキはぐずぐずと泣きながら体を起こし、隣に座っていた男に頭を撫でられる。男に撫でられても嬉しくねぇよぉ。

「まだか?」
「……核がいない。探さないと」
「JK連れていけ。たぶん直接的被害は出ない」
「そなの?」


 女の子の手を引いて、二人で学校だったものに向かった。発現の際に崩壊したのだろう。もう瓦礫の山だ。

 化け物は咆哮しながら帯を引きちぎろうと藻掻くが、たかが雑魚が無理に決まってる。


「……あの、あれはなんなんですか?」 
「君はあれが見える人なんだね」
「昔から、変なのが見えるんです」
「あれは人の重たーいどす黒い気持ちが爆発した時に出現する化け物、心現シンゲン。心を顕す化け物だよ」


 女の子に手を貸しながら、瓦礫の山に登って、足元を見下ろした。

 発現時に押し潰されたのか、その時既に死んでいたのか。死ぬから発現したのか。


「あの心現の核に思い当たりは?」
「一人、たぶん、その子な気がします。仲良くて……」
「酷く依存されていなかった? またはからかわれたり玩具にされたり、付き纏われたり付き合いたいって言われたり」
「……ずっと、一緒にいたいって言う子でした」
「それだね」



 瓦礫の山から降りて、暗い顔をする女の子の頭に手を置いた。


「君のせいじゃない」





 核はロスト、心現は破壊。

 中学一つと道路破損、祝日だったため中学はほぼ無人。死者推定二名、重軽傷者多数。
 後日、の爆発事故はそう報道された。



 車で女の子の家に戻ると、まだナナフタの奴らがたむろしていた。


「帰ってきやがった」
「あー安心しろ。荷物取りに来ただけだ、手出ししねぇよ」
「荷物?」
寧奈ねなの荷物」


 セーラー服の女子高生が眼鏡に頭を下げると、眼鏡はさらに眉を寄せた。

「何故荷物がいる?」
「うちに同行することになった。許可はある。お前らが文句は言えねぇぜ」
「荷物無事だといいけどねぇ」


 トーキと共に家の中に入ると、また、おばとやらと鉢合わせた。
 寧奈が少し隠れたので、後ろに隠す。

「疫病神ッ……! あんたのせいで兄さんも義姉さんもッ……!」
「ちょっとは黙ってなよ。自分が生きてたんだからいいでしょ?」
「兄を殺されたのよ!?」
「じゃケーサツ呼べば?」



 寧奈は半壊した自室にあったリュックから教科書を出すと、下着の替えや寝巻きのジャージ、タブレットや電子機器類、充電器も。財布に薬に空の水筒、賞味期限の長いちょっとしたお菓子。


 荷物をぱんぱんに詰め込んで、髪ゴムを腕に通し、それを背負った。


「行ける?」
「はい」
「あ、ねぇこの家って防災グッズある?」
「玄関のところに……」
「拝借するねぇ」


 見ると、非常食もランプも新聞紙も揃っていた。


「ラッキー。これ貰ってもいい?」


 頷いた寧奈にお礼を言い、それを担いだ。



「よーし。じゃあ行こう!」
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