平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎

文字の大きさ
260 / 363
番外編 裏側のお話

(107)ウエディングドレス 6

しおりを挟む


「あの……もしお時間があったら、お茶をご一緒させていただきませんか?」

そう衝動的に口に出してしまってから『しまった』思った。だが―――もう後の祭りだ。
目の前の七海は視線を彷徨わせて戸惑っている。その時雪は確信した。そう、七海は知っているのだ。―――雪と彼女の夫が、かつて付き合っていた事を。

一体自分は何をしているのだろう?

幸せなカップルにヒビを入れたいのだろうか?
彼と別れた頃、自分の気持ちばかり考えていた自分に幻滅した。そしてそう言う自分と決別して、ちゃんと自分の足で立ってから彼の前に出て行きたいと密かに思っていた。
なのに、今やっている事はなんだろう?彼の目の届かない処で―――二人の昔の関係を承知している様子の彼の妻に、何を聞き何を伝えたいと言うのだろう。

しかしもう何もかも遅い。
声を掛けてしまったし、どうしても掛けずにいられなかった。雪はお腹にグッと力を込めて姿勢を保った。

「取って喰いはしませんよ?」

強張った筋肉を無理矢理ほぐして、出来る限り柔らかい笑み浮かべてみる。
雪の迫力に気圧されたのか―――目の前の七海は彷徨っていた視線が定まった後、素直にコクリと頷いたのだった。






「ええと―――何から話しましょうか。あの、気付いてますよね?私と旦那さんの事」

ええい、もうどうにでもなれ。

内心そう思ってしまった部分は確かにある。―――しかし口に出してからまたしても『酷い台詞だ』と雪も思った。テーブルに置かれたコップの水を、今すぐ掛けられたとしても仕方がないと思うくらい酷い。そして何処かでそうして欲しい……と願ってしまう自分がいた。
何の罪もない、傷を持たない若い彼女の手を暴虐に染めたいと言う昏い衝動が、一瞬心の隅でムクリと頭をもたげた。思えば雪もかなり自棄になっていたのかもしれない。しかし返って来た七海の応えはシンプルかつ、サッパリした物だった。

「えーと、はい。彼から聞きました」

雪は驚いて目を見開いた。見た目よりずっと、七海は胆力があるらしい。少し気圧されたように上擦った声を出したのは雪の方だった。

「……何と言ってました?」
「『彼女だったの?』って聞いたら、『そうだ』って」
「ふふっ」

思わず笑いが漏れる。あまりに端的で簡潔な言葉に『彼らしさ』を感じたからだ。

「三年前かしら……別れたのは。私が仕事で色々悩んでいて―――結局ちゃんと仕事に向き合おうと決心して、別れる事にしたんです。でも本当にあの時は吃驚したなぁ……結婚なんて全然考えて無さそうな飄々とした彼が、こんな若い内に結婚してしまうなんて。―――すっかりちゃんとした旦那さん、やってるんですもの。ちょっと浮世離れしている人だと思っていたから、別人かと思っちゃっいました」

肩の力が抜けてしまった。それに全く変わらない七海の態度に毒気を抜かれてしまい、ついつい本音がポロポロ飛び出してしまう。もし最初の言葉に対する七海の態度が―――今の様子とまるで正反対だったら、きっと雪は当り障りの無い事を口にして直ぐにこの場を逃げ出してしまっていただろう。

「あの……この間は時間が無くて、ほとんど話も出来なくてすいません」

更に謝られてしまった……!

雪は何だか可笑しくなって来てしまう。この子は天然なのだろうか?だとしたらあまりにお人好し過ぎる。もしかして彼が彼女と結婚を決めたのは―――この度を超えた懐の深さを見込んでの事だろうか?だとしたら、少しだけ……彼に失望してしまう。そう言うタイプだと思わなかったが、従順で自分の思い通りになる女性が好みだったのかと。それとも元々『恋愛と結婚は別』と言う考えの人だったのだろうか?あんなに素敵で自由な母親がいて……いや、だからこそ違うタイプを結婚相手に選んだとか?

思わず口元に自嘲的な笑みが漏れた。雪はそんな意地の悪い事を考える自分を嗤ってしまう。でも、と思う。そう願わずにはいられない自分の存在を否定する事はできない。
彼がそんな男だったら良いのに。そんなツマラない前時代的な考えを持っている男なのだと判明すれば―――この胸に燻る未練にも区切りを付けられる、そう思ったのだ。

「話す事なんて無いもの。もうずっと前に別れた相手だし」
「あの、今美山よしやまさんは……」

続く言葉は発せられなかったが、聞かれるであろうことは予想が付いた。
確かにフェアでは無い。自分の事情を隠して相手の詮索ばかりするなど。雪は首を振って正直に答えた。

「生憎仕事ばかりで恋人も夫もいないの。やっと色々身辺が落ち着いたって所かな?」

しかしこれではまるで宣戦布告では無いか、と気が付き、続けて否定の言葉を継いだ。

「だから―――彼が幸せそうで良かった。そう思ったの」

それは本心だった。手ひどく振り回した自覚はある。身勝手な理由で声を掛け、自分の都合で切り捨てた。そんな相手の行く末が気になっていたのも事実。しかし心の片隅で―――彼が傷つき、自分をいつまでも待っていてくれたならば。そう夢想していた事もまた事実だった。

心の声が漏れたのか、向かいに座る彼の妻は言う言葉が見つからない、と言うように口籠る。だから慌てて取り成しの言葉を続けた。

「ごめんなさい、こんなお話。……ちょっと愚痴みたいね?彼は元気でやっているのかしら?本当はそれだけ聞きたくて、お茶に誘ったの。ほら、別れた相手が元気じゃ無かったら寝覚めが悪いじゃない?」

お道化てみせる。どうか信じて貰えますように、と。信じて貰えなくても雪が七海の権利を踏み躙ろうと思っている訳ではないのだと伝えたかった。ただそれなら何故―――自分は彼女を呼び止めて、今向かい合っているのだろう?自分の中に存在する矛盾に答えを与えられないままの雪だったが、今時点悪意を持っている訳ではないと言うことは真実だった。

「えっと、仕事は忙しくていつも寝不足ですが―――休みも呼び出しが多くて、ちゃんとお休み取るのも難しい日も多いですけど、とりあえず元気です。きっともともと頑丈なんですね、精神も体も―――本人もそう言ってましたから」

その言葉を聞いて雪は思い出した。ひりつくような、焦燥感と羨望……それから彼に抱かずにはいられなかった嫉妬の感情を。しかし今となってはその感情も、アルバムを見ているように遠い存在だった。



「そうですね、彼は強いですよね―――ひょっとして他人ひとの悩みや痛みなんか、全然想像つかないんじゃないかって、よくそう思った事もあります。黛さん―――奥様は、そう思いませんか?息が詰まる事って無いですか?彼は何でも軽くこなして、人の苦労が理解できないんじゃないかって」



彼の強さを羨み、嫉妬した。自分の所まで堕ちて来て欲しいと願ったこともある。けれども決して彼は歩むペースを変えたりはしなかった。

彼に感じたそんな複雑でもどかしい感情は、その傍で、その眩しい存在を目にしなければ薄れて来るたぐいのものであった。だから今、雪は落ち着いて息をしていられるのだ。
けれどもこの目の前の大人しそうな……素直で従順な女性は、今まさに彼と接しているのだ。かつて雪が感じたような思いを抱いたり、同じように悩んだりしているのではないだろうか?そう雪は考えたのだ。

しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

処理中です...