俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の回想】

1.ねーちゃんと、弟

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新章になります。
清美と晶の出会いまで戻ります。


よろしくお願いします。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今ではすっかり逆転したけれども。
初めて会った時、ねーちゃんの背は俺より高かった。
俺の背丈はクラスでは男子の列の真ん中より前寄りの位置に当たる。この頃はまだ、集団に埋もれていたのだ。

とーちゃんと、かーちゃんが再婚して。
俺達は東京から札幌に引っ越し、ねーちゃんとかーちゃんの家に住む事になった。
転校生の俺は最初、体の大きな女子によく揶揄からかわれた。今よりもっと色白で明らかに混血だと分かる栗色の髪が目を引いたのだろう。よくその事を当てこすられた。顔に比べて目が大きく睫毛が長い、その上当時は体つきも細めだったから『女の子みたい』なんて言いながら背の高い女子が冗談混じりに小突いてきたりした。加えて東京育ちの俺の話し方は北海道育ちの彼女達にとってはナヨナヨしているように聞こえるらしく、またしても『女の子みたい』と気持ち悪がられた。

子供って残酷だよね。
新しい学校の女子達のしゃべり方は乱暴すぎて、俺の方が驚いていたのに。

俺は勿論かなり面白くなかったが、とーちゃんから『女の子には絶対、手を上げるな』と口を酸っぱくして言われていたので敢えて反撃はしなかった。
しかしその所為で、俺が気が弱い人間なのだと勘違いした女ボスが、調子に乗ってかなり強い力でバシッと叩いてきたりシツコクぶつかってくるようになった。
こちらから攻撃できないのに、絡まれる。これにはかなりうんざりしていた。だからなるべく近寄らないように気を配るようになっていた。すると逆上したのか何なのか更に女ボスの行動はエスカレートし、今度は暴力にモノを言わせ俺に対してかなり強い勢いで手を上げようとしてきた。

ここまで来ると、俺も黙ってやられてやるワケには行かない。
女ボスの掌がぶんっと振り上げられるタイミングを見て、スイスイっとけて躱すことにした。女ボスは俺が避けるなんて思ってないから、ポカンと間抜けな顔で驚いてたっけ。
俺は「コイツ馬鹿じゃないの?」って、その呆けた顔を見て思った。

元々運動神経には自信がある。すばしっこい俺には造作も無いことだった。
本当は飛び蹴り一発で、アイツなんか倒せるんだ。
でも、俺はそんな事はしない。

何故ならねーちゃんに誉められたからだ。

『女子に仕返ししない清美は、偉いね。紳士だね』って。

その言葉は女ボスに『女の子みたい』と言われ、当時地味に男のプライドを傷つけられやさぐれていた俺の、心臓に直接染みた。
声音で、ねーちゃんの本心がそこに籠っていたと分かった。俺に心底感心している様子がその台詞から伝わって来て、それが俺の小さな体にスゴイ力を与えてくれたんだ。






**  **  **






ねーちゃんがその現場を目撃した日は、中学校の開校記念日だった。
家でいつも通り本を読んで過ごしていたのだろう。激しくなった雨に気が付いて傘を忘れた俺を、校門まで迎えに来てくれた。そうして、偶々たまたまその場に居合わせたのだ。






フードを被って走って帰ろうとも考えたけれど、思ったより雨が激しくなって来たからやっぱり同じクラスの男子の傘に入れて貰った方が良いだろうか……と、正面玄関で雨の様子を窺っていた。
その時女ボスと取り巻き達が、ニヤニヤしながら俺の背後に忍びよっていたらしい。突然勢いよくぶつかって来て、俺を突き飛ばしたのだ。油断していた俺は玄関前の水溜りにザップリと嵌ってしまった。女ボスはそんな俺を見て、ゲラゲラ悪魔のように笑っていた。

怒りで一瞬頭が真っ白になった。

一体こんなことして、何が面白いんだ。
俺はあいつに何もしてないのに。
こっちはけて近寄らないようにしているのに―――取り巻き引き連れて、反撃が無いのを良い事に調子に乗りやがって。

醜く嗤い歪む女ボスの顔に、一発拳をめり込ませてやろうか。二度とこんなマネできないように痛めつけてやる……俺の胸に憎しみの炎が着火した、その時。

「清美、大丈夫?」

のんびりした、わりと低めの柔らかい声が響いた。
傘を差したねーちゃんが、俺の横に屈み込んでいたのだ。俺を立たせ傘に庇いながら、正面玄関の風除室に連れ戻す。ねーちゃんは自分の服が汚れるのも厭わず、俺の背に腕を回していた。
鞄からハンカチとポケットティッシュを出して、俺の顔を優しく拭ってくれた。

「目に入ってない?」

心配そうに覗き込む、黒曜石のようにキラキラした瞳。
俺は毒気を抜かれて、ただ頷いた。

「そう、良かった」

ねーちゃんは安心したように、ふわりと微笑んだ。
俺の服から出来るだけ水分を取り除き「あとは諦めて、うちで着替えようか」と囁いた。

いつの間にか……俺の炎は掻き消えていた。
まるで別世界から現れた日本人形みたいなねーちゃんを見ているうち、嵐が去ったように心の中の水面がふっと凪いだのを感じていた。

ふと女ボスに目をやると、目を見開いてねーちゃんを凝視したまま立ち尽くしていた。ねーちゃんの落ち着いた雰囲気に気圧されているようだ。

「はい、傘。帰ろうか」
「うん」

ねーちゃんは俺に優しくそう言うと、俺に傘を差しだして外に踏み出した。俺の気持ちはすっかり切り替わっていて、ねーちゃんの背中に続いて玄関から一歩踏み出した後は、女ボスのコトなんかすっかり頭から消え去ってしまっていた。






家に帰って泥で汚れた服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
共働きの両親は昼間は不在で家にはその時、俺とねーちゃんしかいなかった。

シャワーから出てくると、ダイニングテーブルにねーちゃんが丸い風船の乗ったお皿を並べている処だった。

「それ、なぁに」
「プリンだよ。今日清美と食べようと思って買っておいたんだぁ」

俺は歓声を上げて髪を拭くものそこそこに、テーブルについた。
つまようじを渡され、ねーちゃんの見よう見真似で丸い風船に突きさすと……プルンと風船が割れて白い柔らかそうなボールが現れた。

「わぁ、これ本当にプリン?」
「そうだよ。この間ハンバーグ食べに行ったでしょ?そこでも売ってるんだよ。そのままでも美味しいけど、このソースを掛けても良いの」
「ねーちゃんは掛けて食べるの?」
「私はねー…フフフ、良い質問だね清美。まずそのまま食べて素材の味を味わって………半分食べ終わったら、カラメルソースを掛けて食べます!」

何故か得意気に胸を張るねーちゃんが可笑しくて、笑ってしまう。

「さっ食べよう」
「うん、いただきまーす!」

柔らかい丸いプリンにスプーンを差し込む。ぽってりとした感触を口に入れると自然な甘さが拡がった。

「ねーちゃん、美味しい!」
「元気出るでしょ?」
「うん、元気出た!!」

ワクワクしながら夢中になってプリンを頬張っていると、正面に座ったねーちゃんが緑茶を飲みながら俺を微笑ましそうに見つめていた。その温かい視線を受けて熱が頬に登るのを感じた。おかしいなぁ……シャワーの温度、熱すぎたかな?

「清美は偉いね」
「え?」
「泣かないし」
「何で?泣くようなこと、ないよ」

ふふっと、ねーちゃんは笑った。

もう既にその時にはねーちゃんに毒気を抜かれ、更に不思議な白くて丸いプリンの魅力に捕らわれてしまい、俺は女ボスのコトなんか欠片も思い出していなかった。
我ながら単純だと思う。―――そう、切り替えが早いっていうのが俺の長所のひとつなのだ。

「けっこう過激なコトされたのに―――それでも女子に仕返ししない清美は、偉いね。紳士だね。さすが父さんの息子だ。カッコイイよ!」

そう言われてやっと「あ、俺今日女ボスに突き飛ばされたのだった」と思い出した。
誉められて、なんだか胸が高鳴ってしまう。



『女の子には絶対、手を上げるな』と、とーちゃんに言われた意味がその時、ストンと腑に落ちた。



とーちゃんは俺に戒めを与えたのだと思っていた。その戒めは、お経を唱えると頭を締め付けて罰を与える輪っかみたいに思えて―――自分がまるで絵本で読んだ西遊記の猿になってしまった気持ちがして、ちょっと面白くなかった。

でもそうでは無いのだ。
ねーちゃんは女子に手を上げない俺を『紳士』で『カッコイイ』と言ってくれた。
そうだ、とーちゃんは―――俺に『カッコイイ男になれ』と伝えていたのだ。

正直俺は……「やられっぱなしは男としてカッコ悪い、情けない」って心の端っこで思っていた。強い所を見せて怖がらせて―――二度と自分に嫌がらせなど出来ないように、アピールしたほうが『カッコイイ』のではないか?―――女ボスの行動がエスカレートして来るのにつれてそう思い始めていた。
頭ごなしに俺に禁忌を課すとーちゃんに対する反発心だったのかもしれない。それは徐々に俺の中に育っていって―――あの時まさに行動を起こそうとしていたのだ。

だけどねーちゃんが言う『紳士』は、例え相手がどんなに嫌な奴だったとしても、その女子を殴ったり飛び蹴りしたりしないのだ。何故ならそっちの方が『カッコ悪い』ことだから。

ねーちゃんは俺のしゃべり方を『気持ち悪い』なんて、言わない。
見た目が女子みたいでも、それを揶揄わない。
ただ俺の心を見てくれて、俺が今までふつふつ怒りをこらえて我慢していた努力を素晴らしい善行のように褒め湛えてくれた。
分かってくれる人がいる。それだけで俺の溜飲は下がったのだった。

胸が高鳴ったのは―――ねーちゃんの台詞の中の俺が―――まるですごくカッコイイヒーローみたいに聞こえたからだ。

『なんで俺がやられっぱなしで、黙ってなきゃならないんだ。こんなのカッコ悪い』――――って心の中でドロドロぐちぐち苛立っていたけれど。親に禁止されたから黙っているのは―――これは自分の意思じゃないんだって、不満をずっと抱いていたけれども。

ねーちゃんが、そう言ってくれたから。
まるで俺が自分の意思で……信念を持ってそういう選択をしているかのように。
そしてそういう俺のこと誇らしいって、ねーちゃんが思ってくれている。それを態度で示してくれる。

そしたら、嘘みたいに胸がすっきりして。
俺は自分って『カッコイイ』のかもしれないって、初めて思った。

ザっと目の前を遮る物が無くなって、まるで迷っていた雑木林から広い草原に飛び出したみたいに―――見通しがよくなった気がしたんだ。






今思うとねーちゃんは―――中1にしてはかなり早熟(……というか老成?)だったなって思う。

中学時代の俺は、小学生のねーちゃんへの好意を素直に表していた自分の方がずっと大人だったのではないかと思うくらい―――いろいろなコトを拗らせてしまっていた。中学生の俺は―――本当に、思い出すのも憚られるくらい……恥ずかしい!

自分と比べるとよく分かる。中学生のねーちゃんは本当に大人で落ち着いていた。逆に言うと、だから周囲と歩調が合わなくて浮いてしまったのかもしれない。



見た目も、背の高さも、性格も、正反対の俺たち。

俺はだからこそ、そんなねーちゃんも大好きだけど。



ねーちゃんは、どうなのかな……?



そして俺達に距離があった時の俺のこと―――どう思っていたんだろう?
『あんまし接点無くて、ちょっと寂しかった』って言ってはくれたのだけれど……

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