俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の回想】

◆ プラネタリウムの少女 <王子>

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地学部員 王子視点です。

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俺の中学には珍しく天文部があって、運動部より自由時間があるかな?くらいの気持ちでそこに入部したんだ。
しかしすぐに嵌ってしまった。
今まで特に、宇宙や星に興味があった訳じゃなかったのに。

そういう訳で天文部の友達、彼方かなたと一緒に、休みの日には青少年科学館のプラネタリウムに通ったり中島公園にある天文台で星を見たりして、俺は今ではすっかり天体観測オタクと化してしまった。

夏休みは勿論、プラネタリウムと天文台に行き放題。だって青少年科学館にあるプラネタリウムって、中学生まではタダなんだ!
高校生以上だと500円も掛かるのに。
天文台の方は夜も勿論見れるけど、実際は午前中から天体望遠鏡で星を観察する事ができる。
将来JAXAの職員になりたいなーなんてぼんやりと思い始めたりして、結構中学生活を楽しく過ごしていた時―――その女の子を見つけたんだ。

夏休みも後半に入る頃、プラネタリウム常連の俺達と同じくらいよくそこに通って来ている女の子がいた。
小柄で手足が折れそうに細くって、真っ白な肌に古風な黒髪の長髪を背に流して、白いワンピースを着ていた。

その後ろ姿を見て「あれ?この前もいたかも?」って気が付いたんだ。
そしたら次に来た時、また居た。

今度は青いワンピース。

クラスの女子の私服は二つのタイプに分かれていた。
ジーンズでラフな感じのさっぱりした格好と、ショートパンツとかミニスカートで少し露出の多い女らしい格好。
だからその子のちょっと古風な感じのワンピース姿は、少し目新しく映ったんだ。
膝上とか膝下くらいの清楚な感じのスカート丈で、露出が少なめだった。模様も無い単色のワンピースが、昭和の始め頃を舞台とした映画に出てくる女優さんを思わせた。



たまたま毎回、顔が見える位置に座る機会に恵まれなかった。
だからなのか、俺は彼女がどんな顔をしているのか気になった。だから随分ソワソワしていたかもしれない。その様子を隣に座る彼方(かなた)に訝しがられた。

プラネタリウムの待ち時間には、大抵青少年科学館の中の展示室に入る。
こちらも中学生は無料で入れる。展示施設のほうはさすがに小学生や家族連れが多いが、図書コーナーは比較的空いていて、近くに飲食ができる休憩室もあるので空き時間にちょっと時間を潰すのに便利だった。

俺達はお菓子と飲み物を持参して休憩室で時間を潰していた。
トイレに行こうと休憩室を出ると、図書コーナーに見覚えのあるレトロな風体の少女がいた。

彼女は独りだった。

科学雑誌を食い入るように見ていて、長い髪が俯く彼女の両頬を簾(すだれ)のように覆ってしまっている。だからまたしてもその顔は、俺には確認できない。
前髪はがパッツンと直線的に切られているのが見て取れる。ちょっとホラー映画に出てくる幽霊みたい……それか『お菊人形』とか?。
気味が悪いとは思わなかったけど、その風貌の所為で、もしや違う時代の人がタイムスリップしてきたのではないだろうか……とか、彼女は陽炎みたいな物でこの世に現実に存在してはいないのではないだろうか、だからいつも表情を見る事が出来ないのかもしれない―――なんて馬鹿な妄想が浮かんできたりした。

もうすぐ、夏休みも終わる。

俺はその日、何故かすごく焦っていた。
彼女に会えるのも、今日が最後かもしれない。

何か得体の知れない衝動に駆られ、俺はフラフラと図書コーナーに不審者のように近づいた。そして椅子に座って雑誌を読んでいる彼女のほうをチラチラと見ながら、本を物色しているような素振りをしてしまう。

声を掛けたい。

姉2人、妹1人に挟まれて女性扱いが比較的上手いと言われる俺だが、知らない女子に声を掛けるのはかなり勇気の要る事だった。

そうして暫くウロウロしていたが、やがてマナーモードのような音が鳴って彼女が立ち上がる。雑誌を本棚に戻すと、さっとその場所を後にしてしまった。
何も行動する事ができず彼女の背中をただ見送っていると、彼方が休憩室から出て来て俺の横に並んだ。

「王子、そろそろ時間だよ」
「あ……うん。行こう」

そうだ、彼女もプラネタリウムに行ったのかもしれない。






**  **  **






果たしてプラネタリウムの入口の列には―――赤いワンピースの小柄な彼女が並んでいた。
その華奢な背中を見ていると、傍らのヒョロリと背の高い彼方が「どうしたの、ボーッとして」と俺の脇腹をつついた。前の人と自分の間にパックリと間が空いてしまっていた。後ろに並ぶ人たちの視線が微かに痛い。急いで俺は、列を詰めた。

プラネタリウムが終了した後はいつもすぐ席を立って外に出る。
彼女の姿は人が帰ろうとする波にまだ加わっていない。
今日俺は彼方に「ちょっと、先に行っててくれない?」とお願いした。

彼女と話してみたい。
それが叶わなくとも……一度その顔を見てみたい。

彼方は俺の視線の先を見やって、ニヤリとすると「2階にいるから」と言って出て行った。

彼女の席に近づいて、意を決して回り込んだ。

「あ……っ」

彼女はリクライニングの席で、スヤスヤと無防備に寝息を立てていた。

「……寝てる……」

伏せられた長い睫毛が、ソバカスひとつ無い白い肌に影を落としている。口紅やリップグロスを施してもいないのに朱く艶々しているそのサクランボのような唇が少し開いて……吐息が零れていた。

俺はしばし、目を奪われて動けなくなった。
眠り姫のような彼女に―――魅入られてしまい体の自由を奪われる。

(可愛いければいいな)

なんとなく、そんな願望は抱いていた。
でもこれほどとは想像していなかった。

「すいませ~ん!お客さん、出口締めますよー」

のんびりと職員さんから声が掛かり、俺は我に返った。

「すいません!今出ます」

俺は慌てて彼女の肩に手を置いて、ゆすった。

「あの、終わったよ」

一瞬眉を顰めて、彼女はその双眸を晒した。
ぱっちりとした黒曜石のような瞳がぼんやりと周囲を彷徨って、肩をゆする俺の顔を捉えた。

「あれ……?」
「プラネタリウム、終わったよ。もう、出なくちゃ」
「……あ!」

彼女はバッと飛び起き、ピョンピョン跳ねるように出口に向かって走り出した。
彼女が席に置き忘れたらしい鞄に気付く。咄嗟に掴んで彼女の背を追うように、俺も出口へと急いだ。






**  **  **






出口を出た処で彼女がフーッと息を吐き、それからクルリと振り向いた。

「あ、起こしてくれて……ありがとう……」

バツが悪いのか顔を朱くして、彼女はチョコンと頭を下げた。

「あの、これ」

鞄を差し出すと「しまった!」って言う顔をして目を丸くする。
その様子に俺はドキドキと心臓を高鳴らせてしまう。

「あ!……ありがとう!鞄まで……ごめんなさいっ」

更に彼女は顔を朱くして鞄を受け取ると、ガバッと頭を下げた。そしてキョロキョロと周囲を見渡すと、恥ずかしそうに畏まって「では……」と、後退さろうとした。

え。―――もう帰るの?

「あの……!ちょっと待って」

咄嗟に俺は彼女を引き留めてしまう。
彼女はキョトンとした顔で、立ち止まった。
咄嗟に引き留めた俺の方も自分の行動に―――キョトンとしてしまう。

呼び止めて一体―――どうするつもりなんだ!俺!

しかし撤回する気も起きない。
必死で二の句を探す。

えーと、えーと……。なんか、話題……。

「よくプラネタリウム、来てるよね?俺も結構ここ来ていて……、あ、俺、王子って言うんだけど……」
「王子…さま?」

彼女は俺の苗字を聞いて首を傾げた。
珍しい名前だと言う自覚はある。
俺は手を振って否定のジェスチャーを示した。

「えっと…苗字なんだ、『王子』って。変わってるよね?」

クスッと、彼女は微かに笑った。

それまで表情の無かった彼女の顔に笑顔が上るのを目にして、俺の心は一気に浮上した。
しかし跳ねる心臓を押さえて、できるだけ平静を装いつつ尋ねる。

「……変?」
「ううん。でも凄く似合ってるから……渾名あだなかと」

これは、よく言われる事だ。
俺は目が大きくて線が細く、少し女性的な風貌をしている。クラスの女子や先輩達から『本当に王子さまみたい』と揶揄われる事が多かった。

「あ、ごめんね。言われるの嫌かな?」
「ううん」

もう慣れたし、気にしないようにはしているけど―――本当はあまり俺にとっては面白くない話題だ。
けど彼女が笑って話題にしてくれたから―――何だか、珍しく嬉しくなった。

「あの、名前…聞いていい?」
「あ、えっと私の?……私は森」
「森さん?」

俺は口の中で、転がすようにその響きを味わった。
そっか。『森さん』って言うんだ。

「森さん……あの、連絡先教えてくれないかな?俺、森さんともっと話がしたいんだ」

勇気を出して、言った。

言ってから、体がカッと熱くなった。

まるで『ナンパ』だ。
初めてしゃべった女の子に連絡先聞くなんて……。

俺はちょっと自分に驚いてしまった。
女姉弟おんなきょうだいに囲まれて育ったので、女の子の扱いは同級生の男子より比較的上手く出来ている自信はあった。優しげに見えるらしい容貌と当たりの柔らかさが功を奏して、女子は構えずに俺に接する事ができるらしい。

だけどこんな風に知らない女の子に連絡先を聞くなんて経験は、初めてだった。

自分で自分が信じられなかった。
でもどうしようもなく―――口から出てしまったのだ。
撤回する気も全然起きない。
俺は本当に一体、どうしちゃったんだろう?

森さんは零れそうな大きい黒い瞳を一瞬見開いて、逡巡するように視線を彷徨わせた。
それから一呼吸置いて―――俺を見ずに頭を下げた。

「ごめんなさい」

ぐあーん。

と頭を殴られたような衝撃を感じて、ショックを受ける。

「あ……駄目?」

やっぱり、というか、そうだよな……と理性では判っているのに。
ちょっと泣きそうな気持ちになった。

街でナンパしているお兄ちゃん達の事『飢えてるなあ……そんなにがっついたら、女の子引いちゃうのになあ』って、これまで何処となく白い目で見ていた。

しかし、今この時、俺の気持ちは彼等にすっごく寄り添っていた。
勇気だして誘ったのに―――断られるって。

すっげー、すっげーー……傷つくもんなんだね……。
何度断られてもメゲナイお兄ちゃん達、偉いよ……。

「ごめんなさいっ」

そういって彼女はもう一度頭を下げると、サッと踵を返して走り去って行った。
俺は彼女の背中を見つめて、立ち尽くすしかなかった。



何故かその一部始終を見ていたらしい彼方が俺の元に歩み寄り、ポンと肩に手を置いた。

「よっ、ナンパ王子」

俺は、肩に置かれた手を振り払った。

「そんなんじゃ……ないっ」
「『王子様』も振られちゃうんだな」

彼女はいないが、告白される経験は結構あった。
だけど、そんなの全然意味が無い。

「うっ……ほっといてよ!」

うー。
悲しくなって涙を拭くジェスチャーをすると、彼方が優しく俺の背を叩いた。

「なんか、飲もーぜ。マック行かない?」
「……うん。……飲む」

思いやりを含んだ声音に―――この時「彼方って意外といい奴だな」と一瞬でも思ったのは間違いだった。

夏休み明けしっかり部活でネタにされ、俺は拳を固めてプルプルと震えたのだった。



――――それから暫くの間……俺の渾名が『ナンパ王子』で定着した。

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