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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。
66.どうしているの?
しおりを挟む黛と別れてから、彼の良い所も悪い所もたくさん見て来た。
面食いの七海の好みど真ん中の美しい顔で不意に優しさを示したりするから、何の感情も籠っていないと分かっていても、ドキドキさせられる事ばかりで。
それでも楽しく付き合えたのは、黛がちゃんと適切な距離を取ってくれていて、忙しい中わざわざ時間を作って会いに来てくれたからだった。
腹の立つ事も多かったけれど、辛辣な言葉を浴びせても機嫌を悪くすることも無い黛は、七海がズケズケ物を言える唯一の相手だったかもしれない。相手が自分をどう思うかを気にする性質で、目立ったり矢面に立つ事が苦手な七海には珍しい事だった。
前振りも無くキスされた時は本当に驚いたし腹が立ったけれども、それを切っ掛けに黛を男として意識するようになった。
立川と岬のトラブルに巻き込まれて泣きついた七海に、ボサボサ頭の余裕の無い格好で駆けつけてくれて、空気の読めない彼なりに話を最後まで聞いてくれて励ましてくれた。
相手に嫌われる事を気にしない、一切おもねる事を知らない黛の言葉だから余計に重みがあった。だからこそ彼が心底自分の事を信頼してくれているのだと分かって、なけなしの自信を取り戻す事ができ何とか職場で立ち回れたのだ。
気付けばもう、好きになっていた。
最初に怒ったのは、純粋に断りも無く友達の距離を破ったから。
初めてのキスを適当な気持ちで奪われた事に動揺したし、その先に踏み込んでくる事に何の躊躇いも持たない黛の態度に、彼が自分をそんな風に扱った事にショックを受けたのだ。
二度目に怒ったのは、完全に嫉妬だった。
自分は黛の事を強制的に男だと認識させられたのに、黛は素知らぬ顔で大事な唯一の女性に頼った事を不用意に口にしたのだ。
まるで唯は特別で大事な存在で黛の意志を司る絶対的な存在だが、七海の方は……付き合っては別れ、離れて行ったとしても追いかけもしない他の女と同じ取るに足らない存在だと言われたような気がして、腹が立ったのだ。
本当は分かっている。
ふわふわしているようで一本芯の通った唯に、黛が憧れ続ける事は当り前の事だ。
黛が見せる一面だけを見て、今の立派な大人の男性になった彼を見ようとしない浅薄な自分は彼女に比べて軽んじられても仕方が無い存在なのかもしれない。
人の矢面に立たずに生きて来て、少し先輩に嫉妬を向けられただけで狼狽え、男性の軽口を聞いて簡単にショックを受ける成長しない、中身が子供のままの女だと―――七海は自分の幼さにやっと気が付いて、愕然としてしまったのだ。
時折スマホを確認したが、とうとう一週間連絡は無かった。
ただ単に返事を打つ暇が無くて放置しているのかもしれない。けれども既読が付いているから、七海のメッセージが来ている事は分かっている筈。『うん』とか『いやだ』とか二、三文字返事を書く事も出来ないのか……とつい悶々としてしまう。
黛もこんな気持ちになったのだろうか?と七海は思った。
七海が頭突きをした翌朝、バイト中に溜まっていたメッセージに返信が無く、黛がわざわざ謝りに来た時、こんな風に彼も悶々としたのだろうか?
「……なんてね。黛君に限ってそんな事は無いか」
彼はどうしているのだろう?
小豆を掻き回し額に汗しながら七海は考えた。
今日は土曜日。夕方宮崎土産を抱えて来る唯達と顔を合わせる予定だった。
自分には連絡しなくても、唯か本田には連絡を取っているかもしれない。七海は唯に黛の近況を尋ねてみようと思った。
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