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後日談 黛先生の婚約者
(16)遠野の主張
しおりを挟む(15)話で黛が誤魔化した話です。男同士の会話が下品なので、苦手な方は回避願います。
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黛の同僚の研修医、遠野は加藤と同様黛の大学の同期でもある。
大きな個人病院の息子で、将来はそちらを継ぐことが決まっている。
ノリが良く人の心を掴むのが上手い。黛ほど目を引く華やかさは無いが、十分整った顔をしており学生時代テニスで鍛えた体を現在もジムで維持しているので、身長はそれほど変わらないものの黛より一回り大きく頼もしく見える。
黛はこの同僚が嫌いでは無い。
何故かと言うと彼は黛に嫉妬して嫌味を言ったり、ズバッと正直に話す言葉に傷ついて過剰反応したりしないからだ。きっと自尊心が人一倍強いのだろう。
けれども好きと言うほどでは無い。黛も変わっていると言われる事が多いが、遠野は輪を掛けて変わっている、と思う。何よりも黛は、彼の主張に付いて行けないのだ。
黛が大学生になって三年が過ぎ暫くしてから、思う所あって彼女を作るのを止めた。告白されても全て断るようになった。すると同期生の飲み会で遠野が黛に近付いて来てこう言ったのだ。
「お前最近、女断ちしてるんだってな」
「忙しいからな」
「両立できるだろ?何だったら『彼女』にしなければ良い」
遠野には曖昧な関係の女性が何人もいるらしい。
「俺がお前だったら、もっと手広くやるよ。勿体無い」
「『勿体無い』?」
「優れた雄が多くの雌を独占するべきだ。お前にはそうする使命がある」
「―――は?」
「選ばれた雄だけが、女性を惹き付ける魅力を持ち、より仕事に邁進し社会を牽引していくんだ。俺はそれを実証するつもりだ。お前も同じだと思っていたんだがな……」
真剣な顔で言うから、黛は呆れてしまった。
「俺も変わっているって言われるけど、お前相当変だよ」
「何を言う。これは皆が本能で分かっている真実だ。体裁が悪いから目を瞑って口に出さないだけだ。実際大半の男が一人の女じゃ満足できないって言うのは正式な論文でも発表されている事実だ」
黛は自信満々で語る男に冷たい視線を向けた。
実際そう言う論文があるのは聞き及んでいる。けれどもそれも一つの側面に過ぎない。80%の男が遠野の言うとおりだったとして、黛が残り20%に入っていれば、これは無意味な会話だ。実際黛は、自分が二割側の人間だと嫌になる程実感している処だったのだから。
「だとしても俺には関係ない」
「いつか分かるさ。俺が証明してやる」
「いらん、俺はお前と違って『草食系』なんだ」
……と言う遣り取りを学生の頃から、黛と遠野は何度かしている。
だから若い看護師相手に遠野が愛想を振りまいているのを見ると―――黛は多少ゲンナリするのだ。相手もいい大人なんだからと―――他人事として放置してはいるが。
実際、遠野には口約束だが子供の頃から婚約者がいるらしい。それを隠そうともしていないのにアプローチする女性に何も言う事は無い。遠野に言わせれば、人の物であれば尚更価値が上がるそうだ。より良い遺伝子を欲しがる本能がそうさせる、との事らしい。
(阿呆か)
と黛は思う。彼には全く興味が持てない話題だ。
だからこんな下らない話を、七海の耳に入れたく無いとも思った。
立川の軽いエロ話にも拒否反応を示した初心な彼女に聞かせるには、刺激が強すぎる。
そして遠野の目に入る範囲に七海を置くのも絶対避けたいと思っている。彼の妙な実証実験に大事な彼女を巻き込むのは御免被りたい。
遠野は恋愛の駆け引きをゲームか何かのように考えている。実際彼にとってはそうなのだろう。肉食獣の雄が狩りをするようなものだと思っているのだ。
「なあ、婚約したんだって?結婚は人生の墓場だぞ……?」
と遠野に言われて、黛は肩を竦める。同期の飲み会に誘われて久し振りに参加した。七海は珍しく残業があって、たまたま体が空いていたのだ。
「お前だって婚約しているだろ」
「俺は家の事があるから仕方なくするんだ。お前はそんな必要ないだろ?仕事の憂さは女で晴らす、女の憂さは仕事で晴らす―――それが男ってもんだぞ」
「―――お前、テストステロンが強すぎるんじゃないか」
男性ホルモンが強い男性は、家に居つかず束縛を嫌い、多くの女性に同時に興味を向ける事ができるらしい。そしてそう言う男ほど仕事ができる傾向にあると言う通説もある。
黛がそう言うと、遠野は少し寂し気な顔をした。
「……そうなんだよな……」
男性ホルモンが多い男性は、禿げ易いとも言われる。遠野の家系の男性は皆、長じるにつれ頭頂部が薄くなる傾向にあった。
「だから禿げる前に、散々モテたいんだ……っ!」
結局それか。
と黛は溜息を吐いて、遠野の話を聞き流しツマミに手を伸ばした。
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黛が話を逸らした理由でした。下世話な話でスイマセン。
お読みいただき、有難うございました。
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