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後日談 黛先生の婚約者

(36)嫁の心得?

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(35)話の後、黛家に戻りました。裏設定の説明みたいな小話です。

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 二人が江島家から戻ると、玄関は真っ暗だった。

「お義父さん、まだ寝てるのかな?」
「どうだろ?出掛けているかもしれない」

 居間の電気を付けるが、人影は無い。七海が母のひびきから持たされた、おせち料理の重箱を冷蔵庫に入れている間に、黛は龍一の寝室を確認しに向かった。

「寝室はカラだ」

 そう七海に告げて居間の向こうに設置された防音室の重い扉を開けた黛は、ソファでだらりとうたた寝している龍一を発見した。流れる音符の洪水を踏み分けて黛は寝そべる父に歩み寄り、肩を揺らした。

「寝るならベッドで寝たら?」
「ん……帰ったか……」

 龍一は仕事から帰ると昂ぶった神経を休める為、就寝前防音室でジャズを聴く習慣がある。そしてそのままソファでうたた寝している事がよくあった。今日も疲れ切ってベッドに入ったは良いが頭が冴えて直ぐに目が覚めてしまい―――防音室に異動し音楽に耳を傾けている内に爆睡してしまったらしい。

 欠伸を噛み殺しながら現れた龍一に、七海は尋ねた。

「お義父さん、ご飯食べました? おせち貰ってきたんですけど……」

 ぐう~~と、盛大に龍一の腹が返事をした。
 七海は目を丸くして、龍一は照れくさそうに頭を掻いた。

「いただくかな」

 七海も笑顔になって、キッチンへと準備に戻った。






 ダイニングテーブルに座った龍一の前に七海がおせちを広げていると、黛が近寄って来て言った。

「俺も栗きんとん、食べよっかな」
「え! さっきあんなに食べたのに? 黛君って結構甘い物好きだよね」
「七海んちの栗きんとん、甘さ控えめでウマい」
「そうだね。確かに私もこっちに慣れているから、市販のは甘過ぎに感じるんだよね。味が濃いのは日持ちを良くするためなんだろうけど」

 そんな新婚夫婦の遣り取りを眺めていた龍一が、思い付いたように二人に声を掛けた。

「話があるんだが。二人ともちょっと其処に座りなさい」

 黛と七海は顔を見合わせて、それから龍一の向かい合わせの席に並んで座った。

「結婚、おめでとう」
「あ、うん」
「有難うございます」

 黛は軽く頷き、七海はペコリと頭を下げた。
 龍一も頷き返し、少し黙った後口を開いた。

「さて、うちの人間になった七海さんに……言っておきたい事がある」
「……」

 普段と変わらない淡々とした口調だが、こんな風に七海に向かって真正面から龍一が何かを告げる、と言う経験が無かったので身構えてしまう。

 もしや何か『嫁の心得』みたいな物が黛家にあるのだろうか……?



「お香は好きか?」
「え……と、『お香』ですか?」



 唐突に質問に変わったので、七海は面食らった。

「アロマテラピーなら、たまに家で使ったりしましたけど」

 デフューザ―とセットで貰ったラベンダーなら、仕事で疲れた日によく使った事がある。

「お線香とか、匂い袋とかそう言うのだよ。日本っぽい匂いの奴」
「ああ……そう言えば、このおうち色々な場所で良い匂いがしますよね」

 黛が補足説明してくれたお陰でピンと来た。クローゼットや玄関などに匂い袋が置いてあった事を七海は思い出した。

「まあこれは杞憂だと思うんだが」

 黛が少し難しい顔で眉を寄せた。なので七海はあまり面白くない話なのかな?と類推する。

「玲子の実家が、お香の店をやっていてね。色々あって彼女の実家とは今表立って交流はしていない。だから彼女の両親に何かあっても相続は放棄する予定でいるんだが。今その家の跡を玲子に代わって継いでいる親戚には子供がいないんだ。龍之介に話が行く事は無いと思うが、もし後々のちのち子供が生まれたら跡継ぎにしようと考える人間が出て来るかもしれない」
「はあ」
「だから、よく知らない親戚だとか言う人から声を掛けられても、付いて行かないように。そう言う事があったら先ず、龍之介か私に相談しなさい」
「えっと……」



『知らない人に付いて行ってはいけません』



 黛家の『嫁の心得』―――と言うよりは、どちらかと言うと幼い子供に言い聞かせる注意事項みたいな物だった。

現在いまの跡継ぎの経営方針をよく思わない古い人間がいるらしいから、取り込まれないように気を付けろって意味。玲子と今の跡継ぎは元々仲が良くて、玲子はその人を応援する立場なんだって。だから万が一にでも対立したくないんだって」

 黛がまたもや補足説明を行った。
 何か複雑な事情があるのだな……とは思ったが。



 グ~っ



 と、龍一のお腹が再び鳴ったので、慌てて七海は「もう食べましょう!」と食事を促した。お腹が空いている筈なのにジッと七海を見て黙っている龍一を見返し、



「絶対、変な人に付いて行きませんから! 何かあったらすぐ相談します!」



 そう言うと、やっと龍一は納得したように大きく頷いてから箸に手を伸ばした。
 黛もその話題にはもう触れず、楽し気に栗きんとんを頬張り始めた。
 その隣で自分が作った筑前煮に箸を伸ばしながら、七海はちょっと肩透かしを食った気分になった。

(え? 話ってこれだけ?)

 入籍当日、義父からの嫁へ言い渡された要求は簡単極まりない事だった。
 厳しい事を言われなくて何よりなのだが―――。

 やはりこの家では新妻としての気負いは……全く不要らしい。と七海は改めて思った。


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黛の母、玲子の実家のお話がチラリと出ました。

お読みいただき、有難うございました。
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