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太っちょのポンちゃん 社会人編5
ポンちゃんと、キャビンアテンダント 7(★)
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※別サイトとは内容が異なります。
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目の前で起こっていた光景が目に焼き付いて、バクバクと胸が早鐘のようだ。
頭が真っ白になる。私以外の人と抱き合っている所を目にしてしまったショックや、忘れられている事実を悲しむ気持ちを意識する間も無いくらい動転してしまっている。
どうしよう、私……どうしたらいい?!
「あ!お取込み中スイマセン!私帰りますね?トイレ貸していただいて有難うございましたー!」
……なんて?ナシナシ却下!
泣きながら「酷い!本田さん!私の存在を忘れて―――私だって本田さんが好きなのに……!」
……これ、誰?
「本田さんたら、好きなんだから~!うふふ私も混ぜてくださ~~い!」
これはあり得ない……!絶対!!
うん―――撤退しよう。
速やかに。それしかない。
心を決めた私の行動は早かった。
足音を忍ばせソロリソロリと部屋の扉に近付き、音を立てないよう細心の注意を払って取っ手を手に取り扉を開けた。慎重に体が潜り込める幅まで扉を押して、体を滑り込ませようとした時は思わず安堵の溜息が漏れそうになったくらいだ。
が、その時部屋の奥から聞こえて来た声に、息を飲む。
「待って!私シャワー浴びたい……汗かいたから」
「別に大丈夫だよ?」
「大丈夫じゃないもん」
や、やば……!
私は忍者のようにするりと廊下へ飛び出し、素早く扉を閉めた……!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
廊下に背中をビタッと付けてドクドクすごい音を立てる胸を落ち着かせた。
「あーもう。……はぁ……」
それからフーッと溜息を吐いて体勢を整え、何事も無かったかのようにその場を去ったのだった。
今私は、同じホテル内の違う棟にある私の部屋にいる。ポスンとベッドに腰を下ろして肩を落とす。視線の先にはテーブルの上に置き去りにされたペンが転がっていて……それが独りぼっちの私に重なって見えた。
「凄いモン見ちゃったな……」
本田さんのプライベート中のプライベートを覗き見してしまった。
罪悪感とか嫉妬心とかそう言うの、置き去りにしちゃうくらい吃驚してしまって涙も出ないよ。
私の想像より……小説に侵食された妄想より―――現実の本田さんはずっと……生身の男の人だった。
全然違った。想像とも、いつもの彼とも。
今日私史上最高に本田さんに近付くことが出来た。本来ならこれだけでご飯三杯はいけるってぐらい喜ばしいことだったのに。
彼の素の笑顔を目にして―――制服の彼とは違う魅力に、胸をときめかせた。こんなに近寄れた!って浮かれて。他のCAを出し抜いて、私だけが彼のプライベートに踏み込めたような気がしたのに……それは錯覚だったようだ。
「あーあ、これって失恋なのかなぁ」
現実感が全くない。果たしてあれは現実だったのだろうか?彼が私の失態に噴き出してくだけた笑顔を見せてくれた時のトキメキ―――彼と部屋の前で話した宝物のように思えた時間が、遠く感じる。
「でもさ新婚のくせに、女の人引っぱり込んでイチャイチャしちゃうってどうなの?!」
ふと思いついた気持ちを口にすると、徐々にふつふつと苛立ちが湧き上がって来た。
なんかガッカリだなぁ……自分がその相手になれたら、なんて妄想している時は最高にトキめいたけど、実際その光景を客観的に見ちゃったら引いちゃうというか……嫉妬するより何より、本当にガッカリした。
見た目は勿論文句なしにカッコイイんだけど。
それだけじゃなくて、誠実そうな人だから、私は素敵だと感じたんだ。
勿論、この感情が自分の行動と矛盾しているのは承知の上だ。でも今完全なる部外者になってみて、改めてそれを思い出したのだ。
奥様を大事にしているんだろうな、真面目そうだし優しそうだし。なんて羨ましく思ってだから私がその場所に入り込めたら、そんな素敵な本田さんに愛されたらどんなに幸せだろうって想像していたんだ。
もし自分があの部屋にいる彼女の立場だったら、きっとそんな風に醒めた考えは浮かばなかったかもしれない。要するにだからこれは嫉妬とか羨ましいとかそう言う気持ちなのかもしれない。要するに自分が選ばれなかったことに私は腹を立てているのか?『二番目で良い』とか『待てる』とか妄想上の私は言っていただろうに。
と言うことは、奥様と私の二人だけと関係(ってこれもただの妄想なんだけど)するのなら、私は彼を『誠実な人』と考えた、と言うことなのだろうか?『それなら許せる、理解できる』って納得したのだろうか。
そしてもし、奥様と私。それからその他に一人……ないしは二人、他に彼女がいたとしたら。きっと彼の事を『不誠実だ』とか、その行動を『私に対する裏切りだ』とか思ってしまうような気がする。
でもやっぱり……例えば私の妄想が叶ったとして、奥様の他は私だけと付き合ってくれるのだとしても、暫くその関係が続いたら……ある時フッと我に返るんじゃないだろうか。本田さんの部屋にいるあの彼女も、今は幸せいっぱいでそんな暗い考えは頭の外に追い出している状態なのかもしれないけど、いつか虚しさに苛まれる時がくるのかもしれない。
誰もが羨むようなパイロットで、真面目で優しくて背が高くて、飛び切りイケメンで制服姿がキリッとカッコ良くて。そんな彼に選ばれて愛される自分を夢見ていた。
だけど彼は私にとっては唯一の彼で。でもその彼にとって自分は唯一じゃないって事をやがて自覚して愕然とするのだろう。複数の女性と付き合える人にとって、私は失っても構わない、替えの利く女達の一人なんだって。
テーブルの上に放置されたままのペンを手に取って、私は勢いを付けてポスンと背中からベッドに飛び込んだ。
良い感じで沈み込むクッションを背中一杯に感じて―――ああ、あの二人もこんな風に―――なんて思い出し掛けて、首を振る。
「これ、どうしよっかな」
一人呟いたあとペンをそのまま、壁に向かって放り投げた。
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次話、『ポンちゃんと、キャビンアテンダント』最終話となります。
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目の前で起こっていた光景が目に焼き付いて、バクバクと胸が早鐘のようだ。
頭が真っ白になる。私以外の人と抱き合っている所を目にしてしまったショックや、忘れられている事実を悲しむ気持ちを意識する間も無いくらい動転してしまっている。
どうしよう、私……どうしたらいい?!
「あ!お取込み中スイマセン!私帰りますね?トイレ貸していただいて有難うございましたー!」
……なんて?ナシナシ却下!
泣きながら「酷い!本田さん!私の存在を忘れて―――私だって本田さんが好きなのに……!」
……これ、誰?
「本田さんたら、好きなんだから~!うふふ私も混ぜてくださ~~い!」
これはあり得ない……!絶対!!
うん―――撤退しよう。
速やかに。それしかない。
心を決めた私の行動は早かった。
足音を忍ばせソロリソロリと部屋の扉に近付き、音を立てないよう細心の注意を払って取っ手を手に取り扉を開けた。慎重に体が潜り込める幅まで扉を押して、体を滑り込ませようとした時は思わず安堵の溜息が漏れそうになったくらいだ。
が、その時部屋の奥から聞こえて来た声に、息を飲む。
「待って!私シャワー浴びたい……汗かいたから」
「別に大丈夫だよ?」
「大丈夫じゃないもん」
や、やば……!
私は忍者のようにするりと廊下へ飛び出し、素早く扉を閉めた……!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
廊下に背中をビタッと付けてドクドクすごい音を立てる胸を落ち着かせた。
「あーもう。……はぁ……」
それからフーッと溜息を吐いて体勢を整え、何事も無かったかのようにその場を去ったのだった。
今私は、同じホテル内の違う棟にある私の部屋にいる。ポスンとベッドに腰を下ろして肩を落とす。視線の先にはテーブルの上に置き去りにされたペンが転がっていて……それが独りぼっちの私に重なって見えた。
「凄いモン見ちゃったな……」
本田さんのプライベート中のプライベートを覗き見してしまった。
罪悪感とか嫉妬心とかそう言うの、置き去りにしちゃうくらい吃驚してしまって涙も出ないよ。
私の想像より……小説に侵食された妄想より―――現実の本田さんはずっと……生身の男の人だった。
全然違った。想像とも、いつもの彼とも。
今日私史上最高に本田さんに近付くことが出来た。本来ならこれだけでご飯三杯はいけるってぐらい喜ばしいことだったのに。
彼の素の笑顔を目にして―――制服の彼とは違う魅力に、胸をときめかせた。こんなに近寄れた!って浮かれて。他のCAを出し抜いて、私だけが彼のプライベートに踏み込めたような気がしたのに……それは錯覚だったようだ。
「あーあ、これって失恋なのかなぁ」
現実感が全くない。果たしてあれは現実だったのだろうか?彼が私の失態に噴き出してくだけた笑顔を見せてくれた時のトキメキ―――彼と部屋の前で話した宝物のように思えた時間が、遠く感じる。
「でもさ新婚のくせに、女の人引っぱり込んでイチャイチャしちゃうってどうなの?!」
ふと思いついた気持ちを口にすると、徐々にふつふつと苛立ちが湧き上がって来た。
なんかガッカリだなぁ……自分がその相手になれたら、なんて妄想している時は最高にトキめいたけど、実際その光景を客観的に見ちゃったら引いちゃうというか……嫉妬するより何より、本当にガッカリした。
見た目は勿論文句なしにカッコイイんだけど。
それだけじゃなくて、誠実そうな人だから、私は素敵だと感じたんだ。
勿論、この感情が自分の行動と矛盾しているのは承知の上だ。でも今完全なる部外者になってみて、改めてそれを思い出したのだ。
奥様を大事にしているんだろうな、真面目そうだし優しそうだし。なんて羨ましく思ってだから私がその場所に入り込めたら、そんな素敵な本田さんに愛されたらどんなに幸せだろうって想像していたんだ。
もし自分があの部屋にいる彼女の立場だったら、きっとそんな風に醒めた考えは浮かばなかったかもしれない。要するにだからこれは嫉妬とか羨ましいとかそう言う気持ちなのかもしれない。要するに自分が選ばれなかったことに私は腹を立てているのか?『二番目で良い』とか『待てる』とか妄想上の私は言っていただろうに。
と言うことは、奥様と私の二人だけと関係(ってこれもただの妄想なんだけど)するのなら、私は彼を『誠実な人』と考えた、と言うことなのだろうか?『それなら許せる、理解できる』って納得したのだろうか。
そしてもし、奥様と私。それからその他に一人……ないしは二人、他に彼女がいたとしたら。きっと彼の事を『不誠実だ』とか、その行動を『私に対する裏切りだ』とか思ってしまうような気がする。
でもやっぱり……例えば私の妄想が叶ったとして、奥様の他は私だけと付き合ってくれるのだとしても、暫くその関係が続いたら……ある時フッと我に返るんじゃないだろうか。本田さんの部屋にいるあの彼女も、今は幸せいっぱいでそんな暗い考えは頭の外に追い出している状態なのかもしれないけど、いつか虚しさに苛まれる時がくるのかもしれない。
誰もが羨むようなパイロットで、真面目で優しくて背が高くて、飛び切りイケメンで制服姿がキリッとカッコ良くて。そんな彼に選ばれて愛される自分を夢見ていた。
だけど彼は私にとっては唯一の彼で。でもその彼にとって自分は唯一じゃないって事をやがて自覚して愕然とするのだろう。複数の女性と付き合える人にとって、私は失っても構わない、替えの利く女達の一人なんだって。
テーブルの上に放置されたままのペンを手に取って、私は勢いを付けてポスンと背中からベッドに飛び込んだ。
良い感じで沈み込むクッションを背中一杯に感じて―――ああ、あの二人もこんな風に―――なんて思い出し掛けて、首を振る。
「これ、どうしよっかな」
一人呟いたあとペンをそのまま、壁に向かって放り投げた。
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次話、『ポンちゃんと、キャビンアテンダント』最終話となります。
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