捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

50.新婚旅行一日目ですが。

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 漂う気まずい空気に、不安を覚える。

 そして余計なことを思い出してしまった。
 ネットでいろいろ調べていた時『新婚旅行』って文字で検索して、たまたま開いたお悩み相談。新婚旅行で気持ちがすれ違って喧嘩してしまったり、それで下手をすると離婚まで至ってしまうカップルがいたとかいないとか、そのお悩みの多いこと……!
 その時は他人事だったから「へー、そんなカップルもいるんだなぁ」って思っただけだった。だって、丈さんは仕事に絡まなければ厳しいことは言わない人だし、いっしょに暮らしてだいぶん経つから今更旅行で揉めるとか、相手の行動で幻滅するとかありえないしって。

 でも、お悩み相談でこういう状況あったよね? ほら、Dランド好きのカップルで、奥さんが本拠地のフロリダに拘り過ぎて旦那さんと険悪な雰囲気になったとか、そういうの。
 そう言えばこの新婚旅行も、丈さんは私に任せるって言ってくれたけど……全部私が自分の行きたい所ばかり選んでしまっている。丈さんの希望、全然聞いていなかったかも。聞く時間も無かったし。だけど、うさぎに絡めれば丈さんだって満足に違いない、なんて勝手に考えていたんだ。

 隣を歩く丈さんも、何事かを考えるように無言だ。
 そして歩く道端に現れるのは廃墟ばかり。偶にうさぎを見つけても、さっきよりずっと警戒心の強い子が多いのか廃墟の柵の向こうに遠ざかってしまう。

 この無人島に今も残っているコンクリートやレンガで作られた古い遺構は、五十年以上前からあるものらしい。
 今ではここは、環境省の持ち物で国立公園になっているそうだ。けれども終戦の時までここには、毒ガス兵器の研究所が密かに設置されていた。その痕跡は島のところどころにあって、ボロボロの古い発電所や貯蔵所、砲台跡が森の中や遊歩道の脇に、まるで異世界の入口みたいに佇んでいる。

 ツタが這っていて窓ガラスなんかも当然無くて、まさに廃墟! って感じの建物が森の中から突如現れると、その佇まいを見ているだけで背筋がヒヤリとする。
 こういう場所を夜訪れるのは、肝試しか罰ゲームみたいなものだ。やっぱり島の中を不用意に歩きまわるのは怖いな。夜の方がうさぎ達の活動は活発になるとは言え、宿泊所の周り以外は足をのばすのは私には難しそうだ。

 いつの間にか島を一周し終えてしまったらしい。宿泊所の近くまで辿り着いて、右手にある『毒ガス資料館』が目に入った。宿泊所以外の建物と言えばビジターセンターとそれくらいだ。
 気まずさを振り払いたい私は、丈さんを誘ってそこに飛び込んだ。



―――が、今では少し後悔している。
 いま、資料館を出たばかりの卯月です。今私は、トボトボと無言で宿泊所に向かっているところ。隣の丈さんをチラ見すると、少し硬い表情で同じく無言だ。

 今はうさぎで一杯の長閑のどかな島の、長閑とは言い切れない歴史に、資料館を出たあと暗い気持ちになってしまったのだ。これでは新婚旅行の雰囲気を取り戻すどころか、逆効果になってしまったかもしれない。一緒に資料を見学していた丈さんも、厳しい表情―――つまり丈さんの仕事場での凶悪な表情を纏ったまま、真剣な面持ちで資料を眺めていた。

 うっ……分かっていたのに。
 事前の情報収集でうさぎ島の歴史は知っていた。だけど現地の雰囲気たっぷり漂う建物群を見た後で、資料館で詳しい過去の歴史を学んでいくうち……いろんなことが胸に迫って来て辛くなってしまった。

 現在ここにいるうさぎの大半は、無人島になってしまったこの島に放たれた小学校で飼われていたうさぎ達の子孫であるらしい。だから直接あの子達は戦争の頃とは関係ないのかもしれない。
 でもそのうさぎ達が子孫を増やして暮らすこの場所で、以前たくさんのうさぎ達が実験に使われたし、ここで秘密裡に作られた毒ガスが戦争で人にも使われたのだ。

「卯月? 具合が悪いのか」

 資料館を出た後、暗い表情でのろのろと歩く私に気が付いた丈さんが、歩みを止めた。私は首を振った。

「ううん。ただ気持ちが落ちこんじゃって」

 何処か遠くの出来事のように感じてもいたんだ。実際に島に来ると、のんびりと寝そべったり、ボーっとしている島の妖精みたいなうさぎ達の長閑さとのギャップがあって……胸が痛い。

「ごめんね、せっかくの新婚旅行なのに……」

 勝手に卯崎島を旅行先に選んで、自分から誘って入った資料館なのに勝手に落ち込んだりして。私って、駄目だなぁ……。
 せっかくの新婚旅行だから。久し振りに休みをとることが出来た丈さんを楽しませたい、喜ばせたいって思っていた。なのに暗い顔したりして。

 丈さんは、落ち込みから抜けきれない私を宿泊所の広場にある、ベンチまで連れて行って座らせた。

「大丈夫か」

 心配気に顔を覗き込んで来る丈さんに、私はポツリポツリと今思っていることを打ち明けた。すると、丈さんは驚いた顔をした。

「俺は嬉しいよ、ここに来れて。むしろ旅行の手配も全部任せてしまって申し訳なかったと思ってる。本当にありがとうな」

 丈さんが慰めるように、私の手を握ってくれる。
 温かいな。とボンヤリ思う。

「それに、うさぎ目当てで来たから、あまり公には知られていない歴史にも目を向けることが出来たんじゃないか。そうでなければ、こういった事実も知らないままだった筈だ。だから、そう言うことも含めてこの旅行で、良い体験が出来ていると思う」

 丈さんの言葉には、何やら有無を言わせぬ説得力があった。私のふやふやした、曖昧な不安を払拭するくらいの力強さが。お陰で少し、気持が軽くなった気がする。
 うん、さすが亀田部長……! と慰められつつも、内心賞賛の声を送る。

「勝手に全部決めて……いやじゃなかった?」
「いやなワケないだろう」

 それでも心配になって心の隅に引っ掛かる心配ごとを尋ねると、しっかりと否定してくれた。力強い言葉は、私の気持ちはもっとクリアにしてくれる。
 そして丈さんの手の温かさが、じんわりと私の胸を温めた。

 すると……あれれ?
 不思議と胸のつかえも、少し蟠っていた不安もスルスルと溶けて行ったみたい。何より丈さんの愛情が伝わって来て、見放されていないなって実感できて、嬉しかった。
 そっか、大丈夫なのか。丈さん、全然怒ったりしていなかった。なんだ、大丈夫だった。

「良かった」

 ホッとした―――ついでに。
 体の力が抜けて、ポテンと丈さんの肩に頭を寄せてしまう。

 すると手を握ってくれていた丈さんの大きな掌が、私の肩を抱き寄せるように包み込んだ。
 その時不謹慎にも、こう思ってしまった。



 これ、とっても新婚旅行っぽいシチュエーションじゃあ、ありませんか……?!



 単純な思考回路でゴメンなさい。
 その瞬間から、暗い気持ちも歩いている間、体の中でモヤついていた気まずさも、全部吹き飛んでしまいました!

 落ち込んだ気分はすっかり消えたと言うのに、暫く余韻を楽しみたくて私はにやけそうになる口元を堪えながらも、ピタっと丈さんに頭を預けたまま口を噤んだのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※『毒ガス資料館』の記述について


現実のうさぎ島にも『毒ガス資料館』やその時代の遺構が存在します。
ラブコメの本編で触れるべきかどうか、また戦争の遺構について軽く扱い過ぎていないか、などフィクションの卯崎島の設定や、あらすじの進行に悩みました。このため、新婚旅行編に手を付けることに迷いがあり、43話以降に手を付けるのが非常に遅くなりました。
が迷った末、うさぎ島が出来た経緯は無視できないと考え、少しだけ触れることにしました。

このため戦争に関して軽く扱い過ぎている、と不快感を感じてしまう読者様がいたら申し訳ありません。
もしご意見が多ければ、記述の訂正も検討するかもしれません。

迷いつつ手探りの投稿ですが、続きも覗いていただけると嬉しいです。
なおネタバレになりますが、この先の新婚旅行編はまったり新婚満喫展開で進む予定です。

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